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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第四話

 それぞれ挨拶をし、部屋を退出していく。セーラも退出しようとしたところで、「君は残りなさい」とリューシュヴェルドに呼び止められた。

「ゼレット、人払いを。グレンフィードとボルタークも出てくれ。グレンフィードは姉君と久しぶりの再会だろう? お茶でも共にしてくるといい。ボルタークは邸の周辺とセーラの部屋の周辺を確認しておくように。グレンフィードより指導されていると思うが、警備をする上での事前確認は大事だからな。ゼレットはネイティオをお見送りしてから、ソイエッテを部屋へ案内し、セーラのスケジュールを調整しておいてくれ」

 リューシュヴェルドの命に、三人ともすぐに「はっ」と拝命して部屋を出て行った。

 この執務室にいるのは、リューシュヴェルドとセーラだけになる。

 ——えっと……。何の、お話? 怒られる? 私、名前とか敬称とか、お辞儀とか……。そういや、なんか色々ため息いっぱいついてたもの! おっ、怒られる?

 怒られることへの恐怖で心臓が早鐘のように打ちつつも、顔は反対に強張った笑みがこびり付いたまま、セーラは椅子から立ち上がることが出来ずにいた。

「さて」

 リューシュヴェルドが執務机の上に肘を乗せ、指を組んでセーラを見た。

「ごっ、ごめんなさい!」

「何がだ?」

「えっ? 私いっぱい間違えたから怒られるのかと……」

 セーラは、間違えた回数を数えると多すぎたことに自分でも驚き、涙目になりながら許しを乞うた。

「いや。それは明日より覚えればいいことだ。特に、邸の中では事情が分かっている者たちばかりだ。問題ないだろう」

「早く覚えます」

「うむ」

 セーラは感謝した。村でもここでも異質なセーラなのにもかかわらず、セーラを守ろうとしてくれる存在がいつでもいる。

 ——私は、意外に恵まれているのかもしれない。ちゃんと、役割を全うしないと。

 そう思いながら、リューシュヴェルドがなぜ人払いをしたのかが分からなくなった。

「遮ってごめんなさい」

「君は謝ってばかりだな」

「うっ……」

 コーレンの言葉が頭をよぎる。が、この場合は「ありがとう」では決してないだろう。

 どう答えたものか、セーラはリューシュヴェルドの話を待つことにした。

 リューシュヴェルドは、逡巡しながらセーラに尋ねた。

「君は、なぜそんなに素直に応じるのだ?」

「えっ? 何がですか?」

 セーラは、何を問われているのか全く分からなかった。

「親から離されてここへ来たこと、加護を受けていたこと、知識を受けたことによって領のために役立てろと命令されたこと、それが適わなければ危険が迫ること、適わなくても危険であること……」

 リューシュヴェルドは、指を折りながら数えていく。

「これらすべて、君には降りかかったものに過ぎない。もちろん、これらを受け入れなければ生きてはいけないが、それでも理不尽だと思う心が君には見えないのだ。なぜそうすぐに受け入れられる?」

 どうやら、リューシュヴェルドにはとても不思議なことらしい。

 多分、それはリューシュヴェルドが望んだものを手に入れてきたからだ。

 セーラはそう理解した。生きてきた世界が違いすぎる。

 ただ、あるじとなるであろうリューシュヴェルドには理解してもらわなければならない。これから先、認識のすれ違いが起こることはなるべく避けておきたいのがセーラの本音だった。

「リュース様、私はもともと選択できる人間ではなかったんです。私がいるだけで、皆に迷惑が掛かります。それでも、村ではとても良くしてもらいましたし、両親も愛してくれました」

 最初の一言を言った段階で、リューシュヴェルドは、はっとした表情になった。

「それでも、村を出ることはできなかったし、領都に来ることも、知識の館で文字を覚える一回だけという約束でした。私を守るためなので、もちろん私も受け入れました。それに、私が領都に来るために、普段は使用しない宿に泊まったり、隠すために嘘を吐かせたりもしました」

 セーラは思いを丁寧に言葉にしていく。言葉にすると、何ともないと思っていたことが実は何ともないわけではないことに、セーラ自身も気付いてしまう。それでも自分が不幸せだと思ってはいけない、と心を落ち着けて淡々と説明していった。

 リューシュヴェルドは黙ったままセーラを見つめて聞いていた。

「知識を得られないから、仕事を覚えるのは一苦労でした。一生懸命頑張ったけど、皆と比べると知らないことばかりでした。このまま大人になって村にいても、私は村の人たちの庇護下にいるだけです。誰の役にも立てない。皆の言う通りにしているのが、一番皆のためになりました。でもそれはすべてが私のためです。理不尽ではないと思います」

 セーラは、一区切りつけて息を吸い込んだ。

「ここでもそうです。命令という形に変わりましたけど、それはすべて私を生かすためだと分かります。使える、と思ってくれるなら、それは私がようやく誰かの役に立てるということです。生きる意味の一つには相応しい理由でしょう? 何を理不尽だと思うのか、私にはよく分かりません」

 しばらく黙った後、リューシュヴェルドがようやく口を開いた。

「そうか。存外、考えなしではないことが分かった」

「えっ? 私が考えなしと思ってたんですか?」

「そうであろう? 感情がすべて前に出ているのだから。はいはい、と受け入れながら何も考えていないのではないかと危惧したのだ」

「ひっ、ひどすぎる……」

 セーラは顔を青くさせながら、口をパクパクとさせる。

 ——なんと! 私が馬鹿だと思ってたってこと?

「ひどくはない。そうじゃないことが分かったのだからいいだろう」

「良くありません!」

「それでは、君の望みはないのか?」

「え?」

 話の流れでさらっとリューシュヴェルドはセーラに質問した。

 セーラは躊躇う。望みなど、叶う筈がないと思うことしかなかったからだ。今まで望んだことは既に自分の中で折り合いをつけてきた。消化もできているし、今更蒸し返すなんてこともしたくはない。

「望みを言ったら……どうなりますか?」

「あるのか?」

 セーラは黙った。折り合いがついていない望みは、ある。むしろ夢に近いものかも知れない。

 セーラは怖くなった。先ほどと同様、口にしてしまうと見ない振りをしてきた何かが自分に突き刺さってしまうかもしれない。

 ——それでも……。それでも、言うのは()()だ。

「叶うとは到底思ってないですが……」

 セーラは、自分が傷つかないために前置きを置いてから、説明した。

「知識の館で、曖昧な地図を見てから、どうしても気になっています」

「ほう……」

「知識を調べても、出てこない。未解明なのかと」

「ああ、南のことか。それはその通りだ」

 そうなのか。セーラは、一つの疑問が解消したことに頷きながら続けた。

「私は知りたい。世界を知りたい。狭い世界で生きてきて、自由なのは頭の中だけでした。そうじゃなくて、色んなものを目にしたい。自由に動きたい。知らないことを知りたい。皆が知らないことも知りたい。知らないままでいることが、私、嫌みたいです」

「そうか。分かった」

 リューシュヴェルドがそれだけを答えた。

 その後を続けることがなかったので、セーラは焦れて尋ねる。

「それだけですか?」

「何がだ?」

「分かって、それで?」

「いや、君の望みは分かったと言っただろう。私が質問して君が答えて、私が理解した。これ以上何がある?」

「……何も、ありません」

 ぐぬぬ……と、セーラは少し悔しい気持ちになった。

 もちろん、何かをして欲しいわけではない。ないが、もっと共感してくれるかと思ったのだ。ましてやリューシュヴェルドは、自分の頭脳になれ、と命令するような人だ。もっと知識を与えてやろうとか何とか、あわよくば言ってくれるかも、と少しも期待しなかったわけではない。

 それが悔しさとして出てしまったらしい。

 もちろん、それもリューシュヴェルドに見透かされているようだ。

 ふっ、と鼻で笑うと、リューシュヴェルドは珍しく笑みを浮かべた。

「励め。その望みを叶えることができるのは君だけだからな」

「うっ……、かっ、かしこまりました。というか、励めばできると?」

 詰まったが、ふと気になった。叶えられるという前提がなければ、そんな言葉は出ないのではないだろうか。

「違うな。叶うか叶わないかはただの結果論だ。動いた先にしかないだろう。動かねば可能性はゼロ。動けばゼロではないかも知れない。その程度の違いではないか?」

 リューシュヴェルドは簡単に言ったが、セーラは目から鱗が落ちたように思えた。

 ——そうか。難しく考えすぎていたのかも。目の前にあることも、知識を増やすことが命令されてるし、結果的に望みにも近づけるかもしれない。()()()()()()が動く理由になるなんて、今までの私じゃ考えられなかったな。

「ありがとうございます」

「何がだ?」

 リューシュヴェルドが三度みたびそう言った。

 分かっているにもかかわらず、分かっていない振りをするリューシュヴェルドが少し面白く、セーラは笑みをこぼす。

「あー……。他にはないのか?」

 ゴホンっと一つせき込むと、リューシュヴェルドは照れ隠しかのようにセーラに聞いた。

「まだ聞いてくれるんですか?」

「ああ、この際聞いておこう。あるなら、だ」

「ふふっ。あっ、もう一つだけ。父さんや母さんには会いたいですね」

 そう言った瞬間、微笑んだセーラの目から涙がこぼれた。

「あれ?」

 セーラ自身、驚いた。まったく、悲しい気持ちで言ったわけではない。なのに、止まらない。村での最後の日のように胸が苦しくて痛いとか、息が出来なくなるとか、そのような感覚ではなく、まったく予期していないのに涙だけが零れたように思えた。

「すみません。あれ? おかしいな。泣くような悲しい気持ちにはなってないんですけど……」

 少し慌てたが、どうしていいか分からず、止まらないままリューシュヴェルドを見上げる。

 すると、驚くことにリューシュヴェルドが固まっていた。

「え? リュース様?」

「いや」

 ようやくそれだけ言うと、リューシュヴェルドは綺麗に折られた真白いハンカチを差し出した。

「ありがとうございます」

「君はハンカチも持っていないのか。淑女失格だな」

 先ほどまでは許されていた小言が今更出てくる。

「さっきはそんなこと言わなかったのに……明日から頑張りますから許してください」

 目を押さえながら、セーラは口を尖らせた。

 セーラがもう一言何か言ってやろうかと少し考えていると、いきなり、リューシュヴェルドは立ち上がってマントを付けた。

「さて。君の望みは分かったし、君のこれからの心構えも理解した。私は城に戻る」

「えっ?」

 まさかいきなり話が終わるとはセーラは思っていなかった。

 ——なぜ? 泣いている女性を放置って、それは男性としてどうなの? いや、淑女でもない子どもの私が言うべきことではないけれど……。それに、泣いているつもりもないから構わないんだけど……。

「大変だろうが、明日から励みなさい。また来る。顔の腫れが引くまでここにいて良い。時間を見計らってボルタークを寄こすから動かぬように」

 それだけ一気に言うと、リューシュヴェルドは颯爽と出て行った。

 あとには、ポカーンと間抜けな顔をしたまま、涙の後だけが残るセーラが残されたままだった。

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