狂<中>
流星は友人を――正確には信人を探していた。
休憩中、外に出たきり帰ってこないため、二年生数人で探しているが見付からない。
さんざ探して影すら無く――結局流星達は合宿先へ戻ることにした。
「どこ行ったんだよ、信人の奴」
友人の一人の呟きに、流星は答えない。代わりに別の二年生が答えた。
「どっかでナンパやって、その娘の家に転がりこんでんじゃねぇの?」
「無理あるって、あいつの顔思い出せよ」
それぞれの批判批評を聞きながら、流星はうつむいて歩いていた。
どうも先程から嫌な予感がしてならない。それは探し出る時から感じていることで、今は倍増していた。
一応出る時に『煌炎』を持ち出してきたが、使う時が――来るのだろうか。
流星はため息をつき、そして顔を上げた。
奇妙な気配を感じたからである。
それは流星にもなじみのある気配であり、しかしどこか違う気配にも感じた。
なじみのある気配――妖気。しかし変に中途半端な妖気だ。
なりかけ、という印象を受ける。半妖でもこんな気配は持たない。
だが何より気になるのは、その気配が宿泊先の民宿がある方ということ――
「まさか」
流星は体温が一度下がった気がした。まとわり付く熱気を振り払うかのように走り出し、民宿へと急ぐ。
後ろから友人達が制止の声をかけてきたが、止まる気は無かった。 よりによって悠が来る前にことが起きるとは、最悪だ。
時間はまだ昼過ぎ。悠が来るまで数時間、かかれば半日だろう。こうなってしまえば、自分で何とかするしかない。
できるだろうか。自分に。
だがやるしか――
バン!
バンバン!
と。小さな爆発音が響いた。
流星はそれに聞き覚えがある。確か――そう、桐生家の風馬が――
「って、銃声!?」
流星は目を見開き、走る速度を速めた。
民宿が近付くにつれ、すれ違う人の数が多くなってきた。皆、まるで何かに逃げているようだ。中には見覚えのある者もいる。
ようやく民宿にたどり着いた時には、銃声は止まっていた。
銃弾を使いきったのか。それとも標的がいなくなったのか。
できればどちらも当てはまってほしい。最悪でも後者だ。人質を取られなくてすむ。
流星は民宿の中に駆け込み、構えた状態で固まった。
民宿の中には、銃の持ち主以外誰もいなくなっていた。どうやら全員、避難はできたらしい。
だが、流星はそのことに気を回せるほどの余裕は無かった。
「の、信人……?」
銃を持っていたのは、ついさっきまで探していた信人だった。
しかし、明らかに様子がおかしい。目は正気を失い、まともに話ができる状態には思えない。
流星は愕然としてその場に立ちすくんだ。
どうして彼があんな状態になっている。
どうして妖気なんかを放っている。
どうして、どうして――!?
「う……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
信人は咆哮を上げた。ごつい銃を両手で構え、銃口を流星に向ける。
我に返った流星は、右へ移動し、銃弾から逃れようとした。
が、少し遅かったらしい。
バン!!
鼓膜が破れそうな銃声と同時に、左肩に痛みが走った。
肩を押さえ、見ると、かすめたらしい。服に血がにじんでいた。
大した怪我ではない。それに、右手が無事なら武器を振るえる。
だが――その武器は誰に向けるのか。
信人に――か?
斬らねばならないのか。
友達を?
だが流星は迷っていても、相手は迷わないらしい。
信人はいかにも重そうな銃をこちらに投げつけてきた。流星はそれを素手で弾くも、すぐそれがおとりだと悟る。
視界を邪魔していた銃の代わりに、信人が突っ込んできた。銃を投げると同時に、距離を縮めていたらしい。
流星は反射的に足で迎撃した。向かってきた信人の胸を、思いっきり蹴り飛ばす。
後ろに吹っ飛ぶ信人。壁に叩き付けられたのを見て、流星は駆け寄るどうか迷った。
そこで、ふと気付く。信人の腕に巻き付いた、それの存在を。
黒い珠を連ねた、それは数珠だった。
禍々しい気配を放っており、その気配は信人にまとわり付いている。
「……そういう、ことか……」
流星はぎり、と奥歯を噛み締めた。
経緯は解らないが、信人はあれに操られているようだ。
あれを何とか外すことができれば――
「何だよ、これ……」
その声に、流星は驚いて振り返った。
一体いつからそこにいたのだろう。一緒に信人を探しに出ていた友人達が、そこにいた。
「信人が銃ぶっ放してるって聞いて、それで……」
「この……馬鹿! 何で来てんだよ!?」
流星は思わず怒鳴った。友人達はぎくりと身体を震わせる。
「……っておまえ、肩から血が!」
「かすり傷だ。それより早く……!」
流星は足音に身体を正面に戻した。信人が走り出し、再び距離を詰めてきたのだ。
流星はその突進を受け止め、押し飛ばす。信人は転がるように床に倒れ込み、そして流星との間合いを取った。その際床に落ちていた銃を回収する。
また投げるつもりなのだろうかと、流星は身構えた。しかしその予想は、とんでもない形で外れることになる。
信人は銃を――構えた。
もう残弾は無いはずなのに。
まさか、と思う。
まだ残っていたのか。投げたのは、銃弾が無いと思わせるためか。
あきらかに考えてやっている。
彼はただ操られたのではないのか――!
引金に指がかかった。銃口は流星を向いていない。
銃口は、友人達を向いていた。
流星ではなく――友人達を。
「っ……!?」
流星はろくに考えずにろくに考えずに動いた。
信人との距離を詰めている内に、銃弾は放たれるだろう。それでは友人の一人が確実に被弾する。
そうなれば、その友人は死ぬ。そうでなくとも、大怪我を負うことになるだろう。なら、自分が彼らをかばえばいい。
この行動をのちに聞いた悠は、絶句することになる。怒るのも忘れ、ただ言葉を失うことになる。
しかしそんなことは、今の流星には解らない。解るはずもない。
頭にあるのは、ただ友人を救うだけだった。
流星は友人達を弾道から外すように押しのけた。その速さは常人にはかすむほどであり、友人達にとってもそれは同じことだったろう。
そこから自分も伏せるという選択もあった。が、それをするには少し遅過ぎた。
「……がっ」
流星は呻く。腹に、焼け付くような痛みを感じたからだ。
直前に銃声を聞いている。一発だ。
つまり、この痛みは――
「はっ、はぁ、はぁ、はぁ……マジかよ」
かばうつもりではあったが、せいぜいかすめる程度だと思っていた。それくらいはできるつもりでいた。
考えが甘かった。思った以上に行動が速かった。
まさか、腹を撃たれるとは思ってもみなかった。
―――
「狂戦士は知ってるだろう」
路地裏――ことの状況がよく見える場所に、クラウディオとエドワードは身をひそめていた。
クラウディオの問いに、エドワードは頷く。
「ええ。ですが、それがどうしました?」
「あれが、まさにそれだ」
にこりともせず、クラウディオは自分の作り出した現状を眺める。
彼が笑うところを、エドワードは見たことが無い。自分だけでなく、他の誰も無いだろう。
この少年のような風貌の青年は、笑ったことが無い。それは当たり前で――彼は笑い方を知らないのだ。
それどころか――彼は表情の動かし方すら知らない。
さながら鉄仮面のごとく、彼の表情は変わらない。せいぜい、感情に合わせてほんの僅かに反応するぐらいだ。たいがいそれはしかめっ面になっているが。
そういえば確か、鉄仮面を付けて幽閉された男の話があった気がする。高貴な身分でありながら、さる事情でどん底に落とされた男。
クラウディオに、少し似ている。
「まさに――とは?」
エドワードは考えを振り払って、尋ねた。クラウディオはエドワードに向き直る。
「あいつに付けた数珠は、僧兵と呼ばれる者の一人が付けていたそうだ」
「僧兵……日本が武家社会だった頃にいた、文字通りの戦士――ですよね?」
「あぁ。宗派は違うが、今の俺達のようなものだ。その数珠の持ち主は、人を殺す感覚と武器を扱う感覚に酔った」
「快楽殺人鬼になり下がった――というわけですか」
「解りやすい堕落だろう。あの寺の連中からその話を聞いた時、あきれたものだ」
クラウディオは肩をすくめた。
それは襲撃する前か後か――エドワードはどうでもいいことを疑問に思った。
そんな考えは意味が無い。寺はすでに、クラウディオによって潰されているのだから。
「あるいは――戦闘狂と呼ぶべきかもな。だから俺はあれを狂戦士と読んだ」
「僧兵の霊が取り憑いたわけですか。あ、でも、彼はどうして銃の扱い方が解るんです? 確かにさっき、クラウディオが一回使って見せましたが……」
「言ったろ、武器を扱う感覚に酔ったと」
クラウディオはオレンジの瞳を細めた。
「一回見れば武器と解る。武器と解れば――使わずには、いられない」
「使わずには――」
「だから、戦闘狂だ」
クラウディオは再びその様子を見つめた。
一人の青年が、銃片手に民宿へはいっていくところを。
しばらくすれば、多くの人間が民宿から出てくることだろう。
何人死ぬのだろう。一人か、二人か。もしかしたら、誰も死なないかもしれない。
別にそれはかまわない。今回の目的は、人が死ぬことではない。
「……それにしても、それにしたって、デザートイーグル渡すのはどうかと思いますよ。反動、どれだけあると思ってるんですか」
「あいつ空手をやっているんだろう。多少の反動、どうってことない」
「多少って……」
エドワードはため息をついた。
「ともあれ、後で回収しなければいけませんね、銃」
「まぁそこからアシが付くことは無いがな」
クラウディオはそう言い、ふと、目を瞬いた。
「思ったより早いな」
「はい?」
エドワードが視線を追うと、見覚えのある青年が民宿の中に駆け込んだのが見えた。
「おや、本当ですねぇ。足、速いんですね」
「それだけではないだろうがな」
クラウディオはそれを見送った後、背を向けた。
「そろそろ行くか」
「いいですけど……人消し役を僕に一任しないでくださいよ」
「? 火消し役はおまえだろう。任せる任せない以前の問題だ」
「いや、火消しは得意ですが専門ではありません。クラウディオ、僕が君と組んでる理由解ってます?」
「火消し役」
「お目付け役です」
エドワードは額を押さえた。
「君、自分の危うさが解ってますか? 今のところ君を肉体的にも精神的にも抑えられるのは、僕とシスターだけなんですよ」
「……冗談だ」
ふい、と顔をそむけるクラウディオに、エドワードは少しだけ笑った。
「冗談を言える程度には、情緒は成長しましたか」
「……怒るぞ、エド」
「ほめたんですよ。あ、すみません。君はほめられるのが死ぬほど嫌いでしたね――」
エドワードは言葉を切り、振り返った。
銃声がしたのだ。そして予想通り、よろめく青年の姿が見える。
「さすがに死にますかねぇ」
「いや、どうだろう。話によると、腹を貫かれてもすぐ完治したようだし――」
「中に銃弾が残ってない限り死にませんか……ふむ。しかしまぁ、見届けられるのもここまでですね」
エドワードはズボンのポケットから懐中時計を取り出し、開いた。
古い時計だ。しかしていねいに扱っているため、金色のメッキが取れることは無い。
「そろそろ向こうに行かなければいけないでしょう」
「ん。……あいつ、死ねるといいがな」
それは、もし生きていたら目の当たりにするだろうことを言っているのだろうか。
確かに、この結末に救いはない。どちらにしても苦しむだけだ。
救済など求めてはいけない。求められない。
それでも苦しみたくないなら、死を選ぶほか無い。
死は逃避だ。けれど同時に、安らぎでもある。
クラウディオは珍しく、他人を思いやっているらしい。
それに対して、エドワードは思うところが無いでもなかったが――そしてそれがあまりいい感情ではないことを自覚していたが――ともかく。
ため息をついた。
深い深い、ため息を。
「死ねるとか、物騒な言葉を使わないでください。僕達らしく、こう言いましょう」
首を傾げるクラウディオに、エドワードはたしなめるように言う。
勿論それはクラウディオが幼いとか、そういう理由があるからではない。
だだエドワードは、クラウディオの足りないものを補っているのだ。
それは、自分にも言えることだけれど。
エドワードは心の隅でそう思いつつ、続く言葉を言った。
まるで言い聞かせるように。
しかもクラウディオではなく、自分に。
「神の元にいけるといいですね――そう言いましょう。僕達は『使徒』なんですから」