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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第九話

「セーラ様、お待ちしておりましたよ」

 柔らかく暖かい光が照らされたホールに入ると、カウンターの奥からネイティオが出てきた。

「こんばんわ!」

 セーラはショールを取って、元気よくネイティオに挨拶をした。その後で注意しなければいけないことに気づき、慌ててネイティオに尋ねる。

「あっ、もう私たち以外いないでしょうか。まだ誰かいるなら……」

 ショールを再び羽織りなおそうとしたセーラをネイティオは優しい笑顔で止めた。

「ええ、ええ。大丈夫ですよ。もうどなたもいらっしゃいません」

「良かった」

「では、セーラ様。早速ですが、まずこちらで見ていただきたいものがございます」

 ネイティオは、カウンターの横から二つの木箱を抱えて出てきた。そのまま、ホール内に据え置かれている机に案内する。セーラに座るように促すと木箱を机に置き、ネイティオも正面の椅子に座った。

「こちらが、知識の館の目録でございます」

 木箱を一つ開けると、揃えられた何枚もの羊皮紙が入っていた。セーラは一瞥すると、ネイティオに木箱を閉めるようお願いした。

 ネイティオとボルタークが怪訝な表情になる。

「どうされましたか?」

「多分、ですけど……。これらも知識の一つだと思うんです。だから多分加護を貰えると思うんですけど、それはここでしない方がいいかなって」

 ネイティオが()の形に口を開け、口元を手で隠した。

「ええ、ええ。そうですね。ああ、私ったら思い至りませんで」

「いいえ。それはそうだと思います。危険を拡げないために私が注意すればいい話ですから。ただ、どのような基準で目録が作成されているのか先に聞いてもいいですか?」

 知識がどのようにセーラに与えられるのか、現状知っているのはリューシュヴェルド、グレンフィード、ゼレットの三人だ。これをどこまで開示した方がいいのかは、リューシュヴェルドに確認してからにした方が良さそうだ。

 ネイティオは、木箱の蓋を閉めて頷いた。

「ええ、ええ。まず、こちらの箱の目録は、建立当時に集められた知識の一覧でございます。ある程度分野ごとに纏められてはいるようですが、当時、収集と選別、本の搬入など同時並行で行われたことと、開館後は領民への説明やら何やらで目が回るほど忙しく、目録作成したもののその整理などは後回しにされてしまったと伝えられています」

「なるほど」

「領民の登録や照合も仕事の一つですので、そちらの整理の方が重要ですからね」

 確かにそうだ。領民以外の人間がアランディア文字を知ることはあってはならないし、逆に、領民だと見なされないとこれもまた困る。

「アランディア領が確立したのは、知識の館が円滑に活用され始めた頃だとも言われています。軍備を整えるのも、城壁や塔を建設するのも、戦後処理もすべて同時並行でしたから」

 初代様の一大事業ですね、とふふっと笑いをこぼしながらネイティオが説明した。

 このように新しいことを興すというのは、とても大変なことに違いない。でも、初めが肝心とも言う。後で変更したり修正したり改革したりするのは、もっと大変ではないだろうか。

 そう思いながら、セーラはもう一つの箱に目をやった。

「ええ、ええ。こちらが、追加された知識の目録です」

「知識の追加はいつ行われるんですか?」

「一年に二度です。学生が王都で新しく得た知識を休暇や年度納めで帰領した時に、購入するなど他で得た知識と一緒に纏められます」

 基本的には写本という形式で王都や他領の知識を得て帰り、それを選別して目録にした上で、知識の館に納められるということだ。

 増え続けて知識が入りきらなくなったらどうなるのだろうか、とセーラはふと思った。そのまま尋ねる。

「ええ、ええ。今のところは大丈夫です。一年で納められる知識もそこまで多くはございません。領民に開示されない情報もございますし、写本するにも時間がかかります」

 今のところは、というのが気になったが、これ以上はネイティオに聞いても仕方がないことだろう。館の規模をどうするか、についてはネイティオの管轄外だろう。そうセーラは思って首を縦に振るに留めた。

「分類はされているのですか?」

「こちらは、追加された時期を基準としています。古い知識の上に新しい知識の目録を積み重ねていきます」

「それでは、目録を調べるのに苦労しませんか?」

 最初の知識と追加された知識が分かれるのは良いにしても、必要な知識を探したりするのは大変だろう。

 すると、ネイティオはきょとんとした顔をした。

「いいえ? 目録はあくまで保管しておくのみで、閲覧がされたことはございません」

「え?」

「領民が必要な知識は、願えば示唆してくれるのですもの。必要ではないと館に判断された知識を目録で探したところで、得られることはないのですから」

 そうだ。ここは()()()()()の力が働いている館だ。検索や管理の基準が目録ではなく、知識の館()()なのだ。

 そう思えば、目録作成は大変なだけで然程重要視されないことも理解できる。となると、とセーラは考えた。

「もしかして、書物の配置も基準はあってないようなものですか?」

「ええ、ええ。アランディア文字に関するものが一階の一番手前に並べてあります。それ以外は、建立当時に分類された通りに並べられ、追加があると上の階へ順次並べられていきます」

「そうなんですか。あの、一つ聞きたいのですが」

 一呼吸おいてセーラは尋ねた。セーラ以外は皆分かるだろうことなので、少し躊躇ったのだ。

「手前はすぐに分かると思いますが、奥の棚の見えないところに置かれた知識はどうやって必要だと分かるのですか?」

 セーラの場合は、ありとあらゆる本が光った。手前に置かれていようが奥に置かれていようがお構いなしにすべてが眩しいくらいに光ったのだ。そして、それに圧倒されたセーラはそんなことを確認せずに手前の目に付いた一冊を手に取ったことを思い出していたため、他の人のことが気になった。

「ええ、ええ。分かりますよ。本と棚と両方示されますもの」

 ネイティオは、セーラのそんな躊躇に気づくことなく普通に教えてくれた。

 ——そうか、棚も光るのか。

 一つ一つ紐解いていく知識の館の謎に、セーラは不謹慎ながらも少しワクワクする。

 ネイティオは、少し真面目な顔になってセーラをじっと見つめた。

「むしろ、重要なのは領民の管理書類です」

 目録から外れた別の話に、セーラは大きく一度瞬きをする。

「管理書類? ですか?」

「ええ。これはお見せすることはできません。領主一族で領主に認められた方と、知識の館で働く者のみの権限となります。人の管理ですから、細心の注意が必要なのです」

 それは分かる。これはアランディア領の機密情報だ。内容が書き換えられたりしてしまえばとんでもないことになる。

「もちろん、守りはあるのですが……。いえ、そうではなく……」

 はきはきとしたネイティオが珍しく言い淀んで、ボルタークの方を見た。

 ボルタークは意図することに気づいたのか、「少し下がります」と言い、玄関まで下がった。セーラからは目を離さず、すぐに動けるように腰にぶら下げた剣の柄に手を置いたままだが、少し遠いので声を潜めれば詳細までは聞こえないだろう。

 ネイティオが顔を近づけて声を潜めたので、セーラもネイティオの方へ耳を傾けた。

「私たちの仕事として、その日来た領民の照合した書類は一度管理室より出します。もちろん表に出すことはありませんが、その日誰が中にいるのか、誰が出て行ったのかを把握する必要があるからです」

「はい。それは分かります」

「ええ、ええ。そして、出る時、どの知識を得たのかが、館様のお力によって記されるのです。知識以外の変更については私たちでいたしますが、知識に関しては館様が行います」

 セーラは少し離れて、ネイティオを凝視した。

「そうです。セーラ様の時に、とんでもないことが起こったのです。資料が、とてつもない速度で更新されて、頁がどんどん増えました。今、セーラ様の資料は、領民の中で一番分厚くなっております」

「ええ?!」

 思わず少し大きい声が出て、慌てて口を手で押さえた。そういうことだったのか、とセーラは合点がいった。どうしてセーラが知識を全部得たということが露呈したのかと思っていたが、ここにも館の力が働いていたのだ。

 ——知識の館様、そういうことは教えておいて欲しかったです……。

 いきなり貴族が来て驚いたあの日を思い出すと、愚痴や文句の一つでも出るというものだ。

 セーラは、少し肩を落として、理解したことをネイティオへ伝える。

「ええ、ええ。でもあの日は出てすぐに倒れられたでしょう? 退館の手続きをしないままでしたが、入館証はちゃんと返却してもらっておりました。私、恥ずかしながら目の前にいないからと、セーラ様の退館手続きを後回しにしたのです」

 その日業務が立て込んでおりまして、と恥ずかしそうに言うネイティオだったが、セーラはまったく関係がないことなので責めるつもりは毛頭ない。もしかしたら叱責でも受けたのかもしれない、とセーラは同情した。

「そして、翌日退館手続きを行った時に、とんでもない事態になりました。領主へすぐ報告いたしましたが、午後にリューシュヴェルド様がお見えになってグレンフィード様が下町へ探しに行かれたのですけれど……」

 その後はセーラは分かる。もうソジュやレグルスは宿を引き払い、急いで南の村まで昏睡しているセーラを運んでいたはずだ。

 その時の気に病むネイティオを想像して、セーラは申し訳なくなった。

「私、あの後、数日目が覚めなかったのです。膨大な知識に身体が追い付かなかったんだと思います。ネイティオには申し訳ないことをしました」

「いいえ、いいえ。それにしても、目録はセーラ様の管理資料を見るのが実は一番早いと思ったのですが、ご自身であってもセーラ様には見せられなくて残念です」

 話を打ち明けて少し気持ちが軽くなったのか、ソランジュに笑顔が戻った。

「問題ありません。私が得たのであれば、頭にはありますもの」

 セーラもにっこり笑った。これを、目録にするのはセーラの仕事だ。

「では、この目録をお預かりして、早速進めていきますね」

「ええ、ええ。では、入館証をお渡しいたします」

「ありがとうございます」

 初めて来たときと同様の入館証を首から下げると、セーラは席を立った。細腕で木箱を抱えると、思ったより重量がある。

 ——畑仕事をしてたじゃない。これくらい大丈夫よ。

 ふんっと一つ鼻息を荒くして、セーラは館の入り口へと向かった。すぐにボルタークが気付き、急いで近寄ってくる。

「ボルターク、扉の外で守っていただけるかしら?」

 セーラは振り返ってボルタークにそう指示した。知識の取得の仕方は、まだ見せることはできない。

 ——それに、知識の館様に呼びかけて応答があったら、困るもん。

「しかし……」

「知識の館様が守ってくださいますから大丈夫です」

 丁寧さを崩さずに言うと、ボルタークは引いた。

「はっ、かしこまりました」

「ありがとう。宜しくお願いしますね。ネイティオも、遅くまで申し訳ないけれどゆっくりなさってください」

 セーラは頷き、ネイティオにも声を掛けると、木箱を抱えたままであの時と変わらない重厚な扉をゆっくりと押し開けた。

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