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プロローグ『君とはじめたかった物語』

 ―――二人で、最高の勇者になろう。


 それはぼくが、リーナと最初に交わした約束だった。

 勇者と呼ばれる、最高の魔導師に贈られる称号がある。

 千年前に魔王を倒し世界を救った七人の英雄と、六つの星神器ノーブルステラを継承する者だけが得られる栄光は、ぼくとリーナの目標だった。





「……勇者になったわ」


 王都外壁、今は使われていない石造りの監視塔の上。

 表立って顔を合わせることができないぼくらの秘密の待ち合わせ場所に先に来ていたリーナは、ぼくに背中を向けたまま小さくそう言った。

 星空の下、彼女が右手に持つ黄金の剣が、月明りに照らされる。

 複雑な装飾で象られた、儀礼用にも見える金色の直剣。それが何なのか、ぼくは師匠から聞かされていた。

 星剣ユスティア―――勇者が受け継ぐ六つの星神器を統べる聖剣であり、魔王が倒されて千年、誰も受け継ぐことのできなかった最後の星神器。


「だからこれから、イヴと会うのは難しくなる。それでもあなたは、私の友達いてくれる?」

「うん、ぼくたちは友達だよ。きっと、いつまでも。おめでとう、リーナ」


 その剣は、リーナに与えられた運命の象徴であり、彼女を縛り付ける鎖だ。だけど、何も分からない純朴な子供だったぼくは、一足先に勇者になって、夢の一歩を踏み出したリーナをとても尊敬していた。

 やがて、彼女が辿ることになる運命も知らずに。


 その日、王都に……いや、王国全土に勇者の誕生が知らされた。

 千年の空席を埋める星剣の勇者の名は、王女、レイリーナ・ノクス・シルヴァリオ。

 彼女の存在は王国民の希望になり、ぼくたちはこうして会うこともできなくなった。

 最後のあの日まで。




 燃え盛る街を、二人で手を繋いで必死に走っていた。

 顔を上げれば、王都の外壁に届くくらい巨大な魔物が街を破壊して、翼の生えた魔物が上空から黒い炎を吐き、人々を生きたまま焼き尽くす。

 逃げ惑う人々、煌々と立ち上る黒い炎、阿鼻叫喚の地獄絵図からぼくたちは遠ざかろうと必死に足を動かす。


「痛っ!?」

「イヴ!!」


 転んだぼくに襲いかかる赤い悪魔を、リーナが星剣の一振りで切り裂く。

 守られてばかりだった。どんくさいぼくを助けてくれたのはいつもリーナだった。

 ぼくは彼女に隠れてばかりで何もできなくて、だから、いつも彼女の背中を追いかけてばかりで不甲斐なかった。


「こっちよ、走って!」


 だけどリーナはそんなぼくを突き放すことなく、手を引っ張って一緒に走る。

 白く透き通った髪が煤に汚れようと、綺麗な肌が泥に塗れようと、リーナはぼくの手を決して離そうとしなかった。

 心強い君に憧れていたのかもしれない、甘えていたのかもしれない。

 ぼくは弱いから、弱くて、ちっぽけだから。

 だから、君を守ることすらできない。


「イヴ! 危ない……っ!!」


 不意の出来事だった。

 路地を駆け抜け、リーナと、その家族だけが知っている秘密の地下通路へと向かっていた矢先、建物の角でばったりと魔物に遭遇した。

 咄嗟のことで反応が遅れたぼくは、リーナに路地の奥へと突き飛ばされる。

 次の瞬間、彼女の小さな身体が宙を舞っていた。

 石畳に叩きつけられ、ボールのように跳ね転がった身体は壁にぶつかって止まる。

 ぐしゃり―――人体が潰れる、嫌な音がした。

 赤い瞳の魔物が持つ鋭利な詰めの先からは真っ赤な血が滴っていて、

 リーナの身体を斜めに引き裂く一本の傷が、魔物の攻撃から庇われたことをぼくにこれでもかと伝えていた。


「……リーナ?」


 彼女の口元が僅かに微笑んで、太陽のような黄金の瞳から光が消える。

 ドクンと、心臓が強く脈を打った。

 全身が熱を帯びて、それでも頭はスッと冷たくなる感覚。

 ぼくはこれを知っていた。知っていたから、自分がどうしようもなく嫌になった。

 いつも、こうなるのは大切な人を失ってからだったから。


「うっ……ぁぁぁ……っ」


 全身を伝っていた熱が、右目に集束する。

 悲しみよりも怒りが先にぼくを支配して、真っ黒な感情が満たされる。


「うあぁぁぁああああああああああああああああ―――!!」


 次の瞬間、魔物はぼくの前から姿を消していて、

 代わりに、一面氷の世界が広がっていた。

 どんどん冷たくなっていくリーナの身体を抱えて蹲っていたぼくは、その後、師匠に助けられた。

 集まってくる魔物を焼き払いながら、師匠はぼくたちを見て目を見開き、歯を食いしばっていた。


「ししょう……ぼく、ぼくは……っ」


 掠れた声で師匠を呼んだ。

 師匠は穏やかに笑ってぼくの前で膝を突き、頭の上に手を乗せる。


「大丈夫。後は、私に任せたまえ」


 師匠はいつものように自信に満ちた声でそう言った。

 聞き慣れたその言葉が、なんだかとても温かく思えた。

 ふと、意識が朦朧としてくる。

 この感覚も知っている。「魔力切れ」という現象だと、師匠が言っていた。

 身体が動かない。ぼくは師匠の腕の中へ倒れ込んで、ゆっくりと目を閉じた。

 忘れたくても忘れられない、ぼくの思い出。

 ぼくだけが知っている、小さな勇者の記憶。



 黒い炎が王都を焼く。

 その災害は、【灰都の火】と呼ばれた。

 国王をはじめとした多数の有力貴族や六人の勇者、そして、星剣の勇者レイリーナ。その他多数の王国民が犠牲となった大災厄は、人々の歴史と、千年続き、これからも記されていく王国の歴史に深く刻まれることになった。

 首謀者たる災厄の魔女、焔の魔女アリシア・イグナは現在も逃亡を続けており、

 世界は、新たな英雄を求めている。

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