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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第一話

 何だか夢を見たような、見なかったようなそんな目覚めを迎えた。

 天井がいつもと違い、一瞬ここがどこだか分からなくなる。セーラは二、三度寝返りを打って、覚醒するのを待つことにした。柔らかいシーツの触り心地が肌に気持ちよく、何度か布団の中で足を滑らせている内に、ここがどこだかを思い出した。

 カーテンの隙間から入ってくる光は、どんより鈍い光で、曇り空であることがすぐに分かる。

 セーラはベッドから降りると、カーテンを開けて窓を開けた。雨は降っていないようだが、空気は湿っている。夜中に一降りしたのかもしれない。

 今は何刻だろうか。

 隠しもせず、大きな欠伸を一つしながら合わせて身体も伸ばす。

 服を着替えて顔を洗った頃、荘厳な音色で二回鐘が鳴るのが聞こえた。どうやら起きるのが早かったようだ。

 ——それにしても、南の村とも違うし、アランディアの下町で鳴る鐘とも違う音色なのね。

 この音色がどこから聞こえるのかは分からないが、下町にある教会の音ではなさそうだ。明らかに低く荘厳で、良い鐘の音だと分かる。

 セーラは手持無沙汰になり、とりあえずまた鏡台の前に座ってみた。改めて見ると、歪みのまったくない、とても鮮明に映る鏡だ。

 セーラは自分の顔がよく分かった。肉のあまり付いていない頬に、明るい翡翠の色をした目。

「すごいな。これはやっぱり皆びっくりするよ」

 自分の目など、なかなか見る機会などない。緑色だと聞いてはいたが、普段暗い色の瞳を見てばかりいると、セーラ自身も自分で異質だと感じてしまうくらい、人と違った。

「これが加護の証拠なんだって……変なの」

 誰に話しかけたつもりもないけれど、独り言は既にくせになってしまっている。第三者の誰かへセーラは話をした。

「髪も」

 昨日も使った櫛を髪に通しながら、セーラは自分の髪を見た。光の差し具合によっては、白くも見える金色だ。前髪を上げて生え際を見ると根元から金の色で、それも変に思えた。

「変なの」

「変な顔、変な目、変な~髪~ふんふ~ん」

 『変』を重ねて言葉を発していると、節が掛かって歌のようなものになる。そのままいろいろな『変』を繋ぎ合わせて歌いながら、髪を梳った。『変』が無くなると、鼻歌に変更する。

 しかし、髪の滑りは良い。昨日の薬液のお陰のようだ。真っ直ぐな髪の毛が少し輝いているのは、変だけど、もしかしたら少しだけ綺麗なのかも知れない。髪じゃなかったら金の色は綺麗な色のはずなんだ、とセーラは自分を励ましながら、歌い続ける。

「ふんふ~ん。変だけど~、でも、もしか~し~たら~、ちょっと綺麗なのかも~。そう思いたいだけかも~。ふ~ん」

 思い付いたことを思い付いた先から口に出して、メロディにしていく。メロディには最早なっていない、ただの自己満足とも言えるが、セーラはご満悦だった。よくカナエともやっていた馬鹿な遊びの一つだ。

 すると、後ろから、震える声が聞こえた。

「ふっ、セーラ、おっ、おはようございます」

「ぎゃっ!」

 文字通り、セーラは飛び上がった。悲壮な顔を貼り付けて斜め後ろを振り返ると、ゼレットが肩を震わせながら、苦しそうに笑いをこらえていた。

「いっ、一応、ノックはしたのですが、返事がないため勝手に失礼いたしました」

「気付かなくてごめんなさいっ!」

 一瞬血の気が引いた後、後から遅れて顔が熱くなるのが分かり、セーラは鏡をちらっと見た。真っ赤だ。

 ——いや! こんな時に鏡見たことなかったけど、酷い顔! 鏡なんてなくていいわよ!

 明らかに八つ当たりだったが、セーラはそう思いつつゼレットに頭を下げた。

「いえいえ。しかし、先ほどの驚き方は淑女らしくありませんね。ぎゃっ、はないでしょう。ぎゃっは……」

 また笑いを堪えながら、しかし鼻からは笑いが漏れながらゼレットは言った。

「……どこから聞いてました?」

 セーラは、知りたいような知りたくないような、そんな気持ちが綯交ぜになったまま、おずおずと聞いてみる。

「ええ、変な歌が始まった頃くらいですかね?」

「ほぼ聞かれたくないところ全部じゃないですかっ?!」

「変わった歌ですねえ。セーラは、作詞家や作曲家には向いてなさそうですね。ぷっ……」

 堪え切れずに、ゼレットは笑いを漏らした。しかし、そこから大笑いに発展しないところは、さすがの執事長というところか。

 一つ咳をして調子を整えると、ゼレットは朝食が乗ったワゴンから、皿を執務机の上に並べ始めた。食卓にも使う様だ。

「ごめんなさい。村だと、楽しくなると意味のない歌を歌っちゃうの。それで友達とよく笑ったりしたんだけど。まさか一人の時に聞かれるとは……」

「セーラは、私が知っているどの令嬢や姫とも異なりますね。それが楽しいという感覚は、村で育った特有のものなのでしょうか?」

「うっ。令嬢や姫と比べないでください」

 比べられたって、悪い方がセーラに決まっている。明言されると、さすがにほんのちょっとだけはあるセーラのプライドだって傷つく。

「そのようなつもりはなかったのですが、これは失礼しました。とりあえず、温かい内に朝食を食べてください」

「はい」

 セーラは、執務机に着き、食事を食べ始めた。

「神と精霊と大地、すべての恵みに感謝を」

 ゼレットが気付いたように、尋ねる。

「それが食前の祈りですか?」

 ゼレットの言葉を聞いて、セーラは思い出した。そう言えば、昨日食堂で祈っていた言葉は、少し長かったように思う。

 セーラは頷いた。

「はい。村ではいつもこの言葉でした」

「では、次回からは昨日のお祈りを練習しましょう。これからは、どこへ行っても食前の祈りはそうなりますから」

「分かりました」

 知識に意識を向けると、祈りの言葉が出てきた。大丈夫そうだ。

「それから」

 麺麭を頬張るセーラを見ながら、ゼレットが応接のテーブルの上に本を何冊か積み上げていく。

 セーラは、口に入った麺麭が邪魔になり言葉が出ない。十数冊にはなりそうだ。

 これを置くために食事を執務机に置いたのか、とセーラは理解した。

「貴方が生活するための準備には時間がかかることになりました。三日後、全て整えてリューシュヴェルド様が別邸にお戻りになります。貴方の処遇もすべてリューシュヴェルド様よりお話されますので、それまでは、この部屋から出ぬように、と」

 セーラは目を丸くした。ミルクを飲んで、麺麭を嚥下する。

「えっ、三日も?! 私、ここで何をすればいいんですか? 歌と独り言で過ごすなんて、そんなのってないです!」

 ゼレットは苦笑した。

「ええ。歌は是非披露いただきたいところではございますが、部屋の前を通る使用人にこの部屋に狂人がいると思われかねません。駄目とは言いませんが頻繁なのは避けていただきましょう」

「うっ、狂人……」

 セーラはまた傷つく。でも、身体も元気で好奇心の旺盛なセーラが、いくら広いとは言え部屋の中にずっといるというのは、気詰まりになる。

「セーラの仕事は一つ。この本を、体に負担がかからないように覚えていってもらいます。城でリューシュヴェルド様が選別した書物になります」

 それは楽しいことではない、とセーラは思いながら頷いた。何もすることがないよりマシだ。

「後、セーラは針は使えますか?」

 セーラはぱっと顔を上げて、頷く。

「針仕事は得意な方でした!」

「では、刺繍と繕い物を手伝っていただけますか?」

 ゼレットがにっこりとした。

 ゼレットの手伝いならば、昨日請け負ったばかりだ。このような寝心地のいいベッドと、おいしい食事を提供してくれるのだ。それくらいするのは当然である。

「もちろんです。あ、でも貴族の方に満足いただけるものかは保証できないですけど」

 肩を竦めてセーラは言ったが、ゼレットは「とんでもない」と問題ないことを了承してくれ、糸と針は昼食時に持ってくると言い、食べ終わった食器類を片付け始めた。

 水差しを入れ替えお茶を淹れる。ゼレットの手際が良すぎて、セーラは感嘆のため息を吐いた。

「どうしました?」

「いえ。動作? 所作? がとても綺麗で、昨日も思ったんですけど、とても勉強になります」

「ありがとうございます」

 四刻の鐘で昼食を用意することをゼレットはセーラに告げると、ワゴンを引いて出て行った。

 セーラは、目の前の書物を見た。

 ——三……三刻の鐘が鳴ったら、まずは三冊程試してみようか。

 昨日は三冊だと大丈夫だったため、それを指標にしたのだ。

 三日先が、とてつもなく遠い未来のように、セーラには思えた。

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