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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第二十一話

 喉の奥がヒクヒクと小刻みに動くのをセーラは感じた。

 先ほど茶を飲んだ筈なのに、口の中が乾いて唇が震える。

 セーラは固まった顔のまま、グレンフィードから視線を外してソジュやレグルスの顔をゆっくりと見た。

 皆、驚愕の顔でセーラを凝視している。

「どういうことだ?」

 ソジュがセーラに尋ねた。

 すかさず、グレンフィードが口を挟む。

「セーラ、私の問いにはイエスかノーかだけ答えてくれ。知識の館の情報のため仔細は主君へ直接説明が必要で、もしまだ誰にも話をしていないなら、ここでしてはならない」

 ソジュの問いから、グレンフィードは推察したようだ。

「どういうことですか?」

 ソジュが驚いた顔のままグレンフィードへ振り返って同じように尋ねる。

 セーラは、自分がすぐに答えなかったことで、もう既に発覚してしまっているのだろうと窺い知った。ケレーラが震える手で口を覆い、セーラとグレンフィードを交互に見ており、レグルスは何か考え込むように眉を寄せている。コーレンの父親は、「まさか」と一言呟いて動揺している様子だ。

 ソジュは、机の上の拳をきつく握ってグレンフィードから目を離さない。

 それを見た後、セーラは視線を下げた。

 まさか、すべての知識を得たことが貴族に露呈していたなど、近しい人へ晒されるなど、夢にも思わなかったのだ。

 秘匿したことへの罪悪感よりも、負担になりたくない、迷惑を掛けたくない、とそういう気持ちの方が大きかったことは事実だ。しかし、このような事態になってみると、隠したことで迷惑を掛けていることが分かって、その事実にセーラは圧し潰されそうになった。

 そして、ほんの少しあったのだ。更に人と違うところがある、と知られることが恥ずかしいという気持ちが、少しではあったが確かにあったのだ。

 セーラはその気持ちに気づいて、そう思った自分自身を恥ずかしく思って、顔を上げることができなかった。

 グレンフィードは、ソジュの問いに答えなかった。セーラもまた、顔を上げて応とも否とも発することができなかった。

 暫く沈黙が続いた後、レグルスが「あの……」と言った。

「僕も、ソジュさんと一緒にセーラちゃんと領都へ行きました。セーラちゃんが知識の館に行ったのは三刻の鐘から六刻の鐘までです。それも一日だけで、体調を崩して翌日には領都を出ているので、()()()と言われてもそんなことはあり得ないとしか思えないのですが」

「成程、半日程度しかいなかったのか」

 グレンフィードは頷きながら相槌を打った。

「確かにあり得ないな。しかし、何日だろうが、すべての知識を得たこと自体があり得ない。だからこそ、こうして私が派遣されたのだ」

 そう言うと、拳を握ったままのソジュへ目を向けた。

「私の任務は、知識の館ですべての知識を得た人物の確認と、それがもし本当であれば監視対象のため保護すること、この二点だ。経緯をつまびらかにすることは含まれないし、知識の館という()()()()()()()()()()について、情報を出すことはそもそも禁じられているだろう?」

「……保護?」

 ケレーラが呟いた。グレンフィードが頷く。

「知識の館で勉強してきた貴方がたも分かるはずだ。それがどんなに()()()()()()かを。セーラがその知識を使うかどうかももちろん問題だが、使()()()()可能性や危険性も大いに考えられる」

 はっとした顔で全員がグレンフィードを見た。

「セーラの姿を秘匿したこと、ここがアランディア領の中でも辺境の地であり来訪者があまりないこと、セーラが知識を得た事実を言わなかったこと、これらは貴方がたからすると罰せられるに値すべき事柄だと感じるかもしれないが、今回に関してはそれらすべてが僥倖だと言える」

「でも、でも、セーラは領都へ連れて行かれるんですね?」

 ケレーラは、涙声になりながらグレンフィードに尋ねた。

「それは先ほど言った通りだ。彼女は監視対象であり、保護対象でもある。セーラ、君は何も言わないが、私の質問が正しい、とそう認識していいか?」

 セーラは、喉が詰まったままゆっくりと顔を上げた。皆が固唾を飲んでセーラを見ている。泣きそうになりながら、こくりと頷きうべなった。

 もう一度顔を上げると、皆が一様に辛そうな顔をしているのが目に入った。

「セーラ。お前、文字だけだと言ったじゃないか」

 ソジュが辛そうな顔のまま、セーラに言った。責める言葉にも聞こえるが、そこに責めがないことはセーラにはよく分かった。よく分かったから余計に心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 喉の奥の固まりをゴクリと飲み込んだ時、目に一杯溜め込んだ涙が一気に溢れる。

「ごめんなさい……」

 そう言うと、涙が止まらなくなった。セーラは嗚咽しながらも、つかえて出にくい喉から一生懸命言葉を絞り出す。

「……っ、ごめんなさい。どうしても、言えなかったの。怖かったし訳が分からなかったから、迷惑かけたくなくって……」

 それだけ絞り出すと、子どものようにセーラはうわーと泣き出した。鼻水が出てきて涙が止まらない。

 目の前に貴族がいることも構わず、ごめんなさい、と泣きながら繰り返した。

 ケレーラが前からそっとセーラの手を握る。ケレーラを見ると、ケレーラもまた静かに泣いていた。それを見て、またセーラは泣いた。

 セーラが泣いている間、大人たちは沈黙のまま泣き止むのを待ってくれた。

 ソジュに背を撫でられていることにセーラは少し落ち着きを取り戻しつつ、鼻をグズグズ言わせながらケレーラに差し出されたハンカチで目を拭った。

「お茶淹れ直すわね」

 ケレーラがセーラのカップを取って、湯を沸かしなおした。もちろん、グレンフィード達のカップもだ。

 全員分のお茶が行き渡る頃には、セーラは落ち着きを取り戻していた。泣きすぎて酸素が足りないのか頭が少しクラクラする。

 腫れているのが分かる瞼の奥から、皆を見て、改めて恥ずかしくなった。しかし、泣いている間にこの話の結末がどうなるかが分かりはじめていた。

「泣いたりして、ごめんなさい」

 鼻声のまま、セーラはグレンフィードに謝罪した。

「いや、構わない」

 グレンフィードはそう言うと、ソジュに向かって「話を続けよう」と言った。

「セーラが肯定したことにより、本日をもって彼女を領都へ保護する。これは命令であり、到底逆らえるようなものではないと思って欲しい」

 ソジュが項垂れた。

「どうしても、でしょうか。ここで、セーラを匿うという希望は通らないのでしょうか」

「まず、ここに騎士団は配置できない。貴方がたは南の警備の任を負っているはずだ。つまり、領都への移動も叶わぬしそれは望んでもいないだろう。ここに、例えば国家規模の軍が来たとして、守れるか? 例えば、情報を得た人攫いが闇に紛れて来たとして、果たしてセーラを奪われずにいられるか? 普通に生活すること自体、難しくなるだろう?」

 野盗や賊の類ならまだしも、軍と聞かされて敵う筈もない。それに、この非常時でも裏にある扉の施錠をする意識にはならなかった。南の警備の任はあっても、さして危険のない村の中はのんびりしているのだ。

 ヒヤヒヤしながら生活させるなんて、そんなことはさせたくないとセーラは思った。もし、万が一があったら村が無くなってしまう。

「そして、セーラが不穏な考えでその知識を使ったり、あるいは経験値が足りずに使い方を間違えないとも限らない。……まあ、先ほどの感情的な様子を見ればセーラ自身の危険度は低いとは思うが」

「うっ……」

 最後の一言で、セーラは真っ赤になり喉を詰まらせた。

 それでも、自分が間違えないとは言い切れないのも事実だ。今回だって、知識を得たことが知られていたなんて思わなかったのだから。何をどう間違えるか分からない。それが両親や友達、村の皆に迷惑が掛かることにでもなったら、どちらにしろセーラは村には居られなくなるのだ。

 そうなる前の、保護ということか、とセーラはすとんと腑に落ちた。

「父さん、私、保護されるよ」

 ソジュは悔しそうに唇を噛みしめながらセーラを見た。

「私がここにいて、私だけじゃなく皆が危険になるのは嫌。父さんやレグルスさん、コーレンのお父さんや村の皆も、私を守ろうとしてくれて嬉しいけど、私もそうしたい」

「でも……家族や友達と離れるんだぞ。行った先で危険がないとも限らないじゃないか」

「それでも、今命令を聞かなかったとしても危険だよ。どっちも危険だったら、村が大丈夫な方が良い」

 ただし、とセーラはグレンフィードを見て続けた。

「私が村を離れた後、村が危険になる可能性があるなら話は別よ。私がすべての知識を得たってことは、ここにいる人が知ってるわ。それはどうするの?」

 それだと話が変わる。そうなったらセーラは村を離れる意味がなくなるのだ。

 グレンフィードは少し困った顔をしたが、セーラは目を離さなかった。肩を竦めながらセーラの質問に答える。

「本来、アランディアの領民は、アランディア領の命令には従うことが道理だ。質問を許すことも答えることにも義務はない。これが大前提なのだと分かりなさい。その上で答えられるとすれば、私は村へは手を出さないということだけだな。私は騎士だ。その矜持に懸けて、落ち度のない領民を脅かすことは決してしないと約束しよう。そして、我が主君も、そのような無駄を認可するような方ではない」

 厳しい顔をしながら言うが、グレンフィードはきっと優しい人なのだろう、とセーラは思った。ただ、『無駄』という一言が少し気になったが、恐らく聞き間違いだろうと納得させる。

 セーラがそんなことを気にしている間に、グレンフィードは皆を見回して続けた。

「セーラの話をどうするのかは、貴方がたのセーラを守るという言葉を信じよう。しかし、村の外にそれが必ず漏れないようにしなさい。漏れたら、庇えないと思うように」

 ソジュが、しっかりと頷いた。レグルスやコーレンの父親もそれに続く。

「承りました。必ず」

 すると、ケレーラがおずおずと手を挙げた。

「これっきり、セーラには会えないということでしょうか」

 その質問に、グレンフィードは一瞬痛そうな顔をしたものの、すぐに厳しい顔に戻した。

「分からない。それは、帰領後の話次第、としか今は言えない。私の判断ではできかねるが、接点を持つことが可能か検討してほしい……と進言はしてみようとは思う。これで納得するように」

 はらはらと涙を流しながら、ケレーラが顔を覆うのを見てもグレンフィードは表情を変えなかった。

 しかし、進言してみるなんて言うところを見ると、優しい人であることは間違いないようだ。

 セーラは、先ほどまでの緊張と不安が、少しずつ溶けていくのを感じ、ケレーラの手を取って顔を見た。自然と涙が出てくる。

「母さん、こんなことになってごめん。せっかく十五の儀の晴れ着も作ってくれたのに、楽しみにしてたのにごめんね。まだ分からないことも多いし、これが正解かどうかも分からないけど、私、知りたいの。何で私が()()なのか。何か理由があるのか、ちゃんと知りたい」

 知識を得たはずなのに、何でかは分からないんだ、とセーラは悲しげに小さく続けた。

「ああ、セーラ」

 ケレーラは立ち上がってセーラの側に回り、セーラを抱き締めた。セーラはケレーラの胸の中で話を続ける。

「村にこのままいたら、ずっと分からないままかもしれない。領都に行っても分からないかも知れないけど、でも、村にいるよりは分かる可能性が高いでしょ? 私のためにも行った方が良いと思うんだ」

「……分かったわ。分かったからそれ以上言わないで」

 ケレーラの腕が強くなる。

「母さん、苦しい……」

 ケレーラがはっとしてセーラを離した。

「ごめんなさい」

 二人で笑顔になり、見つめ合った。母親の涙目がとても綺麗だとセーラは思った。

 すると、いきなり宙に浮いた気がした。ソジュがセーラの脇に手を入れて持ち上げたのだ。そのまま抱き上げられる。

 背の高いセーラだったが、苦も無く抱き上げた父親の太い腕を見つめながらセーラはしがみついた。

「父さん、ごめんね」

「……ああ」

 セーラの背を撫でる感触がして、横を見た。レグルスだ。

「レグルスさん」

 また涙がこみ上げる。レグルスは色んなことを教えてくれた。村の外のことや領都のこと、危険についても、セーラはレグルスからたくさん教わったし、気付かされたことも多かった。

「不安だったね。気付いてやれなくてこっちこそごめんな」

 涙がこみ上げて声にならず、首を横に振ってソジュの胸で涙を拭く。

 すると、玄関の外で小さくカタッと音が聞こえた。

「ボルターク!」

 鋭くグレンフィードが言うと、ボルタークが素早く走った。

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