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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第一話

 陽が昇り始めた薄暗い朝。

 少女は家の前で、父親が馬車を準備しているのを後ろから眺めていた。

「父さん、私は全部準備できたよ」

「おお、もうちょっと待て。後はセーラの座る場所を作ったら出発だ」

 セーラと呼ばれた少女は、振り返らずに言う父親の言葉に、ニンマリと笑う。頬を紅潮させ、ワクワクしているのが周りすべてにバレるのもお構いなしにそわそわと馬車の周りを行き来している。

 セーラの頭には黒い頭巾が深くかぶせられ、髪は纏められて見えない様になっていた。それでも、緑の瞳がキラキラ輝き、皆と異なる容姿は完全には隠れていない。

 今日は、初めてセーラが南の村を出て、領都に向かう日だ。

 話にしか聞いていない領都がどんなところかずっと想像していた。妄想が膨れ上がった状態で興奮するなという方がおかしい。

 それでも人とは違うことを認識していて、領都にもセーラの容姿のような人がいないことも聞いていて、少し暑くなってきた季節ではあるものの、頭巾の着用に文句は言わなかった。

「今日の予定をもう一度言っとくぞ。一緒にいられない時間があるからな」

 馬車の荷台に、セーラのためのクッションを敷きながら父親が言った。

 四十代に差し掛かろうとしている父親は背が高く、狩猟と警備の長を兼任しているせいか体付きは引き締まっている。

「今日は、物売りに向かう日だ。今回は燻製肉と干し肉、あと春先に採れた山菜の漬物が今年はうまく出来たから、それを売る。売った金で、今回は農作業用の工具の修理や追加購入をするからな」

「うん。売れない時もあるの?」

「売るのは行商でも、商店に直接でもないから大丈夫だ。領都に着いたら、まずは、ギルドに行く」

「ギルド?」

「そう。商売に関することの調整や仲介なんかを行うところだ。う~んと、商人同士の助け合いのための組織だな。後は、俺は詳しいことはよく分からんが、権利とか技術とか価格とか、そういうものを取り決めるのも仕事の一つだ」

 セーラはあまりよく分かっていないような、そんな顔をしながら、でも頷いた。

「わかった」

「他にもそういうギルドはあるからな。例えば、職人のギルドや農業のギルドもあるぞ」

「ふ~ん」

 興味がいきなりなくなったかのようなセーラの答えに、父親はポリポリとこめかみを書きながら苦笑した。

「まあ、追々わかるだろう。今回はお前にはあまり関係がないところだからな。領都に着いたら、ギルドに行く前にお前を『知識の館』に連れて行く」

 そう言うと、セーラの目のキラキラが戻った。

 ——知識の館。子どもが街へ行くときは、そこで大人が用事を済ませるのを待つところだよね。小さい子は、いつも嫌そうな顔をしているけど、文字が読めるようになったら面白いっていう子も中にはいるし、何より文字を知りたい。

 セーラは文字を知らなかった。でも、心の底から知りたいと思っていた。

 セーラより小さい子も含めて、子どもたちが小さな手紙をやり取りしているのを見るにつけ、街へ行けない理由である自分の容姿にコンプレックスを覚えて胸を刺したものだ。

 できることができないという事実はつらい。それが、誰でもできているようなことなら猶更だ。

 それを思い出すと、今日、『知識の館』に行けることには期待しかなかった。

 ——文字を覚えたら、カナエに手紙を書くんだ。

 文字を覚えるだけではなく、ペンを持つ訓練、書く訓練をしなければもちろん手紙なんて思う通りには書けないものだが、セーラにそんな知識はなく、文字を覚えれば当然書けると思っていた。

 ——それから、色々本を読むでしょ? 母さんが話してくれた物語も『知識の館』にあるって言ってた。それから……。

 色々考えていると、父親が頭を小突く。

「聞いているか?」

「え? あ、ごめん」

 慌てて顔を上げて、もう一度話を促した。

 父親は大袈裟にため息を吐くと、困ったような、申し訳ないような顔をしてセーラを見下ろした後、すぐに厳しい目をした。

「今回、お前を街へ連れて行くのは、もうすぐ十五になるからだ。本当は、お前はこの村から出さない方がいいと大人たちは昔話し合って判断したんだ。それは知ってるよな?」

「もちろん。私の髪と目が皆と違うもん。それは分かってるし、大丈夫」

 父親の濃い茶色の目を見ながら、セーラはきっぱりとそう言った。

 できないことも多いが、それゆえに、その原因に諦めに近い理解をセーラは持っていた。

 ——文句を言っても、落ち込んでも、変えたくても、私には何にもできないもん。しょうがない。それに、たまに来る旅人にあんな驚いた顔されちゃ、隠れといた方がいいって子どもでも分かるよ。

 セーラが大きく頷くと、父親も合わせて大きく頷いた。

「お前は、『知識の館』に行っていないせいか、耳がいい。それとそれを留めて置ける頭も。農作業の手伝いも針仕事も、炊事も全部頑張って覚えて仕事をしていることは、ちゃんと分かってる……でも」

 突然、馬が少し動いて馬車が揺れた。父親は、振り返って馬を宥めながら続ける。

「もちろん、この村の子どもたちに知識が足りてるとは言えない。月に一回もない程度で、滞在してる二、三日の数時間で得られることはそうそう多くないからな。でも、この村で仕事を続けていくには充分なんだ」


「そうなんだ。私、皆はすごく知識を貰っていると思ってたよ」

 セーラの言い回しに少し笑って、父親は言った。

「でも、お前にはそれもない」

「うん」

「十五になったら大人の仲間入りになる儀式があって、一人前として仕事をしていく必要があるのに、『知識の館』に一度でも行ったことがあるという名分はアランディアで生活をする上では必須なんだ」

「うん」

「逆を言うと、一度でも行ったことがないアランディア領民は、生活がしにくくなる」

 セーラは、どう、生活がしにくくなるのかはよく分からなかったが、人と異なるのは、自分の容姿以外には無いようにしたかった。

「そうだね。私もみんなと同じようにしたい」

「そうだな」

 父親は頭巾の間から見えるセーラの髪を見やり、「でも」と続けた。

「お前の髪と目は、領都でも見たことがない。というか、生まれてこの方そんな髪色と目をした人間に出会ったことがないんだ。もしかすると、『知識の館』には答えがあるかもしれないが、村の誰も、そんな知識を得てきた奴はいないな」

「……え? 『知識の館』にあるかもしれないの?」

「ああ、館にはたくさんの本があるからな。その中にもしかしたらあるかも知れん。生活に必要な知識が優先だし、みんなそれを調べようと思ったことはないからな。俺は」

 ちょっと、ひと呼吸おいて、言い難そうにしながらセーラから少し目を外す。

「調べない方がいいと、知らない方がいいと、そう思ったんだ。こんな言い方をしたらあれだけど、ちょっと怖かったのもある。お前は髪と目以外は普通の子どもだったし、父さんと母さんの子であることに違いはない。村で過ごすにはそれで充分だと思ったんだ」

 セーラはちょっと首を傾げて、質問した。

「でも、私が知りたいと言ったら? 知識を貰いに行ってもいいの?」

「ああ、それはもちろん。ただ、今回だけでそれが分かるかどうかは分からんけどな」

 にっと笑顔を作って、父親が頭巾越しにセーラの頭をぽんぽんっと撫でた。

 ——父さんは、分からないと思っているからいいよって言ったんだ。

 セーラは少し複雑な心境になりながら、でも、貰えるなら貰いたいとも思う。自分の異質な部分が、それほど異質なことじゃない、という知識を貰えたら嬉しいし、他に同じような人がいれば、それが多ければ多いほど異質という言葉ではなくなるからだ。

 セーラは皆とそう変わらないとも思っているので、違うことは認めているものの楽観的でもあった。何故か分からないなら、それはそれでいいとも思っていた。

 鏡も少ないこの村で——むしろ、きれいな鏡は一枚もなかった——自分の異質さに一番頓着していないのは、本人だったのかもしれない。


「ソジュさん。必要な購入品の最終確認完了しました」

 後ろから声がして、ひらひら紙を振りながら、柔らかい笑みを浮かべた二十代後半の青年がこちらへやってくる。

 セーラの父親より黒に近いくらいの濃い髪を少し伸ばし、後ろで一つにくくっている。

 彼は、レグルス。普段は父親のソジュと同じく狩猟部で仕事をしている。

 物の売り買いは、普段は荷送部で働く村人が行っている。馬車の管理、馬の世話、商品になる作物や肉の在庫管理や、購入する物品や調査する情報のリストアップなどが主な仕事だ。

 ただ、今回はセーラの初めての外出ということで、荷送部が責任が重すぎるとソジュに相談した結果、ソジュの所属する狩猟部が売買含めて担うことになったのだ。

 引率する子どもはセーラのみということもあり、父親であるソジュと、部下のレグルスの二名がセーラと一緒に領都へ行くことになった。

「そうか。ありがとう。足りないものはなかったか?」

「大丈夫みたいっす。とりあえず、今回の目的はセーラちゃんなんで。足りない分は次回、荷送部の連中がちゃんとやるって言ってました」

「そうか。そうだな。じゃ、早速行くか。セーラ、お前は荷台に行け」

 上がったままの幌の入り口から、先ほど置いたクッションを指差してソジュはレグルスと一緒に御者台に回る。

「はーい」

 幼い子どものように手を挙げて返事をすると、セーラは幌の中へ入った。

「セーラ、領都までに三つの街に泊まるからな」

「こないだも聞いたよ。大丈夫、分かってるって」

 セーラは父親が何を言いたいのか分かって、頭巾を深く被った。

「ちゃんと、髪は見せないし、目も隠すよ」

「そう。初めてのことだし色々見たいとは思うが、あまり街の中は見るなよ。領都に着いても、だからな」

「分かってます」

 残念は残念だが、セーラの目的は『知識の館』だ。

 レグルスが、背中越しに残念な声を聞き取ったのだろうか、含み笑いをしてセーラに声を掛けた。

「ふふっ、普通、荷送部の連中の行き帰りでは、たとえ『知識の館』に行く子ども達を連れてたとしても、街には泊まったりしないんだよ」

「えっ!? そうなの?」

 セーラは、驚いた。じゃあ、どうするのだろう。質問する前にレグルスが答える。

「基本は野宿だよ。金稼ぎに行ってて、金はそこまで使えないから。領都に着いたら宿に泊まるんだ。領都に入る南門をくぐったら、外では寝れないからね。でも、今回は特別。色んなことに注意をしないといけないから、せめて夜は心安く過ごしたいでしょ」

 そうか、とセーラは、友達のカナエが言っていたことを思い出して納得した。

 ——確か、行くまでにすごく疲れるけど、着いたら楽しくて疲れが吹き飛ぶって言ってたな。それに、帰ってきたら、子どもたちはだいたい一日は寝てるもんね。

 ソジュも、相槌を打った。

「念には念を、ってやつだ。人間ってのは、理解の外にいるものに対しては怖がったり、欲しがったり、排除したり、敵対したり……。要は『受け入れない』っていう判断をしがちだからな。お前のそれがどう作用するか、分からん内は隠すに限るってやつだ」

 子どもの頃はそれが嫌だなと思った時もあったように思う。でも、そのように言う裏の気持ちを、最近は理解できるようになってきたつもりだ。何と言っても、もうすぐ大人の仲間入りである。背伸びもあるが、親や大人たちの目線というのをセーラは考える年頃になっていた。

 そう考えると、南の村の連中が『受け入れない』判断をしなかったのが不思議なくらいだった。生まれた時に色々あった、とセーラは聞いている。その色々は、大人になってもう少し分別が付いたら教えてくれると、母親は言っていた。

 早く知りたくて、大人に近づこうと努力しているからの背伸びもあるのかもしれない。セーラは特に嫌がることもなく隠れるという選択を受け入れて、クッションに腰を深く埋めた。

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