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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第十九話

 翌朝も、ソジュは帰って来なかった。

 静かな朝だ。夏の初月に入って初めての雨が、しとしとと降っている。

 不安がいや増す中、口数少なくケレーラとセーラは朝飯を用意した。

 静かでも、祈りは欠かさない。食卓に着いて手を組み目を閉じる。

「神と精霊と大地、すべての恵みに感謝を」

 いつも通りのスープと麺麭の朝食だ。

「あ、母さん。今日は畑出れないね」

「そうだね。まあ恵みの雨も降っているし、今日は一日針仕事だね」

 雨の日はいつも家で仕事だ。雨の多い夏の初月は、家での仕事が多くなる季節なのだ。保存食や乾燥果物ドライ・フルーツを作るのは、それこそ乾燥している冬にしかできない。今は十五の儀の前で針仕事ばかりになっているが、籠を繕ったり、鳥の羽でペンを作ったりもするし、鍋を磨くなど時間のかかる家事も雨の日にまとめて行う。冬が近くなれば編み物なども手仕事に加わり、雨の日でも意外とすることは多い。

「今日で多分普段着終わるよ」

「そうねえ。何やかやとすることはあるけど、今は思い付かないねえ」

 気が回らないのはセーラも一緒だ。

 また二人は黙って、朝飯を平らげた。


「よし、できた!」

 三刻を回って少しすると、セーラは針を置いてワンピースを広げた。

 朝食後すぐ針仕事に向かい、黙々と進めていたら意外に早く出来上がったのだ。

「あら、早いじゃない。着てみせてくれる?」

 ケレーラも針の手を止めて、嬉しそうにしている。

「うん!」

 今は女二人だけだ。その場で着替えようとした時、あっ、とセーラは気付いて手を止めた。

「どうしたの?」

「ケープが外せないから、着るのはやめた方がいいかも」

「部屋で着替えてらっしゃい。もちろんケープも羽織りなおして降りといで」

「そうする」

 普段着なので上から被る簡単なワンピースを、セーラは部屋に上がり袖を通した。腰を同色の布で作ったリボンで縛ってみる。今まで生成りの服ばかりだったので新鮮な気分になった。子供じゃなくなるという感覚に、少し胸がざわざわとする。嫌な感じはしないけれど、寂しいような自信が出るような、そんな感覚だ。

 とは言え、セーラの部屋には鏡がないので自分がどう映るかは分からない。

 ケレーラに感想を求めるべく、ケープを羽織ると階下へ降りた。

「あら、いいじゃない。お姉さんね」

「ふふっ、ありがとう」

 ケレーラが褒めてくれる。親の欲目もあるだろうが、一旦褒めて、その後思うことを言うのがケレーラの癖だ。

「でも、ケープで隠すならもっと明るい色や淡い色でも良かったかもね。暑くない?」

 ほら来た、と思いながらセーラは笑った。

「ケープは今だけだもの。生地はそこまで厚くないから大丈夫よ。普段着だし、汚れが目立たないから良いと思うわ」

 そんなやり取りをしながら、ケレーラは注意深くほつれや糸の始末を確認した。裾や首回りをぐるぐる回りながら確認する。一つ一つチェックしては頷いているので、どうやら合格のようだ。

「大丈夫そうだね」

「よし!」

「この後はどうするの? 刺繍でもする?」

「私、書き方の練習するよ」

 セーラは縫いながら思い出していた。書き方の練習が全然できていないのだ。頭の中を探ると情報はあったので、忘れているということはなさそうだ。それにセーラは安堵したが、思った通りに言葉を綴っていくのに時間がかかりすぎるのは困る。

 ケレーラの許可が出たので、木札用の羽ペンとこの間練習した木札を持ってきて座った。まずは、この木札を削って面を整え、書けるようにしなくてはならない。

 木札を削り始めた時、遠くで馬がいななくような音が聞こえた。

 セーラは手を止めて外をうかがうように閉められたカーテンの方に目をやった。そのまま、無意識にフードを深く下ろす。

 ケレーラは一瞬不安気な顔を見せたけれど、気を取り直したのか、そろそろとカーテンの方へ行き隙間から外をうかがった。

「何だろうね」

 しばらくじっとしていると、人のざわざわした声が近づいてくる。

 セーラは、手の平にジワリと汗が出てきたことを感じた。そう言えば服を着替えていないことに気が付いて、汗が染みる前に着替えたい欲求が出てくる。今の状況とまったく関係がないことに意識が行くことに、少し変な気分になりながらセーラはどうしようか迷った。

「セーラ!」

 後から声がして、貯蔵庫の扉が開いた。

 セーラは勢いよく振り返って安心したように声を掛ける。

「ああ、キシュト!」

 キシュトが貯蔵庫から入ってきて、頷きながらセーラへ近寄った。

「裏の扉、鍵が閉まってなかったぞ。助かったけど」

 そう言いながら、キシュトは慌てたようにセーラの腕を掴んだ。

「もうすぐこの家に来るぞ。領都の貴族だった。そんで、セーラに会いに来たって。理由とか色々と話をしようと大人たちはしてたんだけど、お前に直接言うって。ソジュさんが親だって言っても聞いてくれなかった」

「どうしたらいい?」

「逃げれないと思う。でも、とりあえず隠れてろってレグルスさんが」

 確かに、ここを出て逃げても行く場所なんてない。逃げた後のことがどうなるかなんて考えたくもない。レグルスが想定していた一番最悪のパターンになりそうで、セーラは顔を青くした。

 ケレーラの方を見ると、ケレーラも同じように顔を青くしている。それを見て、セーラは少しだけ冷静になった。

「分かった。部屋に隠れて、目に触れないようにする」

「よし! おばさん、俺行くから。おばさんは普通にしてて。今もソジュさんやコーレンの親父さんも大人たちが皆で止めようとしてるから」

 そんなことをして、ソジュや他の大人たちが咎められなければいいけど、とセーラは不安になりながら二階へ走った。部屋には鍵が付いていない。こうなる準備をしていなかったことに、セーラは自分で自分を責めた。

 ——何やってんのよ私! もう!

 焦りと苛立ちを感じながら、ベッドや棚を引きずって扉の前に移動させようとしたが、非力なセーラでは無理だった。

 ——何で動かないのよ!

 泣きそうになりながら、セーラはフードを深く被って、ベッドの中に丸まった。

 ——来ませんように、来ませんように、来ませんように……。

 そう願いながら、昔聞いた魔女の物語が頭を巡る。自分が魔女だと言われたらどうなるだろうとセーラは思ったが、その瞬間考えないようにしようと布団の中で頭を振った。

 ケープの上に布団も被っているので、汗が止まらない。しかし、冷や汗なのか暑いからなのかはセーラ自身にも分からなかった。

 遠くの方で騒めきが聞こえていたが、ふと、声が止んでいることに気づいた。

 ——あれ? どうなったのかな?

 セーラは掛布団に隙間を空けて、外へと耳を澄ませる。

 すると、玄関扉が開く音が聞こえた。

「……どうぞ」

 ソジュの声だ。

「あなた……」

 ケレーラの声も聞こえた。耳を澄ませているからか、良く聞こえる。セーラはもっと聞こえるように、ベッドの端まで寄って壁に耳を付けた。壁の向こうは階段で、食卓の音が一番聞こえやすい位置なのだ。

 カツカツと靴の音が上まで響いて、知らない誰かが入ってくるのが分かった。

「娘さんはどちらですか? 呼んできなさい」

 まだ若い男性の声が聞こえた。やはり貴族なのだろうか、口調は丁寧でも命令に慣れている様だ。そして自分を呼ばれたことに、セーラは更に身を縮めた。

 暫く無言が続き、その後、絞り出すようなソジュの声が聞こえる。

「……。先ほども申し上げた通り、貴方様のような方がこの村に来られたことはございません。なぜなのか、せめて親の私にはお教えいただきたい。できれば、娘は臥せっているので動揺させたくない……と思っております。」

 間髪を入れず、若い声が聞こえる。

「先ほども申し上げた通り、私は主君の至上命令により動いている。貴方たちの希望を聞くことは叶わぬし、これは、アランディア領による命令と捉えていただきたい」

 また、無言になった。

 その沈黙を破るように、はーっ、と深いため息が聞こえ、若い声が話を続けた。

「セーラは未成年のため、同席は許可する。親だけでなく、村の仕切り役や親の貴方が同席を許可する人には居てもらって構わない。しかし、なぜここまでかたくなになっているのか……」

 最後は独り言のように聞こえる。もう一人別の知らない声が、何かひそひそと小声で話す音が聞こえた。どうやら一人ではないようだ。

「……そんな!」

 ケレーラが悲壮な声を上げた。何を言われたのだろうか、とセーラは目いっぱい耳を壁に押し付けた。

「そんなことはしない。ボルターク、控えなさい。しかし、ソジュと言ったか。早く連れてくるように」

 ひそひそ声の持ち主はボルタークという人らしい。

 しばらくして、ソジュが言った。

「……分かりました」

 その瞬間、セーラは覚悟を決めなければいけないと汗をいっぱい流しながら悟った。

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