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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第十四話

 今日もセーラは大樹の根元で腰を下ろしていた。

 風の気持ちいい午後だ。大樹の丘は、この季節はいい風が吹く。この後、夏の初月に入れば雨が多くなり、一雨ごとに気温が上がっていくのだ。

 セーラが知識の館から帰って一週間と少しが経った。

 本当は、セーラの針仕事の布はあの時ソジュとレグルスが買い付ける予定だったと後で聞いた。

 セーラがカナエたちの言うところによると『ぶっ飛んだ』ためその余裕がなく、村の生地屋で手に入れた布で、今セーラは自分の普段着を仕立てている。

 今日は五刻(十五時頃)の鐘まで頑張って、ケープは完成した。

 初めてにしては、上出来だったと言えよう。頭の中に設計図と仕立て方の順序が流れてきて、もともと針仕事は嫌いではなかったセーラは、スムーズに終えることができた。

 セーラ自身、聞いたことや見たことがなかったと記憶しているが、頭に浮かんだのだ。

 ——これが、きっと得た知識の一つなんだ……。母さんはすごいって喜んでたからよかったけど、なんで知ってるのか聞かれたらどうなってたかな。

 自分でもその想像が出来ず、何かあった時の言い訳を用意することもできなかった。昔から両親に嘘を重ねることについて厳しく教えられていて、無意識に忌避感が生じたのだ。隠し事も嘘も「いけないこと」だと分かっていたし、もともと顔にも口にも思ったことがすぐ出るタイプだったので、隠さなければならないということがあるだけで、少し負担に感じていた。

 ただ、それはほんの少しだ。

 少し物事がうまくいく、それ以外に生活に影響はなかった。性格が変わることも、周りからの評価が著しく変わるような出来事も何もなかった。

 ——まあ、まだ一週間だから分からないけど、それなりに生活できればそれでいっか。

 日を追うごとにその少しの負担はどんどん少なくなっていく。些細なことのようにも思えた。

 ただ、それと同時に、知識の館にあった地図と南への好奇心は消えることがなかった。もう一度行って、知識の館と話をしたいという思いもだ。

 いつか、機会があれば……。セーラはそう思うようになっていた。

 頭の中で地図に関連する他の知識を調べようと試みてみたが、なぜか出てこなかった。もしかしたら、根本の知識がなさ過ぎて紐づかなかったのかもしれないとセーラは予想していた。

 知識を得るには紐付けと具体的な想像が大事なのだ、ということは、ケープの件から感覚で分かったのだ。つまり、もともと持っている知識が重要になる。ただ、あの時館で見た本は、見た時に知っていると感じたので、実際に目にするとまた違うのかもしれない。

 セーラは、小難しくなってきた思考を払拭するように頭を振り、手元の木札を見た。

 現在、空いた時間で文字の練習中だ。

 思った以上に手の平と指に力が入ってしまい、うまく書けない。頭ではできると思っていたが、訓練が必要だと言ったソジュの言葉がその通りだったことにセーラは肩を落として、自分の書いた文字を見直していた。

 カナエの手紙をエプロンのポケットから出して、広げると、何度も読んだ文章をもう一度読む。文字はカナエらしく大き目で読みやすい。

 短い挨拶とちょっとした家族の愚痴と、それを私に言うことができることへの感謝、そして「これからもよろしく」という挨拶で締めくくられていた。

「ふふっ」

 読めた時は感動した。今まで文字が揺れて文字の形を追うことさえできなかったのに、簡単に理解することができたのだ。セーラは手紙を読む度に口元が緩むことも抑えず、最近は内容を思い出しながらニヤニヤしてケレーラに小言を言われることも少なくない。

 今日は一人だから、存分に嬉しくなってしまおう、とセーラは三度読み返してもう一度丁寧にポケットに直した。

 そして、一生懸命木札と向き合って文字の訓練をする。


 しばらくすると、丘まで続く道の方から話し声が聞こえた。

 セーラは座ったまま坂の下の方を眺めると、カナエとキシュト、コーレンの姿が見える。ここで休憩していると言ってはいないが、カナエにはお見通しのようだ。

「ほら、やっぱりいた~」

「何してたの?」

「ああ、休憩がてらに書き方の練習をちょっとね」

 ペンを持つ手を挙げて、セーラはへらっと笑った。

「すぐ慣れるよ。セーラは力入りすぎみたいだね。そんなに力はいらないんだ。絵を書くときと一緒だよ」

 木札を覗き込んだコーレンが、セーラの文字に力が入りすぎているのを見抜いたのか、アドバイスをくれた。

「ありがとう」

 セーラはコーレンに頭を下げると、カナエに目をやった。

「返事はちゃんと書けるようになったら一番に書くよ」

「あ、そっか。セーラは一回しか館に行ってないから、文字の本覚えるだけで終わっちゃったんだ。読めた?」

 カナエが今気が付いたように目を大きくして、その後少し心配そうに言った。

「うん。ちゃんと覚えたから読めたよ」

「なんせ意識ぶっ飛ばす勢いだったんだろ? そりゃ頑張って覚えたもんだ」

「そうよ、必死だったんだから!」

 キシュトが相変わらず八重歯を見せてからかってくるが、本当のことは言えない。セーラは必死に文字を覚えた振りをして、皆で笑う。

「そういや、今日は三人揃ってどうしたのよ?」

 キシュトは長男で、見習い仕事が終わったら家の手伝いが多く、この時間はなかなか外では会わない。医療や薬学の勉強が大変な中、男二人家族の家事もやっているコーレンも同じだ。いつも、見習い仕事が終わる五刻の後は、夕飯の手伝いが始まる時間まではカナエと話すのがセーラの日課だった。

 最近は、十五の儀に向けた針仕事が終わらなくて、セーラがカナエと会うのもこの間ここで会った以来だ。

 よくぞ聞いてくれました、と言いたげにカナエが腰を下ろしながらセーラの手を取った。

「聞いてよ! 全然知らなかったんだけど、十五の儀の後、コーレンいなくなっちゃうのよ!」

「え?!」

 初耳だ。セーラは驚いた顔をしたまま、コーレンを見た。

「違うよ。一年で戻ってくるよ。さっきから言ってるのに……」

 大きくため息を吐きながら、眉を寄せてコーレンが言った。

「やっぱり、王都の方が医療や薬学の知識は豊富なんだ。新しい治療法なんかも村に到着するまで時間がかかるし、それが本当に有効かどうか調べるにも時間がかかるからさ。それに、医療部は先生と薬師と見習いの俺の三人だけで、二人ともお世辞にも若いとは言えないだろ? 二人が引退するまでに早いとこ力を付けときたいんだ。先生に相談したらさ、俺が書いた薬草の調合方法の考察をまとめたものを、王都の知り合いの先生に見せて斡旋してくれたんだ。こないだようやくいい返事が来て、一年で色々教えてくれるって。そんで、昨日親父に報告したら許可が出たんだ」

 そんなことを考えてたなんて、セーラは知らなかった。村を出て外に学びに行くなんて、南の村ではなかなか聞かない。セーラには、自分で道を切り開いていくコーレンが大人の男の人のように見えた。

 コーレンは、嬉しそうに続ける。

「もちろん貴族みたいに学校へなんて行けないけれど、王都だと知識の館も近いしさ。いっぱい勉強して、村のために戻ってくるよ」

 母さんやレイジュみたいな人がもう出ないように……と最後に独り言のように呟いて、コーレンは微笑んだ。

「そうか。コーレンはすごいね。きっといいお医者様になれるよ、頑張ってね」

 心の底からそう思って、立ったまま木にもたれるコーレンを見上げて言った。

「何でえ? セーラは寂しくないの?」

 カナエが驚いて言った。

「そりゃ、もちろん寂しいよ。でも、それよりコーレンはすごいなっていうのが一番思ったかも。それに、私たちも見習いじゃなくなるんだから忙しくて頻繁には会えなくなるし、寂しいのはカナエやキシュトに対しても同じだよ」

「そっか。そうだよね」

 子どものままではいられない。それぞれ目の前の仕事と生活を生きて行かなければならないからで、べったり毎日一緒にはいられなくなるのだ。最近は毎日会えなくなってきていたからその気配は皆感じていたようで、少しの間風の音だけが響く。

 その静寂を遮るようにキシュトが声を発した。

「俺は」

「ん?」

「俺は、コーレンが王都に行っている間に一人前になってやる。でかい獣も一人で倒せて、街も守れるようなソジュさんみたいな男になるんだ。そんで、弟たちも守ってやる」

 ソジュの名前が出てきたことで、セーラは嬉しくなった。

「あれ? 私たちは?」

「ああ? まあ、ついでだったらいいよ」

「何よ~!!」

 また皆でお腹を抱えて笑った。キシュトもきっと力強い大人になるだろう。

「私はね~、苦手な針仕事もちゃんとできる素敵な女性になって、幸せな結婚をして、い~っぱい子どもを産んで、それよりもい~っぱい孫ができて、大勢の家族に可愛がられるお婆ちゃんになるんだわ」

 目をキラキラさせて夢物語を紡ぐカナエはとてもかわいい。

「もうばばあになることまで考えてるのか。すげー妄想だな」

 ちょっと顔を引きつらせながらキシュトがまた揶揄い、カナエが膨れてキシュトを軽く叩く。キシュトはそれを交わしながら、「そんな乱暴だと貰い手無くなるぞ~」と応戦した。

 コーレンが笑いながら、セーラに尋ねた。

「セーラは?」

「へ?」

「セーラはどんな大人になりたいの?」

 瞬間的に、セーラは南の方を見た。

 ——私は……。いや、そうじゃない……。

「う~ん。あんまりまだ考えてないかな。とりあえず、手紙を、書く!」

「なんだそりゃ」

「まあ、セーラらしいっちゃ、セーラらしいけどね」

 三人とも少し子どもを見るような目でセーラを見たが、セーラはそれを気にするよりも、あの曖昧な地図が頭へどんどん沁みついていくような、心が囚われていくような、そんな気分に陥っていた。

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