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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第三話

 太陽が昇りきる少し手前で、馬車は一度止まった。

 近くには小川が流れている。

 ソジュは、馬を馬車から外して木にくくりつけ、水と飼い葉を与えていた。レグルスは小川のそばで石を組んでいる。セーラが森の入り口付近で枝を集めてきて手渡すと、レグルスは石組みの中で着火剤に火をつけて湯を沸かし始めた。

 昼食は朝早くから母親が作ったお弁当だ。お弁当は今日の昼食分しかない。セーラは、湯が沸いた近くの大きな石にソジュとレグルスの包みを置いた。もう一つの石に座って包みを開けると、セーラはソジュを呼んだ。

「父さん、美味しそう。早く食べよう!」

「おお、ちょっと待て。先に食べるなよ」

「うう……。お腹が……限界に近い……。」

 今日のことを想像したセーラは、興奮のあまり殆ど眠れなかった。朝もバタバタしていて、少し口に入れただけだった。出発して数時間経ち、少し気持ちや神経も落ち着いてくると逆に空腹感が増してくるようで、セーラはお腹をさすりながら簡単に汁物を作るレグルスを見る。

「あ~、良い匂い」

「そろそろ良さそうかな。簡単で申し訳ないけど」

「ううん、村の外でこうして食べるなんて初めてだもん。私が分からないから手伝えなくてごめんなさい。何かできることある?」

「あ、じゃあ、カップを小川で洗ってもらえるかな」

「分かった」

 三人分の木造りのカップを小川で濯ぐ。サラサラと流れる水は、太陽の光がキラキラと反射し、とてもきれいだ。

 セーラは少し遠くに光る川の流れを見ながら、ほうっとため息を吐いた。

 ソジュが馬の世話を終えたのか、手を洗いに隣に来る。

「ほら、早くレグルスのところに持って行ってやれ」

「あっ」

 見るものすべてが新鮮で、好奇心が都度注意を散漫にさせるようだ。セーラは慌ててレグルスにカップを渡した。

「神と精霊と大地、すべての恵みに感謝を」

 大きな石に並んで座ると目を閉じて定例のお祈りをする。その後、具の入っていないスープを一口飲んだ。

「美味しい」

「そうかい? そりゃ良かった。さ、お弁当も食べよう。これは美味しそうだ」

 レグルスとソディも包みを開け、簡単に手で食べれるように作られた、麺麭パンに肉や野菜を挟んだものにかぶりついた。

「今年は干し肉がうまくできましたね。いい味が出てる」

「そうだな」

 今回の商品でもある干し肉は、塩味が効いていて美味しかった。三人ともすぐに食べ切り、食後のスープをおかわりしながらセーラは二人に聞いた。

「そういや、今日の夕ご飯は泊まるところで食べるんだよね? 明日の昼はどうするの? お弁当作れないよ」

「ああ、宿でちゃんと作ってもらえるようになっているんだ。どこの宿でも金さえ払えばな」

 ソジュは肩を竦めた。

「セーラは宿に泊まったことないし、村に宿もないから分からんだろうが。まあ食事の心配はしなくてもいい。万が一手に入らなかった場合は荷台にもある」

「そりゃ商品でしょ」

 とレグルスは笑いながら、セーラに説明する。

「それは冗談にしても、荷送部が定期的に領都と行き来しているからね。懇意にしている宿もあるし、食事の手配もいつものことだから不足になることはないよ。大丈夫」

 セーラは頷いた。

「そうなんだ。他の村って全然違う? どんなところ?」

「そうだな……。直轄地ってわかる?」

「ううん」

 直轄地とは、アランディア領が直接治めている土地のことだ。基本的には領都の周辺が直轄地になり、その他の地域は領主に仕える貴族が治めている。地域ごとに管理し、税を領主に治めるのだ。南の村は南の辺境にあるので、領都と南の村の間にある地域を通ることになる。

「南の村は、どこの管理になるの?」

「南の村は直轄地なんだ」

「え? 直轄地は領都周辺って言わなかった?」

「そうなんだよ。領都周辺と、南の村が直轄地なんだ。きちんと管理しないといけないから、他の土地は徴税官が徴税に訪れるのが普通なんだけど、南の村は税を()()()いくだろ?」

「うん。なぜ?」

「アランディア領自体が国から、国境の警備の任を請け負っているからね。基本的に端っこの南の村も、警備が実は一番(かなめ)となる任務なんだ。作物とかの税は二の次なんだよ」

 何となく分かった気はするもののセーラの疑問は晴れない。

「村より南は何もないって思ってたけど、国境ってことは国があるってこと?」

「それは分からないんだ。俺たちには聞かされてないだけであるのかもしれないし、統治されてないだけで警戒しないといけないのかもしれない。ただ、門を作って囲うのではなく、人を募って警備をさせているっていうのが南の村なんだ」

 レグルスは、それでも、と続けた。

「今までに何かあったためしはないし、税が余所より軽くて生きやすいからね。辺境であっても」

 セーラは、今まで人よりも分からないことが多い中で生きてきたからか、「分からない」ということがあまり好きではなかったけれど、今までと同様それで納得した。

 ソジュは言葉少なに話を聞きながら、三度おかわりしたスープを飲み干すと、腰を上げた。

「じゃあ、先へ行こうか。今日中にコランドル内に入っておかないと」

 コランドルというのが、南の村と領都の直轄地に挟まれた貴族が管理する土地なんだ、と先ほどの話からセーラは理解し、食器を洗って火が一切残らないように砂をかけて片付けた。


 旅は順調に進んでいた。

 小川の流れを見ながら、田舎道を馬車は進んでいく。

 途中、馬のためにも何度か休憩を挟みながら、一行はコランドルへ向かっていた。クッションがあるからまだマシだ、とは言えるが、きちんと舗装された道でもなく馬車は大いに揺れた。揺れに対して気分が悪くなる者も多いとセーラは聞いていたが、新しく見るものに神経が張っていたのだろうか、気持ちが悪くなることはなかった。

 なかったが、じっと座っているとやはり体が痛くなってくる。ずっと同じような道で、目に見えるものも変わり映えが無くなってくると、セーラは体の痛みと同時に眠気を感じ、荷台の中でうとうとしながらそのまま眠りについた。


 夢の中で、セーラは先ほど話をしていた、南の村より更に南にいた。

 ——あれ? 村は……どこ?

 振り返ると、村の南端の丘に立派に育つ大樹が遠くに歪んで見える。

 ——ああ、私は村よりずっと南へ来たのね。

 何故かすっと腑に落ちて、疑問も持たずに南へと一人歩いていく。しばらくすると足が重くなり、なぜだろうと下を見ると、砂で足が覆われていた。引き抜くにも時間がかかり、体力がどんどん取られるようだ。このサラサラと流れる様な砂は、見た目とは違って水分を含んだように重く、セーラは儘ならない歩みに焦燥感に駆られた。

 ——早く、早く行かなきゃ。うまく足が動かない……この……! 早くしないと!

 ずっとずっと続く重みに、耐えきれなくなって涙がこぼれてきた。思うようにいかない砂にも、自分にも腹が立ってくる。上手く砂の上に乗ろうとするのだが、必ず砂を突き抜けて、次の足を引き出すにも時間がかかってしまうのだ。

 そこでふと気づく。早く行かないと、何がどうなのだ?

 この砂は、何なのだ?

 なぜ、私は焦っているのだ?

 そうして、夢だと気づいた時に、遠くから声が聞こえた気がした。


「……ラ。……セーラ。そろそろ起きなさい」

「う……」

 体がとても重い。どうやら汗もかいているようだ。

 セーラがぼんやり覚醒していくと、座っていたはずの自分はクッションの上の丸まっており、膝をぎゅっと抱えて眠っていたようだ。

 何だか足も腕もしびれており、それを解放して痺れが治まるのを待ちながら、ふと心に残った声を反芻した。

 ——父さんの声? う~ん……。何だか聞いたことない声だった気が。何て言ってたっけ。 ……あれ? どんな夢だったっけ?

 そう思ったときに、ぱっと目が覚めて起き上がる。

「父さん、寝ちゃった」

 そう言った自分の声が掠れていて、セーラは喉の渇きを同時に感じて首に手をやった。

「水、欲しい」

「おはよう」

 そう言いながら、レグルスが御者台から振り返って丸みのある革袋に入った水筒をセーラに渡す。

「疲れたかな? よく寝てたね……ってすごい汗!」

 頬から顎へと流れた汗を腕で拭いながら、セーラはごくごくと水を飲んだ。

「ふう。なんか夢見ちゃったみたいで」

 水を飲んで落ち着いたのか、恥ずかしそうにセーラは言った。

「右手の脇に、何枚か布を置いてあるだろう。着替えはないからちゃんと拭いておきなさい」

 ソジュが、前を見たまま右手で荷台の右の方を指した。

 セーラは一枚布を取って、丁寧に顔や首回りを拭きながら、二人の背中越しに外を見た。どうやら、寝入っている間に夕方になっていたようだ。日は残っているものの、すぐに暗くなりそうな気配だ。

「そろそろ、コランドルの街に入るからな」

「あれが門?」

 目を細めて遠くを見ると、門が見えた。揺れが少なくなっていたことにふと気づき、地面を見ると舗装されている。

 セーラは街が近づいてきたことを実感し、また少しワクワクして御者台の方に身を乗り出した。

 横目でその様子を見たソジュは、ちょっとため息を吐きながらセーラの頭巾を深く下ろした。

「わわっ!」

「こら。髪の毛が出てる。門では?」

「きょろきょろしない!」

 反射で右手を上げて、セーラは大人しく荷台へ戻った。

 それを見て笑いを堪えながら、レグルスはセーラにもう一度言った。

「そろそろ街を出てた人も帰って来る時間だし、人が多くなるから我慢してね」

 その言葉に人の流れが気になったが、セーラは諦めて頭巾を深く被り、クッションに座りなおした。


 セーラは先にソジュ達から聞いていた。門では、荷物の一覧表や行き先等を記した書類を確認してもらって、門番に判をついてもらうのだ。しばらく門で留まることを知っていたため、息を潜めて大人しくしつつ、セーラは耳を澄ませた。

「南の村か。今回はセルンやポールじゃないんだな」

 書類をめくる音と、門番の声が聞こえる。

「ああ。荷送部隊は今回は留守番だ」

「なぜだ?」

「知識の館に初めて向かう子が一人いたんでな。病弱なため、管理ができる親の引率が必要だったからな、交代した」

 病弱以外の嘘は交えずにソジュが言う。何でも、嘘は重ねれば重ねる程に辻褄が合わなくなってくる、とソジュに聞いたことをセーラは思い出した。「正直ほど強いもんはないんだ、例え頭に馬鹿が付こうとな」とソジュが言っていたことも改めて思い出し、それでもセーラのために嘘をかざるを得ないソジュの負担を思うと、娘として少し申し訳なくなった。

「どれ?」

 と門番が荷台を確認しに来る。少し緊張しながら、改めて顔を伏せた。

「こりゃ色の白い子だな。しかし、初めての知識の館って……結構大きい子じゃないか。行ったことがないのかい?なぜ?」

 セーラに聞いていることは分かったが、顔を上げれないから答えることもできない。何より、緊張していた。知らない人から話しかけられるのは、ほとんどないにも等しいからだ。

 南の村に訪れる南へ向かう旅人も、直接話しかけてくる人はほとんどいなかった。

 心配になったのか、御者台を降りて普通の顔を装いながらソジュが後ろに回ってくる。

「ああ、病弱だって言っただろ。村から出られなかったんだ」

「そうか」

 少し門番の声が同情の色を帯びた。

「それでも十五の儀までに一度は……な」

「そうか」

 門番は言葉少なになり、荷物を確認すると、御者台の方へ回った。セーラは少しほっとする。

「不備はなさそうだな。滞在は今日一日だけか?」

「ああ、明日の朝には北の門から出るよ」

「分かった。気をつけてな。……お嬢ちゃんも!」

 最後の言葉は大きく、セーラに聞こえるように門番は言う。顔を上げずにセーラがコクコクと頷くと同時に、馬車が動き出すのが分かった。

 少し手の平が冷たくじわっと汗をかきつつも頭巾がずれないように抑えたままだ。

 御者台から、低く押さえたソジュの声が聞こえた。

「宿まではそのままでいるんだぞ」

「……分かってる」

 セーラも声を押さえたままで周りを見ずにソジュに答えた。

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