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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第二十七話

 目の前の食事はまだ残っていた。少しは満たされたこととやはり緊張もしていたからだとも思うが、セーラは膝の上に手を下ろした。

 それを見たリューシュヴェルドは、右手を上にあげ、側の壮年の男性に合図をする。

「ゼレット」

「かしこまりました」

 ゼレットはリューシュヴェルドから見えない位置ではあったが、少し頭を下げ、部屋を後にする。

 しばらくすると、ワゴンを押して戻ってきた。人払いをしたからか、ゼレットがお茶の用意をしてくれたようだ。

 ——ゼレット様は騎士には見えないし、どういう人なんだろう。

 綺麗な所作で手際よくお茶を淹れるゼレットを見ながら、セーラはふと思った。温かく柔らかな湯気がカップから立ち昇る。リューシュヴェルドとセーラの前にカップを置いた。ゼレット自身やグレンフィードには淹れないようだ。 

「さあ、どうぞ」

 ゼレットに促され、セーラはカップに口を付けた。いい香りがする。これもまた、初めてだと言えるくらい美味しいお茶だった。お茶とは()()()()()と思っていた概念が覆されるほどだ。

 ——貴族って、すごいものを毎日飲んでるんだな。私の家のお茶、グレンフィード様よく飲めたなあ……。

 いっぱい泣いて記憶が曖昧なところもあるが、確か家にやってきた時ケレーラが出していたはずだ。


「それで……だ」

 セーラが頭の中で思い出していると、リューシュヴェルドが口火を切った。セーラは、お茶を置く。下にある皿の音が、カチャっと思ったより大きく鳴ってしまった。確か音は鳴らさない方が正解だと頭に知識は出てきたが、感覚が掴めていない。食事の時は()()にすることに気を付けていたものの、少し緩んでしまったようだ。

「すみません」

「……先ほども思ったが、知識が入っているのではないのか?」

 切れ長の目が少し狭められただけで怒られているような気分になり、セーラは肩を縮めてもう一度「すみません」と謝る。

「まあ、いい」

 リューシュヴェルドはひらひらと手を振ると、頬杖をついてセーラの方へ身を乗り出した。

「まず、知識の館でどのように知識を得たのかを聞きたい。説明してもらえるか」

「はい」

 セーラは、頷いて説明した。

 見た目がこのように人と違うため村から出たことがなかったが、十五の儀を迎えるにあたって仕事をするために知識を得に領都へ来たこと、自分としては、仕事に関しては今でも人から教えてもらえて何とかできているが、文字をどうしても覚えたかったことから話し始めた。

 既にグレンフィードから聞いているのだろう、リューシュヴェルドは頬杖を付いたまま目を閉じ、時折無言で相槌を打ちながら静かに聞いていた。

 その表情が変わったのは、館内にある全ての書物が光ったくだりに話が進んだ時だ。

 驚きの表情で目を開き、セーラの顔を見た。ゼレットはもちろんのこと、グレンフィードにもこの話をしていなかったため二人ともリューシュヴェルドと同じ表情をしてセーラを見ている。

 その後、大陸の地図の曖昧さに心を惹かれたあとに知識の館と会話した件になると、三人とも口が開いた。

 そして、全ての知識が一瞬に詰め込まれて気を失ったところまで話をして、セーラは一旦口を閉じた。

 リューシュヴェルドはセーラを見たまま止まっていたが、話が途切れたことにはっと気づいて、また片手で両のこめかみを揉み始めた。顔が見えなくなるので少し不安になるが、リューシュヴェルドの癖なのだろうか。

 セーラはそんなことを思いながら、一言も発しない三人の前で緊張したまま、この後の展開を待った。

 ——大丈夫。嘘はついてない。多分……覚えている限りは話したよね。

 そう思いながら、リューシュヴェルドの手で隠れて見えない顔を見つめた。

「……そうか」

 しばらく待った後、ようやくリューシュヴェルドがため息交じりに一言発した。

 ——そうか、だって。どうなの? 私、どうなるの?

 それだけしか返ってこなかったことに、セーラはまた不安になった。そして、我慢が出来なくなった。

「あの、私、どうなりますか?」

「ん?……いや」

 それから、リューシュヴェルドはまたたっぷりとした時間黙り込んだ。沈黙が空気を重くするのをセーラは肌で感じ、抗うために少し姿勢を正す。リューシュヴェルドはそのまま暫く黙り込んだあと、漸くため息をついてセーラを見た。

「君は、私の管理下に置くことにする。まず一つ、知識の館が話しかけたということについては前例が一つある」

「えっ? 他にもいるんですか?」

 セーラだけではない、とリューシュヴェルドに言われ、セーラは目を丸くした。

「確か知識の館様は、建立されてから初めて話すと言っていた気が……」

「聞きなさい。その前例は、知識の館を作ったアランディア領主だ。つまり、他国との戦争に打ち勝ち、アランディア領を創設した方だ。人智の及ばない領域の話だということは、体験した君は既に分かっているだろう? 知識の館という名ではなかったはずだが、それは君がそう呼んだのか?」

「あ、確か、()()()()()()()()って館様が言ってました」

「ふむ」

 リューシュヴェルドは腕を組みながらそう呟いた。

「それは、館として機能している時間が長くなり、人々からそう呼ばれている中で変化したのかもしれないな。ただ、君に話しかけた知識の館は、精霊の眷属だ」

「えっ?! 精霊って、食事の祈りの時に出てくる()()ですか?!」

「精霊のことを()()などと言うのではない」

「あっ、失礼しました」

「確かに、祈りの時の言葉に出てくるが、精霊のことが一番分かりやすいのは神話だろう。確か、教会従事者のための知識が館にはあったはずだが」

「あっ」

 セーラは声を上げた。確かに出てくる。想像も付かなかったことのため、今まで紐づかなかったに違いない。

「分かりました。世界を創り上げた全知全能と創造を司る神様が、万物を滞りなく守護するために、世界を構成する自然に精霊を宿したって。それで、精霊は時として人を助け、人を戒め、世界を救うのだと」

「ほう……」

 リューシュヴェルドは、セーラの口から知識が出てきたことを面白そうに聞いていた。


「教会には行ったことあるから神様が世界を作ったってことは知ってましたけど、すごいですね。神話って面白いです」

 まるで物語のようだ、とセーラは初めて笑顔になった。

「教会に行っても神官の話は聞いていなかったのか?」

「あ、村には居なかったんですよ。祭られている神様の像と祈りの場所だけあって、鐘とかは役場の人が管理してました」

「そうか」

 南の村のような小さな集落は、必要な人材がいないことも多い。南の村では、それが教会従事者だったのだ。

「だから、村では一刻の鐘は鳴らないんです。子どもの頃は不思議に思っていたけど、一刻の鐘は教会の人が祈りを始める鐘なんですね」

「なるほど、担い手がいないとそうなっていくこともあるだろうな。ただ、来月は十五の儀があると報告を受けているが、その時はどうするのだ?」

「本当は近隣の集落が集まっておこなったりします。でも、今年は私がいるから皆で祈って儀式をしようってなってたはずです」

 そこで、リューシュヴェルドは驚いて頭を抱えた。

「君たち平民は信仰心が薄れすぎてやしないか? しかも君は何といってもカゴモチだぞ?!」

 セーラは会話が進むにつれ緊張が緩まっていき、何度も聞いたその分からない言葉に難しい顔をして指摘した。

「それ!」

「どれだ?」

「カゴ、モチって何ですか? グレンフィード様もボルターク様も、先ほどゼレット様も言いましたけど、何のことでしょう? 教会に関係することなんですか?」

「知識にはあるだろう。加護のことだ。それを受けた人のことを加護持ちと呼ぶ」

 セーラが頭を探ってみると、確かに『加護』については出てきた。ただ、『加護持ち』という言葉とそれについての説明はなさそうだ。

「リュース様、加護持ちは知識になさそうです」

「ああ、もしかしたら知識の館にある書物にはないかも知らんな。加護持ちは少ないし、また世界に影響を与えるからか一平民に加護持ちが出たことが、歴史上記録にないからな。アランディア城内の書庫や貴族街の神殿にはあるはずだ。……今、何と言った?」

「え?」

 セーラは途中までふむふむと聞いていたため、最後の質問が分からなかった。きょとんと首を傾げてリューシュヴェルドを見つめ返した。

 リューシュヴェルドの後ろへ目をやると、グレンフィードが額に手を置いて天井を見上げている。ゼレットは、俯いているため表情は読み取れない。が、肩が少し動いているようだ。

「え?」

 セーラはもう一度、同じ仕草をしながら同じ言葉を繰り返した。

 ——あ、これは不敬になるかも!

 慌てて言いなおす。

「あっ、何のことですか?」

 大きくため息をついて、リューシュヴェルドの目が鋭くなった。

「今、私のことを何と言った?」

「えっ? 私……呼びました?」

 リューシュヴェルドにじろりと睨まれ、セーラはたじろいだ。

 そして思い返す。

 ——何だっけ? リュースヴェ……あれ? 何か違うな。

 ——……あ。

 セーラは、気が付いた。

「わああああ! ああ、すみません! ごめんなさい!」

 慌てて、顔を真っ赤にして悶えながら、セーラは謝った。

 ——やっちゃった~! これは、不敬罪になる? 殺される?

 セーラの心の中は、てんやわんやだった。

「あ、あのですね、あの……。決して、名前が長すぎるとか、言える気がしないとか、これくらい短かったらとか、そんなことを思っていたとかではないんですけど……」

「思っていたんだな?」

「あああ! えっと、えっと……はい。ごめんなさい。これだと呼びやすいと、心の中で思っていたら勝手に出ちゃったみたいです」

 眉を八の字にして、セーラは肩を落としてようやく落ち着いた。慌てている間に、たくさん失敗してしまったような気がして、セーラは落ち込んだ。

 一つため息を吐くと、リューシュヴェルドは少し口元を緩めた。

 セーラはそれを見て驚いた。鋭い顔と驚いた顔、眉毛を寄せた顔しか見ていなかったからだ。片側の口角が少し上がっただけのために笑顔とは言い難いが、それでも怒ってはいないことが伝わり、ほっとする。

「君はあれだな。表情だけではなく、腹にも溜めておけないタイプか」

「そ、そんなことは、ないはずなんですけど……。あ、でも確かに、知識の館のことを父さんや母さんに黙っていた時はつらかったです。早めに言えて、今なら良かったかもと思えています」

 セーラも少し笑ってそう言った。それは、処刑されない、魔女扱いではないということが分かったことと、どうやら牢獄に入れられる訳ではないらしいと感じたからだったが。

 そうでなければ、しんどくても一生黙っていることを選択していたはずで、言ったとしても良かったという心境には決してならなかっただろう。

「そうか。まあ、追々それは指導が必要な部分だな」

 片方の眉を上げて、リューシュヴェルドが言った。

 ——うっ……やっぱり、良くはないのか。

「ごめんなさい」

 リューシュヴェルドは、ただ、と続ける。

「この別邸にいる限りにおいては、その呼び方で構わない。君はしばらくここにいて貰うことになるだろうからな。私の名を外で言うことは許可しないからそのつもりでいるように」

「え? いいんですか?」

「いいと言っただろう。話を続けよう。今日はいっぱい話をしなければならないのに、君のせいで話が逸れ過ぎだ」

「……すみません。あっ、申し訳ございません」

「もういい。普通に話せ。時間が勿体ない」

 セーラが気付くと、いつの間にかリューシュヴェルドの顔から笑みらしきようなものは消えており、少しうんざりしたような顔をしている。

「はっ……はい!」

 セーラは慌てて姿勢を正した。

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