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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第二十六話

 扉が開くと、長方形の大きな食卓の奥に、一人の男性が見えた。

 その人は、眼帯をしていた。

 セーラがまず、目に入ったのはそれだったのだ。

 村には居なかったため、眼帯をしている人を目にしたのも、セーラは初めてだった。

 ——初めて、ばっかり……!

 食堂が広いことと、食卓も大きいことで、眼帯の人物はとても遠く感じられた。

 給仕が食卓の上を整えている最中のようで、良い匂いが部屋中に漂っている。お腹が鳴りませんように、とセーラはひたすら祈った。

 眼帯の人物が恐らく第二公子様であるのだろうか。脇に壮年の男性が立っていて、同じようにセーラを見ている。

 給仕が立ち働く中、セーラは隣にいるグレンフィードを見た。どうしていいか分からなかったからだ。

 グレンフィードもセーラを見下ろしており、一つ頷くと先に歩き出した。慌ててセーラも後ろをついていく。

 第二公子の側まで行くと、グレンフィードは「お連れしました」と言って、第二公子の後ろに立った。

 セーラはどうして良いか分からず、立ち尽くすのみだ。

 第二公子は、ゆったりと椅子に座り、食卓に肘をついてセーラを見ていた。

 深く黒い髪は、襟足は揃えられているようだが、前髪は長くすべて後ろに流している。すっきりとした額の形が綺麗で、そのような髪型をした男性もまた、セーラは初めて目にした。

 セーラを見る切れ長の右目は、今は何の感情も浮かんでいないが、鋭くなるととても怖そうだと思い、少し下を向いた。

 ——どうしたらいいの? 何か言われるまで待つの? 行儀作法の知識、どこ行っちゃったの?

 少し汗ばんできたが、知識がすぐに出てこない。思った以上に、目の前の人物に緊張しているからだということはセーラには分からなかったが、相手には伝わったようだ。

「準備が終わったら、退出しなさい。その後は人払いを」

 落ち着いた声で静かに声が発せられた。セーラではなく、給仕に命令したようだ。

 しばらくして扉の音が聞こえると、静かになった。

 セーラは回りを見ることができずに下を見たまま立っていたが、今は目の前の眼帯の第二公子と隣の男性とグレンフィードしかここにいないということだろうか。

 すると、静かな声色のまま、第二公子が言った。

「ショールを取りなさい」

 少し不安になってグレンフィードに目をやると、グレンフィードは瞬きを一つした。恐らく大丈夫だということだろうか。

「はい」

 セーラは下を見たまま、羽織っていた軽いショールを外す。外した時に、第二公子の目を見た。反応が気になったからだ。

 切れ長の目が大きく見開かれるのが分かった。グレンフィードが最初見せた表情と同じだ。グレンフィード当人はというと、既に免疫があるためかほんの少し面白そうな口元をしている。第二公子の脇に立つ壮年の男性は、第二公子と同じような表情をしつつ口の中で「カゴモチ」と言ったようにセーラには聞こえた。これも、当初グレンフィードが言っていた言葉と同じだ。

 しかしセーラには何のことだかやっぱり分からなかった。

「……。なるほど」

 たっぷり時間を取った後、第二公子はようやくそう言った。

「セーラだったか。君のことは先ほどグレンフィードから聞いたが、これほどだとは思わなかった」

 ——これほど? これほどとはどういうこと?

 セーラは疑問に思って、首を傾げた。しかし、聞いてもいいものだろうか。

 第二公子は片手で両方のこめかみを押さえて揉んでいたため手で隠れた表情が読めず、セーラは言葉を発していいかも分からなかった。一つも姿勢を変えず、同じ場所にただ立っているだけだ。

「とりあえず、座りなさい」

 第二公子はこめかみから手を離すと、食卓の角を挟んで隣の席に座るように促した。

 グレンフィードに目をやると、もう一度瞬き一つが帰ってくる。

 自分の中で最大限丁寧に椅子を引き、最大限丁寧に椅子に腰かけた。行儀作法やマナーの知識なんて、すぐに有効に使えないことがこれでセーラ自身に分かる。

 ——知識はあっても、やっぱりすぐに動けない。

 それでも、椅子は品の良い絨毯の上にあり音はならなかったし、背筋を伸ばして足は揃えて気を付けているつもりだ。行儀良くするのは予想以上に疲れると気が付いたが、今はそんなこと言っていられない。

 目の前に置かれた温かそうな食事に少し目がいくが、第二公子を見る。

 すると、第二公子の後ろから「ぷっ」と軽く吹き出す音が聞こえた。グレンフィードだ。

「何だ?」

 第二公子が尋ねると、グレンフィードが説明した。

「いや、セーラらしいと思いまして。食事が気になっているようですね。どうですか? 人払いも済ませていることですし、食事をしながら話を伺ってはどうでしょうか」

「そうしよう」

 第二公子は二つ返事で了承すると、セーラに話始めた。

「まずは、長旅ご苦労だった。通常の礼儀には反するが、今回は人払いもしているし咎める人間はいない。食事をしながら来てもらった理由を説明したい。君にも色々と説明してもらわないといけないが、まずは食事をしよう」

「はい」

 セーラは、第二公子から目を離し、食卓を見る。

 スープと麺麭、それからこれは肉を焼いたものだろうか。セーラのいつもの食事と内容はそう変わらないが、見た目がまず違った。使っている食器も含めて、すべてが美しかった。

 それから、並べられたフォークやスプーン類。頭に知識を浮かべると、これは動作が伴わないからだろうか、スムーズに出てくる。

 ——使うには順番とか決まった流れがあるのか……。

 ふむふむ、とセーラは一人認識しながら、第二公子を待った。まずは、目上の人から手を付けると知識に出てきたからだ。

「神々の慈しみと精霊がもたらす大地の恵みに感謝し、祝福をいただく喜びをここに祈ります」

 第二公子はいつもセーラが食前にお祈りしている言葉より少し丁寧な祈り文句を述べ、スープを一口掬う。

 それを見て、セーラも同じようにスプーンを使ってスープから手を付けた。ここは、第二公子を倣って同じように食べればいいかもしれない。

「……っ、おいしい!」

 セーラは思わず、声を上げた。それほどに美味しかったのだ。いくらか冷め始めてはいたものの、まったくそれが気にならないほどに美味しかった。貴族はこんなものを食べているのか、と羨ましくて仕方が無くなる。

 これは、麺麭も期待ができる。そう思った瞬間手が伸びた。第二公子を倣うと決めたことは一瞬にして忘れている。しかし、頑張って丁寧に、という心は忘れずに頬張るのはやめておいた。

 麺麭もとても美味しかった。スープに浸さなくとも柔らかく焼いたばかりなのが分かった。目を閉じてセーラは味わいながら幸せを感じた。自然と顔には笑みが浮かんでくる。

「よっぽどお腹が空いていたようだな」

 はっ、とそこでセーラは気付いた。あれだけ緊張しきっていたにもかかわらず、一瞬第二公子の存在を忘れてしまっていたのだ。

 ちゃんと口の中のものを飲み下してから、セーラは言った。

「ごめんなさい。初めてこんなおいしい食べ物を食べたので、思わず夢中になってしまいました」

「まあ、良い」

「ありがとうございます」

「言った通りでしょう」

 グレンフィードが第二公子に話しかける。

「セーラは、感情がすべて顔に移る性質たちなんです。これは決して敬意や畏怖を感じていないわけではなく、目の前に心を奪われた結果ですよ」

「そうだろうな。しかし、これが本当にそうなのか?」

 少し呆れたように第二公子が言い、セーラは恥ずかしくなった。グレンフィードを恨めしそうに見ると、すかさずグレンフィードが第二公子に念押しをした。

「ね? 分かりやすいでしょ? 今のは、『何でそのような恥ずかしいことを言ってしまうのですか?』と私に心の中で言っていたはずです」

 その通りだったが、この場で言えることなど何もない。セーラは顔を赤くし、そっと麺麭を置いた。

「なるほど」

 第二公子は、そう言ってセーラへと目を向けた。

「そう言えば、自己紹介もまだだったな。私が誰だかはグレンフィードから聞いているとは思うが、私はアランディア領第二公子、リューシュヴェルドだ」

 難しい名前だ。何度か頭の中で繰り返したが、言える気がしない。

「あの、失礼ですが……」

 おずおずと質問をしてみる。

「何だ?」

「何と、お呼びすれば……。リュース……シュベ、リュースヴェ……リュ……。第二公子様、何とお呼びすれば?」

 まずい、これ以上言うと深みに嵌る、と思ったセーラは途中で切り上げて、まるで何事もなかったかのように聞いてみた。心の中は汗だくだ。

 ——難しすぎるよ、領主様、こんな名前何で付けたの?!

 不敬にも領主様へ心の中でセーラは怒った。

 しかし、周りにはそのセーラの怒りは分かってもらえなさそうだ。

 間違えだした時から、当の第二公子は呆れたように目を閉じたし、グレンフィードは精悍な顔を面白そうに歪めながら笑っている。側にいる壮年の男性も、口元を隠しているが笑っているようだ。

「平民とは、斯くも好奇心が旺盛なのか? それを相手に聞くのが普通か? 知識の館で得たものはどうした?」

「す、すみません……あ、誠に申し訳ございません」

 知識に出てきた言葉を言い直しながら謝罪をする。

 グレンフィードが横から助け舟を出した。

「リューシュヴェルド様、殿下の御名前や呼び方などは、私が教えていなかったのです。それに、知識の館で得たことがどのように作用するかを見るために、マナーも何も教えないようにと言ったのはリューシュヴェルド様ではございませんか」

「そうだが……」

「それに、好奇心が旺盛なのは平民だからではございません。セーラだからだと思われます」

 リューシュヴェルドは呆れてはいるが、その表情に嫌悪は見えず、そう言えば、とセーラは気付いた。セーラを初めて見た時に驚いてはいたけれど、そのあと容姿には何も触れてこないのだ。

 ただ、今は成り行きを見守っておこう。何か失敗したことは間違いない。そもそも、御名前を言えないなど、あってはならないだろう。

 しかし、セーラはもう一度言葉にしても言える気がしなかった。ちゃんと言えるグレンフィードが不思議で仕方がない。

 グレンフィードはセーラに言った。

「通常お呼びする時は、リューシュヴェルド様で問題ない。対外に話すときは、第二公子様、第二公子殿下、など肩書を付けてお呼びするのが礼儀だ」

「はい。申し訳ございませんでした」

「分かればいい」

「それで」とリューシュヴェルドは続けた。

「そろそろ知識の館の件について、話をしてもいいか?」

「……はい」

 セーラは気を引き締めてそう言った。

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