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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
33/72

第二章 加護の探究 第三話

「さて、セーラ」

 リューシュヴェルドが言った。

「君の加護の話は、ここにいる全員が知っている。そして、ボルタークは君も知っているな?」

「はい、村から領都までの道中、グレンフィード様と共に守ってくれました」

 うむ、と頷きながら、リューシュヴィルドは続ける。

「それぞれ紹介をする前に、君をどのように扱うのかを説明したい」

「はい」

「君は、先日私が伝えた通り、私の庇護下に置かれることとなった。加護の力を知り、制御し、領のために役立てなさい。そのために、君は一年ここで生活をし、加護の力を使いながら知識を蓄え、貴族の立ち振る舞いや言葉遣い、感情の制御など行動が伴う知識の訓練を行うことだ」

 これは一週間前に別邸に来た時に言われていた内容とほぼ相違ない。

 リューシュヴェルドの()()になれ、とそういう話だった。一年後、領主を含めた貴族にセーラが領にとって有用だと思わせ、かつ、侮られない立場を確立しなければならないのだ。そのための、庇護という名の隠遁生活と訓練だ。

 セーラは、大きく頷いた。

「そこで、この別邸の使用人は大幅に縮小させることになった。これから一年はこちらに来客は来させぬし、必要最低限のみとする。ここにはいない料理人や庭師以外、基本的に顔を合わせるのはこの部屋にいる者たちだけだ」

「ええ?!」

 セーラは驚いた。

「そっ、そんな……! その人たちのお仕事はどうなるんですか?!」

「君が気にするのはそこか」

 ため息を吐きながらリューシュヴェルドは言い、「安心しなさい」と続けた。

「君が気にするところではないが、彼らは王宮で一時預かりとなる。働き先の振り分けに少々時間がかかったが、すべて問題ない」

 セーラはほっと胸を撫でおろして一瞬背もたれに寄りかかり、その後もう一度姿勢を伸ばした。

 ——私のせいで職が無くなる人がいなくて良かった。

「では、紹介しよう。君の前に座っているご婦人が、君の教師だ」

 セーラの前に座っている女性が優雅に立ち上がった。セーラも慌てて立ち上がる。

「サヤアーヤと申します。礼儀作法や言葉遣い、貴族の女性に必要とされる嗜みなどを貴方にお教えいたします」

 テーブル越しではあったが、ゆったりとドレスの裾を持って挨拶をするサヤアーヤの姿に、セーラは見惚れてしまったが、慌てて同じように裾を持って足を引いて挨拶をしてみた。少しぎこちないが怒られたりはしなかった。

「すみません。本当は私から挨拶するのが正しいかと思うのですが、このようなことは初めてで……」

 頭に浮かんできた知識から間違っていることが分かったものの、何と言っていいか分からずセーラはもごもごと言い訳をしてしまう。

 サヤアーヤはにっこりと笑った。

「いいんですのよ。これから勉強していくことですし、貴方が平民であることは存じています。そして、これから先、貴方が挨拶をされる立場になるための立派な淑女に教育するよう、リューシュヴェルド公子殿下より拝命仕りましたの。一年という短い期間の中で、私も市井の事情には疎いので厳しくなってしまうかもしれませんが、宜しくお願いしますね」

「かっ、かしこまりました!」

 セーラは、恐れ多いような申し訳ないような気持ちになり、大層恐縮しながら返事をした。

「セーラ、サヤアーヤはグレンフィードの年の離れた姉君だ」

 リューシュヴェルドが言うと、サヤアーヤはクスクスと口元に手をやり、笑った。

「リューシュヴェルド様、年の離れた、は一言余計ですわ」

「ああ、これは失礼。私たちが子どもの時から大人の素敵な女性だったのでな。今でもまったく変わらぬゆえ、言っておかねば同じくらいに見えてしまうだろう?」

「まっ、御上手が言えるようにもなりましたのね」

 クスクス笑いながらサヤアーヤは言い返すと、少し頭を下げながら一歩下がった。隣の女性の紹介をその一歩で促したのだろう。セーラは、その空気のように見えない配慮をにわかに感じ取って目を瞠る。

 ゼレットの心配りにも驚いたが、やはり自分には出来そうもない。経験値とは、重要なものなのだ。一年で得る経験がどれほどになるのか想像がつかない。

 ——でもまずは、一歩から、ね。気付いたから、気を付けることがいつかできるようになる……ようになるかも……よ?

 弱々しい鼓舞をしてみたものの、まあいいや、と諦めて、サヤアーヤの隣の女性を見た。気づいたら、サヤアーヤとセーラだけでなく、リューシュヴェルド以外の全員が席を立っている。

「サヤアーヤの隣の女性は、知識の館の館長だ。女性ながら、受付から領民の登録管理、書庫管理まですべてを把握されている」

「ええ、ええ。貴方があの時のセーラですね。お久しぶりでございます。ネイティオと申します。」

 セーラは目を丸くした。

 その言葉遣いは覚えがある。

「あっ、第二公子殿下。私、初めてではないと思います。お顔を見たのは、確かに初めてですが」

 リューシュヴェルドが頷いた。

「君が館に初めて来た時に、領民登録をしてくれたのだろう? 君がすべての知識を得たということを、私は彼女から報告を受けたのだ」

 セーラは再び目を丸くした。

 ——そうか。もしかしたら知識の館には、誰がどの知識を得たのかを管理する何かがあるのかも。あんな不思議なことが起こる場所だもの……えっと、グレンフィード様は何て言ったかしら……人の理の外、だったかな? でも、そんなこと全然気づかなかったわ。

「貴方が倒れた時は焦りましたよ」

「あっ、あの時は大変申し訳ございませんでした」

 セーラは、思い出して慌てて謝った。謝り方は、多分優雅ではない。

 気になってちらっとサヤアーヤを見ると、にっこりと笑っているが何かを含んでいるように感じ、セーラは目を逸らす。

「ええ、ええ。でも貴方が大変でしたでしょう? 特に御父上が可哀そうなくらいご心配していましたよ。お元気になって何よりでございます」

 ちくっとセーラの胸に刺さるものがあった。途端に郷愁に駆られそうになる。

 誤魔化すかのようにセーラはサヤアーヤの真似をして笑顔を作り、改めて感謝を述べる。

 その後、リューシュヴェルドがセーラの仕事について説明を続けた。

「知識の館では、目録作りを作成してもらう。もちろん、目録は館に無いわけではないが、文字を書く練習にもなるだろうし、概要まで書き記した、私と君が共通で理解できる専用の目録が欲しいのだ。ネイティオより学びながら整理して纏めなさい。しかし、問題が一つある」

「何でしょう?」

 セーラは首を傾げた。今、館に無い本は数十冊程度だが吸収し、その内半分程度の目録は作成し終わっている。自分なりに分類したが、今後ネイティオに確認していく必要はあるだろう。ただ、理解できないことではないしできないことではないと思ったセーラは、何が問題なのか分からなかった。

「時間だ」

 リューシュヴェルドは簡潔に答える。

「三刻から六刻の鐘が鳴るまでは、開館時間で領民が使用する。君は、それ以外の時間で行わなければならない」

「確かに、そうですね」

 セーラは納得した。領民が使用中の本を取り上げることなどできないし、おかしな容姿の人間が毎日館をうろついているなどと下町の噂にでもなったらたまったもんじゃない。

 リューシュヴェルドは、館の話は一旦後回しにすると言い、先に紹介を続けた。

「君の隣の女性が、君の身の回りの世話を行う」

 セーラは、隣の同世代の女性へ身体を向けた。

 大人しそうな印象だったが、やはり大人しいのか、セーラに目も合わせようとはしない。

「ソイエッテと申します」

 伏し目がちに小さな声で簡単に挨拶を終える。

 ——もしかして、平民の身の回りの世話など、やっぱり嫌かな? この人も貴族……? よね?

 所作を見ると、平民ではなさそうだ。

「ソイエッテは、君の一つ上だ。下位貴族ではあるが、ソイエッテの父君は実直に仕えてくれており、領主の信も厚い。そのお人柄から相談したところ、是非にと引き受けてくれたのだ」

「ソイエッテ様のご家族も私のことを知っている、ということで間違いないですか?」

 今まで伏し目がちだったソイエッテがぎょっとした目でセーラを見たので、何か間違えたことは分かったが、理由が分からず、セーラはリューシュヴェルドへ助けを求めるように視線を泳がせながら見た。

「ああ、間違いないが、ソイエッテには敬称は不要だ」

 呆れた顔をして、リューシュヴェルドが答える。

 ——それか。もう、名前とか、敬称とか、ややこしい! だって私は平民だよ? 下位貴族? って言っても私からはやっぱり雲の上でしょう?

 そんなセーラの様子を察したサヤアーヤが、柔らかく笑った。

「良いんですのよ。これから覚えるのですから。貴方が貴方の立場をきちんと把握できていないだけなのです。明日から頑張りましょうね」

 ——立場と言っても、平民でしょう? あっ、でもこれ言うと不敬かな。サヤアーヤ様はきっと助け舟を出してくれたんだし。

 セーラは一人納得すると、「かしこまりました。ありがとうございます」と先ほどと同じようにスカートを少し上げてお辞儀をした。

「それも練習ですね」

 やはりぎこちないようだ。

「最後にボルターク。君は面識があるのだな」

「はっ!」

 ボルタークが少し前に出た。

「ボルターク様、お久しぶりです」

 セーラが挨拶をすると、ボルタークが真面目くさった顔をした。

「私にも敬称は不要に存じます」

「えっ?」

 最初に会った時からボルタークにはそう呼んでいたはずだが、今度は拒否された。

 セーラはまた目を泳がせてリューシュヴェルドを見る羽目になった。

「その通りだ」

 はあっと大袈裟なため息を吐いて、リューシュヴェルドが応じる。

「ボルタークは、君の専属護衛だ。君の行く先には必ず連れて行くこと。知識の館へも、どこへでもだ」

「えっ? そんな、怖れ多い……」

「怖れ多くない。君は、危険な立場だという認識が足りないようだ。まあ、追々教え込むとしよう」

 眉を寄せてセーラを見る目が鋭くなる。鋭くなると、怒られたような気になり、セーラは平伏したくなった。

 ——うう、リュース様が王様だって言われたって、本当だと思うわよ。

「しかし、変わりましたね」

 ボルタークが、グレンフィードへ話しかけた。

「言ったとおりだろ?」

「はい。少し驚きました。まあ、鶏ガ……華奢なご様子までは変わらないようで安心しましたが」

 グレンフィードが、吹き出しそうな顔になった。

 ——いや、ボルターク様、鶏ガラって言いそうになったよね?! くそう、言い返してやりたい!

 ぬぬ……と怒りを込めた目で、ボルタークを見つめたが、まったく意に介さないようだ。

「どうした?」

 笑いを堪えたグレンフィードを見たリューシュヴェルドが疑問に思ったようだ。

「いえ、失礼いたしました。ただ、領都への道中、二人のやり取りが私の清涼剤だったことを少し思い出しまして。女心の分からない真面目一辺倒なボルタークに、セーラは口では負けていなかったですからね」

 今は場所が場所だけに口を噤んでいるようですが、と続けながらグレンフィードはまた笑いを堪えた。

「グレンフィード様?!」

 セーラとボルタークは同時に声を上げる。

「もういい」

 リューシュヴェルドが一蹴する。

「とにかく、ボルタークの任はセーラの護衛だ。傷一つ付けてはならないし、危険な目に合わせてはならない。それ以外は喧嘩でも何でも勝手にやってくれ」

「はっ、確かに。今回の任で下位貴族にもかかわらず近衛騎士隊へ配属いただきましたこと、この上なく光栄に思っております。いただいためいは確実に遂行いたします」

 踵を合わせて姿勢を伸ばすと、ボルタークは声を張る。

 ——そうか、ボルターク様……ボルタークは、近衛騎士隊に入りたいって言ってたもんね! 私の護衛騎士になることで、近衛騎士隊に配属になったんだ! それなら、私も護衛させてあげてもいいわ。

 セーラは、少し恩着せがましく思いながらも、ボルタークが配属できたことを心の中で喜んだ。

「うむ」

 リューシュヴェルドが頷いて、皆に席に着くよう促した。ボルタークはリューシュヴェルドへ向けて敬礼をし、セーラの後ろへ移動する。リューシュヴェルドを護衛するグレンフィードと同じようにセーラの斜め後ろに立つ。

 セーラは少し斜め後ろへ目をやり、笑った。が、それはしてはならなかったようだ。眉を寄せたボルタークに目線だけで顔を戻せと指示され、セーラは慌てて元に戻す。

 ——危ない危ない。気を緩めちゃ駄目だわ。すぐ緩んじゃう。

「それで、知識の館へはいつ行けばいいんですか?」

 マナー違反を取り繕うように、セーラは言葉を発する。

 リューシュヴェルドはゼレットを一瞥すると、ゼレットは頷いてセーラに一枚の紙を渡した。流麗な文字で、一日のスケジュールが記載されている。

「朝、支度をして朝食を終えたら、すぐにサヤアーヤと勉強だ。午前中いっぱい、そして昼食時間も使って学ぶように。教育の方法は一任しているが、サヤアーヤは通いとなる。昼食後は帰宅するため、疑問点はなるべくその場で聞いて理解に努めなさい」

「はい」

「午後は、自習時間だ。サヤアーヤの課題がある場合、午後早い段階で行うこと。週に一、二度は私がこちらに来る予定にしている。その時は報告と、私との勉強時間を設ける」

「えっ? リュース様が教えてくれるのですか? ……あ、第二公子殿下が」

 リューシュヴェルドが教師になるという意外なことを聞き、セーラは突発的に返事をしたが、事情を知らない皆が息を呑んだのを見て、すぐに言いなおす。後ろから刺さってくるのが分かるボルタークの目が、見えないにもかかわらず痛かった。

「ああ。構わない。その呼び方で私が許可をしている。……この別邸においては、だが」

 皆が安心したような表情をしたことから、セーラはやはりこれは気安すぎる呼び方だったのだと改めて思った。

 ——でも、噛むよりマシだと思う。リュース様がいいって言ってくれたから良いわ!

 セーラは前向きに考え直し——開き直ったとも言えるが——、リューシュヴェルドの回答を待った。

「それで、君の質問のことだが、邸にはまだない時事情報や人間関係、一般的ではないが今後必要なことを特に教えていく。その他は……まあ、追々だな」

「分かりました」

 リューシュヴェルドの目が少し不穏に光ったような気がして、セーラは背筋がひゅっと寒くなるのを感じた。

 ——この人、王様じゃない? やっぱり。 領主様や王様なんて人は、この人より怖いのかしら?

 心の中では、そんなことを思いながら、セーラは寒気に気付かないふりをした。

「そして、六刻になる前に夕食を取り、鐘が鳴り次第、知識の館へ行って目録作成だ。七刻の鐘が鳴る時には別邸に戻っているように」

「はあ。一日ぎっしりですね」

 村では、仕事は六刻の鐘までだ。知識の館が開いているのも、三刻から六刻。朝食後すぐから七刻までとは、なかなかに大変だとセーラは思った。

 狩猟部での仕事をして警備部の夜勤をそのまま務めなければならなくなった時のソジュは、もっと大変だろうな、とも思い、また少し寂しくなった。

 ——駄目だ。考えない考えない。

「ああ。私がいない時の午後、課題が早く終わったり、できることがなければ、自由時間にするので休憩して構わない。ただ、一年という時間を考えるとこれでも足りないとは思っている。どうだ? できるか?」

 セーラは、考えようと首を傾げて天を仰いだが、考えるまでもないことに気づいた。

 セーラができる選択肢は、一つしかないのである。できるできないにかかわらず、やらなければならない。そして、できなければ、生きていける場所がないのだ。

「はい。大丈夫です。やります」

 そう答えたセーラを見て、リューシュヴェルドが少し不思議なものを見るような顔になった。何か言いかけようとしたが、口を噤んだため、セーラには分からない。

 ——また、何か間違えたのかな?

 少し不安に思ったが、リューシュベルドは、「そうか」と言っただけだった。

「では、明日より皆よろしく頼む」

 リューシュヴェルドが、気を取り直したのか、皆に退出を促した。

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