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第31話『銀鉱の亡霊』

 日の出と同時に目が覚めて、否が応でも起き上がる。

 睡眠時間は五時間ほどしか取れていないけど、身体は案外想定よりも軽く、窓際で軽くストレッチ。ついでに軽く散歩でも……と行きたいところだけど、指名手配中の身なのでそれは控える。

 シオンはというと、布団に包まれて可愛らしい寝息を立てながら眠っていた。以前は朝のトレーニングのために早起きしていた彼女だけど、あまり自由に外を出歩くことができないので、今はぼくと起床時間が逆転してしまっている。

 起こさないようにそっと着替えて、部屋を出る。

 廊下に出てすぐの階段を下りると、ミランダさんが厨房で今夜の仕込みを始めていた。


「おはようございます、ミランダさん」

「おはよう、イヴ。今日も早いねぇ」


 顔を洗ってから厨房に行って、ミランダさんの仕込みを手伝う。

 大体、これが毎朝の日課になっていた。まだこの時間はぐっすり夢の中だった頃を考えると、大きな変化であり、偉大な成長だ。


「あぁそうだ、そういや、さっきゴランの奴がお前を呼びに来てたよ。フィリアはどこだって。まだ寝てるって追い返しておいたから、ギルドに顔出してやってくれないかい?」

「分かりました」


 作業が一段落ついて、上着を羽織って外に出る。

 ぼくが呼ばれたということは、結構厄介な案件だ。

 プラネスタの外に出ると、魔導師の数は一気に減る。魔術はしっかり学べば誰でも扱うことのできるものだけど、ここエルザスではそもそもその学びの場がないのが現状だ。だから、魔術が使える者は何かと重宝される。

 王国の主要な街では、「冒険者」という職業が設けられているのがほとんどらしい。大層な名前がついてはいるが、その実態は金を積まれて厄介事に対処する何でも屋という表現が相応しいだろうか。

 ミランダさんの話に出てきたゴラン・ガリアさんは、その冒険者を統括する「ギルド」の管理者で、この店の常連だ。以前、ミランダさんに紹介され鉱山に出現した魔物を討伐して以来、他の冒険者の手に余る案件はぼくのもとに持ってくる、そういう約束を勝手に交わされていた。


 別に報酬目当てではないが、お世話になっている手前断ることもできず、こうして時折依頼を引き受けるようにしている。魔女の噂がある以上、あまり人前で魔術を使うのは避けるべきだろうけど、困っている人は放っておけない、そういう性分だから仕方がなかった。



 半分鉱山に埋まっている、街の中でも一際大きな建物が冒険者ギルドだ。

 中に入ると、朝方というのにならず者一歩手前といった風貌の集団が掲示板の前で人込みを形成していた。


「フィリアさーん! こっちです、こっち!!」


 その少し手前、奥のカウンターからぼくを見つけて、銀髪の少女がこちらに手を振る。あまりに大きな声だから、複数の視線がぼくに集まり、ぼくはため息を一つこぼす。


「おはようございます、エリスさん。ゴランさんがぼくを探していたと聞いたんですけど……」

「はい、お待ちしてましたよフィリアさん! こちら、ギルドからフィリアさんへの指名依頼です!!」


 ゴランさんの娘、エリス・ガリアさんはぼくがカウンターの前にやってくると、一枚の依頼書を差し出してきた。

 記されていた内容は、なんてことのない魔物の討伐依頼だった。

 想定される魔物の種別はアンデッド。東の銀鉱なら、ここからそう遠くない場所だ。お店の常連さんの仕事場の一つでもあるから少し心配だけど、鉱山の当該箇所は現在閉鎖中らしいからひとまず安全か。


「フィリアさん、東の銀鉱での亡霊騒ぎはご存知ですか?」

「なんですか、それ」

「噂によると出るらしいんですよ、そこ。死者の霊がぶわぁぁぁって」

「説明が大雑把すぎません……?」

「目撃情報が曖昧なんです。でも実際アンデッド系の討伐依頼が出ている以上、いるのはほぼ確実ですよ。今朝も一人犠牲者が出ましたので、危険度が跳ね上がりましたし」

「だからぼくに回ってきた……ってことですよね」

「ですです。引き受けてもらえますか?」


 犠牲者が出たのなら、ぼくに回ってきたのも納得だ。それが鉱山労働者、特に常連の一人じゃないことを祈りたい。


「勿論。ぼくに任せてください」

「はーい、では受注手続き済ませちゃいますね。今回はアンデッド系なので、討伐確認部位の持参は不要です。撃破後、当該鉱山にて魔物の出現が確認されなくなり次第依頼は終了となります。フィリアさんのことなので心配は不要でしょうけど、くれぐれもお気をつけて。命大事に、ですよ」


 エリスさんは諸々の書類を慣れた手捌きで処理し依頼書に受注確認のハンコを押して、笑顔でぼくを送り出す。

 彼女はぼくの事情を知る数少ない一人だ。バレた経緯は完全にぼくの不注意だったのだけど、それでもぼくを信じて黙ってくれている。裏を返せば、ぼくが魔女であることを黙ることを条件にギルドの危険度が高い厄介な依頼を押し付けられているのかもしれないが、アストライア家と戦うためにも資金は必要だから、引き受けるようにしている。

 毎日が忙しくて、アストライア家と戦うための準備は一切できていないのだけど。


 ギルドから少し歩いた場所に、東の銀鉱は存在する。

 鉱山の鉱石採掘と共に成長を遂げてきたこの街でも歴史が古いここは、エルザスの成り立ちと共に発見された鉱山だ。鉱山……といっても、山だった部分はもう何十年も前に街をつくるために削り取られて、現在は地下に広がる鉱脈の採掘が主となっている。

 ここで採れる銀はただの銀じゃない。魔力伝導率が高く、魔導金属の素材の一部と使用されているので、この街の採掘業の要といってもいい。それが亡霊騒ぎで一時閉鎖となれば大問題だ。


「おぉ、フィリア! 来たか!!」


 鉱山の入り口で見張りの衛兵と談笑していた大柄でスキンヘッドの男性、ゴラン・ガリアさんは、遠目からぼくの姿を見つけると娘と同じように大声でぼくを呼んだ。

 見張りとして配置されている数人の衛兵の視線がぼくに向けられる。見られるとまずいので、フードを再度深く被り直して顔を隠す。


「相変わらず外じゃその格好なんだな。可愛い顔が勿体ねぇなぁ」

「……衛兵、いるので」

「あ、そうか。そりゃ悪かった」

「それで、亡霊騒ぎの詳細を教えてくれませんか?」

「あぁ……ちと信じらんねぇと思うが……」


 ゴランさんはその辺の岩に寄りかかり、胸ポケットから紙巻のタバコを取り出して口に咥え火を点ける。タバコの煙は独特の臭いがあって苦手だけど、エルザスでは安価で手に入る嗜好品として幅広く普及しているから、皆、会話中でもお構いなしに吸ってくる。


「死人が蘇るって話、聞いたことあるか?」


 色々と常識の異なるプラネスタの内側と外側、だけど人々の共通認識として存在しているのが、死者の蘇生についてだ。

 死者は絶対に蘇らない。魔術だろうと、魔法だろうと、死んだ人間が生き返ることは絶対にない。それはどの街でも変わらない認識だった。

 それを可能とする存在を、ぼくは知っている。

 ―――骸の魔女だ。


「その顔は聞いたことがあるって顔だな。……いや、今も手を焼いてるって顔だ」

「それで、その噂と亡霊騒ぎに何の関係があるんですか?」

「出るんだよ……魔導師のアンデッドだ。今朝も一人やられた、電撃で全身を焼かれてな、ひどい有様だった……」

「電撃……ですか」


 雷魔術は主に速度に特化した性能をしている。

 対魔術防護を施されている制服を着た学院生相手にはあまりに威力が弱すぎて、学院の決闘ではあまり使われていないが、小型の魔物や、対魔術防護を持たない人間相手に使えば、拳銃並みの威力を発揮する。

 つまり、鉱山労働者からすれば仕事場に即死魔術を持つ化け物が出現したようなようなもの、そりゃぼくが呼ばれるわけだ。


「そのアンデッドの見た目とか、分かりますか?」

「……子供だ、小さな女の子。可愛いツラして物騒なモンぶっ放してきやがる」


 ゴランさんは紙巻きタバコの箱を握り潰し、一つ舌打ちをした。

 アンデッドは基本、人型ではあるが人の見た目はしていない。肉が爛れていたり、そもそも骨だけだったりというのが、本来のアンデッドだ。それが子供の姿をしているとなると、ますます骸の魔女の手によって復活した死者の可能性が疑われる。

 子供を手にかけるのは気が引ける。だけどこのまま放置していればこの街の主要な産業である、魔導金属の素材となる銀の採掘が滞ってしまうのも事実。せめて躊躇うことがないように、心を殺して依頼に当たろう。

 ゴランさんから鉱山内の地図を貰い、銀鉱の入り口へと向かう。

 槍を構えた二人の衛兵が見張りをしていた。彼らはゴランさんを一目見ると、銀鉱の入り口を封鎖していた鉄柵を開く。

 物々しい雰囲気の鉱山の前で一つ深呼吸して、中へと向かう。

 擦れ違い様に、衛兵の一人がぼくの顔を注視していた。




 鉱山といっても、中は随分と整備されていて歩きやすい。

 流石は街と共に歴史を刻んできたというべきか、等間隔に並べられたランタンと【浮遊する照明(ライトオーブ)】で先を照らし、ゴランさんから手渡された地図を手に鉱山内を進む。今のところ魔物が出る気配はなく、浅い層は両手を広げても余るほどの幅の通路が続くばかり。


 どれだけ進んだだろうか。今も銀の採掘に使用されている道を外れて、十数年前に崩落事故があったという、亡霊の出現地点にやってきた。崩落した岩壁が道を塞いでおり行き止まりになっている。

 と言われても、周囲に魔力の反応はない。右目に映るマナも正常に流れているし、本当に亡霊がいるのだろうか疑問に思ったその時、ぼくの背後で小さな魔力が熾った。

 咄嗟に振り返って氷の盾を展開すると、紫電の雷撃が盾に直撃した。

 盾はかけていない、だから威力はそれほどない。だけど、何の防御策もない状態で直撃すれば一撃で終わりだ。学院を出てしまった以上、魔術防護の優れた制服を着るわけにもいかないから、直撃だけは避けなければ。


「雷撃……ゴランさんの話の通りだ」


 ひた、ひた、ひた、ひた。

 岩肌を歩く、柔らかな足音が聞こえてくる。裸足……小さな子供。ぼくはごくりと息を呑んで、右手を向けいつでも魔術を放てるよう準備する。


「そこに近付かないで」

「っ……!?」


 子供の声が、闇の向こうから聞こえてきた。

 同時に、例の亡霊が姿を現す。

 小さな子供―――いいや、違う。

 紫色の長い髪、暗がりで目立つ翡翠色の瞳。白い服を纏った肌には傷一つなくて、鉱山の中だというのに汚れ一つついていない。

 そんなことはどうでもいい。問題は、その子供の容姿だ。


「……シオン……?」


 その亡霊は、ぼくが知るシオン・アストライアと瓜二つだった。

 ぼくよりも背が低いから、同一人物ではない。顔も今より少し幼い。それなのに、ぼくのこの目は、脳は、彼女をシオン本人だと認識している。


「そこに近付かないで」


 虚ろな瞳と右手をこちらに向けて、子供はぼくに雷撃を放つ。

 咄嗟に氷の盾で相殺。今度は殺傷力だけじゃなく破壊力を上げてきたのか、氷の盾にヒビが入る。

 でも大丈夫、一対一なら負けない。

 そう―――一対一なら。


「「「そこに近付かないで」」」


 子供の背後から更に重なった声が聞こえて、三発の雷撃がぼくに向けて飛来する。

 狭い通路じゃ回避はできないから、氷の盾で防御。更に破壊力が上がって、氷の盾が一部砕けた。

 ひた、ひた、ひた、ひた。

 ひたひたひたひたひたひたひた。

 ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた。

 続くように、無数の足音が聞こえてくる。

 闇の中から一人、また一人、シオンと瓜二つの顔が現れる。

 その数……十三。

 なんだそれ……なんだよ、なんで……。


「「「「「「「そこに、近付かないで」」」」」」」


 十三人のシオンが、一斉に右手をぼくに向ける。

 全くの誤差なく、紫電の雷撃が同時に放たれる。

 氷の盾で相殺。だけど、放たれるたびに威力を上げるその攻撃は、ぼくの氷を粉砕して左肩を掠めた。


「あっつ……!!」


 掠った箇所の服が破れて、剥き出しになった肌に激痛と共にひどい火傷が刻まれた。

 魔術防護がないと、一撃がこんなに痛いのか。

 駄目だ、加減している余裕はない。相手がシオンと同じ顔をしているからなんだ、シオンじゃないなら、倒せ……ぼくはそのために来たんだろ。

 幸い、雷撃は同時に放たれるから、次の発射には合間ができる。

 五秒あれば……十分。


「【絶対零剣フローゼス・エル・グラディウス】ッ!!」


 触れたものを凍らせる氷の剣を右手に持ち、身体強化を自分にかけて突撃。

 雷魔術【放たれる雷針(ピアッシングボルト)】は、対象に向けて真っ直ぐ飛来する魔術。だから―――


「「「「「「「そこに近付かないで」」」」」」」


 十三人が雷撃を放つと同時に、大きく右に動き、壁を蹴って接近。

 いくら瓜二つのアンデッドとはいえ、シオンの顔をした相手を殺すのは少し心苦しいけど……仕方がない。


「……ごめんね」


 一閃―――斬撃を放ち、一振りで十三人全てを凍結させる。

 凍り付いた十三人は砕け散り、魔力の残滓となって消滅した。


「何だったんだ、今の……」


 シオンの顔をしたアンデッド……いいや、あれは死徒、骸の魔女の手で復活した死者だ。

 だとするなら、元になった死者がいる。そしてそれは、皆同様にシオンの顔をしていたということになる。

 先生は以前言った。世界中には、自分と瓜二つの顔を持つ人間が大体三人くらいいるのだと。だからと言って、十三人も同じ顔が一度に集まることなんてない。


 とその時だ、通路の真ん中で今見た光景について考えていたぼくの背後で、魔力が熾った。


「しまっ」


 振り返って氷の盾を展開するも、放たれた雷撃は盾を貫通してぼくへと襲いかかる。油断した、これはまずい、死ぬ―――


「油断したっすね、イヴ先輩っ!!」


 鉱山の中だというのに、突風が吹いた。

 ぼくの前に現れた小さな影は、両手に構えた二本の斧で風を起こし、雷撃の軌道を変える。

 次が放たれる前に彼女は子供に接近し、少し躊躇いながらもその胴を切り裂いた。

 魔力の残滓となって肉体が消滅するのを見届け、彼女は「ふぅー」と一息をつく。


「平気っすか?」

「え、あぁ……うん、ありがとう……えっ!?」


 黒い外套に身を包んだ少女はぼくの前に立って、こちらに手を差し出してくる。

 いつの間にか尻餅をついていたぼくは、少女の手を取って立ち上がり、フードに隠れたその奥の顔を見て、驚きの声を上げてしまった。


「やっぱ驚きますよねぇ、あたしだって自分が先輩の立場だったら『なんで!?』ってなりますし」

「く、クロエ……なんで、ここに?」

「ま、野暮用ってやつっす。先輩にはまだ内緒ー」


 そう言って、クロエはニカッと笑った。

 プラネスタで学生をしているはずの彼女がどうしてこんなところに……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「んで先輩、さっきのって」

「……うん。多分、骸の魔女の死徒」


 ぼくが頷くと、クロエはほっと自分の胸を撫で下ろした。


「あっぶねぇ~、あたし今シオンのことぶっ殺しちゃったんじゃないかって焦ったんすよ。あーよかったぁ、顔が同じだけで」

「でも顔が同じってことは、少なくとも十三人、シオンと同じ顔をした人がいたってことだよ」

「そのことなんすけど……先輩、ちょっとこの瓦礫退かしてください」

「……うん」


 クロエに言われるまま、ぼくは指定された瓦礫を魔術で持ち上げる。

 何だろう、この違和感。


「先輩、この先って何があると思います?」

「何って、崩落事故で封鎖されているんだから、その前の坑道でしょ?」

「……十年前、この坑道は運悪く、ある施設に繋がっちゃったんすよ」


 ある程度瓦礫が撤去されて向こう側に行けるようになると、クロエは瓦礫を上って穴を抜けていく。

 瓦礫の向こうもただの坑道が続いているだけだった。

 奥へと向かうと、クロエは突然立ち止まり、一度埋め直された形跡のある壁にそっと触れた。


「うっし、ここか。先輩、ここ前みたいに吹っ飛ばしてください」

「え、えぇ……」


 前……というと、セナとアルミリアが大迷宮で遭難した時の話だろうか。

 確かにあの時は壁を凍らせて砕いて穴を開けたけど、いくらここでそれは……。


「ビビりっすね。しゃーなし、あたしがブチ開けますよ」


 ため息を一つつくと、クロエは懐から何やら四角い箱を取り出した。

 気のせいだろうか、薄っすらと火薬の臭いが漂ってくる。


「あ、あの……クロエ?」

「なんすか? あっ、くっそこれ確か壁に埋めなきゃいけないんだよなぁ、穴開けんのめんどくせぇ……」

「いや、そうじゃなくてさ、それって、もしかして……」

「もしかしなくても爆弾っす。着火してドカーンってなるやつっすよ」

「い、いや……それは、流石に、崩落の危険とか、あるわけだし……」

「じゃ先輩やってくださいよ。あたしの魔術、殺傷力ばかりで破壊力はないんで、爆弾使うしかないんすよ」

「……はい」


 仕方がない、流石に爆弾を使用して再度崩落させるわけにもいかないし。

 クロエが指定した壁にそっと触れる。あれ……何だろう、壁の向こうにもう一枚、人工的な壁がある。こんな地下に、どうして……?


「この坑道が封鎖されるきっかけと、さっきのシオンのパチモンの秘密がその先にあるんすよ」

「なんでそんなこと知ってんのさ」

「あたしが天才だからっすかね?」


 聞いたところで無駄か。表情から嘘かどうかを見抜く技術なんてぼくにないし、何より、クロエには通用しなさそうだ。


「じゃ……やるよ」


 氷の壁に触れて、魔法を発動させる。


星杖せいじょうの章、第二節・【氷王の覚醒(グラセント・ロード)】」


 石の壁を魔法で氷の結晶に変えて―――


「【炎姫と氷王の邂逅(グラスイグナ)】」


 炎の衝撃で一気に砕く。

 石の壁が崩壊し、その向こうにあった無機質な金属の壁にも穴を開けた。


「相変わらずやべー威力っすねぇ、魔法って」

「……これでいいの?」

「はい、ばっちりっす。さ、先輩、この先に行きますよー」

「あ、ちょっ!!」


 クロエはぼくの手を引いて開いた穴に飛び込み、金属の壁の向こうへ。

 そこは、何と表現したらいいか分からない場所だった。

 広大な空間に無数に並んだガラスの容器の中に、人の身体が浮かんでいる。その容器は金属の管で繋がっていた。

 工場と言うか、実験場……と例えればいいだろうか。ぼくは得体の知れないものへの違和感と恐怖を抱きながらその空間を進み、そして、衝撃の事実に気付いてしまった。


「シオン……レイラ……ノエル……アルバ……」


 ぼくの知る四人の顔をした身体が、容器の中に浮かんでいた。

 そして……顔を知らない少年。おそらくは、あれがレイラの言っていた、カイルの顔なのだろう。同じ顔が、いくつも並んでいる。何人も、何十人も、ガラスの容器の中に浮かんでいる。

 そんな光景を目の当たりにして絶句しているぼくの隣で、クロエが口を開いた。


「ここはアストライア家の実験場っす。リツ先生の言葉を借りるなら、クローン施設ってところっすかね」

「……は?」


 少なくともぼくの常識では理解することのできない光景が、目の前に広がっていた―――

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