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HUNTER  作者: 沙伊
93/137

      憑き人<下>




『馬鹿、な……』

 鬼――酒呑童子は目を見開いた。

 腕は悠を引き裂かんと振り上げられている。振り上げられたまま、止まっていた。

『貴様、何をした……!?』

「別に何も」

 悠は冷笑を浮かべた。

「ただ言っただけ。『動くな、酒呑童子』って」

『ほざけ! こざかしい術なのだろうっ』

「まぁ、否定はしないけど」

 悠は肩をすくめた。

「呪いの一種でね、名を呼んだ者の動きを封じるんだ。もっとも、普通の妖魔には効かないし、半妖や退魔師にも効かない。そういう呪いが効かないよう、お守りを持っているか、術をほどこしているからね」

 悠はチョーカーに付いた十字架をいじった。

「馬鹿だね、名乗らなければこんなことにはならずにすんだのに。しかもそれは人間から与えられた名でしょ」

『っ、くそっ……』

「それを自分の名と認めなければ、『名』にはならなかったのに」

 悠は刀を抜いた。

「名を必要とするのは、人間だけなのにね」

 白銀の刀身が酒呑童子の首に喰い込んだ。そのまま振り切ると、醜い頭が宙を飛ぶ。

 すぐ体勢を戻すと、傍で悲鳴が上がった。

「何だ、まだいたの?」

 横でへたり込んだ川本を見て、悠は目を瞬いた。

「まぁ、もう解決したからいいけど……!」

 悠は目を見開いた。酒呑童子の頭が、こちらに向かって飛びかかってきたからだ。

 牙を剥き出しにして噛み付かんとする酒呑童子と、恐怖ゆえか微動だにしない川本。その間に、悠は左腕を差し込んだ。

「う、ぐぅ……!」

 結果、酒呑童子の牙から川本を守ることはできた。が、その牙は悠の差し込んだ腕に喰らい付く。

『憑いてやったわ、憑いてやったわ』

 酒呑童子は笑った。今更ながら、その声は口以外のところで発しているらしいことに気が付く。

『貴様のせいでまた肉体を失った。今度はおまえに憑き、闇を喰ろうてやる』

「……口からおまえが出てくるのはお断りしたいし、私の闇を喰いきれるかな? 第一」

 悠は腕の激痛に耐えながら不敵に笑った。

「私一人を相手にしてていいの?」

 その言葉に酒呑童子が気付く前に、悠は兄の名を呼んだ。

「恭兄!」

「解ってる」

 恭弥はすでに、式神を放っていた。

黒鋼丸(クロガネマル)

 恭弥が放った呪符は鎧武者へと姿を変え、酒呑童子の頭を掴んだ。

「動くなよ」

「解ってる」

 兄の返事と同じ言葉を返すと、鎧武者の刀が動いた。

 刀は酒呑童子の頭を半ばから断ち斬った。頭は離れたものの、()はまだくっついている。

「しつ、こいね」

 悠は唯一残ったその顎をぎろりと睨み付けた。

「きょ、に……」

 痛みのせいか、それとも生気でも吸われているのか、舌がうまく回らない。悠はそのまま座り込んでしまった。

「し、朱崋」

「はい」

 悠が呼ぶと、恭弥の隣に朱崋が姿を現した。しかし結界内には入ってこない。

 入ってこれないのだ。結界は基本的に妖魔を拒絶する。妖狐として強大な力を持つ朱崋といえど、例外ではない。

 だから。

「恭兄に結界を解いてもらうから、その後すぐに、この顎を焼き取れ……」

 酒呑童子の牙が更に喰い込んだ。このままだと、本当に寄生されかねない。

「き、恭兄!」

「あぁ!」

 恭弥は頷き、印を切った。

 とたん、部屋の中を覆っていたものの消失を皮膚が感じ取る。それとほぼ同時に、酒呑童子の顎が燃え上がった。

『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ! こ、これは、狐火ぃぃ!?』

 青い炎に包まれながら、顎は悠の腕から離れた。傷口から血を吹き出しながらも、悠は何とか立ち上がる。

「油断してたよ、まったく……」

 片手で刀を持ち上げ、酒呑童子の顎を見下ろした。炎はまだ消えていない。頭の無い身体や顎から上の部分は、すでに消失している。あとはこの顎だけだ。

「過去の幻影は幻影らしく消えろ!」

 悠は刀を酒呑童子の顎に向けて振り下ろした。

 斬る、というより叩く、という感覚だった。事実、酒呑童子の顎は粉々に砕けてしまう。

 火がついた破片が辺りに散らばった。しかしその破片は、床と同化するように消えてしまった。

「……服、汚れた」

 今なお血を流す服に気も留めず、悠は服の方を気にする。

「さすがに血は取れないか……このブラウス、白だし」

 あまりのことに気絶してしまった川本のことも無視して、悠は服を汚してしまったことに嘆息した。


   ―――


 川本の拘束は外された。あれは酒呑童子が寄生したために起こった殺人衝動の対策だったため、もう必要無い。

「軽くうつ状態になっていたようだし、本人も後悔している。情状酌量の余地はあると思うよ」

 悠は朱崋に治してもらった腕の調子を確認しながら言った。

 椿家の邸宅。悠は恭弥と一緒に実家に帰っていた。

 血の付いた服はすでに着替え、今は黒のキャミソールを着ている。

「刀兄の方から、いい弁護士付けてあげてよ。不可抗力とはいえ、複数人殺したから、それなりに思い罪になるだろうし」

「あぁ。……しかし珍しいな」

 刀弥は煙管をふかしながら首を傾げた。

「事後処理なんて。いや、事後処理すること自体は珍しくないが、依頼人を主体にするとはな」

「別に……」

「流星と付き合ったおかげで優しさが芽生えたか?」

 兄の質問に、悠は首を横に振った。

「違う。そんな生ぬるい理由じゃない。今回のことは、私としては思うところがあったんだよ」

 悠はため息をついた。

「自分の意思に関係無く、殺したくなかったのに殺してしまったってところがね」

「あ……」

 刀弥の表情が変わった。

 悠は自分の母親を殺したことがある。きっかけは、母が恭弥を殺そうとしたことだ。

 そしてそれをそそのかしたのは、今自分の横にある『剣姫』だった。

 今思えば、悠はあの時、『剣姫』に半分乗っ取られていたのだろう。無事だったのは、刀をすぐ手離したからだ。

 同じ――ではないけれど、似ては――いた。

「同情してるのか?」

 刀弥の言葉に、悠は笑みを浮かべた。

 それは自嘲の笑みか。

 それとも自虐の笑みか。

「まさか」

「……」

「同情なんてするわけないでしょ。そんな暇――あるわけない」

 悠は立ち上がり、刀弥に背を向けた。

「第一、自分の意思じゃないって点を除けば、彼と私は――私達は、とんでもない差異がある」

 それは決定的なことだ。

 倫理も道徳も外れに外れて、最後には悪徳しか残らない、そんな違い。

「私達は妖魔を倒すという大義名分が無ければ、ただの人殺しと変わらないんだからね」

 悠はそのまま、刀弥の部屋を後にした。



 妖魔の中には、人から妖魔となった半妖がいる。

 それはもう斬っていい存在、狩るべき対象だ。

 けれど、彼らには人として生きてきた道筋がある。人生というものを持っている。

 退魔師は、それらを度外視しなければならない。

 過去ではなく、ただ現在を。

 記憶ではなく、ただ現状を。

 思惑も志も全て無視して狩る。それが退魔師だ。迷いは許されない。

 あるいは、だからか。

 葛藤する流星に、葛藤しない自分が惹かれたのは。

 興味が好意に変わったのは、そのためか。

「……くだらない」

 悠は笑いながら呟いた。

 好きになる理由を考えるなんて、馬鹿らしい。

 原因なんてどうでもいい。経過なんて気にしない。

 私が流星を好きであればいい――そう思った。

「早く帰ってきなよ、流星」

 何となく寂しくなって、悠は誰に言うでもなく、離れた場所にいる青年に、そう囁いた。


   ―――


 その場に着いた時、流星は遅かったと悟った。

 そこは小さな寺だった。いかにも古そうで、石畳も土で汚れに汚れている。

 そこに、死体が四つ転がっていた。

 どれもこれも黒焦げで、まだ火がついている。もう助からないのは明白だった。

 本尊があるであろう建物は燃え盛り、崩れている。爆音と黒煙の元はこれだろう。他の建物は無事だ。

 明らかに人為的なもの。おそらくは、本尊とここにいる人間が狙いだったのだろう。

「くそっ!」

 流星は地面を蹴った。

 もっと早く自分が来ていれば、助けられたかもしれなかったのに。

 何もかも遅かった。

 流星は顔を歪めながら辺りを見渡した。

 犯人はまだ近くにひそんでいるのか。それとも逃げたのか。

 人なのか、あるいは妖魔なのか。――いや、妖気は感じられない。なら人か。

 こんなことをする人間がいるなんて――

「……違う」

 流星は首を横に振った。

 自分はよく知っているはずだ。人間の中には、とてつもなく残虐な者がいることを。

 しかし、それにしても、一体何が目的でこんなことをしたんだろうか。

 ……考えてもしかたがない。自分ができることは、もう無いのだ。

 流星はぎり、と奥歯を噛み締めると、その場を足早に立ち去った。



「ふむ……この場面を見てああいう顔をするのか」

 金髪の青年は木の上から、去っていく日本人の青年を見下ろしていた。

 その目には侮蔑の色が浮かんでおり、彼を見下ろし、見下しているようだった。

 その後、青年は目を細める。いいことを思いついたとばかりにオレンジ色の瞳を光らせた。

「何か面白いいたずらを考えついたみたいね」

 と。急に背後から青年を抱き締める者が現れた。

 ウェーブがかった長い黒髪の美女だ。アジア人離れした顔立ちで、肌は抜けるように白い。

 それは、青年の方にも言えることだが。

 外国人であることを除けば、共通点の無さそうな二人。唯一の共通点は、二人の服装だった。夜とはいえ暑いこの季節に、二人はなんと黒いコートを着ているのである。

 ケープが付いた、ボタンには十字架が刻まれているコートだ。そでやすそには金色のラインが入っている。

 そんな服装で、同じ太い木の枝に座って身体を密着させている二人は、暑苦しいとしか形容できなかった。

 しかしそれを指摘する者はここにはいないので、そのまま、暑さなど感じていないように二人の会話は続く。

「悪魔――この国では妖魔か。それを、あいつとあいつの友人にけしかける」

「うまくいくかしら」

「いく。さっき使えそうなのを見付けた」

 青年は言った。笑わないまま、目だけ細めて。

「あいつの甘ったるい心をめちゃくちゃにしてやるよ」

「本来の仕事も忘れないでね」

「勿論だ」

 青年は女性の言葉に頷き、更に目を細めた。

「全ては神の、(おん)ために」





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