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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第二十話

 セーラの部屋の扉が開き、小声で「セーラ」というソジュの声が聞こえた。

 聞こえた瞬間、セーラはばっと掛布団を跳ね除けて無言のままソジュに抱き着く。階下に声が聞こえることは間違いないからだ。ソジュも何も言わずにセーラを抱きしめた。

「……すごい汗だな」

 ソジュがセーラから離れ、額を撫でて流れる汗を拭った。

 そんな普通のやり取りにセーラはほっと息を付き、ソジュを見上げた。

「ごめんなさい。やっぱり、私どこかで見られてたのね」

 小声でささやく。

「分からん。恐らくそうだろう。理由が分からんから、どうなるか分からん」

「そう」

「同席してもいいと言われたし、まずは聞こうと思う。何も聞かないままだと、どうしたらいいか父さんも分からないんだ」

 セーラは頷いた。

 もし危険が及ぶ時には何が何でも反対するからな、とソジュは笑って囁き、安心を与えてくれることにセーラは感謝した。

 ——父さんは大きい……。

 元々大柄だが、見た目じゃなく全部が大きい。そんな感想を胸に抱いて、セーラは貴族と対峙する覚悟をした。 

 ソジュはケープのフードをもう一度セーラの頭に被せて、口の端で安心させるように笑うと、セーラを支えながら階下へ降りた。

 一階に降りながら、セーラはフードの下から様子をうかがった。

 ケレーラが食卓の椅子の端に半分腰掛けて下を向いていた。レグルスが肩をさすっている。

 もう一人、側には役場で働くコーレンの父親が立っており、セーラを見て頷いた。こちらも、先ほどのソジュと同様、安心させるような強い頷きだ。

 家族だけじゃない、村の人たちもセーラのことを心配してくれていることがそれだけで伝わり、セーラは申し訳ないという気持ちと同時に嬉しくなる。

 玄関の側に、背の高い厳しい顔をした男性が立っていた。背は高くがっしりとしているが、顔立ちを盗み見るとまだ若く見える。二十代前半だろうか。

 先ほどの声の主に違いない。

 上等で真っ青な布をたっぷり使ったマントを羽織り、仕立ての良い黒の上下と同色の革のブーツを見る限り、位の高い人に違いないことはセーラでも分かった。

 少し茶色の混じった黒い髪は短く切りそろえられ、清潔にしていることもうかがえた。

 もう一人——恐らくボルタークだろうとセーラは予想したが——は、その人よりも少し背が低く、同じような服装ではあるがマントが焦茶色だった。青いマントの人の後ろに控えていて、胡乱げな目をセーラに向けている。

 その目つきは過去にも見たことがあっていつもなら気にならないはずなのだが、この状況では身の竦む思いがした。

 フードの下に顔を隠しながら、ケレーラの側へ行く。

 ケレーラがセーラの手をぎゅっと握って、フードの下からセーラを覗き込んだ。不安そうな顔をしている。

 レグルスがセーラの肩を叩き頷いた。コーレンの父親と同じ表情だ。

 何も言わずにケレーラの手を握り返してから手を離すと、ソジュと一緒に貴族の前へと歩いた。

 ソジュが跪いたので、セーラもそれに倣う。セーラは初めて誰かに対して跪いたので、見様見真似だ。

「連れてまいりました。娘のセーラです」

 ソジュが首を垂れたまま話した。すると、貴族は立ち上がるように促した。そして、セーラのフードを追求した。

「なぜ、フードを? 取りなさい」

 立ち上がったソジュに倣ってセーラも立ち上がったが、何も言えずに床を見つめたままだ。

 後ろの——恐らく——ボルタークが、胡乱げな口調で問いただした。

「何を隠してる! 取れ!」

「いや、君は控えていてくれ。これは私の仕事だ」

 仕草までは見えないものの、ボルタークが頭を下げる気配がして、ボルタークよりこちらの人物の方が偉いのかとセーラは予想した。そして、セーラの背に回したソジュの手が温かいことに気づき、息をついてソジュを隙間からそっと見上げた。

 ソジュは、真っ直ぐ貴族を見ている。

「……娘は、確かに人と違った容姿をしています。他の街や領都でも、娘のような容姿を持つ人間は見たことがありません。それでも村の中では、普通に生活してまいりました。容姿以外は何も変わったところがなく、あくまで十五になる手前の、普通の娘です。貴方様方にとって何ら影響を及ぼすような恐れは一切ありません」

 隠しても無駄だと腹を括ったのか、一切の嘘偽りなく説明をする。損をしても、馬鹿がついても正直であれ、と教育するソジュらしい。後は相手の出方次第だ。

「容姿が変わっている? 容姿以外に何も変わったことがない?」

 不思議そうな声が聞こえる。

 何か考えているのだろうか、しばらく沈黙が続いた後、その貴族は言った。

「まず、フードを取って顔を見せてくれないか」

 すると、ソジュがしゃがんでフードの下からセーラを見た。少し心配そうな顔だが、セーラを見て頷く。

 セーラは、心臓が指の先まで震わせているような感覚を覚えながら、何も言わずに無言でフードを下ろした。

 そして、貴族の二人を初めて真正面から見る。

「……!」

「……カゴモチ?!」

 ガタガタっと二人が後ずさりながら驚愕した顔になった。

 ——カゴモチ?

 言葉の意味が分からなかったが、驚いていることだけは分かる。自身の手を見て籠を持っていないことを確認しながら、そういう意味ではないのだろうとは思った。籠を持っていて驚かれる理由はないだろう。

 ——……あれ?

 セーラはソジュを見て、そして後ろを振り返った。

 皆の顔も一様に不思議そうな顔をしている。きっと思っていることはセーラと一緒だ。

 領都でセーラの姿が誰かの目に入ってしまい、それが貴族の耳に入り、排除か確認か何らかの命令だかでセーラを捕らえに来たか何かなのだと、皆そう思っていた。

 でも、セーラの容姿を見て驚いたということは、知らなかったということだ。

 貴族は息を整えると、ケレーラに向かって声を掛けた。

「ご夫人、すまないが、水を一杯貰えるだろうか。あと、できれば話をしたいので座らせてもらっても構わないか」

「か、かしこまりました」

 ケレーラは立ち上がり、急いで湯を沸かし始める。いくら何でも貴族様に向かって水はないだろう。お茶を用意している様だ。

 食卓には四つしか椅子がない。

 先ほどケレーラが座っていた、奥の階段側の席にソジュは貴族を案内し、自身はその対面の炊事場側の席に座る。ソジュの隣の玄関側の椅子に座るよう促されて、セーラは席に着いた。

 ソジュの近くにレグルスとコーレンの父親が立ち、ボルタークは貴族の後ろに立つ。

「どうぞお掛けください」

 そうソジュがボルタークに言ったが、首を横に振られてしまった。

「護衛も兼ねているのでね。構わなくて結構」

 貴族がそう伝える。

 ケレーラが沸かしたお茶を人数分用意して、机の上に置いた。

 貴族様の前には、木製ではなくとっておきの陶器のカップだ。中古で購入して保管していたものだが、使っているのをセーラは初めて見た。

 貴族がやって来てから、初めてなこと尽くしだ。

 改めて考えれば、領都へ行ってからがそうだとも言える。ここ最近初めてなことが多すぎて、眩暈がしそうだとセーラは思った。

 貴族は、自分の隣の席をケレーラに進めた。

「ちゃんと話をしなければならないようだ。ご夫人も掛けてくれ」

 ケレーラがおずおずと貴族の隣に座ると、一つ頷き、セーラを見た。

「まずは、自己紹介をしよう。私は、アランディア領騎士団近衛騎士隊所属、グレンフィード。第二公子様の専属護衛だ」

 セーラはその言葉を聞いて、頭に組織図が浮かんだ。得た知識の中にあった。

 アランディア領の騎士団の構成、近衛騎士隊の地位、専属護衛とは何か、が頭に巡る。

 ——うわ。すごい偉い人だ!

 そんな組織図が頭に浮かばなくても偉い人なのは分かるのだろう。全員に緊張が走った。ゴクリ、とソジュが喉を鳴らした。

 ——雲の上の人だ。

 レグルスがこの間言った通り、逆らったら何をされても文句は言えない。

 先ほどは気にしていなかったことと、マントに隠れて見えなかったが、きっと武器を持っているに違いない。

 ソジュが勇気を振り絞ったように、グレンフィードの目を真正面から見据えた。

「それで、護衛騎士様、セーラに何用でございますか?」

 グレンフィードは暖かい茶を一口飲むと、眉間を揉みながら考え込んでいる。考えながら、ゆっくりと言葉を発した。

「うーん……言えることと、それから言えないことがあるな」

 固唾を飲んで、全員がグレンフィードに注目している。それを見回して、グレンフィードは続けた。

「まず聞きたい。南の村では、セーラの容姿が人と違うことを隠していたということか?」

 座っていても姿勢を崩さない騎士から見られると、それだけで身が縮む思いがする。セーラは、文字通り身体を小さくして心配そうに隣の父親を見た。

 ソジュは堂々と頷く。騎士にも負けていない姿勢で淀みなくやり取りをするソジュを見て、セーラは改めて父親がこんなに大きいことを再確認した。

「はい。まずは、容姿が異なることを領に報告するか否かの規定はございません。何ら違反には当てはまらないと、そう記憶しております。その上で、違いがあるとなかなか受け入れられないことがあることを既に我々は知っていました。南の村は、南側の警備の任によって徴税を免れているため、他の街や村からするとやっかみの対象になることが往々にしてあるのです。セーラが産まれた時は誰もが驚き、それこそ様々な意見が交わされましたが、我々がそのような境遇で育ってきましたから皆寛容に受け入れてくれましたし、現在もそうです。しかし、余所では違うでしょう。恩恵を受けているやっかみならまだしも、見た目が違うともなれば恐怖の対象にもなり得るでしょう。危害を加えられることなく、娘には平穏に暮らしてもらいたいと願うのは親心です」

 ソジュは、経緯を説明した。

「……なるほど」

 グレンフィードは頷いた。

「セーラはこの間、領都の知識の館に行きました。村から出るのは初めてです。なるべく隠して行動しましたが、どこかで露呈してしまったのだろうと護衛騎士様が来られた時に思いました。捕らえに来たに違いないとも。しかし……」

「我々が理由を言わなかったから頑なに隠していた、という訳か」

 ソジュが頷く。

「ふむ……理由は分かる。咎めはせん。娘のために必要な情報は既に調べている様だ。……欲しい情報がないことも」

 もう一度、ソジュが頷いた。

「騎士様は、娘を見て驚きました。なぜでしょう?」

「それは、言えないことの一つだ」

 グレンフィードは言い切った。だが、しかし、と続けた。

「人と違う色を持つ者は、セーラだけではない、とだけ言っておこう。その存在は決して忌避すべきものではない。しかし、吹聴すべきことでもない。結果的に貴方がたが彼女を匿って生活してきたことは、功を奏したとも言える。しかし、これは私の判断すべき問題を既に超えているため、これ以上は如何なる質問をされても、何も言えない」

 どう話していいのか、グレンフィードも迷ったのだろうか。「しかし」が多いことにセーラは気付いてそう思ったが、それよりもこちらだ。

 ——忌避すべきものではない——。この言葉で、セーラは今までの不自由をすべて許せるような気がしていた。

 そして、貴族は耳を持っているということをセーラは初めて知った。ソジュの話をちゃんと聞くような、共感をしてくれるような想像はまったくしていなかったからだ。

 グレンフィードと同様、ソジュもまた戸惑ったようだ。

「あ、あの、騎士様。ではなぜ、セーラに会いに来られたのでしょう?」

 セーラは周りを見て、皆そう思っているのを感じた。もちろん、セーラ自身もだ。

 グレンフィードは頷いた。

「それについては答えよう」

 そして、セーラを見る。

「セーラ。君は知識の館で、すべての知識を得たことに間違いないか?」

 セーラの顔が固まった。

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