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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第二話

 部屋で過ごして、七日が経った。

 一週間も運動をせずに生活をしていると、それだけで身体が鈍ったような気分になる。

 それでもこの七日間、セーラは熱心にやるべきことに向き合って過ごした。

 これが、存外楽しかったのだ。

 まず、針仕事だ。

 これは、道具が違った。手に滑りの良い繊細な針や、様々な色が束ねられた滑らかで質の良い糸。刺繍をする布も肌理きめ細かく織られており、針も糸もこんなにもすんなりと運ぶものかと、セーラは今までとは全く違う高級な素材を扱うことを心の底から楽しんだ。

 繕い物だってそうだ。クッション一つにしても、触ったことのないような代物だ。針がなかなか通らなくて力がいることなんて全くない。

 使用人のエプロンなども縁にはひだ飾りがついており、使用人の物かと思うくらい綺麗で、触れていいのか躊躇うくらい真っ白だった。セーラの、丈夫なだけの生成りのエプロンとは大違いである。

 そして、セーラは初めて知った。

 技術に知識が伴うと、できることが大幅に増える。縫い方、糸の留め方、針の運び方など、基礎的なことは学んできたが、様々な効率のいい知識がすべて紐づいて出てきた。最初は少し苦労したものの、もともと針仕事は早いという素地があったためすぐに吸収し、イメージが湧くことで迷いがなくなったのだ。

 そして、作成にかかる時間と、なんと疲れも大幅に減ったことがセーラには感じられた。

 これは忘れない内にすぐにゼレットに報告して、リューシュヴェルドへ伝えてもらった。

 そして、知識の取得についてもだ。

 もともとセーラは、知識を得たい欲求はあり、欲しいと思えるもの以外にも興味を覚える性質だ。好奇心旺盛なことは伊達ではない。それは、今までに知らないことが多すぎたということにも由来するのだろう。

 ただ、気分が悪くなることや頭がぐるぐると回ってしまうことへの忌避感が強かっただけなのだ。

 セーラは恐る恐る三冊以外の書物は脇に避けてから、知識の取得を始めようとした。

 しかし、今までと同じように祈った瞬間、セーラははっと気づいた。知識は選択して貰ったものではない。この目の前の三冊だけという祈り方ももちろんしていなかった。

 当然、脇に避けただけで視界には入っているすべての本が光り出し、セーラは慌てた。

 「ちょっ、ちょっと待って!」

 セーラは焦って独り言を言いながら、手の平を光にかざして無我夢中で止めようとした。

 すると、思ってもいないことが起きた。光は、渦を描いてお腹へと向かおうとしてセーラの手の平に当たった。そして、そのまま光は手の平から入って行ったのだ。

 手の平がぽうっと温かくなり光が消えていく。

 セーラが手の平を見ると、温かさは少し残っていたが、光は消えていた。

 気分は悪くならなかった。頭はぐるぐる回り、情報が追加されていくのをセーラは感じたが、他の知識と紐づいていたりもするのか初回が一番苦しく、二度目より三度目の方が情報が多いにもかかわらず、苦しさは軽くなっていた。

 このこともゼレットに報告し、翌日もその次も本は届けられた。

 祈って、手の平を翳し、光に見える知識を吸収する。

 その後は、実際に本に目を通して、()()()()()ということを自分自身に納得させていった。


 そして、文字の練習だ。

 リューシュヴェルドが知識の館の目録を作って文字を練習すること、とセーラに言ったことを思い出し、先にこの部屋で得た知識の概要をまとめて分類して纏めたのだ。

 羊皮紙は執務机の引き出しに入っており、足りなくなればゼレットが追加で用意してくれた。

 最初はなかなか難しく、力が入りすぎて肩が凝る。文字も不揃いで、真っ直ぐではなく少し斜めになってしまったが、セーラは根気よく丁寧に練習も兼ねて書いていった。コーレンに力はそんなにいらない、と言われたことを思い出す。

 訓練は難しかったが、続けていくとどんどんと慣れていく。文字自体は頭にあるのだから、後は練習すれば書けるようになるのだ。

 三日経つと、それなりに文章としてもまとまっていくのがセーラにも分かった。

 ——これくらいなら、問題なさそうね。

 セーラは、これも執務机の引き出しに入ってあったペーパーナイフで羊皮紙を半分に切ると、半分は両親、半分はカナエへの手紙を、一層丁寧に書いてみた。

 読み返して、少し子どもっぽい表現になってしまっているところがあるな、と感じたものの、インクが乾くのを確認して大事にしまう。セーラの持ち物はほとんどなく、しまえる場所は机の引き出ししかなかったけれど。

 ——約束は守ったわ、カナエ。渡せるか分からないけど、ちゃんと書いたよ。

 そうして、部屋に閉じこもっているにもかかわらず、セーラは新しいことに挑戦し、新しいことを覚え、この一週間は充実した日々だったと言えよう。

 ただし、人と話すのはゼレットだけだった。リューシュヴェルドに付き従っているグレンフィードも来れるはずもなく、家族や友達に会いたいという思いがどんどん積み重なり大きくなっていく。手紙を書いてしまったことも要因になったのかもしれない。

 確定がされない状況だからこそ不安が増しているのは事実だ。知識を得ることや使うことによって満足感や達成感は味わえても、大事な人に会えない不満というのは積もるものなのだな、とセーラは自分の感情を客観的に理解していた。理解ができるだけに、思いが募るのだ。

 自分の成長に対する充実感と、孤独から来る寂寥感が入れ替わりにセーラの情緒に影響しながら、待ち侘びた三日が過ぎてもリューシュヴェルドから連絡は来なかった。

 ゼレットは、調整に時間がかかっていると言い、セーラは同じ生活をして待つしかなかった。


 そして、七日目となった今日。

 朝、セーラが部屋で簡単な運動をして調子を整えていると、ゼレットがやって来た。そして、城より連絡が入り、昼食を終えた後にリューシュヴェルドの執務室へ行くことをセーラに伝えた。

「待ち侘びました!」

「ええ。自分の処遇が分からないとやはり落ち着かないですからね。色々と決まったことが多いようですよ。詳しくはリューシュヴェルド様からお聞きしましょう」

「はい!」

 雨が続く中、久しぶりに晴れ間が見えた今日は何かいいことがあるかもしれない。セーラは良い顔で返事をして、午前中はいつも通り新しく追加された知識を取得して見直していった。

 四刻の鐘が鳴ると、セーラは緊張と高揚を感じながらも昼食を急いで食べ終え、ショールをきっちり巻き付けた状態でゼレットが食器を片付けるのを待った。

「ふふ、もうしばらくお待ちください」

「うん。大丈夫です! 慌てないように先に準備しておいただけだから!」

「気合が入りすぎると、転びますよ。ショールを被っているので足元しか見えないのですから」

「あ、そうですね」

 深呼吸をして、セーラは落ち着いた。

 気がはやるのは仕方がないけれど、空回りは避けたい。時に思い出しては恥ずかしくなる、過去の空回った思い出を頭に思い浮かべては、もう一度恥ずかしくなる。

 ——だめだ。思い出さなきゃよかった。考えるのはやめよう。

「セーラ?」

「あっ、はい! 大丈夫です」

「それでは行きましょうか」

 セーラとゼレットはリューシュヴェルドの執務室へ向かった。まだこの邸内の地図は手に入れてないので、案内されるがままだ。

 どちらがどちらの方角か、太陽がほぼ真上なので判別がつかないまま、食堂と似通った重厚な扉の前に着いた。

 ゼレットが控えめに扉をノックし、セーラが到着したことを告げる。

 向こう側から扉が開き、グレンフィードが入るように身振りした。

 ——グレンフィード様だ。一週間だけど、とても久しぶりな気分!

 セーラはにっこりグレンフィードを見て笑った。グレンフィードも眉を上げて、笑顔を向けてくれる。

 笑顔のまま部屋に入り、セーラは固まった。

 執務机に座るリューシュヴェルドに加えて、そこには四人の人が立ち、セーラを見ていたからだ。

 ——一人は分かる。ボルターク様だ。

 むすっとしたように見える顔をしながら、それでも姿勢良く立つその顔は、ここに来るまでグレンフィードと一緒に旅をした騎士だ。

 ——むすっとして見えるのは、確か村に来た時からだったな。もしかすると、あれが仕事中の基本表情かも知れない。

 ふふっ、とセーラは心の中だけで微笑んだ。

 他の三人は女性だ。

 一人は三十代になるかならないかの大人の女性に見える。たっぷりと布を使っているが決して派手ではない薄い水色のドレスを着て、髪を後ろでまとめている。複雑に編み込まれて結い上げられているようだ。

 ——素敵な人。

 姿勢良く立ち、手は体の前で緩く重ねられ、ゆったりと微笑んでいるさまを見て、セーラは掛け値なくそう思った。

 もう一人は、白髪が見え始めた髪を後ろでひっつめて、黒くシンプルな足首までのドレスを着た女性だ。五十代だろうか。こちらは、興味深そうにセーラを見つめているのがショールの隙間から見えた。セーラは少し目を逸らす。

 ——怖そうな人には見えないけど……。

 目を逸らした先に立っていた最後の一人は、セーラと同世代の女の子だ。この一週間の間にセーラが繕い物をしたのと同じエプロンを付けて、紺色の膝下丈のワンピースを着ている。

 ——十五の……あ、違った。花冠の儀は終わっているのかな?

 同世代とは言っても、子どもか大人かでくっきりと立場が分かれるのがこの世代だ。たかが一、二歳と言えない隔たりが、儀式にはある。それによって扱いが変わるのだから仕方がない。

 そのため、儀式を終えているかどうかが、セーラの年代にとってはとても重要なことだった。

 ショールの隙間からひと通り見回すと、最後にリューシュヴェルドを見た。

 眼帯に隠れていない方の目は、少し疲れが出ているように見受けられる。

 ——リュース様、大丈夫かしら。

 場違いであることも立場違いであることも度外視して、セーラはそんなことを思った。

 グレンフィードがリューシュヴェルドの後ろへ並ぶと、リューシュヴェルドが口火を切る。

「セーラ、今から君の処遇を発表する。まずは、ショールを脱ぎなさい」

「はい」

 セーラは、ようやく聞くことのできる処遇の結果と、皆の反応へ憂慮しながらショールを取って手に持った。

 そして、ゆっくりと目を上げて正面から皆を見る。

 ハッと息を呑む空気が伝わった。

 セーラには、慣れた驚きだ。それ以外の嫌悪のようなものは皆からは見えず、セーラは少し安堵する。

 ——さあ、話を聞きましょう。

 出来る限りよく見えるようにぐっと胸を逸らし、前にいる女性の真似をして姿勢良く立ったセーラは、黙って正面のリューシュヴェルドを見つめた。

 執務机の前には大きな机と椅子が六脚並んでおり、リューシュヴェルドは座るようセーラに指示した。

 セーラは、皆の目の前でどうしたらいいか分からぬまま、一番末席に腰を下ろした。前日に頭の中で引っ張りだしたマナーの中に紹介の順番や、卓への座り方などがあったはずだ。平民で一番身分が低いセーラは、本来は座ってはならないはずである。

 ただ、リューシュヴェルドから座るよう指示されたため、その命令に逆らってはならないとも考えた。そこで、一番身分の低い者が座る場所を選んだつもりだったのだ。

 それにもかかわらず、セーラの行動はすぐに修正された。

「セーラ、こちらだ」

 リューシュヴェルドは一番自身に近い席を指差し、セーラは冷や汗をかきながら移動する。

 ——なっ、なぜかが分からない……。だって、知識と違うもん……。これは不可抗力よ。私は間違えてない。

 頭の中で正当化しながら、貼り付いた笑みを崩さずに素早く移動して座った。椅子の音が鳴らないようにと気を付けたが、執務室の床は絨毯が引かれており、心配は杞憂に終わった。

 セーラが座ったのを見計らったかのように、三十代の素敵な女性が目の前に、五十代らしき白髪交じりの女性がその隣に、セーラの隣には同世代の女の子が座った。

 ボルタークは、少し迷いが出たようにも思えたが、顔には一切出さずにグレンフィードの隣に並び立った。

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