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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第七話

 セーラは、窓辺に置かれた籐の椅子にもたれて、雨が止んで水滴がぽとぽと落ちる窓から外を眺めながらほっと一息ついていた。

 椅子とセットの丸テーブルには、本が置かれている。

 この椅子とテーブルは、午前中のサヤアーヤとの勉強中に、ゼレットが運び入れてくれたものだ。

 先ほど、昼食と称した初めての食べ方訓練を終え、サヤアーヤは帰った。

「つ……疲れた~!」

 思わず独り言を言って、テーブルに突っ伏して頭を休める。

 柔らかな表情にもかかわらずピリピリ緊張した空気と、駄目出しのオンパレードと、美味しいはずなのに味がしない食事のセット。

 どれをとっても楽しい時間であるはずがない。

「ほら、セーラ様。お行儀が……」

「分かってる!」

 ソイエッテが指摘すると、上半身を上げたがむくれたままそう答える。

 すると、ソイエッテが変わった香りのするお茶をテーブルに置いた。

「気を落ち着けると言われている薬草茶です。もう少し時間がありますので、少し落ち着きましょう」

「……。ソイエッテ、ありがとう。ごめんなさい」

 一口飲むと、変わった香りが口に広がった。しかし、確かに気持ちは徐々に落ち着いていく。

「初めてのことですから、一気に詰め込みすぎな気も致しますが、本当に時間がないんでしょうね」

「……。頑張るわ。サヤアーヤ様の笑顔が、怖くないと感じるくらいにはなりたいもん……なりたいもの。それに、美人だから、より一層怖く見えるのよ」

 途中、言葉遣いを直しながら、セーラはサヤアーヤの笑顔を思い出した。笑顔にも種類があるのは知っていたが、あんなに真逆の意志を持った笑顔は初めてだ。

「それは、そうとも言い切れませんが」

 少し、ソイエッテの肩が震えているような気がして、セーラは何か間違えたかと首を傾げた。ソイエッテは、首を振って一歩下がった。

「いえ、訓練は毎日の繰り返しになります。明日は今日の会話に加えて、立ち居振る舞いもと仰ってましたから、最初に教えて日々繰り返すようにするのかもしれません。知識の下地はあるわけですから」

「なるほど……。最初が肝心なのね。確かに紐づいて理解ができれば大丈夫だと思うわ」

 先ほどの訓練を思い出しつつもう一度お茶を飲み、心を落ち着けた。ちゃんと向き合って違うことを指摘しては教えることを繰り返してくれたサヤアーヤも、きっと疲れたに違いないとセーラは思った。

「そう言えば、この邸の見取り図ってあるのかな……かしら? こんな、あっ、このような広いお邸は初めてなので迷いそうなのです」

 セーラは、把握できていない邸内についてソイエッテに尋ねた。

「基本的には、お一人で邸内を歩かれることはないので大丈夫だと思いますが、後ほどゼレットに尋ねてみてはどうでしょう?」

「分かりました」

 そんな話をしていると、ちょうど良くゼレットとボルタークが連れ立って部屋に入ってきた。

 そのまま尋ねてみたが、ソイエッテと同じ回答が返ってくる。

 ——そうか。迷うと思っていたけど、一人で人の邸を勝手に歩き回るなんてことはないのね。淑女は必ずお付きがいる……と。

「では、参りましょう。使用人一同集まっておりますので、ご挨拶させていただきます」

 ゼレットがセーラを促し、部屋から集まっている部屋へ移動する。

「何人くらいいるのかしら?」

「今は、料理人が一名。庭師が一名。それから私とソイエッテ。後は最低限、邸を維持するのに必要な使用人が二名です。料理人と庭師、使用人の内一名は下働きの者で平民です」

「私が平民だと知っているのですか?」

「いいえ。リューシュヴェルド様の保護下にあり、現在別邸にて勉強中とだけ。あまり顔を合わせることもないでしょうし、お披露目までは彼らを守る上でも距離は置いていただく方がよろしいでしょう」

 セーラは、力強く頷いた。どこからどう漏れるか分からないのだ。

「ええ。危険のないように配慮します」

「これは驚きました」

 ボルタークが割って入ってきた。

 セーラは、少し後ろを歩いているボルタークを振り返る。

「午前中だけで、言葉遣いが少し良くなっていますね」

 本当に驚いたようだ。生真面目な顔はそのまま、眉を上げてセーラをまじまじと見ている。

「今に見てなさいと言ったでしょう?」

 心持ち胸を逸らしながら、セーラは口元を綻ばせながら得意気に言った。

「いや、素晴らしい。さすがはグレンフィード様の姉君です」

「え?」

「サヤアーヤ様に習って、もっと精進くださいませ」

 うんうん、と深く頷くボルタークを見ると、心からサヤアーヤを尊敬しているのがセーラに伝わってくる。

 ——何よ! 私だって頑張ったのに!

「私の頑張りも褒めてくださるのが礼儀では?」

 セーラが冷たく言うと、ボルタークは何を言っているのか、とまた驚いた顔をした。

「えっ? 褒めていますよ?」

 セーラは呆れた。これでも褒めているつもりらしい。

「分かりました。ボルタークは褒めるのが不得手なのですね。もっと精進くださいませ」

「なっ……!」

 つんっと、セーラは前に向き直った。もちろん、後ろから聞こえるボルタークの声は無視だ。

 ゼレットが声を出さずに笑いを堪えているのを見て、セーラは、やっぱり淑女への道は遠いと悟った。

 ——今に見てなさいよ!

 セーラが決意に燃えている内に、使用人が集う部屋に到着した。

 ゼレットにエスコートされたセーラが部屋に入ると、皆一様に驚いた顔をしている。飛び上がらないまでも、口に手を当てていたり頭を掻いていたりする様子を見て、セーラは怖がられないようににっこりと微笑んだ。

 緊張で自分の顔の筋肉が強張るのが分かる。

 ——だめ。笑顔、笑顔。

 強張るのを隠すように、一層、セーラはにっこりと微笑んだ。

 ゼレットが、紹介をしていく。

「セーラ様、こちらが邸に仕える者たちです。セーラ様から見て左端から、料理人のオルデン、庭師のドッカ、それから私の下で見習い中のヒースリーと下働きのナロです」

 それぞれ名前を呼ばれるたび、頭を下げていく。女性がいるかと思ったが、全員男性だった。

 オルデンが一番年上のようで、口ひげを蓄えている。ドッカは二十歳くらいの若者で上着の袖を捲って筋肉質な腕を露わにしていた。ヒースリーは、ゼレットと同様質のいい服に身を固め、姿勢がいい。セーラより少し年上くらいに見える。ナロは三十歳くらいだろうか、おどおどしているように手を前で組み合わせて揉んでいた。

「皆、こちらが、今回淑女教育のためにこちらに滞在することになった、セーラ様だ。容姿が皆と違うため困惑することもあるかと思うが、誠心誠意、お仕えしていただきたい」

 ゼレットは、淑女教育と皆に理解しやすいように伝えた。セーラの身分や出自を言わずに高位の者だと含みを持たせた言い方に、セーラは舌を巻く。

 ——わあ、私には無理そう。

 心の中でそんなことを思いながら、セーラは一歩前に出た。立ち居振舞いはまだ訓練はしていない。しかし、頭の中にやり方はあるし、実際に目にもしている。セーラは、サヤアーヤを真似てスカートを持ち上げ、挨拶した。セーラがサヤアーヤになったつもりで挨拶をしなければいけない。相手は目上ではないのだ。

「皆さん、私はセーラと申します。皆と見た目は違いますが、他に違いはありません。通常通り、宜しくお願いいたします」

 皆、恐々とセーラを見ながら、挨拶を返した。

 ゼレットを見ると頷いているので、問題はないようだ。セーラは、笑顔を絶やさぬように気を付けながら一歩下がった。

 ヒースリーは、納得したような目でセーラを見ていることに気づいた。

 ——この人が貴族の人かな? もしかしたら、加護持ちのこと知っているのかも。

「セーラ様は、見た目こそ違えど普通のご令嬢であります。ただ、見た目が違うことで欲に眩んだ人間に狙われやすい。そのため、第二公子殿下が保護してこの邸に滞在することになったのです。セーラ様がこの邸に滞在していることは、他言禁止です。漏れたら、貴方がたも含めて危険になる恐れがあること、加えて、処分対象になることは間違いないでしょう」

 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえ、慌ててヒースリーが跪くと、皆がそれに倣ってその場で跪き首を垂れた。

 そのまま、セーラはゼレットに促され、部屋を出る。

 戻りながら、セーラは不安になってゼレットに尋ねた。

「あれで良かったのかな……かしら?」

「ええ、多少(つた)なくはありましたが、問題ございません。ご立派でしたよ」

「ならいいのですけど……。そう言えば、全員男性なんですね」

 ゼレットは頷いた。

「邸の維持には女性の方が助かることも多いのは事実ですが、不都合もあるのです」

「何ですか?」

 村では家事をするのは女性だ。掃除や洗濯なども、男性がするのだろうか。下着は自分で洗いたいな、とセーラは後でソイエッテに尋ねてみようと心に留め置きながら理由を尋ねる。

「女性は、男性より口が軽い者が多いのです。もちろん一括りにはできませんが。今まで働いていた使用人の中で、選別ができなかったというのが正直なところです」

 困ったようにゼレットが笑った。

「もちろん、こちらには今まで来客もいましたし、その際の教育は徹底していましたが、重要な来客の対応は私が主に行っていましたので問題はなかったのです。ただ、今回は……」

「私は、対応以前の話で、見かけただけで話の種になってしまうということですね」

「ご理解が早くて助かります」

 女性の噂話なら、セーラの方が知見がある。セーラだって大好きなのだ。きっと、使用人の立場なら、危険なことも忘れて仲間内で話してしまうだろう。知らない間に声も大きくなって、どこでどうなるか分かったもんじゃない。

 セーラは、ここまで緻密に考えて采配してくれたゼレットの手腕をありがたく思った。

「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます」

 セーラは心からゼレットに感謝をした。

「では、これから休憩時間とします」

「え?」

  ——午後は、顔合わせで時間を結構使うと朝言っていたような……? あれ? そういや終わった?

 ゼレットは苦笑した。

「本当は、厨房や庭などをご案内しながらそれぞれ顔合わせを行う予定だったのですが、雨ですし、サヤアーヤ様の報告もあって、休憩時間を多めに用意させていただきました」

 サヤアーヤ様は厳しかったようですね、と言いながら、ゼレットが敢えて使用人を集めたことをセーラに報告する。

「わあ、気遣っていただいてありがとうございます」

「とんでもないことです」

 セーラは嬉しくなった。時間が結構ある。得た知識の概要はまだ出来上がっていないし、文字の練習もしておこう。そんなことを思いながら部屋へ向かう。

 ゼレットは、セーラの案内をボルタークに任せると仕事へ戻っていった。

 ゼレットと話をしている間に近くまで戻っていたようで、部屋にはすぐに辿り着く。

「私は、この後報告をしに城へ行ってまいります。知識の館に向かう前には戻りますので、お部屋から出ないよう」

「分かりました。お気をつけて」

 ボルタークを送り出すと、セーラはサヤアーヤから預かった本を取ろうとテーブルを見た。すると、先ほど置いた本がそこにない。

「ソイエッテ、さっきサヤアーヤ先生から預かった本はどこ?」

 慌てていたため、言葉遣いに注意が行かない。

「セーラ様、戸棚に閉まっております」

 セーラが取り出しに行こうとすると、ソイエッテに止められた。

「セーラ様、欲しい物は私に仰ってください。セーラ様が動いてはいけません」

「あっ」

 ソイエッテの言葉に、戸棚に向かっていたセーラは途中でピタッと止まる。

 ——そっか。やっちゃった~。

 いそいそと執務机についてから、改めてソイエッテに話しかけた。

「ソイエッテ、サヤアーヤ先生からお預かりした本を持ってきてください」

「かしこまりました」

 ——ふう。危ない危ない。

 心の中で汗を流しながら、セーラは本を持ってきたソイエッテに、しばらく部屋を出るよう告げる。

「なぜですか?」

 伏し目がちにソイエッテが尋ねる。

 セーラの意志でソイエッテの行動を指示するのが初めてだったからだろう。

「今から、知識を得ます。これはリュース様にも言われてないことだけど、あまり人に見せていいことではないと思うの」

 ソイエッテは、少し眉を上げた。

「分かりました。お茶と、お菓子を用意してまいりましょう」

「わあ、お菓子! ありがとう」

「どのくらいの間、部屋を離れていればよろしいでしょうか?」

 ソイエッテは納得して扉へ向かったが、ふと気づいたのか、振り返って尋ねた。

「そうね。ほんの一瞬だから、あまり気にしなくて大丈夫よ! お菓子楽しみにしてます」

 ()()()()()というセーラの言葉に、理解が追い付いていないかのようだったが、セーラは嘘は言っていない。知識を得るのは本当にほんの一瞬なのだ。

 ソイエッテが出てすぐに、セーラはいつものように祈って手の平を目の前にかざした。知識が光って渦を描きながら手の平から入ってくる。

 知識というか新しい()()だ。騎士や姫が出てくる物語で、三冊に分かれた大作だ。貴族の家の在り方やそれに振り回される主人公の葛藤などが描かれているようで、勉強になるから、とサヤアーヤは帰り際に言っていた。

 物語が知識として得られるかどうか分からなかったが、できたようだ。

 ——でも、本を読んだことがないから分からないけど。これは、一瞬で理解するより読んだ方が、感情的に良さそう。

 物語を一瞬で知識と同じように得ると、感動も何もないのだ。

 後でもう一度ちゃんと読もう、とセーラは思ったが、初めて読む本が、大長編な上に既に知っている話になるとは不思議なことだ、と思わざるを得なかった。

 ソイエッテがお菓子を持って戻ってきた。

 セーラが大人しく椅子に座っているの見て、少しほっとした様子を見せながら用意をしていく。

 セーラはソファに移動し、用意してくれたお茶とお菓子を楽しんだ。

「美味しい。こんなお菓子初めて!」

 村では……、と言いかけたが、村の話は言ってはいけないことをセーラは思い出し、一旦村での思い出に蓋をした。

 ——怒られるところだった。良かった。

 その代わり、先ほど疑問に思った生活のことをソイエッテに尋ねる。

「え? 洗濯……ですか?」

「ええ。今、この邸には女性が私とソイエッテしかいないって初めて知ったの」

「ええ、そうですね」

「男の人に洗濯をお願いするというのは、私としては避けたいのだけど……」

「もちろん、セーラ様の身の回りのことはすべて私が致します。触らせないのでご安心ください」

 何を言っているのか、という目で見られて、セーラはまたヒヤヒヤした。どうやら、心配は無用だったようだ。空回ってしまったかもしれない。

「そう、それなら良かった……ほほ」

 口元に手を当てて令嬢がしそうな笑い方を敢えてしながら、お茶を飲み干すと、執務机に急いで戻る。

「セーラ様? 今は休憩時間では?」

 ソイエッテが尋ねたが、セーラは引き出しから羊皮紙を取り出しインクの蓋を開けると、笑顔で答えた。

「ええ。でも時間があるので、知識を纏めます。リュース様にも言われているし、文字を書く訓練にもなるから」

「まあ、まだ頑張るのですか? あまり根を詰めない方が良いと思いますが……」

「ええ、疲れたら休みますので大丈夫」

「では、私はしばらく部屋を出て用事を済ませてまいります」

「分かりました。あっ、サヤアーヤ先生の本は後で読み直すのでまだ直さなくていいです」

 ソイエッテが机の端に置かれた本を直そうとしたので、セーラは慌てて止めた。

「……かしこまりました」

 ——よし! 文字の練習頑張るぞ!

 リューシュヴェルドから預かった本から得た知識を思い出しながら、羽ペンにインクを付ける。

 ソイエッテは、気になるのか、何度も振り返りながら部屋を出て行った。

 セーラが頑張る気になったのは、空回りの恥ずかしさを隠すためだとは、どうやら気づかなかったらしい。

 ——気付かないでくれて、ありがとう!

 セーラは、一生懸命羊皮紙にペンを走らせながらそう思った。

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