第43話『星剣vs星槍』
セナ・アステリオとアルミリア・グランヴィル。
学院が誇る二人の実力者同士の決闘の噂は瞬く間に広まり、演習場に訪れるほぼ全生徒によって客席が埋まっていた。
話題性としては、セナの編入初日に行われたテレジアとセナの決闘と同程度。二人は学院内でも一、二を争う人気の持ち主だから、もしかするとそれ以上。
ここに集まる皆のほとんどは、この決闘が何故行われることになったのか、その経緯を一切知らない。
いやほんと、なんで行われることになったんだろうね、不思議だね。
「アルミリア様ー! 今日も凛々しいわー!!」
「アルミリア様なら現学院最強にもきっと勝てますわー!!」
「私、アルミリア様の勝利に全賭けしましてよー!!」
「セナちゃーん! ファイトー!!」
「セナぁぁぁぁああああああ! 愛してるぅぅうううううう!!」
「うぉぉぉおおおおアステリオぉぉおおおおお!! 俺の全財産を任せたぞー!!」
場内はかつてない程の熱気と活気に包まれ、観客たちの黄色い声援が壇上に上がった二人に向けられる。
抜群のルックスと高い実力を持ち、自らを誇示せず静かに他者を魅了する女子人気の高いアルミリアと、誰とでも分け隔てなく接するが故に「あの子、俺のこと好きかもしれない」と勘違いを大量発生させている比較的男子人気の高いセナ。すごいな、声援で男女がここまで綺麗に割れるなんて思わなかった。
……一部、賭け事に興じる不届き者が両陣営にいるのはさておき。会場のボルテージは試合開始前から最高潮に達している。あまりの勢いに気圧されて、少し頭がくらっとした。
「誰が現学院最強ですってぇ? 私を差し置いてよくも……」
「まぁテレジアはセナ先輩に一度負けてるっすからね」
「よっ、元最強!」
「だまらっしゃいクソガキツインズ!! 真の最強は私ですわ!!」
「あはは……」
ぼくたちが座っている席は、ちょうど綺麗にセナ派とアルミリア派が分かれたど真ん中に位置していた。セナの編入初日の決闘に比べれば、周囲から人が遠ざかるということはなくなって、ただでさえ衝突の最前線に押し込まれ、肩身の狭い思いをしている。
ここにいる人たちは、二人がどうして戦うことになったのか何も知らないんだろうな。聞いたら絶対にくだらないって言うと思うんだけど。
「そういえば……立会の先生は誰になっているんですかね?」
ふと、客席から見下ろす壇上には二人しかいないことに違和感を持ち、シオンが疑問を口にする。
確かに言われてみれば見当たらない。決闘には立会の教師が必要だけど、二人は一体誰に頼んだのだろう?
「リツ先生ですわ。万が一星神器が暴走しても対応できるよう、私から彼に依頼しました」
シオンの一件でぼくらは星神器に暴走の危険性があることを知ってしまった。二人に限ってそれはあり得ないだろうけど、可能性はゼロじゃない。魔導師殺しの異名を持つ彼以外には任せられないだろう。
「ですが……彼に頼んだのは失敗だったかもしれません」
「どうして?」
「『面白い玩具を見つけた』と言いたげな表情をしていたのですわ」
「あー……」
何だか、とっても嫌な予感がした。
そしてその予感は、ほわんと、学院全域に放送する用の拡声魔道具が起動する音で確信に変わる。
そりゃそうだ、こんな面白い話、あの先生が見逃すはずがない。
『あー、あー……マイクテスト、マイクテストぉ。って先生、これに何の意味があるんですか?』
『その方が様になるってだけだ。俺も忙しいところ立会を頼まれて面倒だったからな。せっかくだからとことんエンタメに昇華させようぜってこと』
『は、はぁ……』
拡声魔道具から聞こえてくるのは、困惑するアウローラの声と顔が見えずともニヤニヤ薄ら笑いを浮かべているのが分かる先生の声。
絶対何かやらかすつもりだ。それも、二人にとってとんでもない屈辱になるような何かを。ぼくは諦めて両手で顔を覆い、空を仰いだ。
『皆様! 大変長らくお待たせしました! これより我がプラネスタ魔導士官学院が誇る英雄二人による決闘を開始します!! えー、実況は私、プラネスタ報道部、学生新聞担当のアウローラ・フォードラン。解説は、王国の全魔導師が恐れる絶対悪、魔導師殺しのリツ・リングレイル先生でお送りさせていただきます!!』
『はーいどうもぉ、皆大好きリツ先生でーす』
―――は?
拡声魔道具から場内に轟いた二人の声に、会場は困惑していた。
何せ、今まで前例のなかった決闘の実況だ。こんなの、それこそ、灰都の火以前に毎年行われていた王国魔導師による魔術演武祭でしか聴いたことがない。突然実況がついたら、そりゃあ戸惑うはずだ。
あの二人を除いて。
『俺さ、前々から思ってたんだよね。こーんな立派な魔道具があって、お前たち生徒には決闘っていうエンタメがあって、なーんでこれ使わねぇのかなぁってさ。というわけだ、試験運用も兼ねて、こいつら二人の決闘をとことん盛り上げようぜって魂胆なわけ。協力してくれるか?』
「「「オォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――!!」」」
批判殺到、と思いきや、思いの外生徒たちには好評だった。
これが生徒同士の信念のぶつかり合いならともかく、二人の決闘理由は不純も不純だ。そんな理由で駆り出される先生はたまったもんじゃないから、これはきっと先生なりの仕返しというやつなのだろう。
当人たちからすれば自分たちの神聖な戦いを汚されるとか、そういう至極真っ当な意見もあるわけだけど―――
「いいですね! 何だかとってもやる気が出てきました!!」
「あぁ、この会場の盛り上がりに私たちも応えるとしよう」
二人は、案外乗り気だった。
『皆様もご存知の通り、セナ・アステリオの伝説はここから始まりました!』
アウローラも、かなりノリノリだった。
『編入初日に今回の対戦相手、アルミリア・グランヴィルと並ぶ学院最強のテレジア・リヒテンベルクを打ち倒し、その数日後には焔の魔女とその眷属にして伝承に記された魔神の古王、ディメナ・レガリアを撃破! 私個人の調査により得られた情報によりますと、つい先日もアストライア家に関連する事件を解決に導いたとのこと! 止まらない彼女の快進撃、その次なる標的はもう一人の学院最強、絶対不敗の王子様、アルミリア・グランヴィル!!』
「「「オォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――!!」」」
アウローラに扇動されて、会場のボルテージが最高潮を突き破る。
それにしても、こうして他人事のように聞かされると、セナの功績は何とも異常というか―――あれ、焔の魔女の討伐がセナの功績って、公表されていないはずなんだけど。
『最強vs最強なんて対戦カード、みんな大好きに決まっている!! 現在進行形の生ける伝説がまた新たな栄光と勝利を掴み取るのか! 友として、いやライバルとして、その快進撃にストップをかけるのか! 戦いの火蓋が切って―――あ、すみません先輩方、準備出来たら教えてください!!』
何とも締まらない実況に、会場全体から呆れる声が聞こえてくる。
そんなことはお構いなくといった様子で、セナとアルミリアは向かい合い、互いを真っ直ぐ見据えていた。
「契約のスクロールは必要ありませんね?」
「もちろん。だが勝者が敗者の命令を一つ聞く、これは絶対のルールだ」
「命令は後出しでもいいですか?」
「あぁ、構わないよ。その方が面白いし、何より負けられないと身が入る」
「分かりました。手加減は不要です、全力でぶつかってください」
「もちろんだ」
互いに背中を向けて、距離を取る。
振り返って見合う二人の気迫に押されて、会場が一気に静まり返った。
ゴクリと、見ているこっちも思わず息を呑むほどの静寂。
セナは純白の鞘に納められた黄金の剣―――星剣ユスティアを引き抜き低く構え、アルミリアは右手を大きく伸ばして相対する。
『では先生、開始の合図をお願いします!』
『んじゃあこれより、セナ・アステリオ対アルミリア・グランヴィルの決闘を始める。両者構え―――』
時間にして、約三秒のほどの静寂。
それがひどく長く感じるほどに、皆、二人の一戦に集中していた。
『―――始め!』
「行きますッ!!」
先生の試合開始の合図を受けて、最初に仕掛けたのはセナだった。
足元を砕くほどの力で強く踏み込み、一瞬にして相手の懐に潜り込む。セナが得意とする開幕速攻。並大抵の魔導師なら、まずスピードに対応することができずに一撃でやられる。
だけど相手はアルミリア。開幕速攻で負けるほど弱い相手じゃない。
「……共に往こう【光来の星槍】」
彼女が一言そう呟くと、右の掌に光が集束し、一本の黄金の槍が現れる。アルミリアはそれを軽く振るって、セナの速攻、下段から切り上げる剣閃を弾いた。
甲高い金属音が鳴る。剣を弾かれ大きく体勢を崩されたセナは三歩ほどよろめき、踏み止まる。
そのたった一瞬の激突に、歓声と実況がどっと沸いた。
『セナ先輩お得意の開幕速攻はやはりこの女には通じない!! 不肖アウローラ、全く見えていませんでした。今のは一体何でしょうか!?』
『何ってただの【身体能力強化】だろ。こんなの誰だって出来る』
「「「できねぇよ!!」」」
いい加減な態度のリツ先生に客席から総ツッコミが入り、二人が足を止める。
とはいっても実況と解説が喧しいからではない。二人は互いを睨み合い、同時に隙を伺っているんだ。傍から見れば絵面は地味かもしれないが、二人は僅かな身体の動きで互いを何度も牽制し合っている。魔術による遠距離攻撃を主体とする生徒が多いこの会場内で、二人の状況を理解しているのはごく一部だけだろう。
睨み合うこと、約十秒、やはり先に動いたのはセナだった。
彼女は再び床を砕くほどの力で踏み込み、低い姿勢からアルミリアに肉薄する。
それだけだと同じことの繰り返し。だけどセナは僅かに剣筋を逸らしてアルミリアの槍を躱す。
でもアルミリアもそれにすぐ対応して、セナの剣を回避しすぐさま反撃に映る。
槍の刺突は点での攻撃、剣で弾くのは難しい。セナは身を捻りながら三度の突きを躱し、更に距離を詰める。
『凄まじい攻防です! 魔術が使用されていない分少しだけ地味ではありますが、互いに最小限の動きで急所を狙っています!! いくら治癒魔術があるといっても流石に怖くて見ていられません!!』
そう、アウローラの言う通り、二人は本気だ。本気で相手を殺す、そのつもりで戦っている。セナの斬撃は首や腿といった致命傷になり得る箇所を切り裂くように描き、アルミリアの刺突も首、心臓、頭、身体の正中線を的確に狙っている。
一撃で仕留める。二人の真剣な表情からは、殺意にも似た決意が伝わってきた。
「はぁっ!!」
「っ……!?」
距離を取ったセナを追いかけるようにアルミリアが踏み込み、槍を突き出す。
セナはそれを紙一重で躱し、剣の間合いに潜り込んだ。
アルミリアの武器はリーチの長い槍だ。
槍は剣の間合いの一歩手前から攻撃することができる長所があるけど、その代わり、懐に潜り込んだ相手には脆い、それが大きな弱点。
「せぁっ!!」
セナはそのまま横薙ぎに剣を振るう。だけどその刃は、アルミリアに届く前に空中で静止した。
「なんで……!? どうして……っ」
光の杭が、セナの剣を止める。
その杭はまるで、空中に存在する板に剣を貼りつけるように打ち込まれていた。どれだけセナが力を込めようと、ユスティアはビクともしない。
「終わりだ、セナ……!!」
その隙をアルミリアは逃さない。がら空きになった胴に、槍の刺突が放たれる。
「いいえ、まだですっ!!」
セナは空中に固定されたユスティアを手放し、がら空きの胴に繰り出された刺突を腰の鞘を引き抜いて受け止めた。
吹き飛ばされた純白の鞘が、綺麗な弧を描いて演習場の壁に突き刺さった。
セナの咄嗟の判断にアルミリアが動揺し、光の杭が消失する。落下するユスティアを拾い上げて、セナは大きく距離を取った。
『な、なななっ、なんということでしょうか! アルミリア先輩の隠し玉に剣を取られ絶体絶命かと思われたセナ先輩でしたが、機転を利かせて窮地を脱したー!!』
『いいねぇ、そうこなくっちゃなぁ……!!』
実況のアウローラは大興奮だけど、ぼくたちは目の前で起きていることに理解が追いつかない。ただでさえぼくたちの大半が知る戦いのセオリーから逸脱しているうえに、あんな曲芸までされたら目で追うのすら難しい。
それに、この場にいる殆どの生徒が、アルミリアの扱う光の杭に驚愕していた。
「魔神の古王すら縫い留めたその力、良かったらどういう原理なのか教えてくれませんか?」
「簡単なことだよ。その場に〈固定〉しているだけさ」
「タネ明かしはしてくれないんですね」
「君のように切り札をそう易々と明かせるほど、単純なものじゃないからね」
セナは余裕そうなアルミリアに仕掛けようと、一歩踏み込む。
けど、突如出現した光の杭に足を固定され、その場から動くことができない。
「くっ……!」
「星槍の光を阻むことはできない」
アルミリアの刺突が、足を動かせないセナへと襲いかかる。
上半身を大きく捻って槍を弾き、アルミリアの視線がセナの足元から外れた瞬間、光の杭が消滅して、セナのスピードが解き放たれる。
「タネは分かりません。でもこれで条件は判明しました。視線―――それが向いているものをその場に縫い留める力。原理が分かれば、対策は可能です」
セナが深く踏み込んで、アルミリアに突撃する。
視線―――それが条件の一つであるとセナは言った。でも、外野から見ればよく分かる。条件は視線だけじゃない。
アルミリアが地面を柄で突き、背中側に回した左手の指先を器用に動かす。
指の動きに従って光の杭が出現し、そのどれもが移動するセナの死角から襲いかかり、彼女の武器であるスピードを奪う。
『見慣れた魔術戦になってきました! 遠距離から突如出現し襲来するアルミリア先輩の光の杭を相手に、セナ先輩は防戦一方です!!』
光の杭を躱すことはできる。だけど、今のセナじゃ躱すだけで精一杯だ。到底反撃なんてできるはずがないし、反撃させるつもりもアルミリアにはないのだろう。
彼女が油断しない限り、この光の杭による包囲網が崩れることはない。
だけど、どうしてだろう。少しずつ、セナが光の杭の出現位置を予測して、先読みし始めている。躱すだけで精一杯だったさっきまでとは違う。反撃こそできないけど、最小限の動きで回避できている。
『セナ先輩、光の杭の包囲網から飛び出したー!!』
僅かな隙間を見つけて、セナが踏み込む。
だがそれもアルミリアは予測している。光の杭を操作して、駆けるセナの背中に放つが―――
「はぁっ!!」
わざとバランスを崩し、空中で一回転。背後から迫る光の杭を切り裂いて、スピードを殺さず着地、アルミリアの懐に一気に潜り込む。
続けざまに二本の杭がセナを左右から挟み込む。だけどセナはまるでその軌道を予め知っていたかのように姿勢を下げて、光の杭同士を正面衝突させて消滅させる。
「くっ……!」
「はぁぁっ!!」
セナの刃がアルミリアに肉薄。剣は槍の柄で阻まれて、大きく弾かれる。
それでも二人は怯まずに前に出る。
アルミリアはセナの足元に光の杭を出現させて、セナはそれを先読みして切り裂く。僅かに開いた距離を、セナが一瞬で詰めて、アルミリアが槍で弾く。
「その光、左手で制御しているんですね」
「なっ……!?」
まさか言い当てられるとは思っていなかったのか、アルミリアが驚愕し、目を大きく見開いた。
セナはアルミリアの槍を剣で受け流して、そのまま彼女の懐に潜り込む。
がら空きで無防備な胴に叩き込まれる横薙ぎの一閃。
光の杭の操作方法、視線による発動条件、タネが割れてしまった状態では、セナにこれ以上の拘束は不可能。勝負あったか、会場にいる誰もがセナの勝利を確信した瞬間、時が止まった―――
いや、本当に時が止まったわけじゃない。
突如出現した五本の光の杭が二人の周囲に突き刺さり五芒星を形成した瞬間、セナの動きがぴたりと止まったのだ。あと数センチ、あと数瞬あればセナの勝利は揺るぎないものだった。だけど……届かなかった。
『あ、あれ? 先生、これはどうしてセナ先輩は動かないのでしょうか!?』
『それはだな……こいつは……』
「奥の手、というものさ」
目の前に広がる光景に困惑するぼくたちの疑問に答えるように、アルミリアが口を開いた。
光の杭に囲われた空間の中、セナの剣をゆっくりと交わして、アルミリアは前に出る。
「すまないセナ、君を騙したわけじゃないんだ。ただ、これを使うのはあまりに……そう、つまらない結果になると思って封印していた。許してくれ」
セナの耳元で小さく何かを呟き、アルミリアはそっとセナの首筋に手を触れた。
「私は、まだ君に負けるわけにはいかないんだ」
アルミリアは瞼一つ、指先一つすら動かないセナに深々と頭を下げる。
五本の杭が消え去ると、剣を構えていたセナの腕が力なく垂れ下がり、そのまま地面に倒れ伏した。
『えっ……えっと、しょ、勝者、アルミリア・グランヴィルぅぅうううううう!!』
「「「オォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――!!」」」
「「「ワァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア―――!!」」」
『何ということでしょう! やはり最強は最強だった! 超新星の快進撃を食い止めたのはアルミリア・グランヴィル! アルミリア・グランヴィルです!!』
アウローラが高らかに宣言し、勝敗が決する。
観客たちは歓喜二割、落胆二割、困惑が八割といった様子だったけど、ひとまず、目の前の一戦の結果に沸き上がった。
ぼくには、何が起きたのか分からなかった。
突然セナが動かなくなったかと思うと、気を失って倒れ伏す。今のは、一体何なんだ。まるで、セナの時間だけが止まっていたかのような。
「セナ……!!」
ぼくは客席から飛び降りて、セナに駆け寄り安否を確認する。
意識を失っているだけだ、呼吸もしているし心臓の鼓動もある、命に別状はない。
「イヴ……こんな結果になってしまったことを謝らせて欲しい。すまない」
「アルミリア、今のは一体……」
「……つまらない技だよ。相手の積み上げてきたものを全て否定する、最悪の技さ」
アルミリアが槍を手放し、自嘲気味に笑った。
積み上げてきたものを全て否定する―――そうだ、アルミリアの言う通りだ。もしぼくの目に映ったあの光景が真実なら、確かに、あの技の前ではどんな才能も努力も全てが水泡と帰する。
だって……あのセナですら、防御できなかったんだから。
「まったくつまらない結果ですわね。あなたも、あんな手を使って勝利したところで何も嬉しくないでしょうに」
「あぁ……そうだね、テレジアの言う通りだ。自分でも何故使ったのか分からない。これを使わなければ今頃、倒れているのは私の方だった」
この結果に呆れてため息をつきながら降りてきたテレジアの指摘に、アルミリアは苦笑いを浮かべて返す。
つまらない結果……確かに二人はそう思うのかもしれない。本当だったらブーイングが多少飛んできてもおかしくなかった。だけど、あの技もアルミリアの実力の一部だ、認めるしかない。
「っは! 私、負けたんですか!?」
「うわっ!? 急に目覚ますなよビックリするな!!」
意識を取り戻したセナは跳ねるように飛び起きると周囲を見渡す。
まだ実況席でアウローラが何かを言っていたけど、今はそれを聞いている余裕はなかった。まだ首元が痛むのか、セナはアルミリアに触られた首筋を押さえながら「うーん……」と小さく唸り、空を見上げた。
「そっかぁ、負けたんですか……なら仕方ありません。約束は約束ですから」
「えっ?」
あー……そっか、熱い戦いで忘れていたけど、二人が戦った理由はそういえばとってもくだらないものだったんだっけ。
セナはぼくとアルミリアを交互に見て、名残惜しそうに俯く。
「イヴ。悔しいですが、私はあなたに相応しくなかったようです。こんな私の我儘に付き合ってくれて、ありがとうございました。どうか、アルミリアとお幸せに」
ぼくに向き直ったセナは、黄金の瞳に涙を浮かべ深々と頭を下げる。
セナは何も分かっていないから、本当に悔しがっているし、本当に泣いているのだろう。今からそれを壊さなきゃいけないのだから、とても心が痛い、張り裂けそうだ。
「あのね、セナ―――」
「君は一体何を言っているんだい、セナ……?」
「え?」
「ん?」
ぼくの言葉を遮ったのはアルミリアだった。彼女は訝しげにセナを見つめ、「何を勘違いしているんだ?」と続けた。
まったく、全ての元凶のくせに自覚がないんだからほんとこいつは……!!
「……え? だってアルミリア、イヴのこと好きって」
「あぁ、好きだ」
「だったら何も勘違いじゃないですよ! イヴを生涯守り続けるパートナーとして、恋人としてどっちが相応しいかって決闘だったんじゃないんですか!?」
「ん……?」
「え……?」
「君は本当に何を言っているんだ、セナ。熱でもあるのか??」
「失礼な、私は元気ですよ!! な、なんか、話が噛み合わないような気がするんですけど……」
アルミリアとセナの会話は、完全に食い違っている。
そもそもアルミリアがこの決闘を受けた理由は、セナとの手合わせが目的だったからだ。彼女の、いやこのド天然の言動には、それ以外の意味なんて存在しない。
対するセナは、この決闘にぼくのパートナーとかいう至極くだらない立場が賭けられていると勘違いしている。
そう、端からこの二人の話が噛み合うことなんてないのだ。
まぁそもそも、勝手に景品にされたぼくとしては、二人を一発、いや、二、三発ほど殴る権利はあってもいいと思うのだけど……。
「えっと……じゃあ、私は早とちりしたってことなんですか?」
「そうなるね」
「アルミリアがイヴを好きっていうのは、友達として好きという意味で、恋人になりたいとか、生涯を誓うとか、そういうわけじゃ……」
「ない。そもそも、グランヴィル家の人間である私にそんな自由はない」
「ふぇっ……え、ええっとぉ……」
セナの顔が、みるみる赤くなっていく。
そりゃそうか。だって、ぼくのことが好きだと公言したようなものなのだから。
でも、以前は純粋に好意を伝えてくれたのに、どうしてそこまで恥ずかしがる必要があるのだろうか。
「さ、さささっ、さ、探さないでくださいぃぃぃぃいいいいいいいいい!!」
「あ、ちょっと、セナ!!」
『あぁーーーっとセナ先輩が消えた!! 一体何があったんだー!?』
『触れてやるな、青春ってやつだ』
セナがぼくたちの間を駆け抜けて、全力で逃走する。
それはテレジアと戦った時よりも、魔神の古王と戦った時よりも、師匠と戦った時よりも、ヨハンナ・リヒテンベルクと戦った時よりも、暴走するシオンと戦った時よりも、今まで見た何よりも素早い逃げ足だった。




