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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第十話

 明るいホールから中に入ると、少し薄暗く感じた。

 窓はすべてカーテンがきっちりと閉められている。真っ暗ではないのが分かるのは、どこからかぼんやりと光が入り込んでいるような気がしたからだ。

 どこからかが分からないということは、火が厳禁な館内においては、館様の思惑が何がしか働いているのかもしれない。

 セーラは、初めて来たときと同じように、まず祈りを捧げた。

 祈りに変えた、呼びかけだ。最初の時はお願いだったな、と少し恥ずかしく思いながら、知識の館に呼びかける。

 ——知識の館様。私、戻ってまいりました。これが、流れに逆らうな、という道標通りなのかは分かりませんが……。

 返事はない。

 ——ん~……っと。お久しぶりです。今から、館様の知識を、私なりに整理していきますね。

 返事はない。

 ——え~。では……と。

 祈りを止め、セーラは床に置いた木箱を改めて抱えると、前回セーラが突っ伏した奥の左端の席に移動した。

「まずは、この目録から進めようかな」

 誰もいない室内なので、いつもの癖が出ることも気にならず、セーラは木箱を開ける。

 再度祈りを捧げて手の平を翳すと、いつもの通り光が現れて入って行く。

「ふう……」

 分別されずに入った情報を頭の中で引っ張り出すと、セーラが望んだ形に整理され情報化された通りに知識として出てきた。

 暫くセーラは黙ったまま、頭の中で突合せをしていく。

「あれ?」

 ふと、セーラは思考を止めた。

 知識の館に与えられた時に比べて、目録の方が明らかに少ない。建立当時もそうだが、追加についてはもっとだ。

「これは後でネイティオに聞いてみないと」

 あまり重要視もされていなかったから漏れているのかも、とセーラは思ったが、一覧を取得したことで頭の中での整理化が簡単になったような気がした。

「これ、そのまま一つずつ目録化して行ったらいいかも。でも一回は目を通して間違いがないか確認しないと」

 セーラは一階のアランディア文字のところから始めることにした。確か、アランディア文字に関しては使用頻度が高いので、同じ本が複数冊置かれていたはずだ。

 セーラは振り返る時、無意識的にか意識的にか、左の壁に掲げられた地図を久しぶりに見た。

 相変わらず大陸の南がぼやけて描かれていて、セーラは近寄って細かい文字を見に行った。

 ——あ、ここにトランドルがある! ここが山脈で、ここが川でこれは森でしょ? 南の村はこの辺りかな?

 触れるか触れないくらいの距離を指先でなぞりながら、領都から南へ移っていく。

 ——皆、どうしてるだろう。

 ふとそんなことを思い出したが、想いに捉われると過ぎるのは時間ばかりだ。ここにいることができる時間は限られている。

 セーラは、少し名残惜しくなりながら、本を取りに向かった。


 柔らかい光の中で、セーラは必死に羊皮紙に向かっていた。

 不思議なことに、席に座ると机周りの光が少し増したのだ。セーラは心の中で知識の館に感謝をし、一つずつ概要を含めた情報を纏めていく。

 量が多いのでなるべく簡潔に、セーラの知識に紐さえつけば問題ない程度に、と気を付けて書けば書くほど明瞭になっていく。

 文字や文章も、書けば書くほど早く正確に、分かりやすい言葉が思い付くようにもなり、より良くなっていったのがセーラ自身も分かった。

「これなら、もう一度最初からしたいくらいね。でも、そんなことしてたら、いつまでも終わんないけど」

 今書き終えた頁を見直しながら、セーラは苦笑して独り言ちた。

 しかし、セーラにとって僥倖だったのは、本を見直す必要があまりなかったことだった。すべて知っているのではあるが紐付いていない。どれからすべきか頭の中では整理されているものの、どこに配置されたものかは分かっていなかったこともあって、本を見返して紐付けしようと思ったのだ。

 ところが、セーラが本を開いた時点で、それらがすべて紐づいた。

 ——確かに、最初に来た時に本を開いた時も()()()()()って感じがしたっけ……。

 気持ちが悪かったため記憶に薄いが、そんなことがあったことを少し思い出したのだ。

 そのため、セーラは書棚に行って本を開いては戻し、席に戻って纏める作業を繰り返していた。

 誰もいない、しんとした空気の中で集中できたのだろうか、気が付くと手持ちの羊皮紙が尽きていた。

「今日はここまでか」

 ペンを拭きインクの蓋を閉めると、セーラは首と肩をぐるぐると回す。針仕事に集中した時と同様、身体が固まっているようだ。

 手の平を見ると、ペンが当たる中指にインクが付いており、少し圧迫されて赤くなっているようだ。

「針仕事の時は人差し指と親指に傷が付きやすかったっけ」

 前とは違うことに寂しさを覚えて、セーラは首を振って感傷を振り払うと、羽ペンとインク、書き溜めた羊皮紙を持ってきた箱に直す。

 目録の木箱と一緒に抱えて、ホールに戻ろうとして扉の前で一度振り返った。

「荷物を持っているので、ちゃんと挨拶が出来なくてごめんなさい。長い間ありがとうございました。明日もまた来ます」

 少しだけ膝を曲げ、応答のない知識の館に挨拶すると、セーラはホールへ戻った。

 ホールの明かりも柔らかかったはずだが、暗かった室内からいきなり明るくなった気がしてセーラは一瞬眩しそうに目を細めた。

「まあ、終了でございますか?」

 カウンターの内側からネイティオが小走りに出て来る。

 セーラは荷物を扉前に立っていたボルタークに預けると、ネイティオと一緒に机に向かった。

「七刻まであと小半刻足らずですかね」

 ネイティオはポケットから何かを取り出して確認をした。

 刻を確認したのだろうか。セーラは気になったが、今は目録の方が先だ。

「ネイティオ、目録と館内の本の数に違いがあるんです」

「ええ、ええ。そうだろうと思いました」

 ため息を吐きながら、ネイティオが言った。

 どうやら、建立当時は同時並行で進められた事業で忙しく、かつ複数人でまとめていたので確認も疎かになっており、その後知識が追加され出してすぐは目録を作ること自体なかったようだ。思い出した当時の管理者が慌てて作成するようになって、現在に至るのだとネイティオは言った。

「そうですか。でも目録に漏れが多くあるようでは……。これでは目録とは言えません」

 セーラは、事情は分かったが、これを基準にはできないと思った。

「ネイティオ、こちらは歴史を語る上でも作成された当時の目録としてそのまま保管する必要があると思います。なぜちゃんと作られなかったのかっていう今のお話はとても面白かったですし。ただ、目録としての基準にはしない方が良いと思います。もしよろしければ、私が作成したものをリュース様へ報告した上でどうするか相談してみますね」

「ええ、ええ。お願いいたします」

 ネイティオは少し不安気な顔をしながら、それでもしっかりと頷いた。

 そろそろいい時間かも、とセーラはボルタークを見ると、ボルタークが頷いて馬車を呼びに外へ行った。

 その間にセーラはショールを頭から巻きつける。

「ネイティオ、遅い時間までありがとうございました」

「とんでもない。また明日、宜しくお願いいたします」

「ではまた明日」

 ネイティオに別れを告げ、ボルタークと共に馬車で帰途に就いた。

「ボルターク」

 揺れる車内で座っていると、一気に疲れが押し寄せてきた。セーラは、疲れた声でボルタークに呼びかける。

「はい?」

「すぐに着くと思うんだけど、ちょっとだけ横になってもいい?」

 既に身体は横に傾いて、そのまま座席の上に身体が落ちそうになっている。

 ボルタークはため息を吐くと、許可をくれた。

「まあ、慣れてないことでしょうし、本当にしんどそうですから横になってください。慣れたらちゃんとしてくださいよ」

「大丈夫……。帰ったら、リュース様に、今日のこと報告するお手紙書かなきゃだし、起こして……」

 セーラは話し終える前に、揺れに伴ってそのまま瞼を開けていられなくなった。


 セーラの目が覚めた時、どんな夢を見ていたのかまったく思い出せないが、どこからか声が聞こえたような気がして、なぜか慌ててバッと身体を起こした。

「……あれ? ここ、どこ?」

 寝惚けて掠れた声で独り言を言う。カーテンの隙間に小さな光が動いているような気がする。起きたばかりで目が開かず、片方ずつ開けながら光を見ようとするとふっと消えたように真っ暗になった。

 目を凝らして辺りを見回して、セーラはようやくここが自分のベッドだと気づいた。

「え?」

 セーラは馬車に乗っていたはずだ。一生懸命こめかみをぐりぐり指圧して思い出そうとするが、その後の記憶がまったくない。

 ——もしかして、あのままずっと寝てしまったの? 今は何刻?!

 セーラは、サヤアーヤとの勉強に遅刻ではないかと慌ててカーテンを開いた。

 同時に、侍女室へ繋がる扉から寝間着姿のソイエッテが出てきた。

「……セーラ様、先ほどからガサガサと何事ですか?」

 不機嫌だ。

「えっと……私、昨日返ってきた記憶がなくって……それで、今何刻かと……」

 冷や汗を搔きながら、取り繕うように笑みを作ってセーラは言い訳をした。どうやらまだ起床時間ではないようだ。

「まだ真夜中です。起床時間まで一刻以上はあるでしょう。目が覚められたようでしたら、一度起きられますか? すぐに準備いたしますが」

 不機嫌なまま、ソイエッテは無表情で尋ねた。

 ——真夜中であっても、私が起きるなら準備をしないといけないのか。侍女って大変! ……でもだめ。何よりソイエッテが怖すぎる! これは、怒らせちゃいけないやつだ!

「いいえ、いいえ! 寝てください。私も寝ます」

 小声でそう言うと、セーラは布団に戻り横になった。ソイエッテは、無言でカーテンを閉めて自室に戻る。

 ——ひい! ソイエッテ……ごめんなさい!

 ソイエッテの低血圧ぶりに少し涙目になりながら、それでも遅刻ではないことにセーラは安堵した。

 しかし、よくよく考えてみれば、真っ暗な時点で夜なのだ。一日以上寝過ごしたかも知れないという不安はあっても、慌てて準備しなければならない時間ではないことは落ち着いて考えればわかる。

 ——ふう、やっちゃった。そう言えば、リュース様へ報告のお手紙書けてないな。

 でも、諦めるしかないだろう。一人でガサガサ音を立てれば、ソイエッテが起きてしまう。

 セーラは、ゆっくり寝たお陰で疲れが取れていることは感じながら、馬車からどうやって帰ってきたのかをボルタークに聞かなくちゃ、と思っている間に再び眠りについた。

 小さな光が動いたことは、寝惚けていたこととソイエッテの不機嫌具合に、セーラの頭からは綺麗さっぱり無くなっていた。

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