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第42話『誤解だ……いや本当に誤解なんだよ!!』

 翌朝、学院は異様な空気に包まれて騒然としていた。

 とはいっても、暗くよどんだものではないから、事件が起きたとか、誰かが犠牲になったとか、そういう悲しい話題が広まっているわけではなさそうだった。


「……イヴ、なんだか視線を感じます。それも複数」

「奇遇だね、ぼくもだよ」


 そう、寮を出て、学院に来るまで、学院の正門を潜ってから教室に向かうまで、その短い道中で、何度も視線を感じるのだ。好奇な眼差しと例えればいいのだろうか。羨望や嫉妬といった複雑な感情を何度も視線から感じる。


「セナ、またなんかやらかしたの?」

「私は何もしてません。心当たりがありません」

「じゃあ……ぼく?」


 いやいやいや、だとしても、ぼくに注目される心当たりはこれっぽっちもない。

 最近は右腕を労わって魔法で人助けはしていないし、何より、生徒からの人気を集めるとしたらセナやテレジア、アルミリアたちの方が余程―――


「見つけましたぁー!!」


 この異質な空気感の原因を考察しようと顎に手を当てて考えていると、前方から聞き覚えのない女子生徒の声が聞こえてくる。

 その声の主、深い青色の髪をツインテールに束ねた女子生徒は突然草むらから飛び出したかと思うと、メモ帳とペンを手にぼくの目と鼻の先まで近付いて、キラキラと輝かしい黄色の瞳を真っ直ぐぼくに向けた。


「念のため確認しますが、イヴ・グレイシア先輩で間違いありませんか!?」

「え、えっと……はい、ぼくが、そう、ですけど……」

「セナ・アステリオ先輩の魔神の古王(ディメナ・レガリア)討伐に協力し、アストライア家の黒い噂、危険な人体実験の真相を解き明かしたというあの!?」

「はい!?」


 おかしい、どうして彼女は、ぼくがアストライア家の事件に関わっていることを知っているのだろう。あの事件は関係者が口を割らない限り決して外に漏れることはないし、最低限アストライア領の地方新聞に小さく掲載される程度で、大々的に報道されることもなかったのに。

 まさかセナが!? そう思って鋭い視線を隣に立つセナに向けるけど、セナは「私じゃありませんよ!!」と言わんばかりに首をブンブンと横に振っていた。


 いやちょっと待て、冷静に考えよう。彼女はぼくを「先輩」と呼んだ。それはつまり、彼女がぼくより下の学年だということになる。関係者が口を割らない、もしくはうっかり関係者同士での会話を他人に聞かれない限り外部に漏れることのない事件について知っているということは、彼女の学年はおそらくシオンと同じ。

 シオンと同じ関係者同士となれば、おそらく考えられるのはクロエがヘマをした可能性。いや、あのクロエに限ってそれはあり得ないと思うけど、それしか思いつかない。


「な、なんで、それを……? というか、君は誰……?」

「はっ、申し遅れました。私、学院四年のアウローラ・フォードランと申します!! この度は、イヴ・グレイシア先輩に事の真相をお聞かせ願えないかと思いまして、突撃させていただきました!!」


 アウローラ・フォードラン―――そう名乗った少女は深々と頭を下げた後、ビシッと音が聞こえるくらい勢いよく右の掌を左胸に当てた。

 王国魔導師団式の敬礼だ。フォードラン……あぁ、そういえば、先生の元上司がそんな名前だった気がする。彼女はその娘だろうか。


「それでフォードランさん、事の真相というのは一体……」

「はい。私はグレイシア先輩に、昨日のこの写真と、この記事の詳細についてお聞きしたいのです!!」


 あぁ、なんだ、ぼくが関わった事件について問われるわけじゃないんだ。

 そう安堵してため息をついたぼくは、アウローラから差し出された一枚の写真と学生新聞の記事を受け取り、その中身を見てらしくない大声を上げた。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!? なんだよ、これ!!」


〈魔女の娘と王子様、黄昏時の逢瀬。禁断の恋か!?〉


 そう一面に大々的に掲載された写真には、ぼくとアルミリアが二人きりで写っていた。それも……最悪な瞬間を捉えられて。

 昨日ぼくは、少しおかしな様子のアルミリアの手でエメリー先生の激マズクッキーを口の中に突っ込まれた時がある。写真は、ちょうどそのタイミングに合わせて撮影されていた。

 しかもその角度が悪質だ! これじゃまるで、ぼくとアルミリアがキ、キスをしているように見えるじゃないか!!


「な、なんですかこれは……っ!!」


 セナもぼくから学生新聞を奪い取って記事に目を通し、顔を真っ赤にしながらわなわなと震えていた。


「どうなんでしょうか!! ズバリ、グレイシア先輩とグランヴィル先輩は―――」

「ただの友達だよ!!」

「おかしいですよイヴ! 友達でもこんなことしませんよ!!」

「セナはぼくの味方じゃないのかよ!?」


 なんだこれ、なんだこれなんだこれなんだこれ。

 なんで、どうして、どこで間違えた? いや、どこかは分かっている、あの時だ。アルミリアが怪しい視線を感じたと言って、追いかけようとした時だ。あの時ボクは、それほど気にする必要はないと言って彼女を引き留めた。その結果がこれだ。

 だからか、だから注目されていたのか。女子生徒からの人気が高いアルミリアに関するあんな記事が出回れば、そりゃ相手だと思われているぼくにも好奇の眼差しは集まるだろうけど。


「アルミリアばっかりズルいです! こうなったら私も……っ!!」

「へ? ちょっと待って、何考えてんのこんな公衆の面前で!?」


 意を決した様子のセナは、ぼくの両肩を掴んでゆっくりと顔を近付ける。

 くりっと大きな金色の瞳が真っ直ぐにぼくを見る。駄目だ、心臓に悪い、セナもアルミリアと同じくらい顔が整っているから、こんな至近距離で見続けると心臓が爆発しそうになる。

 ぼくたちの様子を遠くから見ていた他の生徒たちから、歓声が上がった。

 いや、見てないで助けてよ。


「大丈夫です、イヴ。もしもの時は私、責任取りますから」

「その前にまずこの手離して! 弁明させて!?」

「あわわわわわわわわわわっ、魔女の娘と王子様、いや勇者も加わって三角関係勃発!? 何それ記事として美味すぎる……!!」

「君も見ていないで止めてくれないかな!?」


 事態をややこしくした本人は、セナに迫られるぼくという一連のシーンをメモ帳で口を塞ぎながら顔を真っ赤にして無責任に眺めている。

 セナの力が強すぎて振り解けない、マズい、このままじゃただでさえややこしい状況がさらにこんがらがって面倒なことになる。万事休す、誰か助けて―――


「何をしているんだ、君たちは……」


 神様は残酷だ、ぼくのこの状況を見て楽しんでいるに違いない。

 だって、そうでなければこんなタイミングでアルミリアと遭遇させたりなんてしないでしょ!?


「アルミリア!?」


 遠目から観戦していた生徒たちから、黄色い歓声が上がった。

 こういう噂は本人から否定してもらうのが一番だ。だけどアルミリアは、まだ状況が呑み込めないといった様子で首を傾げていた。


「一体何の騒ぎですか、これは」

「て、テレジアっ!?」


 状況がさらにややこしくなった。どうしてアルミリアの隣に彼女がいるんだ。

 最悪なタイミングで姿を現したテレジアは、隣に立つアルミリアとは逆に、一瞬で事の顛末を理解し、呆れてため息をついた。


「ちょっ、テレジア、助けて!!」

「テレジア・リヒテンベルクっ!? 三角……いや四角関係ってことなの!?」

「だから違う!!」


 必死に否定するぼくの様子に再びため息をついたテレジアは、新聞記事を受け取りそれを読み始めた。彼女はしばらくして、全文を読み終え、また再度深いため息をつく。


「まったく、どいつもこいつもアホばかりですわね。セナ、ひとまずイヴから離れなさい」


 パチンと、テレジアが指を鳴らした瞬間、ぼくに覆いかぶさるセナの重みが消失する。顔面に炎の矢の一撃を受けたセナは、大きく吹き飛び「ぐぇ!?」と潰れたカエルのような声を上げて石畳に叩きつけられた。


「ひどいじゃないですかテレジア!!」

「何もひどくありませんわこのアホ! イヴが困惑していたのがあなたの目には映らなかったのですか!? こんなくだらない記事一つで振り回されて、大馬鹿なのですねあなたは!!」

「ば、バカじゃありませんし……」


 セナは痛いところを突かれたようで、反論できずに押し黙ってしまう。

 短い間に、テレジアは四度目のため息。


「イヴもイヴですわ。もっと強く否定しないと駄目でしょう?」

「い、いや、それは、急だったから……」

「まったく……あなたという人は本当にもう……っ!」


 そう言ってテレジアはぼくを抱き締める。

 は? いやこれじゃもっと状況が―――


「「「きゃぁぁあああああああああああああああ!!」」」


 一層強く、生徒たちから歓声が上がった。

 なんで……テレジアは、止めてくれるんじゃなかったの……?


わたくしが間違っていました。イヴ、あなたは私のものだと、もっと大胆に見せつけなければならないようですわね」

「どうしてそうなるのさ!!」

「テレジア、イヴが困っているだろう。彼女は君のものじゃない、解放しろ」


 ぼくを逃がさんと閉じ込めるテレジアの腕を、アルミリアが掴む。

 やっぱりアルミリアはぼくの味方だ。さぁ、早く昨日の写真は誤解だと宣言してくれ。


「あら、抜け駆けしたあなたがよくそんなこと言えますわね」

「抜け駆け……? 何を言うんだい、私はただ、イヴと友人として正しく交流しただけだよ」

「へぇ……あれが正しく清い友人同士のスキンシップだと……」

「何か、おかしな点でもあったかな?」

「おかしな点だらけですわ! あんな破廉恥な……っ」

「何を言っているんだい? 私はただ、イヴにクッキーを食べさせて―――」

「口移しで!?」


 あ、だめだこれ。何故だろう、そんな予感がした。

 おそらくアルミリアは、一体あの写真の何が問題になっているのかよく分かっていない。よく分かっていないくせに、テレジアからぼくを解放しようとするから、傍から見れば、セナとテレジアとアルミリア、三人がぼくを取り合っているように見える。


「三角関係ではなく四角関係だった……!! セナ・アステリオ、テレジア・リヒテンベルク、アルミリア・グランヴィル。学院生百人に聞いたかっこいい女子生徒ランキング上位三人によるイヴ・グレイシアの奪い合い……ジュルル、これは……美味いっ!!」

「美味くない!!」


 にやけ面のアウローラは、涎を垂らしながら一連のやり取りを一言一句正確にメモ帳に書き写している。

 もういいや、どうにでもなれ。


「あぁもうっ、いい加減にしろぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」


 左手で魔力を操作し、四人の頭上に氷の塊を形成して、落とす。

 ゴンッ―――頭蓋を叩く鈍い音が四つ、低く唸るように辺りに響いた。




 ◇ ◇ ◇




 学院敷地内の各地に設置された掲示板に張り出されたぼくたちについて書かれた記事を片っ端から回収しても、時既に遅し。直接ぼくに問い詰めてくる生徒はいなかったけど、至る方向から視線を感じて、休み時間だと言うのに落ち着かない。

 昼休みの食堂でも、ひそひそと噂話をする生徒たちで溢れて心休まる時なんてありゃしなかった。何がひどいって、今朝方のやり取りが生徒間に知れ渡っているんだ。生徒たちの間は、今やその話題で持ち切りだった。

 もちろんそれは、ぼくたちの下の学年、シオンたちのクラスでも例外ではなく。


「先輩! これどういうことなんですか!? ボクという盾がいながら!!」

「だから誤解なんだって……」


 食堂、いつもぼくらが使う六人掛けの窓際テーブル席。

 ぼくの向かい側に腰をかけているシオンは、回収し損ねた記事をぼくに突きつけながら頬をぷっくりと膨らましていた。


「いやぁ、かなり厄介なことになりましたねぇ、どうするんすか、イヴ先輩」

「自分は関係ないからって面白がるのやめて……」


 その隣、「自分全くの無関係っす」と言わんばかりに距離を置いていたクロエは、外野からこの騒動を眺めてニヤニヤとほくそ笑んでいる。人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。


「でも、実際どうするんすか? 連中、こういう話題は真相が明らかになるまで追っかけてくるっすよ」

「誤解って言ってるんだけどなぁ……」

「そうですよね! 先輩はボク一筋ですからね!!」

「そういうことじゃないからね、シオン」


 テーブルに突っ伏して、もう何度目かも分からないため息をつく。

 その間も、ぼくに向けられる興味の視線は絶えることがない。むしろ、シオンに詰められている様子を目撃されて、噂にまた尾ひれがつきそうだった。


「おっと噂をすればなんとやら、三人揃ってのご登場っすね」


 僅かに歓声が上がって、クロエが食堂の入口に視線を向ける。

 突っ伏したまま顔だけで様子を確認すると、ぼくとは違い教室で質問攻めにされていたセナ、アルミリア、テレジアの三人が遅れて食堂に姿を現した。


「つ、疲れました……」

「遅れてすまない。誤解を解くのに時間がかかってしまってね」

「誤解を解くどころか新たなる誤解を生みそうになっていたくせによく言いますわ。時間がかかったのは、あなたとセナの言葉を私が逐一訂正していたからでしょう?」

「私はただ正直に質問に答えていただけだよ」

「あなたは馬鹿正直すぎるんですわ!」


 アルミリアとテレジアが言い争いを始める。

 セナはというと、ぼくの隣の席に腰を下ろして、テーブルに突っ伏した状態で動かない。


「……セナ、大丈夫?」

「イヴ、私はどうすればいいか分からなくなってしまいました。イヴとアルミリアは大切な友達です。だから私は、素直に祝福するべきだと思うんです。でも、どうにもイヴが私の傍からいなくなってしまうような気がして、心がもやっとするんです。これは嫉妬でしょうか、いいえ、きっと嫉妬ですね。イヴを奪われたくない、友達を失くしたくない、その想いは変わらないのに、イヴを取るとアルミリアが、諦めるとイヴが私の友達ではなくなってしまう、ジレンマです……」

「重い、想いが重すぎるよ……セナ」

「よーしよしよし、セナ先輩、深く考えすぎっすよー」


 顔を伏せるセナの頭をクロエがわしわしと雑に撫でている。

 クロエは、いいおもちゃ見つけたぜ……とでも言いたげな不敵な笑みを浮かべていた。セナには悪いけど、今はクロエのおもちゃになってもらおう。


「大体、他人の恋愛で盛り上がるなんてどうかしていますわ。私たちは誇り高き王国の魔導師になるためにこの学院に通っているのです。それが、三角関係だ四角関係だなんて、くだらないことこの上ありませんわ」


 そう吐き捨てて、テレジアはシオンの隣に腰を下ろす。

 少し気を緩めれば質問攻めに遭う今の状況を彼女も好ましくは思っていないようで、少し不機嫌そうだった。


「特に私とテレジアは、同性同士の恋愛なんて家が許すはずがない。そのくらいのことは、皆分かっていると思うのだが……」

「まったくですわ」


 ぼくの隣に座ったアルミリアの意見に、テレジアが同意する。

 グランヴィル家とリヒテンベルク家は、千年、絶えることなく勇者を輩出し続けた王国屈指の名家だ。二人共兄弟姉妹はいない、唯一の後継者。子孫の残せない恋愛を両家が許可することは、天が裂けてもあり得ないだろう。


「つまりお二人はヒロインレースを棄権するってことっすね?」

「それとこれは話が別ですわクロエ。私はイヴを諦めません。イヴが私を導いてくれたように、私もイヴの光となる。それだけは、たとえリヒテンベルクの家が相手だろうと曲げるつもりはありませんわ」

「おぉ、熱い決意っすねぇ……んで、ミリ先輩は?」

「私はイヴのことが好きだ。彼女のことは、この手で守り抜くと誓おう」

「なっ―――」

「はぁ!?」

「「「「えぇぇぇえええええええええええええええええ!!」」」」


 アルミリアの突然の告白に、テレジアとセナ、そして、ぼくたちの会話を盗み聞きしていた聴衆が驚きの声を上げる。


「……何か、おかしなことを言ったかな?」

「数秒前に自分が言ったことを思い返してみなさいな!!」

「同性同士の恋愛なんて家が許すはずがない……かい?」

「それを踏まえてついさっき自分が何を言ったか、一字一句復唱しなさい!!」

「私はイヴのことが好きだ。彼女のことは、この手で守り抜くと誓おう」

「許されませんわ! 禁忌ですわ! ギルティですわぁぁぁああああ!!」


 テレジアはテーブルを何度も叩きながら激昂する。

 ここまで荒ぶるテレジアを見るのは初めてかもしれない。


「アルミリア、それは本当なんですか……?」


 その言葉に反応したセナは、むくりと起き上がって彼女に疑いの視線を向ける。


「イヴのことが好きだというのは、何もおかしな感情じゃないだろう?」

「えぇ、それはまぁ、別に変ではないですけど……」

「君も、イヴのことは好きなんだろう?」

「そりゃぁ……大好き、ですけど……っ!!」

「どうしてそこまで恥ずかしがる必要があるんだい……?」


 あぁ……そうか、そういうことか、ようやく理解したぞこのド天然王子様。

 まず、アルミリアと他の皆では「好き」という単語に対する意識が全く異なる。

 アルミリアは恐らく、ぼくのことを友達として「好き」だと言っているんだ。前後の脈絡を考えればこのタイミングでする話ではないと思うけど、あの天然にそんな理屈が通用するはずはない。

 言葉足らずで空気が読めず、テレジアとセナは彼女の言葉を大きく誤解している。


「あのさ、多分なんだけど―――」

「分かりました、そこまで言うなら私も自分の気持ちを隠しません!!」


 この誤解を解こうと、アルミリアの言葉を補足しようと口を開いた瞬間、セナが勢いよく立ち上がって、アルミリアに指を差した。


「イヴを賭けて決闘です! アルミリア!!」


 決闘―――それは、この学院で生徒同士の厄介ないざこざを片付けるための制度。

 譲れないものがあるのなら力で示せ。それがこの学院における長い歴史の中で紡がれてきた伝統だ。今となっては、伝統は薄れて、生徒たちの娯楽としての側面が強いが、今回ばかりはそうではない。


「ま、待ってくれ、セナ。どうしてそうなるんだ?」

「どうしてって……私に譲れないものがあるからです!!」

「は、はぁ……そうか、なるほど……」


 案の定、アルミリアは何故セナが自分に決闘を申し込んできたのか分からず、首を傾げている。

 決闘は、当事者同士の同意がなければ成立させることができない。

 だから、アルミリアがこれを受ける必要はないんだ。でもこの天然は、何を思ったのか立ち上がり、セナの目を真っ直ぐ見てこう言った。


「いいだろう。私も一度、君と手合わせしたいと思っていた」

「望むところです! 私、絶対に負けませんから!!」


 互いが同意したことで、決闘が成立してしまった。

 あぁもう……どうしてこうなるんだ。こんなことになると分かっていれば、ぼくはあの時、怪しい人影をアルミリアに追わせていたのに。

 後悔してももう遅い。分かっているのに後悔してしまうのが人間だ。

 いやでも……そうだね。命を懸けた戦いの日々よりは、いくらかマシだね。

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