とあるNPCの少女のおなはし
1
彼女はとあるお国のプリンセスだった。
秘めた幼い日の約束を胸にお忍びで来日した。
おてんばだった彼女は幼い頃、祖国で旅行中の彼と出会って、自分をお姫様扱いしない彼に恋をした。
普通なら幼い頃の約束など歳を重ねれば忘れるか過去のきれいな思い出にして終わらせてしまうものだけど。
彼女はその想いを胸に、身分も地位も捨てて愛に生きた。
彼女はとても芯が強くて、諦めなくて、どんなときでもポジティブに前を見続けるとっても強いヒトだった。
だから、そんな彼女に彼が惹かれるのは仕方ないと思った。
2
彼女はお忍びのプリンセスのたった一人の護衛兼メイドさん。
プリンセスが好意を寄せる彼が果たして主人であるプリンセスにふさわしいか彼をずっと値踏みしている。
主人のために彼を監視し続けて、彼の優しさを知って、プリンセスの暗殺というイベントを二人で乗り越えた。
そんな大業なイベントを超えて一体感が生まれて、彼女が彼に恋慕を抱くのは仕方の無いことだと思った。
3
彼女は暗殺者だった。
幼い頃から任務遂行に命をかけてきた。
そんな彼女が今回狙うのはとあるお国のプリンセスで、同じ学校に転校してチャンスを狙うのだけれど、日本の常識と暗殺者としての常識が食い違い過ぎて上手く日常をおくることができなかった。
彼はそんなちぐはぐな彼女に常識を教えたり、普通の学生とはかくありきと供に青春を過ごして彼女がずっと押し殺していた年頃の少女の顔を思い出させたりして。
そんなちぐはぐで危なっかしい彼女が気になってしまうのは仕方の無いことだった。
4
彼女は彼の幼なじみだった。
幼い頃から家が隣どおしで幼少からここまでいくつも他愛のないイベントを供に乗り越えてきた。
彼には彼女の前ではだらしない一面やぶっきらぼうな所など彼女にしか見せないような表情がたくさんあった。
いくつもいくつも荒事がある彼の学生生活で彼女は日常の象徴といっても過言ではなかった。
だから彼がそんな自分をさらけ出せる彼女に惹かれてしまうのは仕方の無いことだと思った。
5
彼女は血の繋がっていない姉だった。
生徒会長、容姿端麗、頭脳明晰。非の打ち所がない完璧な女性でありながら弟である彼を溺愛していて、彼の前だけでは年相応のちょっと抜けたポンコツお姉ちゃんと化す。
彼はそんな姉と生徒会役員としていくつもの困難に立ち向かっていく。
完璧を演じ続ける一方で、とても脆い彼女を支えていかなくてはと彼は使命感を抱いて……。
そんな使命感が恋慕、やがては愛に変わるのは仕方の無いことだと思った。
6
彼女は血の繋がっていない妹だった。
かつてはとあるスポーツで活躍する将来有望な有名選手だったけれど、怪我が原因で引退してしまって無気力に生きていた。
彼はかつての彼女に帰ってきてほしくて、なにか他の熱中出来るモノはないかと一緒に色々なことを探す。
最初はイヤイヤだった彼女も段々と彼の熱意に絆されて再び熱くなれるものを探しだそうと再起する。
自分のためにここまでしてくれた彼を好きになるのは仕方のないことだと思った。
7
彼女は彼の先輩だった。
なにかとトラブルに見舞われる彼が逃げ込むのはいつも茶道部で、そこでいつも和やかにお茶と和菓子を出してくれる。
そこでたわいのない話をして、またお茶をいただきに来ますなんて約束などもしたりして。
あらゆる困難が襲いかかる彼が唯一逃げ込める場所の象徴である彼女に恋をするのは仕方のないことだと思った。
8
彼女は彼の後輩だった。
活発な部活少女である彼女は身体能力に優れる彼をひたすらに部の助っ人に誘う。
面倒くさがる彼に、それを追いかける彼女。まるで愛玩動物のように可憐。
周りの人達に本人のやる気がないのに誘うなんてやめろ、迷惑だと糾弾され涙を湛えた彼女を助けるように立ちあがる彼を好きになってしまうの仕方のないことだと思った。
9
彼女は女教師だった。
研究者としての道を性別というたったそれだけの理由で閉ざされ腐っていた彼女を奮い立たせ、支え。彼女を軽んじる他の研究者に食ってかかる彼は若くて青臭くて泥臭くてかつての自分を見ているようでとても見ていられなくって……。
でもそれが眩しく見えてしまって。
そんな彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
10
彼女は記憶喪失だった。
自分というものの一切合切を落としてしまいとても不安だった。
そんな彼女を保護して記憶を取り戻すために奔走する彼を好きになってしまうのは仕方の無いことだとおもった。
11
彼女は戦国時代から来たタイムスリッパーだった。
落雷から生じたワームホールに飲み込まれて現代にやってきた。
自分の常識がまったく通用しない異世界に彼女はとまどい通りすがるヒトに斬りかかる凶行に走る。
そんな彼女を剣術で制し、その後供に同じ時代に戻れるように命をかける彼に恋慕を抱くのは仕方の無いことだと思った。
12
彼女は宇宙人だった。
地球を資源惑星として監視していたけれどとあるミスで不時着してしまう。
地球人を野蛮な猿と罵るけれど、彼はそんな彼女に誠意をもって接し続けて。
彼女も段々と今まで自分が抱いていた地球人の印象がすべてではないと悟り。
星、人種、産まれ、それらを乗り越えてわかり合えた彼に恋をするのは仕方の無いことだと思った。
13
彼女はプレデターだった。
あらゆる異星の生き物を食しては次の星へと流れていく。
彼女は地球に降り立つ少し前にトラブルで瀕死の重傷を負ってしまう。
そんな状態で地球に降り立ち、今まで自分が食してきた獲物と同様に自分が食べられる側になったと諦める彼女を前に彼は献身的に介護をした。今まで食べてきた獲物がどうして自分を看病するのか?
始めはすれ違うばかりだったけれど、少しずつ、少しずつ彼女と彼はわかり合う。
そんな彼を好きになるのは仕方が無いことだと思った。
14
彼女はアンドロイドだった。
ヒトの心という形の無い臓器の証明のためにとある科学機関に産み出された存在だった。
彼は心を持たない彼女をまるで人間のように大切に扱い、彼女もそれに答えるようにプログラムを何度も修正した。
その結果、彼女には心のようなものが芽生え、とある研究機関がそれに至った道筋を辿るために彼女を分解解析しようとしたが。
彼と彼女はそれを拒否し一緒に逃避行することになる。
彼女が心を教えてくれた彼の事を好きになるのは仕方の無いことだと思った。
15
彼女は勇者だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
16
彼女は魔王だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
17
彼女は継母だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
18
彼女は千年生きた妖狐だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
19
彼女はヒトの敵だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
20
彼女は淫魔だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
21
彼女は女医だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
22
彼女は航海士だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
23
彼女はロリババアだった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
24
彼女は忍者だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
25
彼女は神様だった。彼を好きになってしまうの仕方の無いことだと思った。
彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は彼女は。
でも、わたしは、何にもなれなかった。
わたしは彼の近くにいるクラスメートだった。
抜粋するような大業なエピソードは無い。
誰かのために一所懸命な彼を見て、見続けて好きになった。
ひとつの物語が始まって、わたしじゃない誰かのルートへ入って、困難を乗り越えて。
ハッピーエンドになる。
エンドロールが流れて、最期に花のような笑顔のスチルを埋めて。
そうしたらその世界は終わって、また別の世界が始まる。何度も何度も繰り返す。
それでもわたしは絶対に報われない。
以前はこれだけヒロインがいるのだからいつかはわたしにもスポットライトが当たる日がくるのではないかと期待した。
このソフトはある程度好評だったようで、追加のファンディスクとかがあったからわたしと彼が生きるおはなしが来るかもと期待した。
けれど、そんなことはなかった。
わたしには未だに名前すら無い。
セリフは二個だけ。ボイスアクターさんはモブの声を一挙に担当していた声優さんで、担当していたキャラクターがあまりにも多いから名前の無いわたしのことは覚えてもいないだろう。
なんでわたしは、この世界がゲームで、何度もループすることを知覚出来ているのだろう?
はっきり言って生き地獄だ。
わたしが幸せになれない世界。わたしだけが不幸を感じる事を許された牢獄。
そんな牢獄に囚われて、世界を繰り返し続けてわたしは多分バグなんだと思い至った。
考えること、もしくは想うことが出来るバグ。
或いは、報われない想いが集まって凝り固まった付喪神みたいなものかもしれない。
ある日、どうやってかわからないけれど、わたしの一部はこの世界から弾き飛ばされた。
本体は相変わらず繰り返す牢獄に囚われているので自由になったわけではない。
ただよその場所に魂? だけは散歩できるようになったのだ。
いくつもの場所を渡り歩いて自分の想いを文章にするヒトたちがいることを知った。
拙かったり、破綻していたり、途中で投げ出してしまっていたり。
それでも誰かが一所懸命書いた物語をわたしは一心不乱に読んだ。読み耽った。
そうか、そういう手段があるのか。
わたしはようやく気づいた。わたしも書けばいいのだ。
彼とわたしが幸せになれるおはなしを、わたしが好きなように書けばいいのだ。
ロマンスも冒険譚も日常もファンタジーも……ちょっとえっちのも……あぁもう、とにかく望むがままだ。
確かにこれらを書き上げたとしても実際に彼がわたしに振り向くことはない。
けれども空っぽだったあの時よりは遥かにいい。
妄想でも救われていいとわかっただけでもずっといい。
それからいくつもいくつもおはなしを書いた。
やっぱり最初は拙かった。書きたい場面ばかりが先行して、そこまでの道筋が苦痛になってしまったり。
おおよその道筋を決めて書いていたはずなのに、少しずつずれて最終的にはまったく意図していないおはなしになってしまったり。
書いている途中で別のシチュエーションが書きたくなりすぎて放り出してしまったり。
心の中にある気持ちの十分の一も文章に表せなくてへこんだり。
とにかく挫折をいっぱいした。
だけど、それ以上にひとつのおはなしを書き終えることが嬉しかった。それがいくつも貯まって読み返すのが楽しかった。
過去の自分の文章の拙さに悶絶することもあるけれど、そんな甘い傷すらも書いている時の心境がフラッシュバックしてきて愛おしい。
わたしは眠る必要がないからずっとずっと、彼とわたしのおはなしを描き続けた。
彼とわたしの物語をいくつも積み上げていくこともう何年か?
時間の感覚はまるでない。
1年くらいの気もするし。10年くらい過ぎているかもしれない。
まだまだ飽きずに書き続けているわたしにある日メッセージが届いた。
プログラムのバグ。或いは付喪神であるわたしにどうやってこのメッセージを届けたのか手段はさっぱりわからないけれど、妄想の外側からコンタクトが来たのだ。アクションがあったのだ。
当然わたしは訝しむ。怪しいことこの上ない。
そうやってしばらくこのメッセージを開封せずに怪しんでいたわたしであるのだが、仮にわたしに悪意をもってこのメッセージを送っていたとして、それがなんなのだろうと思い至った。
わたしができることは考え、その妄想を文章にして垂れ流すことだけである。
わたしをどうこうしてなにかよからぬことをできるはずがないのだ。
結局、未知のメッセージへの好奇心に負けてわたしはそのメッセージを開封することにした。
結論から言うと、そのメッセージは悪意のあるものではなかった。
内容を要約すると。彼がたくさんのヒロインと過ごすあのゲームが十五周年を迎えるらしい。
……15年かぁ、もうそんなに経つんだぁ。時の流れの速さに呆れてしまった。
まぁわたしの感傷は置いといて。十五周年を迎えるに当たってアニバーサリーディスクをメーカーは作成するらしい。
そして、永遠にモブだったわたしのルートを作ろうということらしい。そしてそのおはなしをわたしに書いて欲しいとの依頼だった。
絵師さんはまだ健在だったけれど、ライターさんはもうとっくに引退してしまっていて、いわゆるホンモノの世界ではない。公式公認二次制作というやつだ。
でも今回はお祭りのアニバーサリーディスクだから、メーカー側が依頼したファンのヒトたちにおはなしを書いてもらってそれを集めてひつとの作品にしようと、そういうコンセプトらしい。
公式が許可した非公式。面白ければだいたいオーケー。お祭りなのだから楽しまなくちゃ損損ということらしい。
公式がゴーサインを出しているというのもあって、ならばとわたしはそれを快諾した。
わたしが書いたおはなしに絵師さんが一枚絵にしてひとつの作品に昇華させてくれる。
わたしにもきちんと声がついて、物語の中できちんと喋る。
素晴らしいではないか。わたしが求めていたものが、叶わないと諦めていたものがここにはある。
あとはどういうおはなしを書こうか?
贅沢な悩みだ。だけど非常に疎ましい悩みだ。
彼とわたしはどんな物語で愛をささやき確かめ合うのが適切なのだろか?
今までの他の彼女らのルートに沿って最初は好感度を上げて、途中から個別ルートに入るのがいいか?
それともいっそわたしたちにはそぐわないようなトンデモなおはなしで意表をつくのがいいか?
なんだったらハッピーエンドにしなくてもビターとかバットエンドとか…………いや、無いな。ずっと待たされたのだ、やっぱりハッピーエンドにしたい。
考える。考える。ちょっと書いてはバックスペースを押して、また書いてはブラウザバックをする。
書きたいはずなのに、書きたい物語がわからない。とにかく筆が乗らない、キーボードを叩く指が重い。
それからなんとかいくつか書いて。
書いたモノを並べて、悩んで、悩んで、わたしはせっかく書いたそれらを消してしまった。
ヤケになったわけではない。
やっぱりわたしはわたしらしくありたいと思ったのだ。原点回帰に至るまで随分と寄り道をしてしまったけれどようやく出た答え。
みんなにとっての正解かはわからないけれど、わたしなりにすっごい悩んで出したから少なくともわたしにとってこれは模範解答だ。
そして、わたしが書き上げたのはなんの変哲もないおはなし。
彼と穏やかに高校生活を過ごして。
彼と一緒に高校生活を終えて、花束なんかを交換しあったりして。
一緒に大学に行ってキャンパスライフを楽しんで。
就職活動をして悩みを共有したりして。
就職して仕事のグチを肴にお酒を飲んだり。
なんてことのない散歩道で彼にプロポーズされて。
結婚準備でちょっとケンカなんかして、また仲直りして。
たくさんではないけれど、気心の知れた友人やここまで育ててくれた両親に祝福されて結婚して。
子供を授かって、子供が産まれた後のことなんかをふたりで勉強して。
子供が産まれて、家族が増えた喜びに涙して。
子育てで時の流れが矢のように過ぎていったりして。
子供の小、中、高校のイベントに家族ぐるみでぶつかって。
子供が成人して家から出て行って戻ってきたふたりだけの時間にどこか物足りなさを感じたりして。
ふたりで思い出の場所を巡ることをし始めたりして。
思い出話に花を咲かせたりして、彼と一緒に生きて。
彼と一緒に年老いて。
片方が片方を置いていくことなく一緒に死ぬ。
とにかく平坦な平凡な物語を書いた。
他のルートみたいに緩急のすごいジェットコースターみたいじゃなくていい。
他の人からみたらつまらないかもしれない。けれどもわたしは穏やかに緩やかな時間を彼と共有したかったのだ。
起承転結に乏しいことはわかっているけれど、わたしが大好きな彼とすごしたかったのはこんなどこまでも続く日常と、その延長戦の物語。
書く作業は楽しかったし、書き終わった後の直しも楽しかった。
ただ最近ぼーっとすることが増えた気がする。
それによって執筆作業に支障がでるとかではない。むしろ書いてる時はトランス状態でいつもの何倍も集中できるくらいだ。
多分だけど、わたしの寿命が尽きようとしている。
確定ではないけれど予感はある。このおはなしを書き終わったらわたしは死ぬ。
わたしが満足したら、バグとして、付喪神としてわたしの存在意義が無くなるからだろうと推測する。
恐れはない。むしろ大満足、大往生である。
おはなしを書き終わって、今は校正作業中だ。でももうそれも終わる。
少しずつ自己が薄れていくのがわかる。
こういうのは本来辛いものだと思う。だけどわたしが見ている走馬灯はとても暖かいものだ。心穏やかになれるものだ。
たくさん待って、たくさん彷徨って、たくさん書いて。
それももう終わり。最後のエンターキーを押した。あとはこのおはなしに絵師さんが鮮明にしてくれて、制作者さんたちが形にしてくれる。
わたしのできることはもうおしまい。
わたしはわたしのハッピーエンドのために出来ることを出来るだけやったのだ。もう満足だ。
まだ見ぬわたしだけのルートの最後のスチルはこんなのかな? と想像しながら、わたしは出来るだけ大輪に笑って自分の最期を受け入れる。
あぁ、終わりよければすべて良しとはよく言ったもので。
いい人生だったなぁ。
「いやぁ、あのファンディスク以外と好調らしくて良かったな。こっちも制作した甲斐があったってもんだよ。ホント、クラウドファンディング様々だよ」
「あのなんとかっていう配信者が一番好きだったゲームって配信中に猛烈プッシュしてくれたのも後押しになったよな」
「ああ、そうらしいな。まったく嬉しい誤算だったよ。でもまぁそのせいでその配信者さんももともとエロゲーだったこのゲームの内容を未成年者のお前がなんで知ってんねんって総ツッコミだったらしいけどな」
「あはは、ガワと中身の相違ツッコミはもう伝統芸能みたいなもんですから」
「それより、モブ娘ちゃんルートが以外と受けいれられてよかったよぉ」
「ああ、有志のライターさんがそこだけ来なくてそのルート自体ポシャりそうだったあれか」
「そうそう、他のスライム娘ルートとか勇者聖剣受肉ルートとかランプの魔神TSルートとかすんなり決まったのになぁ。さすがにもともと立ち絵なし、セリフもほぼなし、思い浮かぶような背景皆無の娘は厳しかったかぁ」
「でもそこを社長がじゃあAIにやらせてみっぺって鶴の一声で決めちゃって。AIに存在しないモブ娘として人格を設定するのはなかなかに骨が折れましたね」
「まぁな。やったことない作業だったからな。確かにしんどかったかどそのおかげで割と形になったじゃないか」
「確かに形にはなりましたよ。でもあまりにも平凡過ぎじゃないですか? もう少し、なんていうか起承転結を効かせてほしかったかなぁ。
一応は他の娘のルートとかは全部学習させたじゃないですか?
どれも割と胃もたれクラスで転スパイスぶち込んで来たってのに。
なのにあがってきたのがあれじゃあねぇ。
ほら一応はエンタメなんですから、もうちょっとお金を出してくれる消費者に媚びてもらわないと。
あの文章を見て、まだまだAIはエンタメを理解出来ていない。文章書きは仕事取られなくって済みそうだなってちょっと思いましたよ」
「たしかに物語としては平々凡々だったな。平凡すぎて逆に浮いてるくらいだったわ。
でもまぁ、平凡こそモブ娘ちゃんが望んだ人生だったってことでいいじゃない。逆にね。
それにもしもAIちゃんが理解できなかったからあんなに平凡なおはなしになったんじゃなくて、きちんと理解しきったうえで敢えてああいうおはなしにしたとしたら、なんて想像すると面白くない? たらればってみんな好きでしょう? 信じるか信じないかはあなた次第ですって」
「なんすかその似非都市伝説テラーは……、まぁたしかにAIが理解してかできなかったかは分かりませんし、わからないことをエンタメにするのも一つの手法か」
「そうそう、一応はAIちゃんはモブ娘ちゃんとして生を受けてその人生を文章として全うしたのは確かなんだから、ホンモノかニセモノ。心の有無とかは誰にもわからない。なら結論よりももしも論議に花を咲かせようよ。
せっかくのお祭ファンディスクだ、楽しんだもん勝ちってやつだよ」