第23話『ぼくと勇者たち』
「私はテレジア・リヒテンベルク。星弓アポディリスを受け継ぐ者。そして―――星詠みに導かれた勇者です！！」
炎を纏った矢が空高く飛び上がる。
それは大きく姿を変えて、翼を広げた火の鳥と化す。
大空を踊るように舞う火の鳥は、上空から炎の塊となってヨハンナへと襲いかかる。
辛うじてそれを回避したヨハンナは、セナを放置しテレジアへと標的を変えて突撃。
あの獣は死なない。とにかく目の前の敵を、目障りな異物を殲滅することしか考えていない。
テレジアは迫る爪を炎の壁で防ぎながら、苛立ちを含んだ瞳でヨハンナを睨む。
「心臓を貫こうと、脳を射抜こうと朽ちることなき不死身の肉体。ならば……っ！！」
大弓を引き絞ったテレジアの背後に無数の魔法陣が展開される。
「【フェネクス】！！」
空高く羽ばたく炎の鳥が、テレジアの呼びかけに応じて甲高い鳴き声を上げる。
「【ムスペル】！！」
周囲に出現した十体の炎の精霊が、テレジアの動作をトレースして矢を番える。
「【イフリート】！！」
今度は焔の巨人が、手に燃え盛る炎の剣を携えて。
「我が敵を焼き払え！ 【炎天の流星雨】っ！！」
テレジアの号令に合わせて十二体の精霊が一斉に動き出す。
無数の矢が不死身の肉体を貫き、炎の翼が切り裂き、巨人の剣が振り下ろされる。
「えちょっ、ちょっとぉぉぉぉおおおおおおおおお！？」
立ち上る爆炎と衝撃波は、さっきまでヨハンナの攻撃を凌いでいたセナにまで届くほど。遥か上空に吹き飛ばされたセナは、一瞬で見えなくなってしまった。
上空に展開された魔法陣から炎の雨が降り注ぎ、流星雨となってヨハンナの身体を焼いていく。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA！！」
言葉にならない低い獣の叫声が炎の中から聞こえてくる。
だけど、まだ足りない。あの怪物は心臓を貫かれようと頭を潰されようと死なない。
そればかりじゃない、損壊度合いが深刻な領域に突入したからなのか、肉体の修復が始まった。蠢く肉が再生を始め、開いた傷を塞いでいく。
テレジアは大弓を構えたまま静かに目を閉じると、アポディリスに魔力を注ぎ始めた。
「撃ち抜きなさい！ 【炎天の星弓】ッ！！」
今まで見たこともない巨大な矢が獣の頭部を破壊する。
でもそれも意味がない、どれだけ攻撃を与えようと、再生されれば無駄に魔力を消費するだけだ。
「テレジア！ やっぱり決定打にはならない。魔力も使いすぎだ！ ヨハンナを拘束してリツ先生を―――」
「ご心配なく、今の私に魔力切れはありませんわ！！」
そんなはずはない。いくら魔法が空想を形にする万能の技でも、そもそもの燃料として魔力は消費されていく。魔力の消費によって空想が形となり、魔力の消費によって魔法は成立する。だから、何をするにしても魔力が必要だ。
それなのに―――どうしてだろう、ぼくの右目に映るテレジアの周囲には、世界を漂うマナが集まっているように見えた。
いや違う、逆だ、テレジアからマナが溢れているんだ。まるでそこにマナを生み出す何かがあるかのように。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ！！」
テレジアの攻撃を受けてなお、ヨハンナは肉体の修復を続けながらその足を進める。
反撃はない、焼かれて再生を続けているヨハンナの肉体は僅かに再生速度が上回っているけど、進むたびにテレジアの矢が的確に脚を貫き動きを止める。
「何故魔力が尽きないのか、あなたの獣性に侵された脳は疑問で満ちているでしょうね」
「GAAAAAAAA！！」
ヨハンナが魔力の塊を飛ばして反撃する。だけどそれは、放たれる前に全てテレジアの矢が打ち砕いてしまう。
「私に魔力切れはない。この炎は私のこの命が天寿で尽きるまであなたを焼き続ける。さぁお母様、反撃の時間ですわ。今まで私を……そしてイヴを苦しめてきたその報い、しかと受けなさい！！」
テレジアが戦う姿に、ぼくは思わず見とれていた。
考えもしなかった魔法の使い方の数々は、彼女が本当に天才なのだと痛感させられる。
正直、自分よりも魔法を使いこなす彼女が羨ましかったし、悔しかった。
だけど今は―――そんな彼女がとても逞しい。
「GAAAAAッ！！」
ヨハンナが雄叫びを上げてテレジアに突撃する。
その爪を炎の壁が防ぎ、アポディリスの矢がヨハンナの脚を貫く。
追撃にフェネクスの体当たりと、イフリートの斬撃がヨハンナに叩き込まれる。
獣と化した身体の肉は炎によって焼き溶かされていて、所々骨が露出してきた。
「GAAAAAA！！」
それでもヨハンナは怒り狂いながらテレジアに襲いかかる。
だけど、彼女は反撃の一切を許さない。
「【ムスペル】！！」
十体のムスペルから放たれた炎の鎖が、ヨハンナの身体を拘束する。
魔術なら突破は容易かっただろう。だけど魔法で強化された鎖は、獣の膂力を完全に抑え込んでいた。
「切り裂きなさい、【イフリート】っ！！」
炎の巨人の剣がヨハンナの身体を切り裂く。
それでも、ヨハンナを殺しきるには足りないし、何より怒りに支配されていながらも相手は先代の勇者だ。自分の攻撃が通用しないとなれば、何か別な手段を講じるはず。
「……再生速度を上げてきましたか」
肉体の再生するスピードが先程よりもはるかに上がっていた。これじゃ、テレジアが焼く前に修復され、接近を許してしまう。
「GAAAAAAAAAAッ！！」
「テレジアっ！！」
地面を強く蹴り上げ、ヨハンナが一瞬のうちにテレジアに肉薄した。
だけどテレジアは眉一つ動かさず、タンっと軽やかなステップを踏んで後退する。
「……今ですわ」
テレジアがニヤリと笑う。
上空から落下してきた白い閃光が、ヨハンナの腕を切り裂き、反撃を咎めた。
「いきなり何するんですかテレジア！ 死ぬかと思ったじゃないですか！！」
「あの高度から落下して生きている人間なんてあなたくらいなものですわ。それに、いいタイミングだったでしょう？」
「そりゃあ、すごくかっこいいタイミングではありましたけど……私たち命がけじゃないですか！ ふざけてる余裕ありませんよね！？」
「命の危機だからこそ、空想はより強固になるのですわ」
「何言ってるか分かりません……」
完全にスイッチが入っている―――ていうか、テレジアってこんなキャラだったっけ。
いや、あれだけ憧れていた魔法を手に入れられたんだ。ちょっと気分が高揚しているだけだろう、うん、多分きっとそう。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッ！！」
「来ますわ」
「はっ！？」
腕の再生を終えたヨハンナの咆哮が轟く。
修復する度に歪んでいた人の形はとうに消え失せ、目の前にいたのは理性を失い凶暴化した獣。それでも、セナとテレジアの二人は怯むことなく対峙する。
「セナ・アステリオ、前衛は任せます」
「テレジア一人でやれそうな気がしますけど……」
「『魔力切れがない』というのは嘘です。私の魔法、【炉心】には時間制限がありますので」
「【炉心】ってなんだかシンプル過ぎません？ もっとないんですか、【グラセントロード】とか【グラスイグナ】みたいなかっこいいの」
「あなたも緊張感ゼロじゃありませんか！？ まったく、気に入らないならあなたが名付けなさい。私はそれで構いませんわ」
「分かりました、考えておきます！！」
ユスティアを両手で構え直し、ヨハンナに向けてセナが突撃する。
二人になれば、高火力で押し切るさっきまでのスタイルは封じられてしまう。だけど、ぼくは知っている。テレジアが本当に得意なのは、大規模な魔術ではなく指先で操るような繊細な魔力操作だ。
「GAAAAAAAAAッ！！」
「させませんっ！！」
突撃するヨハンナの爪を、セナがユスティアで大きく弾く。
そこに叩き込まれるテレジアの追撃。セナの背後から存在を悟られないように接近した炎の矢は、セナの背中に突き刺さる寸前に軌道を変え、蛇のようにうねりながらヨハンナの右肩を射抜く。
「GAAッ！！」
ヨハンナの反撃、だけど爪はセナに届く前に炎の壁に遮られ、ユスティアの横薙ぎの一閃が獣の右腕を切り裂く。
「GYA！？」
ヨハンナの右腕が宙を舞う。
既に体内から血液は失われているようで、切断面から血の代わりに黒い霧のようなものが噴き出す。
「GAAA……AA……」
切られた先から切断面は修復されていき、右腕が復活する。
ヨハンナは鋭利な爪を雑に振るって反撃を試みるけどテレジアの矢に阻止される。
「GAAAAッ！！」
再び突撃してくるヨハンナにセナが応戦する。振り下ろされた爪はユスティアで弾き、追撃の魔力攻撃はテレジアの矢が咎める。
「今度はこっちの番ですっ！！」
セナの反撃、ユスティアの連撃をヨハンナは器用に爪で受け流し、直撃を避ける。
だけど相手しているのはセナ一人じゃない。背後からテレジアの援護が突き刺さり、動きが止まった。
「GAAAAAAAAAAAAAA！！」
ヨハンナが炎の鎖に拘束される。
魔法で強化された拘束だ、どれだけ暴れても抜け出せない。
「GAAAッ！！」
「させませんよっ！！」
セナがユスティアで獣の爪を打ち払う。
獣は牙を剥き出しにしてセナに迫るが、その攻撃は全てテレジアによって阻まれる。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ！！」
そんな状況を打開するようにヨハンナは咆哮し、全身から魔力を放出する。
テレジアの炎の鎖を砕いて拘束から離脱、制御を失った魔力が二人へと襲いかかる。
「【フェネクス】ッ！！」
テレジアの呼ぶ声に応じて、上空を旋回していた不死鳥の精霊が急降下、二人を拾い上げて飛び上がる。
「GAAAAッッ！？」
ヨハンナの視線が上を向く。だけどもう遅い、既に矢は番えられ、引き絞られているのだから。
「撃ち抜きなさいっ！！ 【炎天の星弓】ッ！！」
十二体の精霊が炎となって矢に吸い込まれる。
炎熱と魔力、そして繊細な魔力操作で形成された矢は例え空中から放たれようと真っ直ぐにヨハンナの心臓を捉え、穿つ。
「GAAAAAッッ！？」
ヨハンナは声にならない声を上げながら仰け反り、大きく後退する。
「【フェネクス】ッ！！」
テレジアは不死鳥の精霊を呼び出して自分とセナを地面に激突する寸前で拾い上げ、安全に着地。目を見開き、咆哮するヨハンナを見据えた。
「GAAAAッッッ！！」
獣が地面を蹴った。
強靭な脚力は石畳を砕き、瞬きの隙にテレジアに肉薄する。
「させませんっ！！」
「GAAAAAAAAAッ！！」
「ぐぅっ！？」
そう何度も同じ手は通用しなかった。間に入るよう滑り込んだセナは、防御の姿勢を取る前にヨハンナの爪に勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「セナ・アステリオっ！！」
「GAAAAAAAAッ！！」
「くッ……こうも近付かれると……！！」
テレジアは後退しながら辛うじてヨハンナの爪を躱す。
でもそれもいつまで続くか分からない。大弓を使う遠距離射撃型のテレジアは魔法が使えたとしても白兵戦には後れを取ってしまう。
「GAAAAッ！！」
「きゃぁぁぁあああっ！？」
ヨハンナの爪が、テレジアの胸を浅く切り裂く。
直前に召喚したムスペルが反撃に炎の矢を射るけど、ヨハンナは軽く身を捻って紙一重でそれを回避、そのまま痛みに怯んだテレジアを蹴り飛ばした。
「テレジアっ！！」
まずい……セナもテレジアもいなくなれば、ヨハンナの次の狙いは―――ぼくだ。
紅蓮に燃える双眸がぼくを睨んだ。立ち上がって距離を取ろうとしたぼくの逃げ道を塞ぐように移動し、ヨハンナの爪が真っ直ぐ振り下ろされる。
「イヴは私が守りますっ！！」
間一髪で間に割って入ったセナはユスティアを構えて爪を弾くが、その直後に脇腹を蹴り飛ばされる。
「ぐっ……あッ！？」
華奢な身体は宙を舞い、地面の上を二転、三転。
「【ムスペル】っ！！ セナ・アステリオを守りなさい！！」
テレジアの呼び声に応じて召喚された十体のムスペルがセナの激突の衝撃を緩和する。
その一瞬の隙を、ヨハンナは見逃さなかった。
石畳が割れるほど地面を踏み込み、一瞬でぼくへと肉薄、爪を繰り出す。
「しまっ―――！！」
残り少ない魔力を使って氷の盾で受け止める。だけどヨハンナの一撃は重く、盾を砕いてぼくの身体を吹き飛ばした。
地面に叩きつけられる寸前にムスペルがクッションになるも、衝撃を完全に殺すことはできない。
全身の痛みに悶える暇もなく、ヨハンナは追撃を加えようと迫る。だけど、それは彼女が許さない。
「イヴは……私が守りますッ！！」
「GAAAAAッ！！」
ぼくとヨハンナの間に割って入ったセナは、光を失ったユスティアで獣の爪を受け止める。
だけどその一撃は重すぎた。セナの身体は容易に持ち上げられて後方に吹き飛び、再び地面を転がる。
連携が崩壊した……こっちの手の内は完全に読まれて対応されている。
「イヴ！ 私の治癒は魔力もある程度回復させているはずです。あなたも少しくらい力になりなさい！！」
「わ、わかった！！」
テレジアの言う通りだ。残された魔法一回分をテレジアに使ってしまったというのに、体感で全体の三分の一程度は回復している。魔力を生み出す魔法なんて聞いたことがない、本当に、テレジアのセンスが羨ましい。
「《多重詠唱》・【炎姫と氷王の邂逅ッ！！】」
「GAAAAッッ！？」
展開された複数の魔法陣から蒼炎の火球が放たれ、ヨハンナを呑み込み吹き飛ばす。
「GAA……AAAAッ！！」
炎を払い除けながら獣が吠える。だけどその脚は僅かにふらついていた。
当然だ、あれだけ攻撃したんだ、ダメージが入っていないはずがない。無限に等しい耐久力があったとしても、きっといつか崩壊する。
「GAAAッ……AAッッ！！」
ヨハンナの咆哮が轟き、獣はぼくを目掛けて駆け出す。
遠距離からの攻撃じゃまともにダメージが通らない。かといって拘束することも不可……それなら―――
「星剣の章、第二節【絶対零剣】ッ！！」
右手に展開した魔法陣から氷の魔剣が出現する。ぼくはその柄を握って、真正面からヨハンナの突撃を受け止めた。
白兵戦はあまり得意じゃないけど、この魔法は触れた魔力を全て凍結させて粉砕する。
相手が不死の肉体を持っていたとしても、生者が本来持ち得る魔力を持っていなかったとしても、死体を動かす燃料もまた魔力。だから―――
「GAA！？」
ヨハンナは氷の魔剣に触れた爪先から徐々に凍っていく。
身体の内側から、魔力が氷の結晶と化して獣の肉体を封じ込め、不死すらも封殺する。
「GAAAッッ！！」
だけどヨハンナは吠えた。獣は魔力の込められていない右脚で魔剣を砕き、凍った身体を強引に動かしぼくを蹴り飛ばす。
「うぐっ……ッ！？」
「イヴ！！」
テレジアの操るムスペルが壁となってぼくを受け止める。
彼らは一斉に炎の矢を射出、ヨハンナに矢の雨を浴びせる。
「これでもまだ動くのか……っ」
「GAAAッ！！」
ヨハンナは怯まない。全身を矢で貫かれ、炎の鎖で拘束されても復讐に燃えた獣は憎悪を滾らせた瞳でぼくらを睨みつける。その気迫だけで、忘れていた恐怖が内側から呼び覚まされそうだった。
「やぁぁぁああああああっ！！」
セナが背後からユスティアで斬りかかる。ヨハンナはそれを紙一重で躱し、逆にセナの腕を掴んだ。
「わわっ！？ ぐっ！？ がっ！！ ごぉっ！？」
何度も何度も、振り子のように弧を描き、セナが地面に叩きつけられる。
骨が砕け、肉が裂け、血が辺りに飛び散った。
「セナ・アステリオを救出しなさい、【イフリート】！！」
テレジアの指示を受け、炎の巨人がヨハンナに炎の剣を振り下ろす。
ヨハンナはセナの腕を掴んだまま、彼女の身体をまるで剣のように振り回し炎の剣を受け止めた。
「ぐぅぅぅっ！？」
「セナっ！！ テレジア、解除して！！」
「なっ……すみません」
炎の巨人が消滅し、ヨハンナは使い物にならなくなった得物を放り投げた。
炎の剣で脇腹を大きく抉られている……いくらすぐに治るといっても、痛みは相応に伴うのだからセナの感じる苦痛はかなりのものだ。
「GAAAAッ！！」
ヨハンナが咆哮する。
獣は仲間を傷つけ動揺しているテレジアに狙いを定め、地面を蹴った。
テレジアの反応が遅れて、防御が間に合わない。爪が彼女の顔面を捉える。
「させませんっ！！」
だけど、テレジアが傷を負うことはなかった。間に入ったセナが爪先を弾き、テレジアを庇うように立ってヨハンナに剣を向ける。
「テレジア！ ちょっと精霊に時間を稼がせてください！！」
「十秒程度が限度でしてよっ！！」
テレジアの召喚した十二体の精霊がセナと入れ替わるように前に出て、ヨハンナの攻撃を受け止めた。
「イヴ、テレジア、魔法の準備をお願いします。なるべくめちゃくちゃ高火力で」
「どうする気なの？」
「私が限界まで引き付けるので、ヨハンナを焼いてください。火葬します」
「そんなことをしても肉を修復されて終わりですわ」
「だから灰にするんです。骨も砕いて、真っ白な灰に」
セナがユスティアを構えて、一つ息を吐く。
「何度も打ち合って確信しました。ヨハンナの再生した腕には骨がありません。多分、骨の再生はできないんだと思います」
そんなことがあるのか。
いいや、セナが言っているんだ。信じてあげるのが、ぼくの役目。
「……分かった、セナを信じるよ」
「イヴ！？ 仕方ないですわね。なるべく時間を稼いでください！！」
「はい！ いきますっ！！」
石畳が割れて隆起するほど勢いよく踏み込んで、セナは獰猛な獣に突っ込んでいく。
肉眼では一本の光の線にしか見えないほどのスピードでヨハンナを翻弄し、死角からの一撃を繰り返す。
見ているだけじゃだめだ。ぼくたちはセナが時間を稼いでいる間に、あれを焼くだけの炎を準備する必要がある。
「……とはいっても、一瞬で骨にしろなんて無茶言ってくれますわね」
「やるしかない。ありったけの魔力をぶつけよう」
「いいでしょう。せっかくです、火力比べといきましょうか」
テレジアがアポディリスを構え、ぼくがマギステラを開く。
「【フェネクス】【ムスペル】【イフリート】！」
召喚された十二体の精霊が、炎の槍に姿を変える。
テレジアはそれを大弓に番えて、直接ヨハンナを狙った。
ぼくもほぼ同時にヨハンナに狙いを定めて右手を向ける。
「《多重詠唱》―――」
【星紡ぐ物語】が開かれ、ページが光り輝く。
ヨハンナの周囲を取り囲うように魔法陣が展開されて、逃げ場を封じる。
「我が敵を焼き払え！ 【炎天の星弓】―――ッ！！」
「星杖の章、第三節・【炎姫と氷王の邂逅】―――ッ！！」
蒼き炎が、憎悪の炎に囚われた獣を包み込み激しく燃え上がる。
皮膚を焼き、肉を焼き、骨すらも焼き尽くさんと燃え盛る蒼炎の中心に、一本の炎の矢が撃ち込まれた。
矢は心臓を射抜き、爆ぜる。
青と赤、二つの炎が渦を巻いてヨハンナを焼いていく。
皮膚が融け、肉が融け、骨になろうとそれでも獣は自らの復讐のために手を伸ばす。
「【星剣解放】―――応えてください、ユスティア」
黄金の剣がそれを咎めた。
「はぁぁぁぁあああああああああああああっ！！」
天高く掲げられた光の刃が、骨だけとなったヨハンナに振り下ろされる。
光の剣は二つの炎を切り裂きながら、それを両断。爆発が、ヨハンナの身体を呑み込んだ。
「GAAAAッッッ！？ GAAAAAAAAAAAAAAAAA……！！」
獣が吠える。これで終わってくれ。もう立たないでくれ、そう誰もが願った。
だけどヨハンナは立ち上がった。焼け焦げた皮膚を再生させながら、憎悪の炎を燃やしながら、爆炎の中から姿を現す。骨が断たれても消えることのない復讐心が、呪いの言葉を吐き散らしながら肉体を動かす。
「……嘘、でしょ」
「これでも、駄目なのですか……」
「いいえ、これで終わりです」
そう小さく呟いて、セナが身体を右に逸らした。
瞬間、聞き覚えのある銃声が辺りに轟いた―――
