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第40話『君を見つける物語』

 今回の事件は、アストライア家の実験失敗による大規模な魔力災害だと報道されることになった。詳細を知るぼくらには緘口令が敷かれ、真相は闇の中。そもそもアストライア家自体が昔から暗い噂の温床ではあったため、今回の事件も、人々はそれほど違和感を持つことがなかった。

 アストライア本邸は星盾ゴーティスの暴走で大きく崩壊し、今はもう誰も住んでいない。ぼくたちが戦った大穴は落下防止のための柵が設けられて、花束が供えられていた。


「誰だ?」


 花束のすぐ隣、柵に手をかけ穴の底を覗いていた一人の少女が、背後からやってきたぼくの足音に気付いて振り返る。

 彼女はぼくの顔を見ると、警戒した自分に呆れたようなため息をついて微笑んだ。


「こんにちは、アリス。こんな場所で会うなんて偶然だね」

「姉ちゃんか。ここには何も―――」


 ここには何もねぇぞ。そう言いかけたアリスの声が途中で切られた。

 ぼくの隣にレイラがいない。それが何を意味するかを察した彼女は、気まずそうに顔を伏せる。


「そっか……姉ちゃんも、ここに来た理由はあたしと一緒か……」

「じゃあアリスもそうなんだ」

「……言ったろ、仲間が実験で散々死んだって。あたしらを苦しめた元凶がぶっ潰されて本当はもっと喜ぶべきなんだろうけど、正直、いまいち嬉しくなくてな」


 アリスはため息を一つついて、柵に手をかけて再び穴の底を覗いた。


「今はそうだな……何もする気が起きない。正直、こっから飛び降りてやりたい気分だ」

「でもそうしないのはどうして?」

「どうしてって……あー……まぁ、なんとなく?」

「なんとなくかぁ……分かる、何となくそうしたい、そうしたくない、そんな時ってあるよね」


 ぼくはアリスの返事でくすりと笑って、左手に持っていた花束をアリスが置いたであろう花の隣にそっと置いた。


「……姉ちゃんはさ、死後の世界って信じるか?」

「どうだろう。それを見つける術はぼくらにはないからね」


 今まで戦った骸の魔女の死徒たちも、それらしいことは何一つ語っていなかった。

 もし本当に死後の世界が存在するのなら、ぼくは死んだ後、師匠とリーナに再会できるのだろうか。再会したとして、一体何を語るのだろう。存在が明確ではない概念を前にどれだけ憶測を重ねたところで無駄なことだとは思うけど、それでも、少しだけロマンチックだとは思う。


「あたしはさ……こんなこと言うのも恥ずかしいけど、信じてんだよ」


 そう語るアリスは、どこか遠い場所へと思いを馳せながら自嘲気味に笑った。


「今こっから飛び降りたら死んだ仲間に会える」

「でも、君はそれをしなかった」

「あいつらに会って、何を喋っていいか分かんねぇんだ。土産話は沢山してやりたいだろ? だからまだ死ぬつもりはねぇさ」


 ぼくが助言をするまでもなく、アリスは結論に辿り着いて自信に満ちた笑みを浮かべた。

 アリスは強い子だ。ぼくがもし彼女の立場だったら、皆を追うためにこの闇の中に飛び込んでいただろう。

 そっか、土産話か。確かに、向こうで師匠やリーナに会えたら、沢山、それこそ二人が望んだ世界を救った話を聞かせてあげられるといいな。


「なぁ、姉ちゃん」


 アリスは何か決心したように頷いて、ぼくの目を真っ直ぐ見てこう言った。


「あたしに、魔法を教えてくんないか?」

「へ?」

「あんたもあの地下で見たんだろ? アリシア・イグナの複製体。その唯一の成功例があたしなんだよ」

「は、はい!?」


 もしかしたら―――そんな可能性を考えていなかったかと言われると嘘になる。

 地下の施設で見たアリシア・イグナの複製の失敗作たち。実験で連れ去られ、逃げ出してきたアリスの話。その可能性は考えられた、考えられたはずなんだ。

 クロエが言うには、複製体―――クローンは同じ人間の設計図を使っているから、言ってしまえば人格の異なる同一人物のようなもの。後天的にそれを書き換える技術があったとしても不思議じゃない。それに、ぼくの右目の魔眼は、確かにアリスの魔力を師匠のものだと認識している。

 いや、だからってさ……それはつまり、ぼくが、師匠に魔法を教えるということであって……あの時とは立場が真逆で……。


「つまりだ。あたしは焔の魔女になり得るポテンシャルを秘めている。そんなあたしが悪い魔導師に利用されて第二の焔の魔女になっちまう未来もあるわけだ」

「まさかの脅迫!?」

「ちげぇよ。死んであっちで仲間と再会した時、逃げて怯えて、隠れて生きてきた話を延々としたくないだけ。頼む姉ちゃん、あたしに魔法を教えてくれ」


 真っ直ぐな眼差しでぼくを見つめるアリスの表情は真剣そのものだった。

 彼女はまだ子供だ。確かにぼくが師匠に拾われた時に比べれば余程大人かもしれないけど、それでもまだ子供だ。魔女に魔法を教わるということは、運命を受け継ぐということ。ぼくが師匠に未来を託されたように、ぼくが、アリスに何かを託すということ。


『私のように後継者を育て、その子が優れた魔法使いになるまで死んではいけない』


 師匠と交わした、最初の約束を思い出す。

 いやいやいや、ぼくが後継者を育てるなんて、そんなのいくら何でも早すぎる。

 でも、ぼくがそれを引き受けなかったら……?

 アリシア・イグナと同じ肉体を持つ魔女の幼子なんて、放置するには危険すぎる。

 アリスは、自分がどれだけ危険な存在かを理解している。

 理解したうえで、ぼくに「監視してくれ」「管理してくれ」と頼んでいるんだ。

 もし彼女が本当に第二の焔の魔女になるとしたら、それを倒すのはぼくたちなのだから。


「ぼくに教えられることなんて何もないよ」

「それでもいい。あたしが勝手に見て盗む」

「それはそれでどうなの……」

「あたしは、自分が持つ武器の使い方も分からないバカだ。だけど、あたしを利用すれば簡単に世界が滅ぼせるってことくらいは分かる。アリシア・イグナの力を持つってことは、そういうことなんだろ? だったら、姉ちゃんになら、この力を預けられる」


 アリスはそう言い切って、再び真剣な眼差しをぼくに向けた。

 どうしてそんなにも強くなれるのだろうか。ぼくがアリスと同じ歳の頃なんて、ずっとリーナの背中を追いかけていた。ぼくも彼女のように強ければ今とは違う自分になれていたのだろうか。そう思うと心がズキリと痛んだ気がした。


「分かったよ……その代わり、一つ条件がある」

「何でも言ってくれ!」

「せめてぼくが学院を卒業するまで待って欲しいな。今のぼくは、誰かに物事を教わる立場で、誰かに物事を教える立場じゃないから」

「わかった、それまで待つ」


 覚悟を決めたように頷くアリスを見て、やはり彼女は師匠に似ていると思った。

 いや、育て方を間違えなければあの人のようにはならないはず。きっと、うん、そうだろう。

 ところで、何かを忘れているような気がする。

 学院を卒業……卒業……?


『ぼく、学院辞めます』


 シオンを連れてプラネスタを出る時、先生の目の前で啖呵を切ったことを思い出す。

 すごく―――嫌な予感がした。

 そして、こういう時のぼくの嫌な予感は、大体的中する。


「お前の席ないぞ?」

「はぁ!?」


 星影の樽の端の席で一連の事件に関する書類仕事に追われていたリツ先生は、学院でのぼくの扱いについてぶっきらぼうに答えて見せた。


「辞めるって言ったのはお前だろ? シオンは休学扱いになってるけど、お前は自主退学ってことになってるな。戻りたいならクソムズい編入試験を突破するしかないぞ」

「う、うそぉ……」


 現実は非情だった。

 いや、辞めると宣言したのはぼくだ。アストライア家を敵に回した魔女が学院に在籍しているとなれば色々と学院への風当たりが強くなる恐れもあったし、何より皆を巻き込みたくなかった。

 だからってさぁ……こうして皆引き連れて援軍に来てくれるなら、その辺も融通利かせてくれてて良かったんじゃないの……?


「なんてな、嘘に決まってんだろバーカ。お前もちゃんと休学扱いだ」

「よかったぁ……」


 一先ず、さっきのが先生の冗談だと分かって、ぼくは安堵のため息をついた。


「で……アリス、だったか。お前のことはイヴが学院を卒業するまで、カナちゃんのとこで預かってもらうことになった。それでいいな?」

「お、おぅ……」

「ちょっとリツ、私そんなこと全然聞いてないんだけど!!」


 ぼくの背中に隠れていたアリスが、恐る恐る顔を出す。

 先生の向かい側で書類仕事に集中していたカナメさんは、ジト目で先生を見て、また勝手に物事を判断して進めた先生に文句を垂れた。


「んじゃ俺が預かってもいいのか?」

「ダメに決まってるでしょこのロリコン無自覚女たらし! アリスちゃん……だっけ。アリシアにそっくりな彼女と二人きりにさせたら何するか分かったもんじゃないわ」

「ロリコンって、なんだ……?」

「小っちゃい女の子が好きってこと」

「うぇぇ……」


 不安そうにぼくを見上げていたアリスが、ぼくの返事を受けてあからさまな嫌悪を顔を浮かべる。

 毎度のこと信頼されてないな、先生は。先生がそんな人じゃないってことは、まぁ……分かってはいるけど、カナメさん的には、まだ信用ならないのだろう。特に、先生と師匠は互いを強く信頼して、深い絆で結ばれていた。師匠に似ているアリスを先生のもとに置いておくのは、確かに少し危険かもしれない。


「にしてもアリシアのクローンなんてね……複雑な気分だわ」

「カナメさん。ぼくからもお願いしていいかな。ぼくはまだ、師匠のように誰かを導けるような人間じゃないから。学院の卒業までアリスを預かっていて欲しいんだ」

「イヴの頼みじゃなくても元々そうするつもりだったわ。あなたの親代わりは無理だし。アリスちゃんも、それでいい?」

「あ、あたしは別に構わねぇけど……」

「よかった。カナメ・リングレイルよ、よろしくね」


 アリスはリツ先生、カナメさん、ぼくの順番に視線を送り、気まずそうに顔を伏せた。

 そりゃそうだ。彼女からすれば、二人は今日出会ったばかりの赤の他人であり、自分を苦しめた実験の指導者と同じ「リングレイル」の名前を持つ人間。警戒するのも無理はない。


「大丈夫、二人はぼくが一番信頼している大人だから。きっと君を守ってくれる」

「姉ちゃんがそこまで言うなら……」


 アリスはぼくを信用して、差し出されたカナメさんの手を恐る恐る両手で握った。


「ただいま戻りましたー! あれ、イヴ、その子は、えっ―――」


 タイミングが良いのか悪いのか、帰還したセナがアリスを見て、言葉を失った。

 なんて説明すればいいんだろう。素直に師匠の複製体だと言っても信じては貰えないだろうし……いやでも、セナなら馬鹿正直に信じてくれるような気もするし。


「紹介するよ、セナ。この子は―――」

「大丈夫ですイヴ、言わなくても分かります。カナメさんの表情から若干怒っている雰囲気を感じました。この場合きっと、リツ先生を叱っていたと考えるのが妥当でしょう。となるとその子の正体はお母さんと先生の隠し子! そうしかありえません!!」

「違うよ」

「うそぉ!?」


 意外というか、なんというか。

 セナは凄く勘が鋭くて、物事の本質を見抜く力に長けているはずなんだけど……今回ばかりはどうしようもないアホだった。どうしてその結論に至ったのだろうか、理解に苦しむ。


「この子はアリス。アストライア家の実験の被害者で、アリシア・イグナの複製体なんだ」

「えっと、つまり……?」

「お前ならアリシアのクローンって言えば分かるだろ」

「そんなのSF小説の設定でしか聞いたことありませんよ!?」


 セナはクローンという単語の意味を知らないはずなのに、先生が一言そう言っただけで全てを理解したかのような反応を見せた。

 思えば、セナも少しばかり変な言動をする時がある。もしかすると、彼女もリツ先生たちと同じ―――いやいや、彼らとセナは違う。だってセナの身体はこの国の王女のもので、異世界云々は関係ないはずだ。

 関係ない……はず。


「でも、分かりました。セナ・アステリオです、イヴの友達です。よろしくお願いします、アリスちゃん」

「あ、あぁ。よ、よろしく……」


 アリスは恥ずかしそうに目を背け、ぼくの背中にサッと隠れた。

 人見知り……いや、単にセナのぐいぐい来る感じがちょっと怖いだけか。

 なんだか、師匠に拾われたばかりのぼくを見ているみたいで、少し懐かしかった。

 頑張って……アリスを正しく導ける自分にならないと。




 ◇ ◇ ◇




 ぼくたちはプラネスタの学生だ。

 だから、アストライア家の件が解決した以上、エルザスに居続けることはできない。いつかプラネスタに帰って、学生に戻らなければならない日がやってくる。

 最終日前日の夜中、どうにも眠れなくて、ぼくは外に散歩に出た。

 この街でお世話になった人たちに別れは済ませてきたし、朝の列車でプラネスタに皆で帰るのは変わらない。それでも二か月ほど世話になったこの街を去るのは、少しばかり名残惜しかった。


 エルザスはプラネスタと比べて、それほど技術の発展した街ではない。

 だから夜もそれほど明るくなくて、街を少し離れれば辺りは真っ暗になってしまう。雲一つない夜空に浮かんだ星々がどこからでも綺麗に見えるこの街が、ぼくは好きだった……そう思う。


「せーんぱいっ、眠れないんですか?」

「……うん、ちょっとね。シオンも?」

「ボクもです。少し、寂しくて」


 街の外れにある小高い丘の上で風に当たっていたぼくに声をかけてきたのはシオンだった。彼女もまた眠れなくて、夜風に当たろうとしていたらしい。


「隣、いいですか?」

「おいで」


 シオンはぼくの隣にやってきて、夜空を見上げて感嘆の声をこぼす。


「わぁぁ……綺麗な星空ですね。すっごいロマンチックで、うっとりしちゃいます」

「そうだね……」


 ぼくもシオンと同じように夜空を見上げて、一言そう呟いた。

 ここ最近は忙しくてゆっくり星空を見ることもできなかったから、なんだかとても感慨深いものがある。


「あの、イヴ先輩」


 ふと、シオンがぼくの名前を呼んだ。

 夜の暗がりのせいでよく顔は見えなかったけど、声が少しだけ震えていた。


「こんなこと先輩に言うのはおかしいと思うんです。でもその、言わないとボクの気持ちが収まんなくて……だから、いつもの冗談だと思って、聞き流してくれて構いません」


 突然畏まった態度をとられて、少し緊張する。

 シオンはもじもじと身体を動かして、次の言葉を躊躇っているようだった。

 やがて、意を決したのか強く頷いて、小さく口を開く。


「好きです、イヴ先輩」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 聞き間違い……ではないよね。うん、きっとそうだ、聞き間違いじゃない。確かにシオンは好意を口にした気がする。でもそれはきっと、ぼくを慕っているからで、尊敬しているからで―――


「ご、ごめんなさい! 急に言われても困りますよね……その、やっぱり、忘れてください」

「あ、いや、その……」


 シオンが耳の先まで真っ赤に染めて、顔を両手で覆っているのを見て、ようやく我に返った。

 今、彼女は確かにそう言った。

 それを自覚して、ぼくも顔が熱くなるのを感じる。

 ぼくはどうすればいいんだろう。シオンの顔を見ることができない。何も言わずに俯いた彼女に、どう、声をかければいいのだろう。

 彼女が何を考えて、どう決意して、勇気を出してぼくにその想いを伝えたのかは、彼女の態度からひしひしと伝わってくる。それでもぼくは自分がどうすればいいのか分からなくて、黙るしかなかった。


「……ボク、生きる理由が分からなくなっちゃったんです。どう生きていけばいいのか、何のために生きればいいのか、どうも見つけられそうになくて……でも、先輩が大好きだって気持ちは変わらないんです。何も変わらなかった、むしろもっと大好きになりました! だからぼくは、先輩のために生きたいんです!!」


 それはシオンなりの答えだった。

 運命を知って、それを打ち壊して、自分がどれだけ罪に塗れていたのか、業を積み重ねてきたのかを知って、打ちのめされて闇に飲まれて。

 そんなシオンが前に進むには、誰かに縋るしかなかったのだ。


「お願いします……ボクを、先輩の盾でいさせてください」


 ぼくは以前、シオンに「ぼくのためじゃなく、自分のために努力しなさい」と言った。なんて無責任なことを言ってしまったのだろうって、今、確かに後悔した。

 シオンがこの先、自分の運命と罪を受け入れて生きていくには、ぼくの盾になるしかなかったのだ。


「―――いいよ」

「え?」

「シオンがそうしたいって言うのなら、ぼくはそれを受け入れる。これからも、ぼくのことを守ってね」

「……はい!!」


 シオンがぼくに勢いよく飛びついて、強く抱き締められる。

 ぼくは……なんて無責任なことをしてしまったのだろう。

 だけど仕方がないんだ。シオンを連れ出したのはぼくだ、シオンを救うと言ったのはぼくだ、シオンがそれを望んでいるのなら、ぼくはそれを受け入れなきゃならない。

 シオンがぼくを想ってぼくに縋りたいのなら、それを受け入れてあげるのがぼくの役目なんだ。そう自分に言い聞かせた。

 そんな資格なんてどこにもないのに―――




 ◇ ◇ ◇




 早朝。

 エルザス、魔導列車停車駅のホームにはぼくたち以外に乗客の姿はない。

 そもそも魔導列車自体が大陸に広がる王国の主要都市を移動する程度の役割しか担っていないため、都市によっては人気がないのはよくある話。特にエルザスは鉱山に囲まれた閉鎖的な都市だから、人の出入りはそれほど多くない。


「それじゃミランダさん。短い間だったけど、お世話になりました」

「寂しくなるね。リツのバカには『教え子を危険に晒すな』ってきつく言っときな」

「あはは……言い聞かせておきます」


 ホームまで見送りに来てくれたミランダさんに別れの挨拶をする。

 発車直前を告げる汽笛が鳴った。ぼくはミランダさんに深々と頭を下げて、皆に続いて列車に乗り込む。


「イヴ」

「はい?」


 ふと、ミランダさんがぼくの名前を呼んだ。


「偶には顔を見せに来てくれよ。あいつらが『フィリアちゃんに会いたい』ってうるさいからさ」

「……分かりました。時間を見つけて来ることにします」

「あぁ、待ってる」


 ミランダさんはそう言って、ぼくの頭を撫でた。

 くすぐったい。けど、温かい。

 こぼれそうになる涙を堪えながら、エルザスに別れを告げて列車の中に乗り込んだ。


 乗り込んだ……のだけど。


「……何してるの、君たち」


 客車の中では何故か、セナとテレジアとシオンの三人が、星神器ノーブルステラを展開して睨み合っていた。

 幸い、乗客は誰もいないから迷惑でも何でもないのだけど……いや、なんで?

 アルミリアとクロエは面白いものを見たとでも言わんばかりに笑っている。

 共に列車に乗ったリツ先生とカナメさんは呆れて物も言えない様子だった。

 アリスは……カナメさんに随分懐いてくれたようで、背中に隠れて三人の喧嘩に怯えていた。


「ボクは先輩の盾です! なら先輩の隣に相応しいのはボク以外ありえません!!」

「私とユスティアならどんな魔術にも魔法にも、銃弾にも対応して即座に切り落とせます! 私の隣が一番安全です!!」

「何を言うのです、防御だけなら誰だって可能ですわ。右腕を負傷し繊細な魔力操作が不可能なイヴに代わって賊を蹴散らせるわたくしの隣が最も安全に決まっているでしょう?」


 何やってんだ、本当に……。


「人間、人を好きになるとここまでバカになれるんすね……」

「まったくだ。誰が隣でも大して変わらないだろうに」

「あの、クロエ、アルミリア、これどういうこと……?」

「先輩の隣に誰が相応しいかって揉めてんすよ、アホくさいっすよね?」

「くだらないことで争えるのも、青春の一ページだと私は思う。だから、とても面白い光景をアホだと笑うのはどうかと思うが……」


 もう訳が分からない。

 まだ列車が出発してすらいないのに、どっと肩が重くなった。


「ささ、バカ三人は放っておいて先輩こっち座りましょ。カナメさんが言うにはこの便あたしらの貸し切りらしいっすから」

「だからどれだけ揉めようと、設備を破壊しない限り迷惑はかからない。さぁイヴ、こちらへ」

「あ?」「ん?」


 バチッと、クロエとアルミリアの間に火花が走った。


「おいおいちょい待てグランヴィルさんよぉ、あんたどさくさに紛れて先輩の隣に座ろうとしたな?」

「そういう君こそ、自分の隣にイヴを誘導しているように見えたけど、違うかい?」

「あんた最近は大人しいけどセナ先輩のファンなんだろぉ? だったらイヴ先輩の隣ってのはちょーっと図々しくないかねぇ?」

「君はそもそもあの三人と違って、イヴに好意を向けていないようだけど」

「やんのかこら」

「私は相手しても構わないけど、イヴがどう思うかな」

「あ?」「ん?」


 ―――あぁもう! やっぱりこうなるのか!!


「いい加減にしろお前らぁぁぁああああああああ!!」


 して―――結局、どの順でどう席に座るのかはじゃんけんで決めた。

 六人掛けボックス席、窓際からアルミリア、ぼく、シオン。その向かい側にクロエ、セナ、テレジアの順で腰掛ける。本当は窓際が良かったけど、何故争っていたのかを考えれば、ぼくは真ん中に座るしかなかった。

 五時間ほど列車に揺られ、車窓から眺める景色は山岳地帯を超えてプラネスタのある平原に移り変わる。遠くに小さく都市の影が見える。あぁ、ついに帰ってきたんだ。

 皆疲れていたんだろう。プラネスタに着く頃には全員眠っていた。

 明日からまた、学生としての日々が始まる。何も起こらないといいなと、決して実現することのなさそうな平穏な日常に思いを馳せながら、ぼくも皆と同じように目を瞑った。

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