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序章

 

 香嘉帝(こうかてい)は、帷の隙間から差し込む陽光に気付いて、ゆるゆると目を開いた。

 目に飛び込んでくるのは、大龍と鳳凰が戯れる絢爛な絵図。

 ここは皇帝の寝宮——褒寧殿(ほうねいでん)

 後宮の外に位置する、五つある寝宮のひとつだ。

 身動ぎする音に気付いた宦官が、おろされた帳の傍らに膝をついた。


「陛下、お目覚めでございますか。

 よろしゅうございました…熱が引かず、四日寝込んでいらしたのです。体にお痛み等はございますか?」


 言われてみれば、頭がぼうっとしていたが、それ以外は特に痛みもなく、額に手を当てがったが熱も引いているようだった。

 大事ない旨を告げ、帳の向こうへ踏み出す。

 春らしい清々しい朝の香りと、控えめな新緑や梅花の紅が目をさし、思わず目を瞬かせる。

 倒れた時はまだ冬の残り香があったものだが、数日ですっかり春の気配へ転じたらしい。


 宦官を従えて長廊をわたり、身支度が行われる部屋へ入る。

 待機していた女官達によって汗をかいた寝衣を脱がされ、奥にある湯殿へ向かい、蓬湯が満たされた浴槽に身を沈めると、ほう、と息を吐いた。


 衝立の向こうにいる宦官に声をかける。


「朕はどこで倒れた?」


「朝陽殿にございます。皆様が退室された後、立ち上がられた際にそのまま…。現在は皇太子殿下が朝陽殿へお出ましになり、奏上文の確認をなさっておいでです。玉璽をいただくものは、陛下の意識が戻られ次第裁可いただけるように執務室へ運び入れております。」


「皇太子にこちら(褒寧殿)に来るように連絡を。熔全(ようぜん)は?」


「百廟に籠っておられます。寝食を絶って陛下のご快癒を天へ祈る、と。ただ、陛下もお倒れになり、殿下までも倒れられては(まつりごと)が滞ります故、傍に控える宦官が、白湯やら、水菓子やらを準備し、無理矢理召し上がっていただいたようです。」


 報告に、ふ、と香嘉帝(こうかてい)は口許を緩めた。


「そうでもしないとやり切るものな、彼奴(あやつ)は。

 傍につく宦官によくやったと伝えよ。熔全ようぜんにも、朕が目覚めた報告を入れてやっておくれ。」


 御意に、と首肯した宦官の遠ざかってゆく足音を聞きながら、浴槽の縁へ頭をもたれる。緑の黒髪には白いものが混じり、若い頃は持て囃された美貌にも、年相応の翳りが見え始めた。


 何年経っただろうか、と今は亡き父帝と母妃をおもう。

 あの、激動の皇太子選出戦から、いったいどれだけのものを犠牲にここまで来たのだったか———


 香嘉帝(こうかてい)は、しばし微睡むように、目を瞑った。



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