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第9話『魔神の古王―ディメナ・レガリア』

 伝説の魔神の王、【ディメナ・レガリア】の降臨と共に、プラネスタは災厄の炎に包まれた。

 混乱が巻き起こる中心街ではディメナ・レガリアが破壊の限りを尽くし、どこ化rともなく出現した魔物の軍勢が人々を蹂躙する。

 五年前と同じだ……あの災厄が、またやってきた。


「先輩! セナ先輩! 目を開けてください!!」


 破壊される中心街を眺めながら呆然と立ち尽くすぼくを現実に引き戻したのは、セナに駆け寄るシオンの声だった。

 傷はゆっくりと塞がっていくけど、セナは息をしていなかった。即死級の攻撃に対してはセナの治癒に意味はない。危惧していたことが現実になってしまった。


「セナ……セナ……っ!!」

「……だめだ、傷は塞がるのに呼吸が戻らない」

「傷塞がんのも訳分かんないっすけど、とにかく治療しなきゃっすね」


 血はもうすっかり止まっている。血だまりに膝を突きながらセナに声をかけるけど、返事はない。

 クロエが治癒魔術で傷の修復を始めているけど、自己修復と速度は大差ないように見える。


「なんで……なんでこうなるんだ……」


 ぼくの脳裏を過るのは、五年前のあの時の記憶。

 ぼくを庇い、死んでしまったリーナの記憶。何の因果か傷の位置が全く一緒で、力なく倒れるセナの姿が、ぼくの自責の念を刺激する。

 ちくしょう……ちくしょう……っ!!


「セナ! セナ……っ!! おい、起きろバカ!!」


 セナの手を掴んで、必死に呼びかける。

 顔の筋肉一つピクリと動かないセナを前に、最悪の結末が容易に想像できて、いつの間にか涙が出ていた。


「どうして……どうしてぼくは、なんで……っ!!」


 例え嫌われようとも、魔法で多くの人を助けてきた。

 それなのに、本当に大切な人は救えない。ぼくはやっぱり、そういうやつだ。

 弱虫で泣き虫で怖がりで一人が寂しくて、それなのにぼくをひとりぼっちにしないでいてくれる友達は簡単に失ってしまう。

 リーナだって、セナだって……ぼくが手を離したくないと願う人ほど、ぼくのもとから離れていく。現実は残酷だ、分かってはいても、いざ思い知らされるとそれを強く実感する。


「大丈夫ですよ……イヴ……私、死にませんから」


 片手を握るぼくの手が、セナのもう片方の手で握り返される。

 目を覚ましたセナは、口元から赤い血を垂らしながらニカッと笑って見せた。

 心臓の鼓動が再開している、呼吸もしている……生きてる……。


「セナ、傷はいいのかい?」

「問題ありません、頑丈なのが取り柄なので」


 セナは立ち上がって口元の血を拭うと、街に降り立った魔神を真っ直ぐ見て「それに―――」と続ける。


「勇者がこんなところで、寝てるわけにはいきませんからっ!!」


 そうだ……セナは、そういう奴だ。

 他人のためなら自分の命だって賭すことができるどうしようもないお人好し。

 あの魔神を倒すと、セナならば言うだろう。


「皆さんはここにいてください。学院にいる限り安全ですから」

「セナは……どうするの?」


 何を分かり切ったことを聞くんだと、ぼくは頭の中で呆れてため息をついた。

 世界を焼いた魔女を前に、街を焼く悪魔を前に、勇者がすることなんてたった一つしかないだろうに。


「あれを……倒します」


 そう告げたセナの一言に、シオンとクロエは驚愕の表情を浮かべ、アルミリアは呆れたようなため息をつき、ぼくは小さく頷いた。


「いやいやセナ先輩何言ってるんですか!? あれを倒すとか無理ですよ!!」

「そりゃ先輩は強いっすけど、あれは規格外っすよ」

「でも、あれを倒さないと多くの人が犠牲になります」

「だからって……世界でも救う気なんすか!?」


 次にセナが発する言葉を、ぼくは知っていた。


「私が目指すのは、世界を救う勇者ですから」


 多分、どれだけ言っても二人の言葉はセナには届かない。

 引き留めちゃいけないんだ、彼女だけは。

 セナ・アステリオは、ぼくが知る限り最も優れた英雄になれる人間だ。

 だからこそ、ぼくたちは彼女の英雄譚を見守ることしかできないんだ。


「……ほら、ユスティアもそう言ってます」

「ユスティア……?」

「待ってください! ユスティアって、あの……!?」


 純白の鞘から金色の光が漏れていた。

 セナは黄金の剣を引き抜いて、遠く彼方の魔神を見据える。太陽のようなその瞳にぼくたちの姿は映っていない。


「いってきます」


 一言告げて、セナは廊下に空いた穴から外に飛び降り、中心街へと向かっていく。

 ぼくには、彼女を引き留めることはできなかった。彼女の英雄譚を、ぼくなんかが邪魔していいわけがないのだから。


「今の爆発は何ですの!?」


 騒ぎを聞きつけ、テレジアが数名の取り巻きを引き連れてやってきた。

 彼女はぼくたちの様子と現場の様相を見回した後、事情を察したのか下唇を噛み締め、ぼくに憎悪の視線を向けた。


「また、あなたは残ったのですね」

「……え?」


 ぼくを見下ろすテレジアの視線がひどく冷たかった。

 呆れというか、哀れみ、失望にも似た感情がぼくに向けられる。

 なんでだよ……なんで君が、ぼくにそんなこと……。


「力がありながら、力なき者の背に怯え、時が過ぎるのを待つだけ。そう、あなたは待つだけですわ、自分から動こうとしない。誰かに背中を押されなければ、一歩踏み出すこともできない臆病者」


 腹が立った。

 君にそんなこと言われる筋合いはない。ぼくが臆病者であることは、ぼく自身が一番理解しているから、だから、テレジアの言葉にひどくイラついた。

 だけどそれ以上に心が大きく揺さぶられたのは、ぼくがそれを、心の奥底では自覚していたからだ。納得していたからだ。

 時が過ぎるのを待つだけ、誰かに背中を押されないと前に進むこともできない臆病者。そうだよ……それが、ぼくだ。


「……うるさい」


 君に何が分かるんだよ。


「ぼくが臆病者になったのは誰のせいだ! 君のせいだろ!!」


 気付けばぼくは、テレジアの胸倉を掴み、いつになく怒りに満ちた声を彼女にぶつけていた。


「君が余計な噂を広めるから、ぼくを魔女の娘だと呼ぶから、誰もがぼくを怖がった! ぼくを避けた!! 君が……お前が、今のぼくを形作ったんじゃないか!!」


 違う。


「それなのに卑怯者だ臆病者だってふざけるのも大概にしろよ! そんなにぼくが気に入らないなら実力で排除すればいい! できないだろ! できないからそうやって陰湿ないじめしかできないんだろ!!」


 違う……っ!!


「そうだ! この学院の誰もぼくに勝てない!! だからみんなぼくを恐れる、ぼくを嫌う、ぼくを避ける! 分からないから、理解ができないから、得体の知れないものを分かろうともせずに取り除こうとする!! だからっ!」


 違う!!


「だから……ぼくは、お前たちが嫌いだ……っ」


 違う……嫌いなのは、そうやって逃げ隠れすることしかできないぼく自身だ。


「……そう、誰もあなたには勝てない」

「だったら黙ってろよ!!」

「力を示せないものに居場所はありませんわ。少なくとも、魔導師の世界とはそういうものです」

「なら―――」

「だから……逃げるのですか」


 あぁ……そういうことか。

 要するにテレジアが気に入らなかったのはぼくの存在じゃない、ぼくの態度だ。

 魔女の忌み名を受け入れて、こそこそと陰に隠れるぼくの態度が気に入らなかったんだ。

 テレジアはリヒテンベルク家の後継者だ。名高い魔導師の家系の中でもリヒテンベルク家は実力主義。絶対的な力によって、周囲を認めさせてきた、それがリヒテンベルクの、テレジアのやり方だ。

 彼女からすれば、自分より優れているくせに弱者のふりをするぼくが許せなかったんだ。


「ここにいないということは、セナ・アステリオは行ったのですね」

「それがどうしたんだよ……」

「どうして追わないのですか?」

「……は?」


 追う……追うって、どうして……。

 いや違う、頭では分かっていた。分かっていたんだけど、身体が動かなかった。

 そんなの言い訳だ。ぼくはただ、セナなら何とかなると、彼女を勝手に信頼していたんだ。


「彼女には、あなたの魔法が必要ですわ」

「何を……」

「皆を守るのは力ある者の義務。セナ・アステリオはそれを立派に果たしています。でも、あなたは違う。あなたは自らの力を隠し、力なき者の背に隠れ、責務を放棄しているに過ぎない。そんな臆病者を、誰も認めはしないでしょう」

「歯向かえって言うの……? だからぼくを―――」

「勘違いしないでください。わたくしはただ、あなたの態度が気に入らないだけです。力がある者の責務を果たさず、時の流れに身を任せるあなたの存在はとても目障りですわ」


 言い返すことができなかった。

 テレジアの言葉は概ね正しい。ぼくは臆病で卑怯な軟弱者だ。だけど……じゃあどうしろって言うんだよ。世界を変える? 無理だ、ぼくなんかじゃ、世界は変えられない。

 世界を変えられるのは、救えるのは、リーナのような完成された勇者だけだ。

 ぼくはその背中を見つめていることしかできない。だってぼくは、世界を焼いた魔女の娘だ。世界を救う資格なんて、どこにもない。


「……戦ったって、どうせ勝てない」

「……はい?」

「勝てっこないだろ! だって相手はあの―――」

「焔の魔女と、勇者アルトリウスの伝説に記された魔神の王……確かに、私たちの実力では到底届かないでしょう。この場は大人に任せ避難する、それも一つの選択ですわ」

「なら……っ」

「でも……わたしは違う。力ある者の責務、それは弱き者を守ること。それが、星神の啓示(ステラリオール)を受けた者の使命ですわ」


 テレジアは強く言い放ち、ぼくを突き飛ばした。


「《我が意に傅け》【炎天の星弓アポディリス・カウレス】」


 彼女が小さくそう呟くと、渦巻く炎がテレジアの右手に収束して大弓を形成する。

 それは、勇者候補へと渡される【星神器ノーブルステラ】の力の一端。かつてぼくが強く望んでいた、資格の証明。

 あぁ……そうか、彼女もまた、セナと同じ勇者の素質を持つ者なのだ。


「セナ・アステリオが行くのなら、私も続きます。臆病者はそこで指を咥えて見ていなさい」

「「いってらっしゃいませ、テレジア様」」


 アンネとイリーナ、二人の見送りを受けてテレジアはセナと同じように廊下に空いた大穴から飛び降り、魔神の王が暴れる中心街へと駆けていった。

 くっそ……なんで、君にそんなこと、言われなきゃいけないんだ。


「……すまないイヴ、私も行く。国を守るのは、グランヴィル家の使命だ」

「ごめんなさいイヴ先輩。ボクも行きます」

「あたしも行くっす。まぁ、ありゃ援護しなきゃダメっすからね」


 アルミリア、シオン、クロエまで……どうして皆、そこまで命を張れるんだ。

 敵は伝説に登場する魔物だ。いくら皆が【星神器ノーブルステラ】を持っていたとしても敵わない、神話の存在なんだ。それなのに……どうして。


「よぉ、クソガキ」

「……先生」


 遅れてやってきたリツ先生は、何もかも見透かした様子でぼくの頭に手を置いた。

 先生はぼくの過去を知っている。だから、ぼくが恐怖する理由も、立ち止まる理由も分かっているはず。それなのに、先生の目は「お前はいいのか?」とぼくに問いを投げかけているようだった。


「……無理だよ、ぼくには」

「お前は魔女の娘、世界を救う資格がないからな」

「わかってるじゃん」

「でもさ、俺思うのよ。お前たちの中で一番世界を救う資格があるのは、お前なんじゃないかって」

「……は?」


 この人は一体何を言っているんだろう。

 ぼくは世界を焼いた魔女の娘だ。全世界の敵だ、それなのに、どうして世界を救う資格があるというのか。むしろ逆だ、ぼくなんか、この戦いに参加する権利もない。

 それでもリツ先生は、「あ、俺言いこと今から言うわ」とでも言いたげな笑みを浮かべて、落ち込むぼくにこう言った。


「まぁお前からすりゃ親のケツ拭う形になるのは分かるけどさ。でも、お前自身を認めさせるには、世界救っちまうのが手っ取り早いんじゃねぇの?」

「なにを、言って……」

「国の危機退けたヒーローを、一体誰が魔女と呼べるんだろうな?」


 いやいやいやいや、いくら何でもそれは強引すぎる。

 だってそんなの、見方を変えればただのマッチポンプじゃないか。そんな形でぼくを認めさせたところで、ぼくに対する認識は何も変わらない。むしろ悪化する可能性だってある。


「セナはそうした。皆の前で命張って、皆を認めさせた」

「ッ……」

「お、その顔は考えてもいなかったって顔だな」

「それはセナの人柄が良かっただけで……」

「でも、お前を認めるやつもいたんじゃねぇの?」


 いた……いや、いたのかは分からない。

 だけど少なからず、ぼくを見る目は少しだけ変わった。

 感謝された、頭を下げられた、今までずっと怖がられるばかりだったのに……それは、皆がぼくを認めてくれているってことじゃないのか?

 なら……少しだけ、世界を救ってもいいんじゃないのか。 

 ぼくにだって、皆と一緒にいる権利くらい、あるんじゃないのか。


「さてと……俺はあのバカを一発ぶん殴るから行くけど。お前も自分が何をするべきか、何を為すべきか、しっかり考えろよ」


 立ち上がって伸びをしぼくの頭をポンと一度軽く叩くと、リツ先生は目の前から消えていた。

 ぼくは……どうすればいいんだろう。

 いや、違う、答えはとっくに出ていたんだ。ただぼくが気付かないふりをしていただけで、ぼくがするべきことは初めから決まっていた。

 失うのが怖くても、手放してしまうとしても、もう会えなくても、後悔することになったとしても、背中を追い続けるのは、もう嫌だから。


 立ち上がってひとつ、深呼吸。

 魔力は半分くらい使ったけど、あれを倒すなら十分足りる。

 走っていたら体力を消費するし、何より間に合わないかもしれない。

 だから座標は……ディメナ・レガリアの遥か上空。

 落下と同時にぼくの最大出力をぶつけて、中心街の炎を全て消火する。


「よし……飛べ―――ッ!!」


 辺りが光に包まれた―――



 光が晴れる。視界に飛び込んできたのは、遥か上空から見下ろした燃え盛る中心街の光景だ。そこに黒い点が一つ、豆粒のように見えるディメナ・レガリアに対象を指定し、【星紡ぐ物語(マギステル)】を開く。

 想像していたよりも落下速度が速い。うまく衝撃を緩和できなければ地面に叩きつけられて見るも無残な肉塊になる恐怖は、この時限りは友達を失う恐怖よりも優先されていた。


 身体の内側で魔力が熾る。

 溢れんばかりの力の奔流を右手から外界に出力し、世界を凍土の幻想で包み込む、そんなイメージ。

 魔法は世界を改変する力。中心街全体の炎を包み、魔神の王を包み、永久凍土を現出させる。


「《星杖せいじょうの章、第二節》【氷王の覚醒(グラセント・ロード)】―――ッ!!」


 触れたもの全てを凍てつかせる絶対零度の吹雪が魔神の王に襲いかかる。

 溢れた力の流れが足元へ零れ、周囲の魔物と炎を喰らいながら広がっていく。

 まだだ……まだ、もっと、もっと巻き込め、世界を包め、書き換えろ。


「凍りつけぇぇぇえええええええええええええ―――!!」


 中心街全ての炎が、永久凍土に書き換えられる。

 物体の時間は停止し、街を襲っていた魔物は決して砕けない氷に囚われ、氷の結晶が光を反射し煌びやかに周囲に舞い散っていた。


「やっば……着地考えてなかった……」


 急激な魔力の消費で思考が揺れる。まともに考えることができず、凍土と化した地面に吸い込まれるように落下していたぼくの身体は、空中で誰かに受け止められる形で地面との衝突を免れた。


「イヴ!!」

「……セナ?」

「来てくれると信じてました!!」


 魔物との戦いのせいか、セナの全身は傷だらけだった。

 他の皆も似たようなもので、少し罪悪感を覚える。

 セナの白い髪は煤と泥に汚れてくすんでいたけど、瞳に宿る太陽は輝きを更に増していた。こんな状況でも、希望はまだあると言っていた。

 よかった……今度は、間に合ったんだ。


「……ねぇセナ、着地って考えてるの?」

「え? あっ……」


 跳躍の勢いで衝撃は消せたかもしれないけど、ぼくたちに翼はない。

 だから、落下は免れない。


「ったく仕方ない人たちっすね」

「うわっ!?」

「っとと……ありがとう、クロエ」


 クロエが風を操って、ぼくとセナを安全に着地させる。

 着地点には皆が集まっていた。もちろん、テレジアもいた。


「……ごめん、遅れた」

「迷いは断ち切れたかい?」


 制服についた煤を払い、アルミリアが言った。

 ぼくは真っ直ぐ彼女の目を見て、小さく頷く。


「イヴ先輩完全復活ですね!」

「復活……ってのはちょっと違うんじゃないかな」


 能天気なシオンの全肯定が今回ばかりは有難かった。


「油断せずに、周辺の雑魚は今ので掃討できましたが、ディメナ・レガリアはまだ生きていますわ」


 テレジアが指で示す先では、ディメナ・レガリアがぼくの氷を内側から砕き、咆哮する。

 衝撃波だけで転んでしまいそうな勢い。伝説の魔神を前にしてもなお、ぼくたちの目から光は消えていなかった。

 むしろ……勝てる明確なビジョンがぼくには見えている。


「イヴ、指示をお願いします」

「君なら私たちを使いこなせると信じている」

「イヴ先輩の指揮下なら無敵です!」

「しゃーなし使われてやりますよ」

「不本意ですが託しますわ、イヴ・グレイシア」


 皆の信頼が、ぼくへと寄せられる。

 誰かに信じてもらえるって、こんなにも嬉しいことだったんだ。


「任せてくれ!」


 ぼくは瞼に僅かに浮かんだ涙を手で拭って、自信に満ちた表情で皆に応えた。

 漆黒の魔神がぼくたちを見下ろす。

 お前には矮小な人間に見えているかもしれないけど、ここにいるのは新時代の勇者たちだ。すぐにその大きな図体を大地に叩き伏せてやるから覚悟しろ。


「……行こう!」


 ぼくの合図と同時にセナ、アルミリア、クロエの白兵戦組が散開。

 支援射撃のテレジアとぼくへの攻撃を、シオンが阻むように防壁を展開。このくらいは指示がなくても皆が察して動いてくれる。


「セナが最前衛で敵を翻弄、クロエとアルミリアでまず両足を潰す!!」


 真っ先にセナがディメナ・レガリアの前に出る。十メートルを超える巨体を前に怯むことなく立ち向かうセナは、一定の距離を保ちながら敵の攻撃を受け止める体勢をとった。

 ディメナ・レガリアが動く。丸太のような腕がセナへと振り下ろされる。

 セナにそんな大振りの攻撃は通用しない。最小限の動きで躱し、腕を駆け上って首元に斬撃―――が、強固な障壁によって阻まれる。

 でもそっちに意識を割かせれば、足元は疎かになる。


「縫い留めろオルティス【光の楔(ルミナス・ウェッジ)】ッ!!」


 アルミリアの光の杭がディメナ・レガリアの左足を拘束、回避を封じる。

 そこに飛び込んだのは、クロエの風の刃だ。


「おらおらおらおらおらァ!!」


 障壁に阻まれながらも、風の刃は確かに魔神の足に傷を刻む。でも、まだ体勢を崩すには不十分。


「下がって、クロエ!」


 ディメナ・レガリアがクロエに左腕を振り下ろす。彼女と入れ替わるように前に出たセナが、その左腕を剣で受け止め、弾いた。


「テレジア!!」

「分かっていますわ。撃ち抜きなさい、アポディリス!!」


 放射状に放たれた五本の炎の矢が、軌道を変えて一点に集束、背後からディメナ・レガリアへと襲いかかる。真正面から戦うと思わせて背後からの奇襲、テレジアは敵に回したくないな。

 高火力の一撃は、魔神の障壁を僅かに削った。追い撃ちにぼくが魔法を構えるけど、ディメナ・レガリアの口内に強い魔力の反応を感じて、咄嗟に障壁を展開。散開していた三人も、ぼくたちの後ろに隠れる。

 ディメナ・レガリアの口から、漆黒の火球が放たれる。魔力量からして、当たればこの一帯が消し飛ぶ火力だ。


「シオンっ!!」

「阻め! 【紫電の星盾(ゴーティス・ライカ)】―――ッ!!」


 シオンが一歩前に出て、白銀の大盾を地面に突き立てた。

 紫電を纏う障壁が何重にも重なり展開されて、ディメナ・レガリアの火球を受け止めた。

 衝撃と共に炎が分散、分散した魔力を盾が吸収し、喰らっていく。

 ただ受け止めるだけじゃダメだった。吸収しなければ、ぼくたちが無事でも街が崩壊する。それを直感で理解したからこそ、シオンはその盾を使った。


「お返しだよっ!!」


 白銀の大盾の中心部が大きく開き、吸収した火球がディメナ・レガリアに向けて放たれる。

 シオンの盾、紫電の星盾(ゴーティス・ライカ)は、受け止めた魔力を吸収し、反射する。自分の火球を受ければひとたまりないだろうけど―――爆炎の中から姿を現したディメナ・レガリアには、傷一つついていなかった。


「これでもダメかー!!」

「生半可な威力じゃ大したダメージにならないっすよ」

「セナの剣、あの光ならどうかな」

「あれは足を止めて集中しないといけないので今は無理です……」

「つっかえないですわね! イヴ・グレイシア、あなたの案は?」

「ゼロ距離砲撃……」

「そればっかり、ワンパターンですわね!」

「だってそれしか知らないから!!」


 大体それで何とかなってきたから、他の突破口なんて見つからない。

 そうこうしていると、ディメナ・レガリアの反撃が来る。両手の指先から放たれた十本の熱線がぼくたちに放たれて、強制的に散開させられる。

 どうする……どうすればいい。相手は迷宮のフロアボスとは違って、決まった行動が存在しない。となれば、明確な隙も勿論ない。

 正面からの攻撃は障壁に阻まれて、背後からでも攻撃自体が認識できれば障壁は展開可能。生半可な攻撃は通らないし、何より、相手の攻撃は一撃一撃が即死級。不利な戦いだ……でも、勝機はある。


「結局、セナ・アステリオの剣が使えればいいんですわよね!?」

「無理だよ! 足を止めればセナが死ぬ!!」

「イヴの魔法も効いていない。可能性があるならユスティア以外ないだろう」

「とはいっても、集中する隙なんて」


 唸りながら頭を悩ませながらも、器用に熱線を躱すセナ。

 星剣さえ使えれば、それを使えるだけの時間があれば。


「やっぱりゼロ距離砲撃しか」

「あなたはいい加減ゼロ距離から離れてくださる!?」

「それに、この熱線の中じゃ肉薄はできそうにない」

「分かってるよ!!」


 熱線が十本から二十本へと数を増して、回避と防御で精一杯になる。反撃なんてもってのほかだ、少しでも気を抜けば、すぐに熱線でこんがり焼かれる。

 あぁくっそ……こんな時先生なら、リーナならどうする。分かるか! 二人ともぼくの理解の範疇を超えているんだ、分かってたまるか!!


「私が前に出ます」


 防戦一方の戦況を切り開いたのは、セナのその一言だった。

 何か良い案でも思いついたのかとセナの顔を見るけど、おそらくそうではない。

 どちらかと言えば、セナはこの状況をゴリ押しで突破しようとしている。


「囮になってあのビームを引きつけます。皆はその隙に障壁の破壊を」

「いくらセナでもあの中に飛び込むのは無謀だよ」

「少しくらい食らっても大丈夫です。私、頑丈なのが取り柄なので」

「ちょ、待ってよセナ!!」


 いや、頑丈とかそういう領域の話じゃなくて。

 ぼくの制止の声を振り切って、セナは熱線の雨の中へと飛び込んでいく。

 一本、また一本とディメナ・レガリアの注意を引きつけて、ぼくたちに向いていた熱線を自分に集中させるようにスピードで翻弄。

 目にも止まらない速さと繰り出される重い一撃は確かにセナの長所ではあるけど、これほどの巨体となると、後者は大して役に立たない。セナは自分に向けられる十五本にも及ぶ熱線を紙一重で躱しながらぼくたちから遠ざかるように中心街を駆け抜ける。

 倒壊した家屋の屋根を飛び移り、縦横無尽に駆け巡ることで、敵の意識を自分へ集め、少しでもぼくたちから危険を取り除く。

 でもそれは危ない橋を渡っているだけ。一撃受ければ、足を止めれば、セナは熱線の集中砲火で焼き切られて次こそ本当に死ぬ。そんな状況でも、セナは額に汗を浮かべながら笑っていた。

 いや……あれは極限状態に置かれている時の狂気の笑みだ。笑わないとやってられない、そういった状態に自然と出るものだ。セナが死闘の中に悦を見出す戦闘狂なわけではない。


「セナが熱線を引きつけているうちに、障壁に僅かでもダメージを与えるんだ!」


 せっかくセナが作った隙だ、一秒単位で利用させてもらう。


「さて、障壁は同時に何枚展開できるのでしょうね!!」


 四体のムスペルを展開したテレジアは、五か所同時に炎魔術を叩き込んだ。

 精霊を召喚できるテレジアだからこその物量攻めに、ディメナ・レガリアは三枚の障壁を展開する。テレジアとムスペル二体の攻撃は相殺されて、残り二体はそもそも火力が低くて魔神の肉体に傷をつけることは叶わなかった。

 でも……これで障壁の同時展開数が割れた。


「三か所だ! 同時に防げる箇所は三か所!! 最大火力をぶつけるんだ!!」

「こっちは最初っから全力っすよ!!」


 クロエは二対の斧に風の刃を纏わせ、ディメナ・レガリアの右脚へと斬りかかる。

 障壁には防がれるが、これで一か所潰した。


「私も全力でセナに応えよう。射抜けオルティス!!」


 アルミリアの持つ黄金の槍が、ディメナ・レガリアの右肩へ突き立てられる。

 これも障壁に阻まれて本体には届かないけど、二か所目。


「私が踏み台になるのですから、しっかりと決めなさい、イヴ・グレイシア!」


 テレジアの五本の矢が一つに集束して、ディメナ・レガリアの背中へと飛来する。

 これもヤツは障壁で防御。だけどもう、これで同時に障壁は展開できない。

 足元から氷の柱を生成して、ディメナ・レガリアの目の前に移動する。

 迎撃のためにヤツは大きく口を開き、さっきの黒炎を放とうとするけど―――もう遅い。


「《星杖せいじょうの章、第二節》【氷王の覚醒(グラセント・ロード)】―――ッ!!」


 開かれた口の中へ、絶対零度の吹雪の奔流を叩き込む。

 体内へと侵入した冷気は内側から魔神の肉体を凍結させ、蝕むように連鎖させる。

 動きが鈍くなった。黒炎が放たれることもなく、セナを襲う熱線も勢いを弱める。


「これなら……セナ……っ!!」


 足元を見れば、セナは既に剣を構え待機していた。


「ありがとうございます、イヴ、みんな。これなら……いけます!」


 セナの周囲を囲うように氷の壁を形成。今のセナは完全に無防備、熱線の威力が弱まったとはいえ、あのまま放置すればただの的だ。

 黄金の剣が淡い光を纏い始めた。

 光は瞬く間に強く眩く大きくなり、闇に閉ざされた世界を照らす輝きになる。


「【星剣解放ブレード・リリース】」


 セナが小さくそう呟くと、剣は更に輝きを増して、闇を切り裂く光へと姿を変える。

 それは、世界を導く救世の剣。新たなる勇者の高らかに掲げられる産声。

 光の刃が黄金の刀身を覆い、ただの直剣は大剣と化す。

 天高く突き上げられた剣の先から放たれる輝きは、暗雲を貫いて蒼の先へ。

 勇者アルトリウスと共に世界を救った、星神から賜った救世の剣。

 その名は―――


「応えてください、ユスティア!!」


 セナが剣の名を呼ぶと、剣はそれに応じるように更に輝きを増した。

 この間の迷宮で見たものとは比べ物にならないほどの光と、力の奔流。周囲の魔力が高まり、研ぎ澄まされて、ユスティアに集束していく。

 こんなの……知らない。リーナの時も見たことない。


 セナが大地を蹴って跳躍する。石畳が割れたと思えば姿を消していて、最早跳躍というより、瞬間移動だ。

 瞬く間に魔神の真正面に移動したセナは、金色の瞳で魔神の王を見据えた。


「はぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ―――ッ!!」


 頭上に掲げた星剣が、ゼロ距離でディメナ・レガリアの巨体へと叩き込まれる。

 頭部を切り裂き、胴体を断ち、正中線を沿って一瞬で両断された肉体は、左右に分かたれて倒壊した家屋の瓦礫に沈んだ。

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