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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
35/72

第二章 加護の探究 第五話

 ——どういう、こと?

 顔を拭ったセーラは、リューシュヴェルドが出て行ったことによって涙が止まったことに気が付いた。

 ——ど……どうしよう。このまま一人でここにいていいのかな?

 部屋の主がいないことで落ち着かない気分になったセーラは、所在なさげにソワソワと部屋を見回してみる。

 ところが、壁に置かれた書棚や飾り棚にはほとんど何も置かれておらず、一周見回しても心留まるところがない。

 ——あまり物がないのね。あっ、そっか。こっちは別邸だから、別邸で執務はあまりしないのかも。

 セーラは想像で決着をつけたが、それにしても、と思い出す。

 ——それにしても、リュース様は私が泣いたのが気に障ったのかな? 私も何で泣いたのかは分からないけど、このまま誰も来なかったらどうしよう。勝手に出たら、怒られるかな。

 しばらく待ってみたが、誰の足音もしない。

 そろそろと立ち上がり、扉まで行ってセーラは耳を澄ませた。

 やはり人の気配はなさそうだ。部屋までの道順は分からないが、誰かがいれば聞いてみればいい。

 ——そういや、人が減ったって言ってたな。……まあ、何とかなるか。

 セーラはショールを巻き付けて、うっすらと扉を開けてみた。

 そのままそうっと外へ半身を出してみる。

 ——ええっと、どっちから来たんだっけ?

 セーラは、少しひんやり感じる長い廊下の先を見て反対側を見ようと振り返ると、目の前がなぜか真っ黒だった。

 ——あれ? ここって突き当りだったっけ?

 目をパチパチさせて、セーラは焦点を合わせる。

「何をしているんですか?」

「わあああ!」

 尖った声が上の方から突然聞こえて、身を屈めていたセーラはそのまま扉の中へ反射的に入ろうとし、頭をぶつけた。

 ドンッという鈍い音が聞こえて、セーラはその場にうずくまる。

「いたっ! うう~」

 今度は別の涙がこみあげてくるのを感じながら、セーラは頭を抱え込んで痛みを堪えた。

「……何をしているんですか?」

 たっぷり間を取った後にまた同じ言葉が聞こえ、セーラは涙目で見上げた。

「ボルターク様」

「ボルタークとお呼びください。落ち着きがなさすぎでしょう」

 セーラはボルタークに助け起こされながら、黒く見えたのはボルタークの制服だったのか、と変なところに気が付いて納得する。

「ごめんなさい。どうしていいのか分からなくて、一人で戻ろうと挑戦しようと……」

 顔を上げたセーラを見て、ボルタークが嫌そうな顔をした。

「セーラは泣きすぎです。ま~た泣いたんですね」

 村の時から、ボルタークにはセーラが泣いているところを見られているのだ。

 恥ずかしくなって、セーラはもごもごと言葉にならない言葉を発しながら下を向いた。

「そんなこと言ったって……」

「はいはい。とりあえず部屋まで護衛させていただきますよ」

 セーラはボルタークに腕を引っ張られて部屋から出された。

「ちょっとっ……、もうちょっと丁寧にしてくださいよ」

「はいはい。セーラが行儀を学んだら、きちんとエスコートしますよ。今私がしても、応えられないでしょう」

「うっ……! そんなことないわよ!」

 意地の悪いボルタークの言葉に、思わずセーラは丁寧さを捨てて答えてしまった。

「ははは! こりゃ、淑女への道程は長そうだ!」

 ボルタークは笑い、セーラも一度怒った顔をしたものの、ほっと息を吐き笑った。

「確かに長いかも。ボルタークも長い目で見てくんなきゃ、ですからね」

「まあ、そりゃ、一朝一夕に身に着くなんて思ってません。できずに悔しがるセーラが想像つきますので、その姿を実際に見せていただくことを心から楽しみにしましょう」

「それ、私を笑い者にしたいだけなんでしょ?」

「そうとも言います」

「ふんっ! 今に見てなさいよ」

 ボルタークとセーラは部屋へ向かいながら、冗談のような喧嘩のようなやり取りを続けた。


「ボルタークさ……ボルターク」

 セーラも見覚えのある廊下の角を曲がって、部屋が見えるところまで来た時にセーラがボルタークに呼び掛けた。

 ボルタークが咎めるような目をしたので、そんな目で見なくても、とセーラは思う。まだ間違えそうになるのは、致し方ないだろう。

「何です?」

「なぜ、ボルタークはいきなり丁寧な言葉を私に使うようになったんですか? 私は平民なのに、貴族様相手に敬称付けちゃいけないとリュース様は言うし、正直ちょっと戸惑ってて……」

「それを私に聞きます?」

 暗にリューシュヴェルドに聞け、と言われたような気がしたが、セーラは怯まずに答えた。

「だって! そんなこと聞けないですもん。命令には逆らっちゃいけない雲の上の人ですよ?」

「気安くリュース様と呼ぶのに、ですか?」

「それはっ! リュース様のお名前が長いからです。噛んだり言えなかったりするより良いでしょう?」

「はははっ、言えなかったのですか! でも、領主一族は総じて長く難しい名を与えられることが多いようです。他の方にもお気を付けを」

 その場にいなかったボルタークは、気安く呼んだだけだと思ったのだろう。()()()()()()ということを知って、笑いながらセーラに教えた。

「えっ?! そうなのですか?」

 セーラは驚いた。リューシュヴェルド以外に難しい名前が増えるとは、これは舌の訓練が必要かもしれない。

「村ではあまり発音しない音は、訓練しないといけないかも……ってそうじゃなくて! 話が逸れてますよ」

「ああ、失礼しました。私から話していいことかどうかは分かりませんが、前提として、加護持ちは()()なんです。国のため、領のため、人々のためにその奇跡の力を発揮されるものだと聞いています」

「なるほど……。私の場合は、それが知識なのか。確かに、不思議だし奇跡のようだとも思うけど、それがどう国や領、人々のためになるかは分かんないな……」

「それこそ、リューシュヴェルド様にお任せしてください。私も今までこのように近くでお会いするのは無かった方ですが、とても聡明だと聞いています」

「はい。リュース様のために知識を使うように、とめいを受けました」

 頭脳になれ、と言われたことをそのまま言うのは気が引けた。

「それで大丈夫です。ただ、その奇跡が利や欲に使われると、途端に強大な悪影響を及ぼしますからね。どんな加護であっても」

「それも聞きました。そして、建国以降、加護持ちが激減していることと、平民に加護持ちがいた例がないことで私が希少なこと、それから加護が色に現れるから私は悪用されないように気を付けないといけないこと」

 セーラは、この別邸に到着した時にリューシュヴェルドから受けた話を思い出しながら言った。

「えっ?! そこまで聞いてて何で分からないんですか? バ……いえ、失礼しました」

 ボルタークは、自分が説明していたことをセーラが既に知っていたことに驚いた。

 セーラは、ボルタークが何を口走りそうになったかを理解しながら口を尖らせた。じろっとボルタークを睨みつける。

「だって、それが私に対する態度が変化したこととどう繋がるかなんて、分からないもん。私は平民ですよ? もちろん、だからって虐げられるのは嫌だけど、貴族から慇懃いんぎんな扱いを受けるのもおかしいでしょう?」

 ボルタークは、ああ、と合点が言ったように頷いた。

「そうか。セーラは、自分が加護持ちだということよりも平民だということの比重が大きいんですね」

 セーラはきょとんとする。どういうことだろうか。

 ボルタークは、話しながら到着した部屋の前で立ち止まり、思案しながらセーラを振り返った。

「そうだなあ……。私も話にしか聞いたことがないですが、加護持ちには、その力にあった権力が自然と与えられたようです。その力を目にした人々からは崇められることが多かったようですし、わざわざ誰かが与えずとも、その力を遺憾なく発揮できる環境に加護自体が導くのだという噂も聞いたことがあります」

 セーラは、自分が持ったことのない権力がどのようなものなのかが分からなかった。

「その権力っていうものが、私にはよく分からないんです。どれくらいの立場なんですか?」

「う~ん」

 ボルタークは難しそうな顔をした。立場や階級、婚姻関係まで含めると複雑になりがちな社会の説明を、平民の娘にどう説明したものか、という独り言を呟く。セーラはそれを聞いて思った。だから、リュース様は詳しく説明しなかったのかも、と。

「今回に限りだと思って聞いてください。加護持ちが現れる場所に統治者がいる場合、統治者を凌駕する例がなかったわけではないし、規則や分類があるわけではありません」

「分かりました」

「セーラの頭に理解できるように言うと、アランディア領主一族よりは下、その他の貴族よりは上」

「ええっ?! そんなことある?」

 セーラは、驚きすぎて言葉が乱れるのも気付かず声を上げた。

「あるんですよ。それが加護です。今回は、セーラが平民だったため環境や常識に変化が多すぎて難しいかもしれませんが」

 その通りだ、とセーラは思った。変化に頭と気持ちがまったく追い付いていないのである。

「うう、頭が痛い」

「それはこちらもそうですよ。でも、危険を排除して皆に()()()()を認めさせるためには、セーラが平民であろうとなかろうと淑女らしく振舞って、その立場が当たり前の顔をしなくてはならない、とグレンフィード様が仰ってました。つまり、セーラの周りもそう振舞わなければならない、と」

 結局のところ、セーラの加護を悪用されないために、かつリューシュヴェルドが使いやすくするために周りから固めるということなのだろう。

「ボルターク、ごめんなさい。分かりたくないけど、理解できたみたい」

 ボルタークは肩を竦めて、これ以上はリューシュヴェルド様に、と話を打ち切った。

「今日は疲れたでしょう。部屋は侍女が整えているでしょうから、ゆっくり休んでください」

「ありがとう……ございます」

 ——知識を得た時より、頭がぐるぐるする気がする。私がどうなるのか、私にも分からないや。

 セーラは、こめかみをぐりぐりと揉みながら、気分を落ち着ける。

 ボルタークは生真面目な顔に少しだけ優しさを覗かせると、その場に跪いた。

()()()()。南の村から領都までの道中、私の話を聞いてご存知と思いますが、私は近衛騎士隊に入って領主一族をお守りする騎士になることが夢でした。グレンフィード様のように強くなりたい。努力はしてまいりましたが下位貴族にとっては過分な夢、このように早々叶うことになるとは思いもよりませんでした。それもこれも、セーラ様のお陰にございます。平民だろうが口が悪かろうが馬鹿だろうが、専属護衛として必ずお守りします」

 セーラがボルタークのために働きかけた訳ではない。そんな言葉が出ることに、セーラは恐縮しかけたが、最後の言葉で姿勢が伸びて眉間にしわが寄る。

「ん? 何か不要な言葉が聞こえましたけど」

「気のせいでしょう。必ずお守りします」

 生真面目な顔を崩さずに言いながら立ち上がるボルタークは、これにて失礼と一言言うと、元来た廊下を戻っていく。

 ——ぬぬ……、ボルタークめ。口が悪いのはお互い様でしょうが。

 セーラはボルタークの背中に、いーっだ、と顔を顰しかめながら呟き、部屋へ入った。


「お帰りなさいませ」

 セーラが開けたドアから風が入ったのか、柔らかい蝋燭の灯が揺れて暖かみを感じる部屋の奥から、ソイエッテが近寄り頭を下げた。

「あっ! えっと、ソイエッテ、でしたね」

 セーラは、自分の部屋に人がいるという事実に驚いたが、確か先ほどボルタークも言っていたな、と思い出す。

 身の回りの世話をしてくれる、セーラより一つ年上の貴族女性なはずだ。

「はい」

 セーラの方には目をやらず、斜め下へ視線を落としたままソイエッテは説明を始めた。

「セーラ様は湯浴みは既に済ませたと伺っております。今日はお疲れでしょうし、明日から教育課程が始まります。このままお休みになった方がいいでしょう」

 ソイエッテの声は小さく、体の前で重ねられた手は少しもじもじと動いている。

「わ、分かりました」

 どう話しかけていいのかも分からずセーラがそう答えると、ソイエッテは着替えを持ってきた。

 セーラが手を差し出し、着替えを受け取ろうとしたが、ソイエッテは違うというように首を横に振る。

「あの、お着換えのお手伝いは私の仕事です。そのまま、立っていてください」

「え?」

 セーラは、また分からず目を丸くした。

 ——侍女、侍女、侍女のお仕事……。

 頭の中で、侍女の執務内容を確認すると、紐づいて出てきた。概要はすっ飛ばして着替えや着付け部分を探すと出てくる。技術が必要な部分のようで活字の情報は少なく、注意事項が主な知識ではあったが。

「ソイエッテ、知識にありました。宜しくお願いします」

 セーラも着替えさせてもらうなど慣れず、ぎこちなく立っていると、ソイエッテが着替えさせ始めた。ボルタークと話してなかったら、固辞していたところだ。

 ——これも、必要なことなんだわ。多分。

 リュースヴェルドに確認をしていないので、推測でしかないが、恐らく間違っていないだろう。それに何より、侍女の仕事と言ったソイエッテに仕事をさせてあげないといけない。

 ——困らせないようにしなくっちゃ。できれば、色々お話させてもらいたいけど……。

 ソイエッテの手は正確に迷いなく動いているので、経験があるのかもしれない。ただ、セーラの方をあまり見ず、極力話しをしないようにしているように思える。もしかすると平民に仕えるのが嫌なのかも知れない、とセーラは思った。

 ——その、気持ちは分かります!

 セーラ自身も逆の立場で嫌だと感じているのだ。嫌というよりセーラの立場で言うと恐怖に近いが、それと似たような気持ちに違いない。

 なるべく、煩わせないようにしよう、とセーラは大人しくしていた。

 ——私が平民なのは事実だもん。こちらの反応の方が自然よね。ボルタークの方が慣れないわ。

 そんなことを思いながら、着替えが終わりベッドへ向かった。

 起きた時に簡単に片付けはしたが、その時と比べてとても綺麗に整えられている。きっとソイエッテが整え直してくれたのだろう。

「部屋を整えてくれて、ありがとうございます」

 正直に思ったことを言うと、ソイエッテは伏し目がちに首を振った。

「いいえ、仕事ですから」

 ——あら。間違えたかな? もう話さないでおこう。

 セーラは心の中だけで肩を竦めると、ベッドに横になる。ふかふかだ。

「セーラ様、明日は二刻の鐘で参ります。準備などがございますので、私が起こすまでベッドから降りないようにお待ちください」

「は、はい」

「私の部屋は、この部屋の続きにございます。扉はあちらに。何かございましたらお呼びください」

「はい」

「それでは、お休みなさいませ」

 ソイエッテは最後まで視線を上げないまま、天蓋のカーテンを閉じた。蝋燭の消える気配がし、扉が静かにパタンと閉じると静寂が拡がる。

 ——む、難しいな。最初だけよね。徐々に仲良くなれれば嬉しいな。

 そんなことを思いながら、今日の出来事を振り返った。

 ——すごい、感情が振り回された日だったな。一日がこんなに長く感じるなんて、村ではなかった気がする。毎日が長くて、とても疲れた気分だわ。

 ——父さん、母さん。明日から私頑張るよ。

 ——お休みなさい。

 最後の方はうとうとしながら、セーラの疲れた身体と感情は眠りへと入って行った。

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