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第39話『全てを終えて』

 戦いは終わった。

 みんな幸せ、ハッピーエンドとはいかなかったけど、これが今、ぼくたちにできる限界なんだと思う。

 もっと誰かを頼ること、それがぼくの得た教訓だ。

 自分一人で抱えて、世界を敵に回そうだなんて不可能だ。


 アストライア家は崩壊した。

 六星賢の権力を用いて揉み消していた非人道的な人体実験の数々の証拠が特務によって確固たるものになり、六星賢追放―――となるように思えたけど、現実はそこまで変わらない。

 ただ、今までのアストライア家ではないことは確かだ。

 人体実験を隠蔽していた現当主は逮捕、拘束されて地下の牢獄へ。

 星盾ゴーティスを覚醒させたシオンが一時的に当主となる形で、アストライア家の事件はひっそりと幕を閉じた。民衆に報道されることはなかったし、何よりシオンがそれを望まなかった。

 その代わりに、大忙しになった人が約二名ほどいたわけだけど……それはそれ。


「先輩っ、お疲れ様です!!」

「お疲れシオン。迎えに来てくれてありがとう」


 エルザスの治療院から毎週の定期検査を受けて出てくると、ビシッと引き締まった敬礼をするシオンがぼくを出迎えてくれた。

 ぼくは包帯でぐるぐる巻きにされ三角巾で吊られて固定された右手を反射的に上げそうになり、左手で手を振って返す。


「右腕の調子はどうですか?」

「やっぱり、後遺症は残るみたいだね。日常的な動作が少し不便になるかもって」

「そうですか……」


 ぼくの返事を聞いて、シオンは表情を曇らせ俯いた。

 治療がひどく遅れたこと、そして無理に魔法を使ったことで、ぼくの右腕は少し厄介な爆弾を抱えることになってしまった。以前のように魔法をそう何度も乱発することはできないし、何より、日常的な動作に関しても左利きに矯正する必要が出そうだとかなんとか。

 先生の言葉を借りて説明するなら、大きく「弱体化」してしまったらしい。

 後悔はしていない。正直右腕が義手になるくらいは覚悟していたし、それに合わせてクロエのお父さんに専用の義手を発注しようかと考えていた計画が白紙になったくらいの被害だけ。どちらかと言えば、ぼくより周りの方が精神的に引きずっている。

 だからぼくは、少しだけ空気を和らげるためにシオンの額を軽く小突いた。


「こら。そこでシオンが気に病むとぼくまで気まずくなるでしょうがっ」

「あたっ!? だ、だってぇ……ボクのせいで先輩が……」

「覚悟の上だよ。それに、右腕の後遺症一つで君の運命を変えられたんだ、代償にしては安いくらいさ」


 そうは言っても、シオンが納得できないことくらい分かっている。ぼくたちの立場が逆で、もしシオンがぼくのために腕を失ったりしたら一生引きずるだろうから、気にするなと言うのも無理な話だ。

 その場合、ぼくはどうするだろう。生涯彼女の右腕代わりになることを誓うくらいは軽くしそうな気がする。だとすると、あまりシオンに強くは言えないな。


「……イヴ先輩。ありがとうございました!」


 ふと足を止めたシオンが、ぼくに向けて深々と頭を下げた。


「先輩が導いてくれたおかげで、ボクは自分の運命を覆すことができました。一度は諦めたこの命があるのは、先輩のおかげです」

「大袈裟だなぁ、ぼくは何もしてないよ」


 一人だけ、救えなかった命もあったから。

 だからぼくは、どうにも手放しで喜ぶことができなかった。

 シオンには気にするなと言っておいて、無様なものだ。


「それでも……ボクは先輩のことが―――」

「お、先輩とシオンじゃないっすか。治療院の帰りっすか?」


 続くシオンの言葉は、空気を読めないクロエの登場で見事に遮られた。

 クロエは両手で二つの大きな紙袋を抱えている。中に詰められているのは食材だから……買い出しか。


「クロエぇ……タイミングぅ……」

「あれ、あたしお邪魔だったすか?」

「そんなことないよ。重そうだから手伝おうか?」

「んにゃ、問題ないっす。それに先輩、その右腕でどう手伝うつもりなんすか」

「あ……それもそっか」

「そうっすよ。先輩は今回の事件解決の最大の功労者なんすから、存分に食っちゃ寝の自堕落な生活を満喫してくださいっす。ほら、シオンこれ持て」


 いつもの調子でどこか余裕そうなクロエは、二つの紙袋のうち一つをシオンに手渡し、ぼくを挟んでシオンの反対側に陣取った。クロエのいい加減な態度にシオンが頬を膨らます。その逆もまた然り、いつもの光景だ。


「にしても右手が使えないって結構不便っすよね。風呂とかどうしてんすか?」

「左手でなんとか……」

「あ、じゃ、じゃあ! 今日からボクが先輩の身体を洗いますよ!!」

「いやいいよ、どさくさに紛れて変なところ触られそうだし」

「ボクのことなんだと思ってんですか!!」

「エロガキ」

「なっ……」


 それが相当ショックだったのか、シオンが白目を剥いて絶句し、クロエは腹を抱えて笑い出す。


「あっはははは! シオンおまえ、このひと月で先輩に何したんだよ!!」

「別に何も……してないよ?」


 待って、何だかぼくの知らない心当たりがあるような反応なんだけど。


「いや、でもだってあの時先輩ぐっすり寝てたし……もしかしてあれか? いや流石に先輩でも背中に目がついてない限り気付かないだろうし、となるとあっちかも……」

「……シオン?」

「えっ、あー……いや、先輩の貧相なあれを少し成長させようかと……」


 苦笑いを浮かべながら目を背け、何かを揉む仕草をして全てを察する。

 同時に、何だかすっごく馬鹿にされている気がして呆れた。


「子供体系で悪かった……ねっ!!」

「いったぁ!?」


 左手で魔力を操作し、シオンの頭上に氷の塊を落とす。

 突然の不意打ちにシオンは対応できず、頭頂部を両手で押さえて涙目で蹲った。

 なるほど……道理で朝起きた時に胸が少し痛かったわけだ。


「い、痛い……痛いですよ先輩……」

「反省しろバカ」

「うぅっ……」


 頬を膨らまして涙目で抗議するシオンを冷たくあしらう。

 まったくこの後輩は、優しくしたらすぐ調子に乗るんだから。

 でも、それくらい図々しい方がシオンらしいといえばそうかもしれない。

 そんなぼくたちを、クロエは愉快そうに一歩引いた位置から眺めていた。


「……どうかした?」

「いや、ようやくバカなシオンに戻ったなって思ったんすよ」

「ひどいな! ボクはいつも通りだよ!! ん? 待って、それだとボクがいつもバカってことになるじゃん!!」

「ようやく気付いたか、バカシオン」

「何度もバカバカバカバカって! それを言うならクロエも大馬鹿だよ!! あんな大怪我して! 先輩がいなかったらどうするつもりだったのさ!!」

「はぁ!? あたしは天才だからサブプランちゃんと用意してるわ!! シオンが逃げなきゃアストライア邸に殴り込む必要もなかったんだぞ!!」

「死にかけてたくせによく言うよ! クロエだけ本邸に来れなかったのもダメージデカ過ぎて動けなかったからのくせに!!」

「大体あたしがセナ先輩たちを援軍に呼んでなかったらシオンもイヴ先輩もジ・エンドだったつーの!!」

「そんな余計なことしなくてもイヴ先輩なら全部蹴散らしてたしー!!」


 人目を気にすることなく、街中でシオンとクロエの口論が繰り広げられる。


「あはっ、あはははっ!! あはははははははは!!」


 ぼくはその光景がなんだかとても懐かしくて、いつの間にか笑っていた。

 この街に来る前は、こうして笑える日がまた来るなんて思っていなかった。

 当初の予定通りに進めば、ぼくは今頃領主殺しの魔女として国中から手配されて、五年前の師匠のように逃亡生活を続けていたに違いない。

 それがまた、こうして笑える日がやってきた。

 計画通りに物事は進まなかった。後悔することもあった。やり直したいと強く願うこともある。それでも、ぼくたちの日常にまた平穏がやってきたことを、今は噛み締めて生きていこう。二人の喧嘩を見て、強くそう思った。




 そう思った……はずなんだけどなぁ。


「ばっかじゃないの!! どうして私に相談してくれなかったのよ!!」

「ごめんなさい……」

「リツも! なんでイヴを一人で行かせたわけ!?」

「生徒の選択を尊重する、それが教師のやることだからな」

「こんのバカ共がぁぁぁあああああああああああ!!」


 営業時間前のの星影の樽の床にリツ先生と二人並べて正座せられる。

 かれこれ二時間ほど、ぼくたちに延々と説教しているのは事件の後始末のためにエルザスにやってきたカナメさんだ。


「カナメ、その辺にしてやりなよ。人間、誰だって間違えることくらいあるだろ?」

「そうね、ミランダの言う通りだわ。だからイヴは立ってよし」


 ミランダさんの言葉を受け、ぼくはカナメさんの拘束魔術から解放される。

 リツ先生は……そのままだった。


「カナちゃん、俺は?」

「イヴ、平たい氷を何枚か用意して、このくらいの厚さで」

「え、あ、うん……」


 鬼の形相のカナメさんに頼まれて、氷の板を何枚か空中に生成する。

 カナメさんはそれを掴むと、すごい勢いでリツ先生の膝の上に叩きつけた。


「いったぁ!? ちょっとカナちゃん! これ拷問! 拷問だから!!」

「あんたがちゃんと見てなかったせいでイヴが大変なことになったのよ!? こんなの生温いくらいだわ、右腕切り落としてやりたいくらい!!」

「そんなことしても意味ないってカナちゃん分かってるよな!?」

「えぇ無意味ね! でも私が清々するのよ!!」

「ストップストップ! 俺が悪かった! 謝るから許して! つかそれじゃ斬れないだろ!!」


 カナメさんはどこからか取り出した剣を下ろし、またどこかに仕舞った。

 原理は分からないけど、一瞬だったことは分かった。


「で、あいつはちゃんと倒したんでしょうね?」

「あぁ、破魔弾ブレイクバレットで消滅したのをこの目で確認した」


 何かといい加減で大雑把で信用ならないリツ先生の証言を確信に変えるために、カナメさんはぼくの方をじっと無言で見つめる。


「ぼくも見たよ。シノブ・リングレイルが灰になって消えるところ」

「あーあーリングレイルって呼ばないで、あいつと同じ名前ってだけで鳥肌がぶわぁぁぁあああって立つのよ」


 カナメさんとリツ先生、それとシノブ・リングレイル。

 三人は、一体どんな関係なんだろう。同じ名前の割には、髪色以外に血が繋がっているようにも見えないし、何より、昔のカナメさんがリツ先生に向けていた視線と感情は、兄弟に向けるそれではなかった。

 いや、この際ハッキリ聞いておいた方がいい。それこそ、シノブ以外にも二人と袂を分かった仲間がいるかもしれないし。


「三人は、どういう関係なの……?」

「どういう関係、か」「どういう関係、ね」


 リツ先生とカナメさんは互いにアイコンタクトを交わして同時に頷いた。

 二人は、どうにもぼくたちと同じ人間だとは思えない。二人が人間じゃないというわけではなく、二人の視点はどこか達観していて、まるで、次元が一つ違うような、そんな奇妙な感覚。


「俺たちは―――」

「異世界転移者。それ以外の何者でもないわ」


 躊躇っていた先生の言葉を遮って、カナメさんがきっぱりと正体を明かした。


「俺たちは元々それぞれ別な名前だったんだ。でもこの世界で生きていくうえで元の名前は違和感ありまくりだったからな、せめて苗字だけでも統一しようってことで、アリシアにつけてもらった」

「それが、リングレイル。私たちの共通の名前よ」


 ぼくがずっと抱えていた疑問の答えを、二人はスラスラとまるで当然のように語っていく。

 理解が追いつかなかった。異世界転移者……? 何それ、どういうこと?

 つまり二人は、ここじゃない別の世界からやってきた人間だということだろうか。それなら、リツ先生がぼくの知らない言葉を知っている理由にもなるだろうけど、いくら何でも突拍子がなさすぎる。


「ごめん、わかんない」

「そりゃそうだよな。分かるはずがない、分からなくていいんだ。俺たちも、何から何までお前に語る気はない」

「だけどこれだけは覚えていて。今後、私たち以外にリングレイルの名を名乗る人間と出会ったら、絶対に戦わず逃げること」

「……どうして?」

「俺たちはこの世界にとっての異物なんだ」


 リツ先生が、ぼくの目を真っ直ぐ見てそう言った。


「まず第一に、お前たちより遥かに優れた能力を持っている。カナちゃんは卓越した魔術の技能、シノブは魔法や魔術の分析と複製、そして俺は―――魔導師殺しの破魔の魔力特性。俺たちはお前たちの常識の少しだけ外側の人間なんだ」

「で、でも、それだけなら―――」

「そして第二に、お前たちを見下している。俺とカナちゃんは違うが、お前たちのことをNPCだっつって、ゲーム感覚で生きているバカもいやがる。だから何されるか分かんねぇんだ。死ぬ前に逃げろ」


 先生の言葉は、どこか非現実的で、一部、意味の分からない単語があった。

 死ぬ前に逃げろ―――そう強く言い放った先生の表情は、いつになく真剣だった。

 真剣……なんだけど……


「ってことだからさ、この氷、退かしてくれないか?」


 正座して膝の上に氷の板を何枚も乗せられている絵面で言われても説得力がない。


「ダメに決まってるでしょ……あんたは今日の営業時間ずっとそのまま、鉱山労働者たちの見世物になってなさい」

「そりゃないぜカナちゃんよぉ……」


 カナメさんの膝に敷かれている状態の先生に、威厳はなかった。


「もし、もしもだよ? もし、リングレイルを名乗る人に出会ったとしたら、二人はどうするの?」

「その時は……」

「安心しろ、俺が殺してやる」


 自信に満ちた笑みを浮かべながら、平然とリツ先生はそう言った。

 まるで、学院の課題を代わりに引き受けるようなノリで言ってみせるリツ先生の目は、少しも笑っていなかった。

 ぼくは未だに、彼が心の内に秘めている闇をこれっぽっちも知ることができなかった。


「だからさ、この氷退かしてくれない?」

「一日反省しろクソ教師」

「ちょっとカナちゃん! お言葉がお悪いですわよ!!」

「キッショ、死ね」

「ドストレートに辛辣なの来たぁ……ちょっと心傷つくわぁ……」


 とは言いながらも、カナメさんは先生の膝に乗せられた氷の板を取り除く。


「……あのさ、先生」

「ん?」


 先生がぼくの呼びかけに応じてこちらを向いてくれたことで、緊張が少し解けた。

 それでも心臓がバクバクとうるさいくらい強く脈打っていて、二人の目を見ることができず、ぼくは俯いた。

 いざ面と向かってしまうと、すごく勇気の要ることだと痛感させられる。

 でも、言わなくちゃ。これを伝えないと終われない、そう思ったから。


「……助けてくれて、ありがとう」


 先生は、シオンを守ると心に決めたぼくを止めることなく送り出してくれた。

 それでも裏で色々と手を回してくれて、彼がいなければきっと、ぼくは何も成し遂げることができなかっただろう。

 だからぼくは、日頃の感謝も込めて、先生に向けて深々と頭を下げた。


「待てイヴ、お前に惚れられると俺が困る。俺の故郷じゃお前の歳はまだ犯罪だし俺はそもそもロリコンじゃないしボクっ子派ではあるがショートよりもロング派であってお前はそれほどタイプじゃ―――」

「何言ってんだこいつ」

「このクズ、死ね」


 ぼくとカナメさんの冷ややかな視線が先生に突き刺さる。

 彼への感謝の気持ちを一瞬で撤回し、ゴミ以下に評価を改めることにした。

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