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第51話『新たな時代の勇者』

 正気を取り戻し、魔力を解放したアルトリウスが魔力を解放する。

 周囲を漂うマナが大きく揺れる。アルトリウスは黄金の剣を両手で握り、大上段から振り下ろす。

 光の刃が大地を砕き、波となってセナへと襲いかかる。セナはアルトリウスから放たれた一撃をユスティアで受け止め、塊となった魔力を分散させた。


「フィクタ……そうか、お前も主を見つけたか。なら、これはどうだ……」


 アルトリウスは左の掌をセナに向け、ぼくたちでは意味を理解できない謎の言語を呟いた。

 ぼくの知らない古代魔法語による詠唱、彼の背後に出現した無数の魔法陣から、光の熱戦が放たれる。

 セナは自分への直撃をユスティアで弾き、光線を辛うじて躱す。それでも攻撃が軌道を曲げ、セナの左腿を貫いた。


「くっ……いっ、たぁ……」

「フィクタの力を引き出せ、その程度じゃないだろう」

「そんなこと、言われて……もっ!!」


 アルトリウスが姿を消す。一瞬のうちにセナに肉薄したアルトリウスは、頭上に黄金の剣を掲げて勢い良く振り下ろす。

 セナのユスティアがそれを防ぎ、甲高い金属音が鳴り響く。

 一撃、二撃、三撃、アルトリウスは続けざまに切りかかり、セナの防御を崩して彼女の右肩を僅かに切り裂いた。


「ぐぅぅっ……!」

「まだだ、こんなものじゃない。お前たちが骸の魔女を討つというのなら、その力をここで証明するんだ」

「言われなくても……!!」


 セナの反撃を、アルトリウスは軽々しく弾いてみせる。

 数度打ち合っただけで力の差は歴然だと思い知らされる。

 そりゃあ、相手は魔王を倒した後も戦い続けた歴戦の英雄。対するぼくたちは平和な世界でぬるま湯に浸かっていたただの学生。踏んだ場数も、超えてきた修羅場も、ぼくたちとは次元が違う。

 それでも……託されたから。

 骸の魔女を倒してくれと、師匠に頼まれたから。

 相手はアルトリウス・グランヴィル。ぼくたちが倒し、永劫続く戦いの運命から解放するべき伝説の英雄。分かっているさ。それでも、ぼくたちは諦めない。この足を絶対に止めない。


「《多重詠唱マルチプルキャスト》【撃ち抜く氷槍(アイシクルランサ)】ッ!!」


 ぼくが最も得意とする氷魔術でセナを援護。

 アルトリウスは同時に襲いかかる氷柱の雨を一瞥すると、光線をその迎撃に向けた。

 無数の光線が、ぼくの氷を打ち砕いていく。でもこんなものは目くらましにしかならない。だから……っ!


「お前は……いつもそうだった」

「イヴ、避けてください!!」


 アルトリウスがぼくを睨み、黄金の剣を構えて地面を踏み込んだ。

 一瞬で真正面に移動。剣を振り上げたその一瞬を狙って魔法を放つ。


「【氷王の覚醒(グラセント・ロード)】ッ!!」


 王国北部を絶対零度に変えた氷王の息吹、その覚醒を体現した魔法が吹き荒れて、アルトリウスを包み込む。どれだけ過去の時代だろうと、魔法使いは性質上、接近されれば終わりだ。その常識を逆手に取った不意打ち、いくらアルトリウスでもこれを対処することはできない。


「そう来ると思っていた。お前はそういう奴だ」

「なっ……」


 吹雪を切り裂き、アルトリウスが踏み込んできた。

 触れたものをを全て凍結させるぼくの魔法が、黄金の剣の一振りで霧散した。

 マズい、避けないと……でも、どうやって避けて……あ、死―――


「縫い留めろ、星槍オルティスッ!!」


 光の杭がアルトリウスの剣に突き刺さり、これ以上の追撃を食い止める。

 アルミリアが背後から迫り、刺突を繰り出した。アルトリウスは杭に縫い留められた剣を手放し、身を捻って穂先を回避、柄を掴んでアルミリアごと投げ飛ばした。


「くっ……だが……っ!!」


 空中で体勢を整え、両足で壁に着地。そのままの勢いで壁を蹴り、再度急接近。


「はぁっ!!」


 三度、神速の刺突がアルトリウスを捉える。彼はその全てをその手に持つ黄金の剣で対応し、星槍を弾き飛ばした。

 回転しながら、星槍が天井に突き刺さる。武器を失えばアルミリアは無力だ。それでも、彼女の目はまだ諦めていなかった。


「貫けッ!!」


 アルミリアが腕を大きく振り下ろすと、天井に刺さっていた星槍が呼応し、ひとりでに引き抜けて頭上からアルトリウスに襲いかかる。

 完全な死角からの攻撃にアルトリウスは後方へ跳躍して回避を試みる。

 けど―――それは、アルミリアには予測できている。

 両足を縫い留める光の杭に移動を封じられ、星槍がアルトリウスの右肩を大きく抉った。


「セナ―――ッ!!」

「はぁぁぁぁあああああああああああああああああっ!!」


 アルミリアの呼ぶ声に応じて、白い閃光が煌めく。星槍が作り出した一瞬の隙を突くように駆け出したセナは、彼の右腕をユスティアで切り飛ばした。

 返す刃で胴体を狙うが、それは彼の魔法で隆起した地面によって防がれる。

 アルトリウスはその間に右腕を再度魔力で形成し、地に落ちた剣を拾い上げ、両手で握り、低い姿勢に構え直した。


「【星剣解放ブレード・リリース】―――」


 黄金の剣に光が灯る。

 周囲のマナが大きく荒れ狂い、アルトリウスの剣に集束していく。


「二人共、ぼくの後ろに……!!」


 二人はその言葉に頷き、ぼくの元に駆け寄ってくる。

 氷の盾を何重にも、とにかく固さに特化して生成。アルトリウスの一撃に備える。

 黄金の剣に灯った輝きが眩さを増していく。

 周囲殆どの魔力を喰らいつくし、一振りの星剣が煌々と輝く。

 アルトリウスはそれを握り直し、振り抜いた。

 一閃―――光の奔流が辺りを包み込む。


 一瞬遅れて、凄まじい衝撃が氷の盾にぶつかった。

 何重にも重ねた盾が、たった一撃で何枚も砕けていく。

 今ある魔力を限界まで投じて盾を強化。それでも耐えきれるか分からない。

 ぼくの後ろには二人がいる。ぼくが負けたら、二人が傷つく。

 それだけは絶対に嫌だ……!!


「ぐっ……こんのぉぉぉぉおおおおおおおお!!」


 分かっている。叫んだところで魔力を込められる量は変わらない。一枚一枚限界まで魔力を込めて、最後の一枚でようやく食い止めているのが現実だ。これ以上気合を入れても結果は変わらない。それでも、叫ばずにはいられない。

 二人を守る……何の力にもなれないぼくが、今できる精一杯をここで!!


 最後の一枚に、ヒビが走った。

 限界だ。もう少しだっていうのに、それなのに、ここまでなのか。


「手を貸そう」


 アルミリアが一言呟くと同時に、光の杭がぼくの盾に突き刺さった。

 崩壊しかけていた盾は杭が突き刺さった瞬間から、時間が止まったかのように亀裂が止まり、たった一枚でアルトリウスの一撃を防いだ。

 光が、消えていく。


「防ぎ……きった……!!」

「行くぞセナ、今のうちに畳みかける!!」

「了解です!!」


 ぼくが安堵すると同時に、盾の影から二人が飛び出していく。

 視線の先はアルトリウス。彼はあれだけの一撃を放ってなお、一切疲労することなくぼくたちの前に立ちはだかった。


「【星剣ブレード……解放リリース】」


 アルトリウスが剣を構える。再び彼の剣に魔力が集中していく。

 連続で打てるようなものじゃないだろ、あれ。

 今度は確実に防ぎきれない。氷の槍を生成して、アルトリウスに向けて放つ。


「貫けッ!!」


 セナの斬撃と同時に放たれた氷槍が、アルトリウスの光線とぶつかり合う。

 白い閃光を迎撃するアルトリウス。それでもセナの刃の方が僅かに速く、彼の右腿を切り裂いた。


「くっ……」

「もう一撃ッ!!」


 返す刃が軸足を負傷したアルトリウスの背中に浴びせられる。僅かに距離を取られて決定打にはならなかった。それでも、確実に届き始めている。


「はぁぁぁああああああっ!!」

「せいッ!!」


 セナとアルミリア、二人の猛攻を受けてアルトリウスは防戦一方になっていた。

 今の彼は全力を取り戻したとはいえ、おそらく全盛期ではない。それなら、いくらでもやりようがあるとアルミリアが言っていた。その通りだ。二人なら、アルトリウスにだって届く。

 セナの一撃が、アルミリアの槍が、アルトリウスに迫る。それを彼は剣で弾き、時に回避して凌ぐ。

 それでも、徐々に彼の防御が崩れ始めていた。


「これで……っ!!」


 セナの一撃をアルトリウスは剣で受け流す。その一瞬を狙ってアルミリアが槍を突き出す。

 彼はそれを躱して距離を取ると、再び光線の魔法陣を展開した。


「させません……!!」


 セナがアルトリウスに向けて駆け出す。彼の光線をセナのユスティアが引き裂き、魔力が霧散する。セナはそのまま距離を詰めて、ユスティアを振り抜く。

 トゥリアとフィクタ、二つのユスティアが激突する。力は拮抗している、それでも、セナが僅かに押していた。


「今です、アルミリア!!」

「はぁぁっ!!」


 セナが叫ぶと、アルトリウスの背後に回り込んでいたアルミリアが星槍を突き出し、右肩を深々と刺し穿つ。


「ぐっ……だが……っ!!」


 それでも、伝説の英雄は止まらない。

 傷を負えば負うほど、アルトリウスの動きはキレを増していく。傷が、痛みが、それに伴う戦いの記憶が、英雄だった頃の彼を呼び覚ます。

 時間をかければかけるほど、戦況は不利になっていく。それでも決定打になる一撃が二人にはなかった。


「はぁっ!!」


 アルトリウスが剣を振り抜く。セナはそれを回避するために大きく後退。

 アルミリアも即座に離脱し、距離を取る。それでもアルトリウスは一瞬で距離を詰め、彼女たちに斬りかかる。


「くっ……この……ッ!」


 セナはユスティアで彼の攻撃を受け流し、反撃を繰り出す。

 アルトリウスはそれを回避して、隙をついて刺突を繰り出した。

 紙一重で回避するセナ。黄金の刃が、彼女の頬を僅かに裂く。


「セナ、下がって……!!」


 アルミリアが叫び、星槍を突き出す。アルトリウスはそれを回避し、剣で弾き飛ばした。


「まだだ……ッ!!」


 先程と同じように、星槍は空中で軌道を変えてアルトリウスへ向け射出される。

 アルトリウスは僅かに左へ移動し、星槍を回避。だけど回避した先にはセナがいた。

 セナが再度ユスティアを振り下ろす。でも、伝説の英雄には通じない。アルトリウスはユスティアを剣で受け流し、セナの体勢を大きく崩す。


「しまっ……」


 体勢を崩したセナに、黄金の剣が迫る。それを横から割り込んだアルミリアの槍が間一髪で防いだ。それでも、衝撃に負けて二人纏めて吹き飛ばされる。


「セナ! アルミリア!!」


 二人からは返事がない。壁に叩きつけられた時の衝撃で気を失っている。

 アルトリウスは追撃の姿勢を取る。駄目だ、今の二人には、彼の攻撃を防ぐ手段がない。

 いや、考えている暇なんてない。ここで動けるのはぼくだけだ。


「させない……!!」


 氷の槍を複数生成してアルトリウスに放ち、二人のもとへ。

 氷の壁で最低限の障壁を作って、二人を安全地帯へ。

 アルトリウスは氷の槍を剣で砕き、間に入ったぼくを冷たく見下ろした。


「邪魔だ。お前は違う」

「っ……」


 分かっているさ……ぼくは二人のように強くない、勇者になんてなれない。

 皆の背中を追いかけるばかりで、ぼくが足を引っ張っていることくらい分かっている。それでも……二人のことは絶対に守る。

 震える足を殴りつけ奮い立たせ、左手を向けて、アルトリウスを強く睨んだ。


「ぼくは弱いよ……勇者になんてなれない。皆の背中を追いかけて、追いかけて追いかけて追い続けて、それでも、きっと届くことなんてないんだと思う。それでもぼくは……二人が、ぼくを必要としてくれたから……師匠が、アリシア・イグナが、ぼくに願いを託してくれたから……だから……っ、アルトリウス、お前をここで、解放するっ!!」

「アリ……シア……?」


 アルトリウスの動きが一瞬、止まった。

 その隙を逃さず、障壁の陰から飛び出したアルミリアが、彼の心臓を穿つ。


「イヴ、セナを連れて離れてくれ……!!」


 アルミリアは光の杭を地面に突き刺して、五芒星ペンタグラムの領域を形成する。

 あれはセナとの決闘で見せた、彼女の奥の手。

 アリシアという名前に動揺しアルトリウスが隙を見せた今だからこそ通用する技。

 ぼくはアルミリアの指示通り、気を失ったセナを連れて領域の範囲外に向かった。

 アルトリウスは足元に展開された領域に一瞬遅れて気付き、地面を強く蹴って離脱を試みる。けど―――もう遅い。


「終わりだアルトリウス……伝説の英雄といえど、時の流れには逆らえない。繋ぎ止めろ、【光来する時限針(クロノリアス・ノア)】」


 アルトリウスが動きを止めた。

 瞬き一つ、呼吸一つ許さない領域の中で、彼の時間が停止する。


「撃ち抜け、イヴ―――ッ!!」

「【炎姫と氷王の邂逅(グラス…………イグナ)】―――ッ!!」


 足を止めたアルトリウス目掛けて、今込められる最大火力の火球を放つ。

 かつてないほど巨大な蒼炎の火球がアルトリウスを包み込み、爆ぜた。


「はぁ……っ、はぁ……」


 駄目だ……これでも、倒しきれない。

 火球の直撃と同時にアルミリアの領域が解除されて、アルトリウスがゆっくりと動き出す。蒼い炎の中から姿を現した彼の全身は焼け爛れていた。それでも、セナと同じように自己再生を始めている。

 もう魔力切れだ。今までのように魔法は使えない……アルミリアも消耗がひどい、これ以上は戦えない。


「アルミリア……セナを連れて逃げて」

「何を……言って……」

「もしこの場に命の優先順位があるとするなら、一番低いのはぼくだ。ぼくたちはもう戦えない。だから……君たち二人だけでも逃げてくれ」


 ぼくは勇者じゃない。二人の命は、ぼくよりも遥かに重い。

 ここで壁になるべきなのはぼくだ。それでも、最期に二人くらい守り切るぐらいは望んだっていいよね。


「それならイヴ、君も一緒に……」

「ダメだよ。ここで誰かがアルトリウスを止めないと、全員死ぬ」

「それでも私は……!」

「いいから行って! 覚悟が鈍るだろ!!」

「……すまないっ!!」


 アルミリアがぼくの言葉を受けて、セナを抱えて後方、入口の扉に駆け出した。

 これで良かったんだ、これで……本当に、良かったんだよね。

 いつでも魔法を打てるように残り少ない魔力を熾し、アルトリウスに向き直る。

 黄金の剣を手に立ち上がり、彼は低い姿勢で構え直した。

 周囲のマナが、アルトリウスに集まっていく。

 収束した魔力は黄金の剣が纏い、光となって刃を形成。


「驚いた……お前はあの時も逃げ出したはずなのに」

「どこの誰の話をしているか知らないけど、ぼくは逃げないよ……」

「……そうか、お前は違うのか」


 アルトリウスが剣を振り、光の刃をぼくに向けて放つ。

 ぼくはそれを氷の壁で防ぎながら、彼の元まで走った。

 壁が砕けて刃が飛来する。身体を捻って回避するけど、刃が僅かに右肩を掠める。

 それでも、足は止めない。


「はぁぁぁああああっ!!」

「ふんっ!!」


 左手に生成した氷の剣で斬りかかる。

 でもそれはいとも簡単に受け流され、カウンターが飛んできた。

 回避はできない。それならと黄金の剣を氷の盾で受け止めて、少し勢いを殺してから壁で二重に防御する。

 でもそんな防御、アルトリウスからすれば紙切れ同然だ。砕かれた壁で衝撃を軽減してはいるけど、直撃すればやってくるのは確実な死。

 一枚、二枚、壁が砕かれてアルトリウスが接近する。牽制に氷の槍を飛ばして少しでも意識を逸らして、僅かでも時間を稼ぎ、一歩でも二人から距離を取る。


 ふとその時、ぼくの身体が宙に浮いた。

 何が起きたんだ。足元を見ると、これまでの戦いで砕かれた床が突き出て、ぼくはそれに足を引っかけていた。

 マズい、こうなったら、防げない。


 アルトリウスの黄金の剣が、身動きの取れないぼくに迫る。

 着地と同時に身を捻る? いやだめだ、足が地面に着くよりも先に斬られる。

 終わった……終わりなの? こんな簡単に……覚悟まで決めたのに。

 いやだ、いやだいやだいやだ……終わらない、終わらせたくない。こんなところで、ぼくは……!!


「させません……!!」


 ぼくに迫る黄金の剣を、ユスティアが弾き上げた。

 セナはそのまま回し蹴りをアルトリウスの脇腹に叩き込み、彼を側方へ吹き飛ばす。

 アルトリウスは剣を地面に突き刺して立ち止まり、セナを真っ直ぐ見据える。

 セナもそれに応じるようにユスティアを両手で構え、一つ息を吐いた。


「【星剣解放ブレード・リリース】……応えてください、ユスティア・フィクタ」


 セナの呼びかけに応じて、ユスティアが光り輝く。

 周囲のマナを喰らいつくしたユスティアは、光の刃を高らかに掲げた。

 ユスティアから膨大な魔力が溢れ出して、セナの全身を覆っていく。

 黄金の瞳が眩く煌めき、剣の先から光が迸る。

 溢れ出した魔力はセナの背中に集束して、淡く輝く純白の翼を形成していた。

 それはまるで……アルトリウスの伝説に登場する天使のような姿。


「……いきます」


 セナが小さく呟いて、大地を蹴った。

 光の軌跡を残しながら純白の翼を大きくはためかせ、アルトリウスに肉薄する。

 トゥリアとフィクタ、二つのユスティアの剣閃が交差する。

 二振りの黄金の剣が衝突し、周囲に衝撃波が広がった。


「セナ……っ!」


 ぼくは思わず彼女の名前を呼んだ。でも、セナは止まらない。

 光の刃を黄金の剣で受け止め、アルトリウスが反撃する。

 それをセナは身体を捻って回避し、空中で一回転してそのまま再び斬りかかる。

 剣と剣の衝突が響き渡る。ぼくはただ、それを呆然と見ていることしかできない。

 アルトリウスの剣が黄金の光を放つ。

 周囲のマナが剣に集束して、セナの翼の実体が僅かに揺らぐ。

 それでもセナは止まらない。ただ前に、真っ直ぐに、一点を貫くように。


「【星剣解放ブレード・リリース】」


 二つの光が激突する。

 黄金の刃が純白の翼を切り裂き、セナの足を止めた。

 セナは体勢を崩しながらもユスティアをアルトリウスに投擲し、再度大地を踏み込んで駆け出す。

 飛来するユスティアに、黄金の剣が振り下ろされる。

 駄目だ、届かない。このままだと、セナがアルトリウスの懐に潜り込む前に、アルトリウスの剣がユスティアを弾く。

 ほんの僅か……僅かでも、彼の腕を止められれば……!


「【光来する時限針(クロノリアス・ノア)】……!!」


 光の杭がアルトリウス一人だけを取り囲む領域を形成し、一瞬、たった一瞬だけ彼の動きを止めた。その一瞬が全てをひっくり返した。


「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええっ!!」


 投擲したユスティアに空中で追いつき、柄を掴んだセナがその勢いのままアルトリウスの胸を貫いた。

 黄金の刃がアルトリウスの心臓を穿つ。彼の全身にはヒビが入り、亀裂から光が漏れ出していた。

 セナがユスティアを引き抜くと同時に、傷口から光が溢れ出していく。

 それは、アルトリウスの命の輝き。彼がこの世界に存在したという確かな証。

 ユスティア・フィクタは否定の剣だ。その輝きで心臓を貫かれたアルトリウスは、ゆっくりと、人々の記憶から消滅していく。

 今もこうして、彼の生涯を綴った物語を読んだぼくの記憶から、彼の記録だけが少しずつ消え始めていた。


「……あぁ、これでようやく……」


 アルトリウスが膝を突き、天井を仰いだ。


「アルミリア、ジーク、イヴ、フレイヤ、ユリシア、アリア……アルトリウス。今、そこに……」


 アルトリウスの身体が光に包まれ、その身体が粒子となって崩壊していく。

 もう、彼の命の灯は消えかけていた。それでも彼は最期に自分を打ち倒した新たな勇者、セナの目を真っ直ぐ見て、一言こう告げた。


「頑張れよ。オレにできなかったことを、成し遂げてくれ……」

「……任せてください。私が必ず、骸の魔女を倒します」


 力強いセナの宣言に満面の笑みを返したアルトリウスは、笑いながら消滅した。

 彼の身体が完全に粒子になって崩壊する。その瞬間、プツリと糸が切れるように、ぼくたちは気を失った。

 英雄の身体と共に、その功績が、偉業が、逸話が、物語が―――消えていく。

 ぼくたちの記憶から「アルトリウス」という英雄の名前とその記録は、完全に失われた。

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