まねごと<下>
悠は詩織が赤いロウソクを持った瞬間、刀を手に取った。
その後すぐ立ち上がり、抜刀ざまにロウソクを斬ると、火を吹き消す。
これで百物語は、九十九話で終幕――のはずだ。詩織が隠し玉を持っていなければの話だが。
悠は「さて」と、刀の切っ先を詩織に向けた。
「君は言ったね。同窓会を聞いたのは君自身だと。百物語をするために、同窓会を開いたんじゃないの?」
「……」
「百物語をすると妖怪が現れるとは有名な話だ。この話を知らなくても、何かが起こるということを知っているでしょ」
悠は元クラスメイト達を見渡した。彼らは顔を見合わせる。
「まぁいい」
悠は肩をすくめ、顔を詩織に戻した。
詩織はうつむいている。夜目は効くが、前髪に顔が隠れていては見ようにも表情は見えなかった。
「まぁ妖怪が現れるなんて眉唾物だろうけどね。でも実際百まで怪談話をしたら何かが起こるのは確かだよ。実はそれは、百番目の怪談が鍵になるのさ」
悠は火の消えたロウソクを流し見た。
「場合によっては、確かに妖怪が出るだろうね。だって……百物語を最後までやると、百番目の怪談が現実になるんだから」
悠が言ったとたん、全員黙り込んだ。元クラスメイト達は戸惑ったように悠と詩織を見比べている。
「君はそれを知っていたんだね。知ってて百物語をしようとした。猛が欠席するのも、解ってたんじゃない? でなきゃ、三十三人なんてキリのいい人数にならない。確か三十四人構成のはずだったからね」
元クラスメイトの顔や名前は全く覚えてないのに、それだけは記憶している悠だった。
「調べようと思えば調べられることだ。……さて、ここまで推理できたわけだけど、君が何をしようとしたかは解らなかった。せっかくだから教えてくれる?」
「……」
詩織は答えない。うつむいたまま、だんまりしている。
「……まぁいいか。そんなとこには興味無いし、おおよその見当は付いてる」
悠は燐の方を見た。
「燐、結界を解いて――」
「あるところに二人の女の子がいた」
突然の声に、悠は驚いて振り返った。
「詩織……?」
「片方はとても綺麗でみんなの憧れの的、片方は地味で暗いいじめられっ子」
「問わず語りを許した覚えは無い。それに、今更怪談を話しても……!」
悠は目を見開いた。
突然足元が明るくなり、一瞬が目がくらむ。目を瞬かせて視線を落とせば、なんと赤いロウソクにまた火が灯っていた。
「ど、して……」
確かに消したはずだ。消しきれなかったのか? いや、そんなはずは無い。ちゃんと確認した。
なら、まさか――
悠は再度詩織を見た。彼女の語りはまだ続いている。
「いじめられっ子は綺麗なその子の真似をしていた。でも、どうしても同じになれない。どうしたらいいか。いじめられっ子は悩んだ。そして思いついた。その娘と入れ換わればいい。そしたらその娘自身になれると」
「……! やっぱり目的はそれか」
悠は顔をしかめた。
詩織はいつも悠の真似をしていた。今だって、服装や顔立ちや髪型を真似ている。
しかし彼女は悠の真似をしたかったのではない。悠になりたかったのだ。
しかし外見を似せたところで悠自身になれるわけがない。そもそも、悠と詩織は元より似ていないのだ。
外見もそうだが、特に内側――性格や考え方、人格そのものまで、何もかも真逆だった。
けれど彼女は悠になりたかった。どうしてもなりたかった。
そして行き着いた先が、百物語を利用した成り代わり――!
「馬鹿馬鹿しいよ。私なんかになりたいなんてね」
悠は刀を振るった。今度こそ火を消そうと、ロウソクを斬ろうとした――のだが。
「いじめられっ子は憧れの女の子と無事に入れ換わった。おしまい」
「っ、く……!?」
火が消えた。一瞬で暗闇に閉ざされた教室の中で、悠は膝を着く。
「しま、た……」
「これで百物語は完成。私と貴女は入れ換わる」
詩織が耳元で囁きかけてきた。
「貴女は私の憧れ。大好き。だからずっといたいの。例えば鏡を見るたび、会いたい」
「ふ、くぅ……」
「私が貴女になれば、貴女はずっと私と一緒でしょ?」
強い執着。そして妄執。彼女の中でこんなものが育っていたなんて。
「もう少し……もう少しで私は貴女に、貴女は私になる。もう少しで、もう少しで!」
「――残念」
悠は顔を上げ、にっこり笑った。
「悪いけど、君と私は入れ換わらない。退魔師の身体を簡単に得られると思うなよ」
「えっ……」
詩織はばっと悠から離れた。
「何で……どうして……」
「教えてあげる。退魔師はね、いつもお守りを付けてるんだよ」
悠はチョーカーに付いた十字架をいじった。
「色んな効果があるんだけどね、百物語の力を無効にするぐらい可能だ」
「そんな!」
「それに、こっちには優れた結界師兼優れた呪術師がいる」
悠が視線を向けると、燐は立ち上がった。
元クラスメイト達はこれまでのことに驚いて頭がついていかないのか、ぽかんとしている。が、そちらまで気を配る気は無い。
どうせ後で記憶を消すのだ。何を見られてもかまわない。
「さて、どうしてこんなことを……」
悠が詩織に問いかけようとした時、急に元クラスメイトの一人から弱々しく声をかけられた。
「つ、椿さん……」
「……何」
「あ、あの……その娘、もしかして幽霊なのか?」
「……は?」
悠は最初、その元クラスメイトの方を見ていなかったが、その言葉を聞いて身体ごと彼の方を向いた。
「どういう……こと?」
「だってあいつ今入院してて……意識不明だって……」
「それは……どういうこと!?」
悠はその元クラスメイトに詰め寄った。
「一体詩織に何があった?」
「あ、ああの……俺達ふざけてて、本気じゃなかったんだ! 冗談だったんだ! まさか本当に窓から落ちるなんて……」
「お、おい!」
隣の男子が止めに入った。だが、もう遅い。
悠は元クラスメイト達を見渡した。皆、おびえた顔でうつむいている。
いじめられっ子――詩織の言葉がよみがえる。
「……いじめていたんだね」
悠は元クラスメイト達を睨み付けた。
「詩織を……私の友達を!」
怒鳴りかけた悠はその先を飲み込んだ。
詩織を、見たから。
詩織はもはや悠の知る詩織ではなかった。
黒い目はつり上がり、血走っている。口からこぼれる声は獣の呻き声のようで、身体を低くして構えるその姿は、まさに獣だった。
姿はまだ人間だ。が、このままだと――
「詩織!」
悠が大声を上げると、詩織はこちらを向いた。
「ゆ、ちゃ……」
かすれて聞こえずらいが、詩織は自分の名を呼んだ。
けれどそれは、友好のかけらも、人らしさのかけらも感じられない。獣のような、機械のような反応だった。
「君は今、精神体なんだね」
それを哀しく思いながらも、悠は静かに呼びかけた。
「肉体はおそらくまだ、病院にあるはずだ。精神が一人歩きしている状態――それはとても危険なんだ」
「ぐ、ぁ……」
「このままだと、精神が肉体に帰れなくなる。精神が――魂が人のものでなくなる。そうなったら」
「がっ……」
突然。
詩織の半身が黒い毛に覆われた。
いや、毛ではない。黒い羽根だ。まるでテレビの映像を早送りしているかのように、ものの数秒で詩織の肌を隠した。
「しまった……!」
遅かった。
もう妖魔化が始まってしまった!
「ぐ、ぐ……ぐぎゃあぁぁぁァァァァァァァァァァ!」
詩織は奇声を上げた。それはもはや人の声ではない。まるで鳥の声だ。
鳥――
「……詩織、君は鳥が好きだったね」
悠は息をついた。深く。
「私も鳥は好きだよ。でも、妖鳥は」
手に持った刀をだらりと下ろしたまま、悠は詩織に――否、妖魔に近付く。
「傷付けるしかできないから、嫌いだよ」
妖魔は動かない。完全に妖魔化したわけではないから、思うように動けないのだろう。
今なら――楽に狩れる。
「じゃあね」
悠は刀を右下から左上へ、ななめに振り上げた。
妖魔の、左腰から右肩にかけてになななめの傷口がぱっくり開く。半瞬遅れて黒い血が吹き出した。
タールのような血と一緒に悲鳴が上がる。返り血をあびないように後ろに下がった悠は、そちらを見た。
視界に入ってきたのは、おびえた様子の元クラスメイト達だった。こちらを見る目は人喰い獣でも見ているかのようだ。
彼らにとっては、人喰い獣も自分も変わらないのだろう。変わらないように映るのだろう。
「……斬らないよ」
鞘を拾い上げた悠は、そう言いながら妖魔がいた場所に目を向けた。
妖魔の姿はもう無い。床を汚していた黒い血も消えている。その場所は、何も無かったとでも言いたげにすましていた。
「私が斬るのは妖魔だけだ。人間は斬らない。例え君達がどれほどくだらない人間でもね」
刀を鞘に収め、悠は元クラスメイトを睨んだ。
「ただし、君達のやったことを見逃したわけでも、ましてや許したわけでもない。しかるべきところでしかるべき裁きを受けてもらう」
悠が目配せすると、燐は慌てたように携帯を取り出した。それを確認し、悠は元クラスメイト達に対して静かな声を作った。
「それが、君達のつぐないだ」
―――
喪服を着た人々の群れは、妙に少なかった。
彼女のクラスメイト達がいないからかもしれない、と黒いワンピースを着た悠はぼんやり思った。
吉村詩織のクラスメイト――悠にとっての元クラスメイト達は今警察にいる。病院にいた詩織が息をひきとったことにより、彼らの罪状には殺人がくっつくことになった。
詩織が生きていたら『未遂』で終わっていただろうが――しかしそれでも罪は重い。どちらにせよ、イジメをしていた時点で随分な騒ぎだ。
死人が出なければ余計な罰も受けずにすんだのに――どちらにしたところで学校にはいられなくなるかもしれないが。それも、クラス丸ごと。
「……って、何他人ごとみたいに考えてるんだろう」
原因ではないにしろ、一因ではあるというのに。
悠はため息をもらした。
元クラスメイト達はまだ未成年。罰はそれほど重くはならないだろう。
しかし罪は変わらない。若かろうと老いていようと、未成年だろうと成人だろうと重さは平等だ。
「帰ろう」
悠は喪服の集団に背を向けた。
詩織の精神を――魂を斬ったのは自分だ。それが詩織が死ぬことになるきっかけだった。なのにどの顔で行けと言うのだ。
もっとも、詩織はすでに脳死だったらしく、ただ肉体が脳と同じ状態になっただけと言えるのかもしれないが。
むしろ、その方がよかったのかもしれない。
脳死はあくまで脳の死。肉体は生きている。二度と目を覚まさなくても、家族は『死』を認められなかったろう。
血のかよった物体の世話をし続けるより、死を認める方がましだ。酷いかもしれないが、れっきとした、哀しい事実だ。
悠はもう一度ため息をつくと歩き出した。ここは息苦しい。早く離れたかった。
空を見上げると、黒い空は曇っていて星どころか月も見えない。今にも雨つぶが落ちてきそうだ。
悠は少し早足になってその場を離れた。
しばらく歩いて、目の前に見慣れた姿を見付けた悠は、思わず朝を止める。
「流星……」
「よお」
流星は背を預けていた塀から離れ、軽く右手を上げた。
「何で……」
「朱崋から聞いた。今回のこと、色々」
流星は真剣な顔付きで悠に近付いた。悠は思わず一歩下がる。
「悪ぃ。本当はもっと早く――昨日か一昨日にでも会いに行こうかと思ったんだけど、会いづらくてさ」
「……そう」
悠は目線を地面に落とした。
「酷い奴でしょ。昔の友達斬り捨てるなんて。言いわけじゃないけど、ああするしかなくてね。ほっといたら、被害が出ていたかもしれないし」
「そうだな」
流星の声と一緒に、頭の上に何かが乗った。顔を上げると、流星の手が自分の頭に乗っているのだと気付く。
自分より大きくて男らしい手。空手をしているからだろうか、ごつごつとしているように思える。
「おまえは正しいよ、悠」
「りゅ……」
「俺はおまえが正しい判断をしたこと知ってる。だから」
流星は微笑を浮かべた。
「そんな、泣くのをこらえてみるみたいな顔すんなよ」
「え……」
悠は驚いて自分の顔に触れた。
「私、そんな顔してる……?」
「してる。自覚無いか?」
「無い……」
悠は再びうつむいた。
「泣きたいのかな、私は」
「そうなんじゃね? 泣けばいいじゃん。その方がすっきりするだろうし」
「そうかな。だったら」
悠は手を流星の背中に回し、顔を彼の胸にうずめた。
「胸貸して」
「え、えぇぇ!?」
流星は戸惑いの声を上げた。おそらく、顔は赤く染まってるに違いない。
「悠、おい……」
「黙って」
悠は流星に抱き付く力をいっそう強めた。
「お願いだから……今は黙ってて……」
我ながら弱々しい声が出るものだ。悠は内心で自嘲し、ゆっくり目を閉じた。
しばらくして、悠の背中に触れるものがあった。それは流星の腕であり、悠を抱き寄せるように力が入る。
それを感じながら、悠は流星にすがり付いた。