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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第二十九話

「ゼレット様、私部屋から出ちゃ行けないってことですよね? どれくらいですか?」

「準備が整うまでになりますが、恐らく二、三日はいていただくことになると思いますね」

 セーラはショールを纏って、ゼレットと共に廊下を歩いていく。もちろん、先ほどの客間がどこにあるのかなど覚えていない。

 ——これも訓練が必要なことの一つなのか……。

 とは言え、別邸の地図すら得ていない状態なのだから、これはこれで当たり前と言えるかもしれない。

 セーラは、他の使用人と殆ど通らないことに気が付いた。

「さっきも思ったんですけど、邸は大きいのに使用人は少ないのですか?」

「ここはもともと別邸ですから。リューシュヴェルド様は基本的に城で過ごされます。それに、王都へ行っていたので、ここは保守や管理ができる最低限の使用人しかいないのですよ」

 なるほど、とセーラは納得した。いない主のために働ける人材を揃えておくのは、無駄でしかない。

 ゼレットは、「それに」とふっと笑って続けた。

「この別邸では、お客様へ顔をあまり見せてはならない、と教育されておりますから」

「それはなぜ? それが作法?」

「作法の一つではありますが、別邸は特にです。ここは、アランディア城の敷地内にあるんですよ。城との間にあるのは大きな庭園で、ひらけています。そして裏手はすぐ頑丈な城壁のため、賊は入りにくく話は漏れにくい。セーラのように城で話ができないようなことを話すには最適なわけです。そして、相応な接客が必要となるため、城と比べてもその辺りは過ぎるくらい教育された者でないと対応できないでしょう」

「なるほど」

 ゼレットの説明はとても分かりやすかった。そして、セーラに対しても丁寧だ。

「ただ、貴方の場合、姿を見られただけで情報を与えやすいので、特に気を付けてますけどね」

 片目を瞑って笑うゼレットを見て、セーラも少し笑った。あまり声を出して騒いではいけないだろうと思ったのだ。

「ゼレット様は、騎士様ではないですよね? どのようなお仕事をしてるんですか?」

 先ほど紹介されてない——もちろんセーラに紹介する義務など、貴族にはないだろうが——ことで、気になったことをセーラは思い出した。

「私は、この第二公子様別邸の管理が主な仕事で、リューシュヴェルド様がこちらに来られた時は、侍従の役割も兼ねます。後は、こちらには重要な話が集まりやすいですので、そちらの情報管理や守秘も仕事の一つですね。役職としては、執事長を任されております」

「わあ。じゃあ、私がここで過ごすってことは、ゼレット様のお世話になるってことですね」

「ふふふ、あくまでリューシュヴェルド様のお世話になるということですよ。私はめいに従っているに過ぎません」

 立場をきちんと弁えた物言いに今まで触れたことがないセーラは、新鮮な気分でゼレットを見た。

「では、私もゼレット様のお手伝いができるように、頑張ります!」

 ゼレットは、ありがたいと感謝しながら、「でも、全ては決定が為された後になりますけれどね」と一言付け加えた。

「そうか。私、ここにいられない可能性もありますか?」

 ゼレットは眉を少し寄せる。

「リューシュヴェルド様があのように仰ったということは、そのように進める自信がおありになるということなので、恐らくその通りになるでしょう。ただ、どのような影響があるか、それからどのような準備が必要になるか、私もまた今から城へ赴いて確認してまいりましょうかね」

 そうこう話している間に、部屋に着いた。ゼレットは、寝間着や下着類の説明をして水差しに水が入っているのを確認すると、部屋から出ないようにと念押しする。

「では、ごゆるりとお休みください」

「あっ、ゼレット様! 最後に一つ、聞いてもいいですか?」

 ゼレットは振り返って首を傾げる。

 セーラは、気になっているもののどのように言うべきか言葉が見つからず、一生懸命丁寧を心掛けて言葉を出した。

「あの……リュース様は、目に、何か病をお持ちなのですか? 私、気を付けることありますか?」

 手助けしたいという、ほんの少しのお節介から出た言葉であったが、もしかしたら間違えたかもしれない。ゼレットの柔らかな表情が、ほんの少し硬くなった。

「あ、あのっ……ごめんなさい。私は目が見えるし眼帯を初めて見たので、お手伝い、あの、何かできることがあれば教えて欲しいと思って……」

 慌てて言ったが、最後は言葉が消えていく。確かに突っ込みすぎた質問だったかも知れない。

「すみません。忘れてください」

 セーラは俯いて、間違えたことを謝罪した。

「いいんですよ」

 ふっとゼレットに笑みが戻る。

「人との違いを一身に受けてきた貴方が、まさか興味本位で聞くことはないと思いましたが、良かったです。礼儀はなってないですが、思いやりはあるということは分かりました。良いですか? 礼儀というのは、思いやりを形に表すということです。貴方が根本を分かっているならば、後は形を覚えていきましょう」

「はい」

 セーラは、この考え方を好きだと思った。貴族に侮られないように、というよりもよっぽど気持ちがいい。ゼレットは良い教師かも知れない。また、色々と教えてもらおう、とセーラは思ってにっこり笑った。

「リューシュヴェルド様のプライバシーに関わることは、私の口からはお教えできません。しかし、眼帯も含めてリューシュヴェルド様でございます。特にお気になさる必要はないと思いますよ」

「分かりました。私もですね。私の髪や目の色も、今は()()()()()()()が分かりましたけど、気を遣ってもらう必要は確かにないことに今気づきました。失礼なことでしたね。気を付けます」

「ええ。良いことです。では行ってまいります」

 ゼレットは、最後に気が付いたように朝の食事は自分がここに持ってくることを告げると、城へと出向いていった。

 セーラは、戸棚から寝間着を取り出して着替えると、窓際へ寄ってカーテンの隙間から空を見た。

 ここでも、村で見た空と全く同じに見える。

 「馬車で数日の距離なのに、もっと、ずっと遠いところに来た気がするよ」

 セーラは、一つため息を吐いた。

 「父さん、母さん……。とりあえず、私は生きていられそうよ。でも、リュース様の頭脳になれ、だって……」

 ふふふっとセーラは一人で笑いながら、思い出す。

 ——おかしいでしょ? だって私みたいな小娘が、雲の上の雲の上の()()だって言うのよ? あ、後ね、グレンフィード様は私を姫のように抱き上げたのよ! 私がショールで隠れてて前が見えないから仕方がないんだけど! 父さんや母さんは何て言う? カナエだったら、一緒にドキドキしてくれたはず! ゼレット様は、叱られちゃったけど優しい人だわ。大人の男性って感じ! 父さんより落ち着いてるよ!

 飛び飛びに浮かんでくる思考を、頭の中で両親に語り掛けてみる。

 返事はもちろんないけれど、カナエやキシュト、コーレンのことまで思い出すと、途方もなく寂しくなってきた。

 広い部屋は、蝋燭の灯が揺れるばかりで何の物音もしない。この季節にはあり得ない寒さを感じ、一つ身震いすると、セーラは蝋燭の灯を消してベッドへ潜り込んだ。経験したことのない弾力と心地良い香りとシーツの肌触りに感動を覚えながら、セーラは寝返りを打つ間もなく眠りについた。

第二章に続きます。

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