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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第二十二話

 扉を開けると、そこにはキシュトとカナエとコーレンがいた。

「お前……!」

 コーレンの父親が声を上げる。

 キシュトとコーレンはバツが悪そうな顔をして、カナエは目に涙をためて、唇を震わせていた。

「どういうことだ?」

 グレンフィードが厳しく問うと、コーレンの父親が申し訳なさそうに言った。

「私の愚息です。申し訳ございません。まさか聞いていたとは……」

「私の友達です!」

 セーラは、大きな声で説明した。ソジュに下ろすよう促して降りるとグレンフィードの前に行き、先ほどの流れを思い出しながら跪いた。

「許してください。きっと、私を心配してくれたの」

 グレンフィードは少し笑って言った。

「なかなかの姿勢だが、それよりも、言葉遣いが惜しいな」

 そして外を見回りに行って帰ってきたボルタークを見た。

「どうだった?」

「他には誰もいないようです」

「分かった」

「君たち、ここで見聞きしたことは他言してはならない。他言したら、セーラや村だけではない、君たち自身に危険が及ぶ可能性がある。その上、セーラと違って君たちのことは保護できない。それを分かった上で口を閉じておくように」

 キシュトとコーレンは、真面目な顔で頷いたが、カナエはセーラから目を離さなかった。

 こうなった時のカナエは見たことがある。爆発寸前だ。しかし、貴族のいる場で爆発はまずい。

 キシュトとコーレンが少しカナエから離れるのを見ながら、セーラはすぐにカナエのところへ行った。

「……っ、セーラ」

 カナエの目から涙が零れた。

「言いたいことがいっぱいあるけど、もう十五になるから、全部言っちゃいけないって分かってる」

 震える声で、大きな地声を限りなく小さくして、しっかりした眉を吊り上げたままカナエが言った。

「あんたばっかり何でそんな目に……! おかしいでしょ?! 私にも言えないようなことに何で巻き込まれてるのよ?!」

「カナエ……」

 ボロボロと流れる涙を気にせず、顔を真っ赤にしてセーラに怒っているようだったが、カナエはセーラではなくセーラに降りかかった事柄に対して怒っていることにセーラは気付いた。

「ごめんね」

 セーラは、少し背の低いカナエを抱き締めた。カナエの手もセーラの背に回る。

「本当は、嫌だって言いたい。何で言わなかったのって言いたい」

 小声で続けるカナエの声を聴いて、また涙がぶり返す。今日だけで一生分の涙が枯渇するのではないかと思うくらいだ。

「分かってる……っていうか、カナエそれもう言ってるし……。」

「うん。本当だね。でも私怒っていいでしょ?」

「うん」

「何でこんなことになってんのか、私本当に怒ってんのよ……っ、分かってんの?」

「分かってる。ごめん」

 カナエの怒りの涙が落ち着いて震える肩から力が抜けるまで、セーラはカナエの背をさすって、「ごめんね」を繰り返した。

「もう謝らなくていい」

 疲れた声でカナエが離れて、セーラの手を両手で握りしめた。

「多分、言ってくれてても私じゃ何もできなかったと思う。それがとても悔しいわ。でも、例えセーラに普通じゃないところがあっても、何があっても、どこにいても私たちは友達だから」

「カナエ、男前だね」

 ふっとセーラは笑った。セーラより背が低くて、柔らかくふわふわの髪を持つ女の子なのに、なんてかっこいいのだろう。

「何よ! あんたは簡単に受け入れすぎなのよ」

「へへっ。カナエが怒ってくれたからいい」

「バカ!」

「うん」

 そして笑いが零れた。幼い頃から、二人の間にはいつも笑顔があった。セーラが感情を隠せないのは、カナエの影響があることは間違いない。正直に言い合える友達がいるということは、セーラにとって代えがたい財産だった。

 もちろん、キシュトやコーレンも。

 セーラは二人を見て、二人にも謝る。

「二人とも、守ってくれたのにごめんね」

「……ちげーだろ」

 キシュトが苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。

「へ?」

「俺らがお前を守るなんて、当たり前なんだよ。何も悪いことなんかねーだろ。そういう時は『ありがとう』っつっときゃいーんだよ」

 セーラは、当たり前だと言ってくれたことに、心の底から感謝した。申し訳ないと思っていたが、皆は申し訳ないと思わせたいわけじゃないんだと、セーラは気付いた。

「そっか。そうだね。私、『ごめん』じゃなくて『ありがとう』だったんだ。キシュト、コーレン、ありがとう」

「ああ」

 キシュトがそっぽを向きながら言い、コーレンは「そういうことだね」と言いながらセーラの頭に手を置いた。

 湿っぽい雰囲気が一段落すると、セーラは改めてグレンフィードへ向き直った。

「この村は自由だな」

 ぽそっとグレンフィードが呟き、ニヤッと笑う。

 確かに、セーラは貴族が来訪しているにもかかわらず、そんなことは思い切り忘れてとめどなく感情的に動いてしまった。皆もそうだ。

 しかし、グレンフィードはその間静観していた。話を打ち切ることもせず、終わるのを待ってくれていたのだ。

「ごめんなさい。でも、本当に感謝します。覚悟が決まりましたから」

「そうか。それは重畳ちょうじょうだ」

「それで、私はこれからどうすれば……?」

「ああ、これからすぐに領都へ向かう。馬に乗るため、荷物は手に持てるものだけにしなさい。衣類や生活用品はすべてこちらで用意する」

 セーラは、ケレーラを見た。諦めたように笑う母親の顔を見て、セーラはグレンフィードに尋ねる。

「来月十五の儀があって、母さんが作ってくれた晴れ着があります。それを持って行きたいのですが」

「十五の儀というと……ああ、花冠の儀のことか。儀式への参加が許可されるかどうかは別の話だが、持参する分には問題ないだろう」

「ありがとうございます」

 花冠の儀、とセーラは初めて聞いた言葉を頭で反芻した。紐づいたようで知識が出てくる。

「花冠の儀とは女性だけなんですね」

「ああ、平民は男女同時に行うのだったか。貴族の花冠の儀は、女性が適齢期になったと告知するためのものだ。男子は年齢によるものではなく、家督譲渡や相続、騎士の叙任式や資格認定式など成人としての権利と義務を行使すべき時にそれぞれ行われる……まあ、君には分かるか」

「はい。でも許可していただいてありがとうございます」

 そう言うと、セーラはケレーラを見て笑い、二階へ上がった。

 ケレーラの作ってくれた晴れ着を鞄に入れ、以前カナエに貰った髪留めを手で優しく拭うと、鞄の中に入れた。

 部屋を見回すと持って行きたいものはいっぱいあったが、これ以上持って行って帰りたくなってしまっては困る。セーラは、それだけを持って階下へ降りた。

 階下では玄関扉が開いており、外でグレンフィードとボルタークは既に馬の準備を始めていた。皆も外に出て打ち合わせをしている様だ。

「我々は、一気に馬で駆けてこのまま北の入り口から村を出る。他の事情を知らない村民に影響を一番及ぼさないようにしたい。その後のことは任せて良いか?」

 グレンフィードがソジュに言った。

「村民に関しては問題ありません。その代わり、村の外に関しては何卒お願いいたします」

 ソジュが頭を下げると、グレンフィードは頷く。

「ああ。問題ない」

 そんなやり取りの中、セーラが側に戻ると、グレンフィードがフードを被るように指示をした。

「あまり目立った行動はしたくない。領都に着くまでフードをしっかり被っていなさい」

 そして、グレンフィードはマントを翻して騎乗した。

「分かりました。……あの……!」

「何だ?」

「私、馬は乗ったことないんですけど……」

 顔を青くして、セーラが進言する。馬で行くとグレンフィードは確かに言っていた。セーラの心がいっぱいでまったく気づかなかったのだ。

「問題ない」

 グレンフィードがそう言うと、再度宙に浮いた気がした。後ろからソジュが抱き上げたのだ。そのままセーラは馬上のグレンフィードに渡された。

 まるで物になったようで居たたまれなかったが、乗れないので仕方がない。

「お願いいたします」

「ああ」

 セーラはフードを被ったが、馬上に座っていると皆の顔が見えた。

 お互い、何も言わなかった。これ以上言うべきことがセーラは見つからなかったし、きっとみんなもそうなのだろう。

 でも、笑顔だった。

 ソジュやケレーラ、レグルスにカナエ、キシュト、コーレンとコーレンの父親も皆が笑っていた。ケレーラとカナエの目は赤いままだったが、これもセーラと同じだろう。

 ソジュの目にも光る物が見えた時、涙がぶり返しそうな気がして慌てて目を擦った。

 グレンフィードが自分のマントをセーラに巻き付けて、できるだけ隠すようにすると、同じく馬に乗ったボルタークを見て頷く。

 ボルタークも頷いて、手綱を引いた。

 ボルタークの馬に続いてグレンフィードも手綱を引くと、馬が動き出す。

 セーラは、やっぱり何も言えなかった。

 ——ありがとう、だろ。

 キシュトの声が蘇る。

「……っ、ありがとう! 行ってきます!」

 振り向いて、やっとの思いでそれだけ言った時、既に皆の顔は遠く見えなくなっていた。

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