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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第十六話

 翌日、ガロイが南へ向かったという話を聞いた。

 セーラは彼の幸運を願ってはいたが、あの快活そうに見えて暗く陰った目と焦がれたように南を見つめる視線に物恐ろしさを感じていた。そして、ガロイは帰らないとは言ったけれど、帰って来られないだろうことも何となく分かった気がしていた。

 そんなことを思いながら、セーラは最近の自分について改めて考えた。

 どう考えても、情緒不安定すぎるのだ。

 南への好奇心や館の知識に対する恐怖と、もう一度館と話したいと願う時もあれば、仕事をこなしたり両親や友達と話しながら安心を覚えて、誰にも言うまいと決意を固くしたり、人と違う知識取得の方法がばれたらと想像して震える時もあった。もう二度と行かずに暮らすことへの安堵と、相反する行きたいと願う欲求が何かの拍子に入れ替わるのだ。

 これは、セーラにとって今までに無い状況だった。今までに無いことに振り回されて、自分にとてつもなく大きな負荷がかかっているような感覚に疲弊していた。しかもその原因がすべて自分の感情と考えなのだ。自分で自分の首を絞めているような、そんな気分だった。

 ——この間は、話せないことがあるのが()()()()()くらいまでには軽くなっていたのに。コーレンが王都に行くって聞いてからまた思い出したり、ガロイと話をして色々と思ったことがあったからかも……。すごい、もやもやする。

 はあ、とセーラはため息をついて寝返りを打った。

 今はまた午後の休息の時間だ。本当であれば手紙を書くべく練習するはずの時間だったが何にもやる気が起きず、ベッドでゴロゴロしていた。

 そろそろケレーラが手伝えと言ってくる時間だ。

 ——何がどうなったら、私はすっきりするんだろう。

 もう一度考えてみる。

 一番の理由は、分からないことだ。

 今までセーラは、分からないことは諦めてきた。髪の色や目の色がなぜ違うかなんて誰にも分からなかったし、村で生きていく分には気にならないくらいには何も思わなくなっていた。他にも、セーラより幼い子たちが知識の館で得てきたことをセーラが知らないとしても諦めてきたし、苦痛に思うこともなかった。

 それは、セーラが人と()()からだ。

 しかし、今まで仕方がないと思えていたことが、突如仕方がないと思えなくなったのだ。


 ——なぜ? 

 ——なぜ、私は人と違うんだろう。

 ——でも見た目以外は違うところはないと思っていたのに、それも違った。

 ——知識の館はなぜ私に話しかけたのだろう。

 ——私はなぜ館のすべての知識を詰め込まれたのだろう。

 ——なぜ? 何のために?

 ——すべての知識の中に、南の地図のことが「分からない」ということすら何も出てこないのは何でだろう。

 ——原因は何?

 ——なぜ私が?


「何でこんな思いしなきゃなんないのよ。訳わかんない」

 少し投げやりな気分になって、カナエに会いたくなった。くだらない話をして、こんなこと何でもないと思えるくらい笑い飛ばしたい。それが一時いっときのことだったとしても。

 ——期待してるのかな。違うことに、何か原因があるのかも、って。それがなぜか分からないことが当たり前だったけど、もしかしたらちょっとは分かるかもしれないって心のどっかで思ってるのかも。

 恋をしたことがないセーラだったが、何やら恋に近いようなその感覚に——対象は、男の人の心の先ではなく自分自身だったけど——身震いした。

 この不安定から抜け出せない気がしたのだ。

 ——少し、話してみてもいいかも知れない。


『誰に?』

 知識の館の声が聞こえた気がした。

 ——父さん……。あんまり大変な思いさせたくないのは事実だけど、言わなくて後でバレたら大目玉だし。母さんにも。でも、二人が分からないことなのも確かだしな。そんな話聞いたこともないもの。

 大人になったら何か変わるかもしれない。その時は、ちゃんと整理して説明をしておこう、とセーラはそう思った。

 それだけでも荷は軽くなるのは容易に想像がつく。

 大人になったら、とセーラは後回しにしたことに気づいていなかった。定められた仕来しきたりにより大人になるのはもうすぐそこまで迫っているが、強い決意をした訳でもなく、ただただ考えることが嫌になったのだ。

 後は、どうしても拭えない怖さがあった。セーラに降りかかったことが分からない以上は、周りの反応も予想できないからだ。

 それは、セーラには重すぎる出来事でとてつもなく怖かった。

 十五の儀で、いきなり成長するはずもないのだが、それで大人になれると思い込んでいたのかもしれない。

 ふう、と一つため息をついて天井を見上げると、自分のいる場所がガラガラと崩れそうな気がして眩暈がする。背中が重くなって、動けない。

 セーラは目を閉じると、一人不安と格闘し続けた。

 ケレーラが遠くの方から声を掛けるような気がしたが、考えすぎた頭が疲弊したのか、そのままセーラは寝入ってしまった。


 ……。

 ……。

『どこに向かうとも、答えはある』


 ……。

 ……。

『悩むことではない。もう、既に動き出しているのだから』


 ……。

「……館様?」

 声が聞こえる。

 セーラには、これが夢なのか白昼夢なのかは分からなかったが、現実に今知識の館にいないことは分かった。

『流れに逆らってはならない。抗ってはならない。それはすべて、答えに繋がる道標なのだ。……たとえ、それがお主の意に沿わなくとも』

「館様、分からないです。意に沿うとか沿わないとか、それ以前の問題です。人間は、想像つかないことのために行動できないって聞いたことがあるわ。今、私そんな感じです。雁字搦めです」

『すぐに答えは得ることができよう』

「え? そうなの?」

『それが、お主の思い通りではないかも知れぬが、兎に角行動すべき一端はもうすぐに得る』

「……分かった」

 不思議だったが、すっと心に入った。

 これが鍵だと、セーラには分かった気がした。

 館の言葉は王都で話した時と同様に曖昧ではあったが、セーラは答えへの鍵という確かさだけは得ていた。

「館様、これは夢じゃないよね?」

 セーラが確認するように話しかけたが、その後はもう、応答はなかった。

「夢じゃないって分かってる! でも、やっぱりその答えが欲しい! それがないと、自分が何者なのか……なぜ、分からない南の地図が気になるのか……なぜ……」

 いないと分かっていても、大きな声で問いかけてしまう。

 そこなのだ。

 セーラは、自分が自分であることの確かさを自覚できていないことが一番つらかったのだ。

 喉が詰まりながらそれに気づいた瞬間、はっと目が覚めた。

 辺りは真っ暗だった。セーラは夕飯も食べずに眠っていたようで、固く握った手と強張った足がしびれていた。

 ——何だか疲れた……。

 眠っていたはずなのに疲労がまた押し寄せた気がして、セーラはそのまま体勢を変えることなくもう一度目を閉じた。

 我慢していた涙が、一筋横顔を伝って流れていくのが分かった。

 今度は、夢を見なかった。

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