表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HUNTER  作者: 沙伊
99/137

      死神の花園<下>




 狂い出したのは一年前だった。

 教師達に隠れ、この学園の生徒の数人がある宗教にのめり込み始めた。

 あくまで数人。そのことを知る生徒達も特に何も言わなかったし、何も思わなかった。

 しかし、ある日状況は一変する。

 その宗教を信仰する者達が、学園を支配し始めたのだ。

 閉鎖的な学園だけに、すぐ支配は広まった。今や、上級生から下級生まで彼女達の言いなりだった。

 当然反抗する生徒もいたが、全員彼女達に黙らされてしまった。その上、自分達の支配下にいる生徒達を武装させ始めたのである。

 銃やナイフ、格闘技まで教え込ませた生徒達を兵とし、とうとう教師達まで無力化させてしまった。その支配は恐怖でなり立っており、逆らう者はいなくなってしまったのだった。

 この学園の実質的支配者である彼女達は、こう名乗った。

『使徒』、と。



「ふぅん。そういうことか」

 早音からことの経緯を聞き、悠は一つ頷いた。

 地下へと降りる階段を進む真っ最中であり、声はひそめられている。声が響きやすい構造のようで、小さな声でも反響した。

「なるほど。君が戦闘技術を身に付けている理由も、これで解ったよ。しかし使徒、ね。その宗教のことも気になるし」

 悠が視線を向けると、早音は口を開いた。

「その宗教について、詳しいことは私も知らない。教えてくれないの。信者は別だろうけど。でも、確か……一神教だと思う」

「一神教か。ただの宗教じゃないだろうね。何だがマシンガン引っ張り出してきそうな雰囲気だけど」

「マシンガンじゃなくて、ライフルやボーガンなら使ってるわよ」

「……どうでもいい情報ありがとう」

 投擲ナイフを使っている時点でかなり怪しかったが、まるで傭兵部隊じゃないか。大型銃や手榴弾が出てきても、さすがにもう驚けない。

「……ところで、逆らった人間はどうなったの?」

「……」

 早音は黙り込んだ。うつむき、口を閉ざしている。

「じゃ、別の質問。どうして私が侵入者だって解ったの?」

「私自身は……知らなかった」

 早音は途切れがちにそう言った。

「使徒の一人に、貴女を捕まえるよう言われて……まさかあんなに強いなんて……」

「実力と経験の差が出たね」

 悠は肩をすくめた。

「対人戦闘で私は引けを取るつもりは無いよ。私の戦法は、対化物用だから」

「……貴女、何と戦ってんのよ」

 早音はあきれ顔になった。

「……ん、あれ? 地下に続く扉」

「え?」

 早音の顔が、悠の指差す方向に向く。

 階段の奥にあったのは、黒い扉だった。何の装飾もされていない、シンプルな扉。

「うーんと……多分」

「頼りないな」

「しょうがないじゃない。私、ここまで来たこと無いし」

 信者じゃないもの、と、若干震える声を出す早音。顔を上げ、懇願してきた。

「ね、もう引き上げようよ。奴らは、使徒は、ただの人間じゃない」

「あ、そう。自分で言うのもなんだけど、私も普通の人間じゃないよ」

 悠はまた肩をすくめ、すたすたと扉に近付いた。

 扉の材質は、どうやら鉄のようだ。鍵は――無い。

 ただの不用心か、あるいは――

「……ふん」

 悠は鼻を鳴らし、扉を開けた。小刀はだらりと下げられたままである。

 そして部屋に入った瞬間――


 銃口と銃声が、悠の視覚と聴覚を覆った。


   ―――


 流星は病院内で出歩いていた。

 喉が渇いたので自動販売機のところまで行っていたのである。早くも歩けるまでに回復していた。おそらく、多少走っても平気だろう。

 そしてコーラの缶を手にしながら、流星は病室に戻ろうとした。

 戻ろうとした――のだが。

「駄目じゃないですか。病室抜け出して」

 思わぬところで足止めを喰らった。担当の看護師に見付かったのである。

「いくら抜糸も、もうすんだとはいえ、昨日死にかけたんですからね」

「う……」

 流星は言葉に詰まった。

 確かにもう大丈夫とはいえ、その言葉は事実だ。傷自体は、明日になれば跡も残らないだろうが。

「お願いですから勝手な行動は――」

 看護師の言葉が、不自然に途切れた。表情が固まり、怒った顔のまま動かなくなる。

 流星は首を傾げたが、急に倒れてきた彼女を慌てて支えることになった。

 一体どうしたのかと目を見開いていると――


「君が華鳳院君かい?」


 と。そう声をかけられ、流星は顔を上げた。

「……誰」

 目の前――看護師の背後に当たる場所。そこに、白衣を着た男が立っていた。

 前髪を後ろになで付けた、狐目の男だ。

 見知らぬ男に流星は目を瞬かせたが、彼の手を見、絶句する。

 彼の手。全体が血で真っ赤に染まっていた。血は手首までいたり、そでを濡らしている。

 それが、看護師の背中から流れている血と同じだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

「っ……! てめっ」

「君、邪魔らしいよ」

 男は血にまみれた右手を上げた。

 手の先――爪先が鋭く伸びている。

 まるで獣のように――否。

 これは獣の爪というより――刃だ。人間をたやすく斬る刃。

 あんなのに貫手でもされたら――!

「だから、死ね」

 男は笑顔でそう言って、流星の顔めがけて刃の爪を振り下ろした。


   ―――


 前方を覆う銃口。それが複数のライフルだと気付いたのは、反射的に跳躍した後だった。

 銃弾が誰もいない床をうがったのと同時に、ライフルを構える少女達の群れの中に降り立つ。少女達に動揺が走った。

「物騒な物持ってるね」

 悠は両手の小刀を振るった。小刀はライフルの銃身を真っ二つに斬り、使い物にならなくする。

「けど、こうしたら何もできなくなるよね」

「なっ……!」

 武器を失った少女は呆然とする。他の者達も、驚きからか固まってしまった。

 その隙を逃さず、悠は小刀で次々とライフルを次々と斬っていく。

 一分もしない内に、少女達の足元には半ばで絶ち斬られた銃身が転がった。

「私はここの主に会いに来た」

 悠は小刀を下げ、少女達を睨み付けた。

「邪魔だよ」

「ひっ……」

 少女の一人が小さな悲鳴を上げたのと同時に、群れがざっと退いた。そこでようやく、部屋の全貌をしることになる。

 壁も床も天井も、何もかもが黒い部屋。明かりと言えば、一番奥にある数十本あるロウソクぐらいだ。

 そしてロウソクの手前には。

「君が、元凶か」

「……元凶とは酷い言い方ね」

 少女が五人、並んで立っていた。

 容姿はばらばらだが、雰囲気は同じだ。

 同じように――不気味な雰囲気だ。

「本業じゃないんだけど――とりあえず、君達の愚行を止めに来た」

「愚行とは失礼な。我々は神に仕える使徒よ」

「あいにく無神論なものでね」

 悠は笑みを浮かべて肩をすくめた。

「それに、イケニエを求める邪神なんて、信じられないよ」

「何……!?」

「この部屋、血の臭いがする。職業柄、そういう臭いに敏感なものでね」

「……さすがと言うべきかしら。椿悠」

「へぇ、私の名前を知ってるんだ。光栄だね」

 そう言いつつも、悠は内心で驚いていた。

 どうして自分の名前を知ってるんだろう。この口振りは、先程知ったというていではないが――

「どうやら、侵入者だと気付いたんではなく、私だと見抜て(・・・)攻撃してきたんだね」

「その通り」

 真ん中にいる少女がにっこり微笑んだ。

「私はここのリーダー。名は加利亜(カリア)と言います」

「あ、そう。ところで殺人者さん(・・・・・)

 悠は笑みを深めた。

「君達には特別な力があると聞いたんだけど、その力って何?」

 加利亜は一瞬ひるむような動作をしたが、すぐ微笑を取り戻し、両手を前に出した。

「私の力は光を操る力。光はね、その一つ一つは弱いけれど、集束すると高い殺傷力を持つ。いわば私は人間レーザー砲よ。ほらこんな風に!」

 けれど。

 それが放たれることは無かった。

「口上が長い」

 悠は一言の下、小刀の柄で加利亜の頭をぶっ叩いた。

 加利亜は床にふらりと倒れ込み、そのまま動かなくなる。ちゃんと気絶したようだ。

「喋り過ぎて自滅する奴は今までいっぱいいたよ。今のだって喋り過ぎて、接近する私に気付かなかったし」

 悠はやれやれとばかりに首を振った。

「能力だけに頼ってる奴はとても弱い。君達もそれを理解した方がいいよ」

 悠は降伏しろという意味でそれを言ったのだが――どうやら理解してくれなかったらしい。

 残った『使徒』は悠を取り囲み、加利亜と同じことをしたのだ。

 何の能力かは知らないが、しかし。

「遅い」

 悠はため息をついて足を旋回させた。

 まとめて前の二人を蹴り飛ばし、間を置かず後ろの一人の腹に肘鉄を喰らわせる。残った一人は膝蹴りで気絶させた。

 彼女達は、結局能力を出すことが無いまま倒されてしまった。

「うん、こんなものか。下っ端は鍛えても、自分達は鍛えなかったわけか。まぁいい」

 悠は動かなくなった五人の少女達を一瞥した後、動けなくなった集団の少女達に目をやった。

「警察、呼んでくれる?」


   ―――


 そこら中で光る赤いサイレンに顔をしかめつつ、悠は高野次郎の元に移動した。

「高野刑事」

「椿か」

 次郎は校門の前に停めたパトカーから背中を離した。

「今回の首謀者、例の使徒って奴らかもしれないんだってな」

「うん。けど、多分彼女達は末端だ」

 悠は門から次々と出てくる少女達を見た。

「世界中の寺院や教会を潰し、なおかつ世界中の追跡を逃れられる連中なんだ。今回の件、それまでのことを(かんが)みるに、どうも生ぬるいんだよ」

 少女であることを考えても、彼女達のやり方は無駄が多過ぎた。

 いちいちあげつらうことはしないが、しかし素人にもほどがある。

 それにあの五人の能力――結局見ることは無かったが(興味も無いし)、どこでそんな特殊能力を得たというのだろう。

 先天的なものか、後天的なものか。

 後天的なものだとすれば、誰から与えられたものなのか。

 末端とはいえ、彼女達から訊くべきことは多そうだ。他にも釈然としないこともあるし――

 だが。

 彼女達はすぐに口をきけなくなってしまう――

「っ……!?」

 悠と次郎は、突然上がった悲鳴に身体を硬直させた。

「今の声は……」

 悠は眉をひそめたが、すぐに何が起きたから理解した。

 少女が、校門の倒れ伏している。その数、五人。

「まさか!」

 悠は呻いて彼女達に駆け寄った。がすでに手遅れであることを悟る。

 彼女達は、頭を貫かれていた。すでに脈は止まっているだろう。

 これは――狙撃によるものか!

 悠は辺りを見渡した。ここを狙撃可能な場所は――

 ――見付けた。

 悠はだっと走り出した。目指すのは――


   ―――


 使われていないビルの屋上に、二人の男女がいた。

 どちらも黒いコートを着ている。夕暮れ時とはいえ、夏の暑さは当然残っているのに、だ。

 しかも男の姿は異様だった。

 顔の一部に黒い鱗のような羽根が生えているのだ。手の甲にまで至っている。その奇妙な手には、狙撃銃が構えられていた。

「当たった?」

 女の質問に、男は顎を引いた。

「ばっちり。距離とかあったから不安やったんやけど……この銃の精度がよくて助かったわ」

「貴方の腕もあると思うけどね」

 女はおかしそうに笑んだ。

「さて、すぐに引き上げましょう。でないと、あのお嬢ちゃんが来ちゃうわ」

「……あの娘が来んの、想定外やったなぁ」

 銃を下ろし、ため息をついた。

「まさかあの学園の上層部が動くの、あんなに早いなんてな」

「あら、元はと言えばあの娘達がドジを踏んだからいけないのよ。使徒の候補生(・・・)として不的確だったわ」

 女は肩をすくめ、ウェーブがかった黒髪を後ろに払った。

「やっぱり駄目ね、この国の子供は。ゆる過ぎる」

「……俺も日本人だけど」

「貴方は例外よ。でも……そうか、あぁ……そうだわ、あの娘も……」

 女はすぅ、と微笑した。何か、いいことを思いついたと言わんばかりに。

「……シスター?」

 男はいぶかしげな顔をした。こちらは嫌な予感がする、という表情だ。

「何か……面倒なこと考えてません?」

「面倒なこと? 何を言うの、すばらしい考えだわ」

 女はふふ、と含み笑いをもらした。

「一度は諦めたけど、彼女なら――彼女の心の闇なら、私は付け込める(・・・・・)

「……やっぱめんどくせぇ」

 男は顔を歪めた。

 やがて足音が聞こえてくる。おそらくは、かの少女の足音だ。

 さっきまで逃げる算段をしていた二人の男女は、彼女が来るのを静かに待つ――


   ―――


 いきなり後ろに引っ張られる感覚に、流星は目を見開いた。

 ……同時に首が締まり、息が止まった。

「ぐぇっ。息、しまっ……」

「失礼しました」

 すぐ後ろから聞こえた、聞き覚えのある声。首を巡らせると、薄赤い瞳とかち合った。

「し、げほっ、朱崋……」

「緊急でしたので、えりを掴ませていただきました」

 言われて今気付いた。朱崋は首根っこを引っ掴んでいる。

「た、助かったからいいけど……でも」

 流星は血まみれの手をかかげる男を見やった。

「誰だよ、あいつ……」

「それは私のセリフです。どちら様ですか?」

 朱崋も知らないらしい。しかし、男の方は自分を知っているようだ。

 ――いや、それよりも男に貫かれたあの看護師を助けないと……!

「ん、んー、避けられたか」

 だが、男はその間を与えない。間を置かず、つらつらと言葉を重ねる。

「まぁいい。今殺さなければならないんだ。避けられたら――追撃するだけだ」

 男の爪が更に伸びた。いや違う。伸びただけではない。

 右手そのものが、硬質な何か(・・)で覆われた――!

「華鳳院流星……僕はおまえを殺すよ。全ては神の(おん)ために」

 ぎらつく目で、男は動く。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ