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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第十二話

 案の定、帰ったら母親のケレーラに怒られた。

「病み上がりで早く帰ったと思ったら、何してたの?!」

「ご、ごめん。母さん」

「こんなことなら、今日は針仕事でもさせておけば良かったわ」

 元気そうに見えたから外に出したけれど、家で籠ってできる刺繍や、服作りを与えて大人しくさせてる方が安心だった、とケレーラは繰り返した。

 セーラは慌てて手を洗う。

「母さん、後私やるから座ってて」

 ご機嫌を取るように、スープを煮込んでいるケレーラの背中を押し出して自分が入れ替わる。

 味見をすると、スープはもう良さそうだ。かまどの薪を横にずらして火を調節した後、食料棚から麺麭を取り出し、木の籠に盛り付けて食卓に出す。

 スープを木の皿に入れて準備をする頃には、ソジュが帰ってきた。

「神と精霊と大地、すべての恵みに感謝を」

 簡単なお祈りをして、今日の出来事を話しながらのいつもの食事が始まった。

 セーラはカナエに会ったことなどを話しながら、野菜や茸がたっぷり入った具沢山のスープを頬張る。そうして元気なことを証明して両親を安心させたかった。

 今日、大樹で叫んだ時にセーラは決めたのだ。

 自分に降りかかった出来事は秘密にしておこう、と。

 もう領都に行くことはないのだから気にしても仕方がない。言わなければ、誰もセーラが知識を貰い()()()ことなど気付くはずがない。何と言っても使い方が分からないのだから。

 ということは、何ら変わっていないことと一緒なのだ。

 セーラはそれに気づいてようやく安心することができた。今日の朝は不安が勝ちすぎていて取り繕うことが難しかったからか、両親に更に心配を掛けたと反省していたのだ。

「そういや、カナエに手紙貰ったんだった」

 エプロンのポケットの上に手をやって、カナエはケレーラを見る。

「母さん、文字を書くペン使っていい?」

 セーラの劣等感を刺激しないためか、文字を書くためのペンは両親の部屋にしかなかった。

 そして紙も貴重だ。村で準備する記録用の羊皮紙の余りや切れ端が配布され、配布されたものしか使えない。裏も表も使うし、削って再利用もしているのだ。

「それは構わないけど……」

 ケレーラが頬に手をやって少し言葉を濁すと、隣のソジュがはっきりと言った。

「あのな、書く訓練をしないと、恐らく手紙なんて書けないぞ」

 セーラの木のスプーンを持つ手が止まった。

 そう言えば、木札を使って見習いの子どもたちが何やら書いていたことを思い出した。手紙は、その延長にあったようだ。

「……そっかあ。カナエに手紙を書けるようになるために、知識の館に行ったようなもんなのに……」

 拗ねたように口を尖らすと、ソジュが呆れたような声を出した。

「なんだそれは。とりあえず、訓練から始めなさい。訓練もしていないのに、紙を使うなんてもったいない」

「はあい。 ……先に訓練のことを教えてくれたらいいのにカナエったら」

 カナエに対する愚痴を口を尖らせたまま呟いたものの、セーラはなるべく早く書けるように空き時間は訓練することを両親に誓う。

 すると、ケレーラが更に首を傾げて困ったような顔をした。

「セーラ、十五の儀は夏の仲月(七月頃)だからもう二か月しかないのよ。晴れ着は母さんが用意してるから、後はあなたに合わせて調整するだけなんだけど、普段着の夏用と冬用は最低でも用意しておかなくっちゃ。布の色もまだ決めてないでしょ? 畑仕事と針仕事、後は家の手伝いも毎日あるから先にそれが終わってからだからね? それ忘れてないでしょうね?」

「う……。忘れてはないけど……、書き方訓練の……優先順位が上がっちゃってたみたい」

 少しだけ表情を引きつらせながら、セーラは何事もなかったかのように笑顔で言い訳をしたが、すっかり忘れていたことは両親にはお見通しだ。

「晴れ着が先。その後普段着。それを毎日の仕事の合間にしてしまうこと。書き方は、その仕事が終わってからにしなさい。あなたはまだ病み上がりなんだから詰め込むことないわ。文字の知識が消えちゃうわけじゃないんだから」

「……はあい」

「それが約束できるなら、今日果樹園で収穫した苺を洗ってあげるわ」

「わ!! 食べる!」

 甘味があまりない南の村では、果物は子供から大人まで愛される重要な糖分なのだ。

 食事を終えて食卓を片付けると、ケレーラが保管庫へ苺を取りに行く背中に向かってソジュが声を掛ける。

「ケレーラ、俺は豆」

 便乗するようだ。壁に備え付けられた棚から蒸留酒と木製の杯を取り出してご満悦だ。

 ふふっと笑いながらセーラは頬杖をついて、いつもの変わらない両親の様子を安心したように眺めた。

 ——日常だ。これが安心できるなんて、初めて思ったな。……これ以上は、何事も起こりませんように……。


 苺を食べながら、布の話をする。

「晴れ着は何色にするの?」

「貴方は髪色が明るいから迷ったんだけど、濃い色の良い布が少なくってね。目に合わせた薄い緑の布に濃緑の布を縁取りに使って作ろうと思ってるの。先に採寸しとかないとね」

「分かった。苺付いたら嫌だし、身体拭きたいから寝る前でもいい?」

「ええ、良いわよ」

 晴れ着は母親任せだ。本来は見習い期間の集大成となるため本人で作ることが多い晴れ着だが、セーラに兄弟がいないことや知識の館に行くことが優先されたため、今回晴れ着に関してはケレーラを頼ることになった。

「あと、私が作る服は何色が良いと思う? 早く布を買いに行って作り始めなきゃ」

「そうね。明日の午後、一緒に生地屋に行こうか。染め布を買うのは初めてだろうから」

「ありがとう」

「あと、頭巾も作りなさい。あれは特急で作ったでしょ? 初めてで不格好だったし、領都から帰ってきた時に首の紐がほどけて泥だらけになっちゃったのよ」

「え? 不格好だった?」

 セーラは目を大きくした。髪と目を隠すためにケレーラが用意した黒布で作ったが、隠すだけが目的だったので頭だけで首元をくくったものだったのだ。服まで隠す程の大きさはなかったし、何より隠しすぎて目立つと困ると思ったの事実だ。冬ではないし、子どもが色布を使うのも、と言ったのはケレーラだ。

 確かに、頭だけを隠す頭巾はあまり見かけない。

 ケレーラは自分で言ったことを忘れているのかもしれない。

 ——忘れるくらい不格好だったのかな……。

 セーラは少し恥ずかしくなって、頬を赤らめつつ反論する。

「でも、私もう村にいるから必要ないと思うけど」

「何があるか分かんないでしょ? すぐに使えるようにしておかないとね。染め布を使えるようになるわけだし、マントは大袈裟だけどフード付きのケープくらいでいいなら、一緒に買いましょう」

 ソジュが、乾燥豆を炒ったつまみを口に放り込みながら言った。

「そうだな。村では少ないが、雨避けに街ではマントやケープを着る女性は最近多いな。お貴族様は傘だが」

「そうなの?」

 他にも着ている人がいるのであれば一着持っているのはいいかもしれない。

 セーラはケープの作り方を思い浮かべ、自然に館の本の内容が流れていることにまったく気づかないまま、立体図も想像する。

 おかしくないかも知れない。

「分かった。作ってみる」

「ええ」

 ケレーラはにっこり笑って、身体を拭いて採寸の準備をするようセーラに促すと、二杯目に差し掛かったソジュの杯を取り上げると片付けに入った。

 肩を竦めて名残惜しそうに杯を見ながらセーラに「おやすみ」と言い、ソジュは部屋へと引っ込んだ。


「あら、あなた、また痩せたのね。それから背が伸びてる」

 二階のセーラの部屋で、ケレーラは巻き尺で図っていく。胴回りや肩幅、着丈などを細かく図って木札に寸法を書いているが、それを眺めてセーラは指摘された。

「そう? 自分じゃ気付かないんだけど」

「どこについてるのかしらっていうくらい細いわよ。今日はちゃんと食べてたけど、五日も寝込んでたからかしら。ちょっと心配なくらいだわ」

「そういや、今日カナエにも言われたよ。背はもういらないから、()()に栄養が来ればいいのに」

 と、ささやかな胸を押さえて言う。

 セーラの背は高い方で、これ以上伸びると目立ってしまう。それは嫌だと思ったのだ。

 どこに劣等感を感じているのか丸わかりの動作に、ケレーラは「今から今から」と流して手早く図っていく。

「もう寝ないと。明日も早いんだから」

「はい。では晴れ着は宜しくお願いします」

 大仰にお辞儀をしたセーラを笑いながら、頭にキスをしてケレーラは出て行った。

 いつも使い慣れたベッドに入り込み薄い布団をかぶると、「おやすみ、また明日」と癖になった独り言を言って、セーラは日常にすっかり安堵したのかすぐに眠りに落ちた。

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