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だまされ、寝取られ、婚約破棄

 扉が開いた瞬間。

 グレース・アーキンドーは、婚約者から、だまされたことに気がついた。

 案内されたのは、華やかなパーティー会場。


 また、一人、ゴージャスなドレスの夫人が、こちらを見て、眉をひそめた。

 場違いな娘だと、思っているのだろう。

 彼女だけじゃない。他にも不審者を見るような眼差しに、ヒソヒソ話、笑い声。


 グレースは国内屈指の大商店、アーキンドー商会の娘である。美術品や舶来品なども取り扱っているため、貴族にも顧客が多く、交流は深い。それでも、やはり、ここでは場違いとしか言いようがなかった。


 グレースだって、気づかないわけがない。


 周りはみんな、流行りのドレスに身を包んだ女性と、燕尾服の男性ばかり。そんな中、グレースは、高見えのお手頃ワンピースで、ここへ来てしまったのだ。

 

 ……そう。婚約者にだまされて。

 

 彼からは『ちょっとした身内での食事会』だと、聞かされていた。そのうえ『両親から、君に大事な話があるそうだ』なんて言われては、来ない訳にはいかなかった。


 しかし、実際は大々的なパーティーで、招待客もかなりの大人数。中には、アーキンドー商会を贔屓(ヒイキ)にしてくれている侯爵夫人や、伯爵令嬢の顔もある。


 婚約者は、いまだ姿を見せず、グレースは放ったらかしの見世物状態。これに、先に声を上げたのは、マーキス・ゴーラクインだった。グレースの護衛兼、荷物持ちとして一緒に来ていた青年である。

 

「お嬢様、帰りましょう。これは、いくら何でもひどすぎます」


 マーキスが、目をつり上げて言う。

 

「お嬢様をはずかしめようとしているとしか、思えません」


 そうだとしても。

 グレースは「だめよ」と、首を振る。

 確かに、これは予想外の展開。でも婚約者と話をつけるため、今夜はここへ来たのだ。その目的だけでも果たさなくては。


 グレースが、見世物状態をひたすら我慢すること三十分。扉が開いたと同時。


「グレース・アーキンドー!」


 自分の名前が響き渡って、グレースはびっくりした。

 そこにいたのは、婚約者のアフォード・オーバッカ。ようやく姿を見せたかと思ったら、一体、何ごとなのか。


 アフォードは、ゆるくうねった前髪をサラリと、かき上げた。それから体をくねらせ、後ろ体重で、グレースの顔にビシッと人さし指を向ける。


「君には、もう、うんざりだ! つまり、今日、ここで君との婚約を破棄する!」


 大広間が、一瞬だけ静まり返って、またすぐにざわざわとし始める。


「お嬢様」


 マーキスが心配そうに、こちらを見た。


「大丈夫」


 グレースは、笑顔を作る。

 アフォードとは幼なじみで、毎日のように遊んでいた。けれど、それも昔の話。もう随分と前から、婚約者という肩書きはお飾りになっていた。

 

「僕は、真実の愛に目覚めたんだ! さあ、こちらへおいで。マイスイート!」

 

 アフォードに促され、ドアの向こうから、新たな人物が現れる。まばゆいばかりの金髪、縦ロールに、淡いピンクのドレスを着た人物。その顔を、グレースはとてもよく知っていた。


「彼女こそが、僕の運命の相手! 彼女と一緒ならば、どんな困難をも乗り越えられよう!」


 そう言って、アフォードは、側にいた彼女の肩をぐいっと引き寄せる。大きく開いた胸元には、宝石を散りばめたハートのペンダントがキラキラと輝いていた。自分が主役だと言わんばかりに。


 ネトリーン・ザマーナイワ。


 グレースの友人だった。

 しかし。目が合うと、ネトリーンの唇は美しく弧を描いた。にっこりと笑ったのだ。勝ち誇るように。


「グレース。君の家とは、長い付き合いがあるからと、勝手におじい様が君を婚約者にしてしまったが、そもそも、僕は伯爵家の御曹司で、君は商人の娘だ。つまり、商人ごときの娘が、この僕の結婚相手に、ふさわしいはずがない!」


 グレースは、ため息をついた。

 昔は、気が弱くて、泣き虫で、こんなことを言う人間じゃなかった。


 いつからだろう。

 アフォードが、家に遊びに来なくなったのは。ここを訪れても、用事があると断られ、そのうち居留守を使われるようになって、顔すら見れなくなった。


 でも、こうなってしまった原因は、グレースにもあった。

 アフォードの金遣いや勉強のこと、色々と口出ししすぎてしまった。疎ましそうにしているのは分かっていたけど、全部、彼のためだと思っていた。そこはグレースも反省している。

 

「まったく、身のほど知らずだったな! グレースよ!」


 そうねと、グレースも同意する。


「この縁組、正直なところ、私の父も『伯爵』の称号に目がくらんだのよ」


 父は、一人娘のグレースを何とか上流階級へ嫁がせ、伯爵夫人にしたかった。それで、アフォードの祖父に、この縁談をねじ込んだのだ。


「所詮は、財産目当てか! 欲深い親子め!」

「聞き捨てなりません。お嬢様だけでなく、旦那様まで、侮辱するのですか?」


 マーキスが、グレースの前に出たのを、腕を掴んでぐいっと引き戻す。


「何だ、貴様は。下男ごときが、この僕に楯突こうというのか? 言っておくがな、僕は、事実を言ったまでだ! 伯爵家と商家では、まるっきり、格が違うんだからな! まったく、庶民は下僕のしつけもなってないな、グレース!」


 アフォードの高笑いが響く中、グレースは、今にも飛び掛かりそうなマーキスの腕を掴んでいた。

 

「私は大丈夫。だから、あなたもこらえて」


 実を言うと、今夜、グレースの方も、婚約の解消を申し出るはずだった。内々の食事会だというから、そこで、穏便に済ませるつもりだったのだ。

 ただ、ここへ来るまで、少し迷ってもいた。最後の最後まで残っていた迷いの一欠片は、きれいさっぱり、こっぱみじん、吹き飛んでいた。


 グレースは小さく深呼吸して、顔を上げる。

 そして。


「カバンを」


 マーキスから、アフォードを地獄へ落とすであろう黒革のカバンを受け取った。



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