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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第二十四話

 そして、数度野宿を繰り返すと、いよいよ領都が見えてきた。領都の奥に見える高くそびえ立つ塔と城壁はついこの間見たばかりだったが、とても久しく思えて改めて圧倒される。

「セーラ、南門をそのまま通るが、マントを巻き付けてフードを外さないように。もし前が見えなくても身体は支えるから安心しなさい」

「分かりました」

 上等で大きなマントを身体に巻き、見えないように身を隠す。

 しばらくすると、門に着いたようだ。

 グレンフィードは「ご苦労」とだけ言うと、そのまま門を通り抜けた。ソジュやレグルスと来た時は通る時に審査されたが、騎士様はやはり別格のようだ。

 馬から伝わる振動が変わり、街の石畳を通っていることがうかがえた。

 セーラは領都の景色をいつも見ることができない。ただ、ついこの間見た中心街の商業ギルドや知識の館の前などは通るのだろうか、と想像をしながら馬の背で揺られていた。

「セーラ」

 グレンフィードが後ろから話しかけた。

「もうすぐ貴族街だ。そこにも門があり門番がいる。騎士団員のため顔を見知った者も多い。顔を見られないように」

「分かりました」

 度々繰り返されるやり取りにも慣れ、ソジュと同じくらいかそれ以上の安心感がある背中の人物によってそこまでの緊張感はなかったが、セーラは気を引き締めた。

 門に着くと、門番が側に駆け寄ってくる気配がした。

「グレンフィード様、お戻りでしょうか」

「ああ。私とボルターク、二名が帰還した。今より城へ戻る」

「……そちらは?」

「これに対する質問があるならば城の第二公子様へ。しかし、こちらにも連絡があるはずだが?」

 グレンフィードは厳しく言った。

「はっ、申し訳ございません!」

「申し訳ございません。承っております。お通りください」

 別の人が駆けてくる音が聞こえた。それ以上の追求はないようだ。

 グレンフィードはまた「ご苦労」とだけ言うと貴族街へ入り、更に山の方へ進みだした。

 もちろん、セーラには全く見えていない。

 外を歩く人はいないのか、静かなことだけが分かった。聞こえるのは、グレンフィードとボルタークが手綱を握る、馬の蹄鉄の音だけだ。

「お城に行くんですか?」

 覚悟していたものの、少し怖くなってセーラは尋ねた。髪は縛ってフードを被ったままだ。しかも、出来上がった大人用の普段着を試着したままで来たのだ。自分がちぐはぐ過ぎて、気が引ける。

「いや、まずは第二公子様の別邸に行く」

 よく分からないまま静かな街を通り過ぎ、何度目かの城門もくぐった。この時もグレンフィードは言葉少なに「ご苦労」と言っただけだった。

 ——門が多い……。守りが強いってことかな?

 アランディア領は、山脈沿いの国境警備を任されている。通商や国内の交易なども行っているはずだが、それよりも一番はやはり軍事的な意味での要衝なのかもしれない。

 セーラは、高い塔と城壁を思い出しながら考えた。もしかすると、城はそのそばにあるのだろうか。城と国境の間は何かあるのだろうか。他国の人はここに来るのだろうか。もしかしたら、見ていないだけで下町にもいたのだろうか。

 いろいろと想像を巡らせている内に、どうやら到着したようだ。

「ボルターク、第二公子様のことだ。恐らく抜かりはないだろうが、もしやしきに人がいる様なら人払いを」

「はっ、かしこまりました」

 ボルタークが先に邸へと向かった。

「セーラ、部屋に入るまではこのままだ。君の容姿が違うことは、第二公子様も御存知ではない。無論、平民が別邸に来ることを想定して準備はされていらっしゃるとは思うが、それ以上に気を付ける必要が出てしまった」

 セーラは頷いた。

「そのまま部屋に行かねばならんが、それでは歩けまい。すまないが、しばらく我慢してくれ」

 グレンフィードがなぜかセーラに謝り、セーラはマントの中で首を傾げた。

 ——あれ? なぜグレンフィード様が私に謝るの?

 そう思う間もなく、セーラはグレンフィードに抱き上げられた。

「わ、わっ! ちょっ……!」

 父親以外の男性に抱き上げられるなど、産まれてこの方初めてのことだ。セーラは自分の顔が熱くなるのが分かって慌てる。

「セーラ、声を上げるな」

「そんなこと言ったって……!」

 すると、ボルタークが戻ってきた。

「グレンフィード様、自分が代わります!」

「いや、構わない。急ごう」

 ボルタークは役に立てなかったと思ったのか、少し難しい顔をしたが、そのまま下がった。

 ——いや、構いますってば……!

 横抱きに抱きかかえられ、息ができる気もしない。

 ——とりあえず、早く着いて! 早く下ろして!!

 そう願うしか、今のセーラには出来そうになかった。

 どのように向かったのかは、セーラの頭が羞恥で占められていたため覚えていないが、到着してすぐ下ろしてもらった。

 セーラはほっとして深くため息を吐く。

 ボルタークが扉を閉めると、グレンフィードが言った。

「セーラ、フードを取って構わない」

 セーラはマントをグレンフィードに返し、フードを外して部屋を見回した。

 ——これが、部屋……?

 セーラは目を大きくした。

 セーラの家の一階が丸ごと入ってしまうくらいの大きさだ。

「何て広い……」

 セーラがそう言うと、グレンフィードがセーラの肩を叩いた。

 セーラが振り返ると、ニヤッと笑う。

「この部屋は、この邸で一番狭い客間だ」

「まさか!」

 奥には大きな窓があり、その手前には大きなベッドがある。天蓋付きの、見ただけでふかふかだと分かる上質な寝具があり、右手の壁には鏡台がある。

 部屋の真ん中には派手ではないがしっかりした机と椅子があり、その前に柔らかなソファと低いテーブルが置かれている。

 仕事や勉強と、応接と、身繕いや睡眠などすべて一つのスペースでできるように配置されているようだ。

 何をどう使うかも分からなかったが、机の上に羽ペンとインクがあるのが見え、セーラは文字の練習をし損ねたことを唐突に思い出した。

 動き回ることも、もちろん何かに触れることなど到底できず、セーラはグレンフィードを振り返った。

「私、どうしたらいいですか?」

「まずは、第二公子様の面会だが、公子様はお忙しい。本日到着したことは門番から既にお聞きかとは思うが、時間を作ってこちらへ戻られるのはいつになるか分からない。恐らく本日中には呼び出しがあるとは思うが」

「そうなんですか。私、すぐに連れて行って説明させられるのかと思ってました」

 セーラは少し肩の力が抜けた。

「私、それまでどうしたらいいですか?」

「まずは、身支度だ」

「え?」

 グレンフィードは部屋の左手にある扉を指さした。

「あそこが、洗面と浴室だ。そこで湯浴みをするように。それから、クローゼットはそこだ。寸法が合うかどうかは分からないが、そこに入っている服を着るように。着方が分からないものは避けなさい。申し訳ないが、事情が事情だけに侍女を付けてやることができないからな」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん? どうした?」

「浴室って言いました?!」

 目を開きセーラが怯みながら聞く様子に、逆にグレンフィードが少し怯んだ。

「ど、どうした?」

「浴室なんて、見たことないんです。使ったことも!」

 悲壮な声で説明するセーラに、グレンフィードは黙って考え込んだ。

「そうか。私が手伝ってやれなくて申し訳ないが、薬液があるから髪と身体には必ず使うように。それで汚れが取れるからな。湯はたっぷり使って薬液を落とし切ってから浸かるようにしなさい」

「貴族ってすごい!」

 意味の分からない感想を述べ、それにボルタークが苦い顔をして肩を竦めた。

「君の言葉遣いがすでに『すごい』けどな。何がすごいか分からないところがもはや『すごい』」

「む……」

 グレンフィードはボルタークとセーラのやり取りがお好みのようで、また笑いながら言った。

「その間に、私とボルタークは先に報告を上げておく。もちろん君の容姿のこともだ。また来る。まあ、君がおそるおそる薬液を使って湯浴みをするのは時間がかかるだろうし、その後の身支度も時間がかかるだろう。それを見計らって戻ってこよう」

「うっ……頑張ります!」

 ボルタークがグレンフィードに向かってよくやる敬礼のポーズで指示を受けたセーラは、グレンフィードを見送った。

 ——さあ、一仕事だわ! いざ、浴室という戦場へ!

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