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HUNTER  作者: 沙伊
89/137

     まねごと<中>




 カーテンが閉め切られた部屋。ただでさえ教室というのは光が入りにくいものなのに、これでは夜と変わらない。

 そして中心。机と椅子を後ろに追いやった教室の真ん中には、椅子が大きな円を(えが)くようにして置かれていた。数は、おそらくちょうど三十三脚なのだろう。

 そしての傍には、ロウソクが三本ずつ置かれている。特徴の無い、普通のロウソクだ。

「燐」

「解ってますよ」

 燐は元クラスメイトにバレないよう呪符を飛ばした。

 呪符は四枚。それぞれ、教室の四隅に貼り付く。

「これで結界は張ったけど……何が起こるか解らないから、『剣姫(ツルギヒメ)』持っとくよ」

 悠は紫の布にくるまれた刀を持って肩をすくめた。燐は目を丸くする。

「……いつの間に」

「今の間に」

 悠は簡潔に答え、椅子に座った。

 詩織はすでに椅子に座っている。その姿は、見れば見るほど自分と似ていた。

 これはもう――真似というより、なり切っているような――

 何のために? 自分のようになりたいから?

「こんな私になっても、苦しむだけなのに」

 悠は自嘲ぎみに呟いた。

 それよりも、だ。そんなことは今はどうでもいい。

 問題は彼女の変わりよう、同窓会の真意、そして百物語――

 それに、元クラスメイト達の反応も気になった。

 詩織の名を出した時の彼らの反応。絶対何かある。

 他にも、気にかかるものはあった。しかし今は静観するつもりだ。

 次々椅子に座っていく元クラスメイト達。全員が全員、詩織を盗み見ている。その目は、まるで詩織自身が幽霊であるようだ。

 彼女をここまで恐れる理由が、一体どこにあるというのだろう。

「じゃ、まずはロウソクに火をつけて。ライター回していくから」

 詩織はそう言い、自分のロウソクに火をつけた。

 彼女の元には四本のロウソクがある。本当に一人で四つの怪談話をするつもりらしい。

 そこで悠は、あることに気付く。四本のロウソクの内の一本。それはなぜか赤かった。

 血のような紅色のロウソクで作られたロウソク。形こそ他と同じだが、色が違うだけに異様に目立っていた。

 ロウソク自体に特別な力は無いようだ。最後に消すつもりなのか、それとも――

「椿さん、ライター……」

「え? あぁ、うん」

 悠は我に返り、隣の少女からライターを受け取った。気が付くと、教室内はかなり明るくなっている。

 ライターにも、特別な術はほどこされていない。普通のライターだ。

 足元の三本のロウソクを手に取ってみる。こっちも異常は無い。

 となると、やはり百物語自体に何かあるのか。

 怪談を百話す百物語。始まったら最後、誰も終わるまでやめることはできない。

 百話まですると妖怪が出るとは有名な話だが、実はそうではない。だが、百話目の話が終われば何かが(・・・)が起こるのは確かである。

 悠はライターを次に回しながら、詩織に目をやった。

 すると視線がかち合う。詩織も詩織で、こちらを見ていたらしい。目が合うと、すぐそらされたが。

 そのすぐ目をそらす癖は変わらないらしい。それに安堵しつつも、ますます解らなくなる。

 どうして。

 どうして彼女は、私の真似をしたがるんだろう。

「……全員つけ終わったね。じゃ、私から話すよ」

 詩織は切り換えるように口を開いた。

「そうだな……。……昔、別荘として使われてた屋敷があったの。その元別荘はペンションになったんだけど、それを借りた大学生四人が変な音を聞いたの。ぱたぱたって走る音。二階には誰もいないのに。でも、実はまだ見てない部屋があって、そこは使えないよう目張りがされてたの。四人は好奇心でそのドアを壊して部屋の中に入ったの。そしたら――」

 その時だった。

 詩織は、よほど目をこらさなければ解らないぐらい微かな笑みを浮かべた。

 それに気付いたのは、おそらく悠ぐらいだろう。

 ましてやそれが悪意を含んでいるなど、悠以外に気付けるものか――

「っ……そんな」

 悠は誰にも聞こえないような声で呟いた。それに重なるように詩織が話をしめくくる。

「そんなに広くない部屋の壁や天井、床にまでびっしり赤黒くて小さな足跡が付いていたんだって」

 詩織はふ、と息を吹きかけ、ロウソクの火を消した。

 一つ火が消えたぐらいで、元より薄暗いこの部屋の明るさが変わるわけじゃない。

 しかし悠は、視界が闇に閉ざされた気分だった。

 そういうことか。

 あぁ全く。自分と似てるとか真似してるとか、そんな問題じゃないじゃないか。

 悠はぎり、と奥歯を噛みしめた。

 変わってほしいと思っていた。変わって、もっと自分に自信を持ってほしかった。

 けれど、変わり果ててはほしくなかった。

 はあ、と息をつくと共に、悠は頭を切り換えた。

 そういうことならば、こちらも容赦はしない。

 悠は完全に退魔師モードになっていた。

 とはいえ、まだ静観しなければならいだろう。もう少し――九十九話目が終わるまで、こちらは動けない。

 ここは結界の中だ。百話を語るまでは少なくとも安全だろうが、今動いたら結界が壊れる可能性がある。

 つまり、百物語が終わる九十九番目で動くのがベストなのだ。

 悠は視線を『剣姫』に下ろした。

 羽衣姫(ハゴロモヒメ)との戦いから、なぜか前より『彼女』を扱えるようになった。

 一度乗っ取られたからか、月凪(ツキナギ)のおかげなのか、あるいはどちらもか。

 それは解らないが、少なくとも、これを扱う自分に、敵はいない。

(いや、それは言い過ぎか)

 悠は考え直す。

 自信は持っても慢心は持ってもいけない。それが、退魔師の基本だ。

 そんな風に思ってはいけない。悠は傲慢なつもりも高慢なつもりも無いのだ。

 ――流星あたりが聞いたら嘘つけっ、と絶叫しそうだが、あいにく彼はここにおらず、いたとしても悠の心を読むことはできなかった。

 悠はなおも思考を巡らせる。

 百物語で何をしようかなど大体予想はつく。もし百までやってしまえば、取り返しのつかないことになるだろう。

 術的にも、人道的にも。

 級友だろうと旧友だろうと関係無い。退魔師は、ただ闇を斬るだけだ。

 たとえそれが、必要悪だとしても。

 隣のロウソクが消えた。内容は全く聞いていなかったが、話し終えたらしい。思ったより長く考え込んでいたようだ。

「次は私かな」

 確認を取ると、全員沈黙する。肯定と受け取り、悠は一つ頷いた。

 そして笑う。

 得意の不敵な笑みを見せる。魅せ付ける。

「そうだね、ある男の話をしようか。その男は結婚詐欺師でね――」


   ―――


 流星は暑い太陽の元、ぼんやりと歩いていた。

 昨日は精神的に危なかった……他人から見ればうらやましい光景だったのかもしれないが。

 好きな娘(おまけに超絶美少女)に好きと連呼され、抱き付かれたりしなだれかかられたりしたら、落ちない男はいないだろう。

 実際流星も穴に足を半ば飲み込まれていたようなものだ。いや、もしくは天に引っ張られていたのか。主に魂が。

 しかしぎりぎりで踏みとどまったのは、疑問が二つあったからだ。

 一つは、悠はなぜ自分のような男を好きになったのかということ。

 こんな平凡――ではないけどまぁおおむね平凡――な一学生を、悠が好きになるなんて正直信じられない。

 二つ目は疑問というより不安だが――自分は悠にふさわしいのか、ということ。

 これが一番切実だった。悠が本当に自分のことが好きなら、それは喜ばしいことだ。両想いだ。

 しかし自分は、彼女の傍に立つべき人間なのかと考えてしまうのである。

 ふさわしくない。つり合わない。そんなことを思ってしまう。

 悠はそんなこと考えないだろうし、気にしないだろうが――流星は考えるし、気にする。

 普通に思い、普通に考え、普通に気にし、普通に悩む。だから流星は普通なのだ。

 誰かを好きになるのも、誰かに好かれたいと願うのも、ごく普通の、ごくごく平凡の反応。

 たとえ辛い戦いを経験しても、流星の根っこは変わらなかった。

「……はぁ」

 流星はため息をついた。

 どちらにせよ、悠の言葉に応えなければ状況は進展も後退もしない。なら、どうするか。

 簡単だ、返答すればいい。とてつもなく勇気がいるだろうが、言ってしまえばこっちのものだ。

 自分が悠を好きなのは変えられない事実だ。誰よりも好きだし、一番想っている。

 好き? いや、足りない。大好き? いやそれも違う。

 なら、これは――


「流星様」


 流星は驚きのあまりつんのめりそうになった。

 ぼうとしていたのもあるが、何より呼ばれたことにびっくりした。

 こんな呼び方をするのは、流星の知る限り一人しかいない。

朱崋(シュカ)! 驚かせんなよっ」

 流星は振り返り、背後に突然現れた赤い瞳の少女に怒鳴った。

「それは失礼しました」

 一方少女――朱崋は、いつも通りの無感動ぶりで頭を下げた。彼女は感情というものが無いのだろうか。

 いや――妖狐である彼女に、感情の有無を問うのは野暮というものだろう。

「で……何の用だよ」

 流星は頭をかいて朱崋に尋ねた。

「流星様に訊きたいことがございます」

「訊きたいこと?」

「はい」

 朱崋は頷いた。表情だけでは彼女が何を考えているのか解らない。そもそも表情が無いのだから読めるはずが無かった。

「選んでください」

「? 選ぶって……何を?」

「悠様とずっと共にいるか、一生姿を消すかです」

 朱崋の提示した選択肢は、あまりにもあんまりな両極端だった。

「それくらいの覚悟が無ければ、悠様のお傍にいることは叶いません」

「ちょ、待てよ! 何で急にそんな話を……」

「悠様が」

 朱崋の薄赤い瞳に圧され、流星は口を閉ざした。

「ご自分の気持ちをお伝えしたから、私はあの方の従者としてお訊きしているのです」

「悠が、自分の気持ちを……」

 やはりあれは、冗談ではなかったのだ。悠は本気で自分のことを好きになってくれたのだ。

「悠様は人を嫌っております。ゆえにご友人とご家族以外、心から信じられる方がいらっしゃらない。貴方だけなのです。人として、異性として、誰かを好きになったのは」

「……俺も」

 そうだった。流星も今気付いたが、悠が初めて異性として意識した女の子だった。

 初恋、なのかは解らないけれど、本当に、本気で好きになったのは彼女が初めてだ。

 ――いや、好きという感情ではない。それはさっき考えた。

 なら、この気持ちは何だろう。

「悠様の性格上、あの方は誰かを好きになったりされないだろうと思っておりました。ですから貴方のような方を好きになるとは思いませんでした」

「あれ? 何気に俺、馬鹿にされてる?」

 流星の呟きは黙殺された。

「しかし悠様が選んだ以上、私は口を出す権利を持ちません。しかし流星様にも一応、選ぶ権利はありましょう」

「それで、さっきの選択肢か……」

 言い方に引っかかりを覚えたが、朱崋の言いたいことは解った。

 つまり、流星を信じていないのだ。

 ずっと一緒に戦ってきたのに哀しい限りだが、彼女が信じているのは主である悠だけなのだろう。三ヶ月かそこらで仲間になった流星を信用しろという方が無理なのかもしれない。

 しかし、今はそんなことはどうでもいい。流星の答えは、もう決まっている。

「さっきの質問の答えだけど……当然、俺は悠と一緒にいるぜ。ずっとな」

「軽々しく言わないでいただきたいですね」

「まぁ言うのは簡単だな。だけど、本気だぜ。俺は悠と一緒にいたいんだ」

「化物と戦う少女とですか」

「おまえが言っちゃおしまいだろ……俺だって妖魔と戦ってるし。つうかある意味、俺自身が妖魔みてえなもんだし」

「……母親殺しでもですか」

「母親殺したら、悠は悠じゃなくなんのかよ。そもそも俺があいつと会ったのは母親殺しの後だろ。変わる以前の問題だ」

 流星は何を今更と思った。

「たとえ悠が何をしても、あいつがあいつであることに変わり無ぇ。なのにどうしてそんなことを気にしないといけないんだよ」

 やってることなんてどうでもいい。

 過去なんて関係無い。

 ただ悠の傍にいたい。

 流星は、それだけを思った。

 それに対し朱崋は、なぜかため息をついた。

 深々と、あきれるように。

「……流星様、前に私が言ったことを覚えてらっしゃいますか?」

「え? 俺、朱崋に何か言われたっけ……?」

「……覚えてらっしゃらないのですね」

 またため息。

「そうですか。なら、流星様ご自身の意思なのですね……」

「朱崋?」

 流星は首を傾げた。

 一体どうしたのだろう。自分はそんな変なことを言っただろうか。

「……流星様」

 と。朱崋が真剣な表情で名を呼んだ。流星は彼女の表情に少し面喰らう。

「流星様は悠様がご学友を斬り捨てても、許せますか?」

「え……」

「流星様……私めの願いを聞き届けてくださいませ」

「ちょ、待ってくれ! 悠に何かあったのか!?」

 流星が詰め寄ると、朱崋は顔をほんの少しだけ曇らせた。

「流星様、お願いがございます」


   ―――


 九十九番目の話が終わった。

 これで、私の願いか叶う――

 詩織はすっかり暗くなった教室を見渡し、にんまり笑った。

 あとは自分が百番目の怪談を言うだけだ。そうすれば、代われる。

 私は悠ちゃんに成り代われる――!

 詩織は赤いロウソクを手に取った。教室の中で唯一の光である灯火は、まだ燃えている。

 ロウソクの方は半分以上溶けていた。思ったより時間を喰ったらしい。

 だが、自分が最後の語りを終えるには充分な時間だ。

「あのね――」

 詩織が語り出そうとした瞬間――


 ヒュンッ


 突然の風切り音と共に、視界からロウソクの火が消えた。

「……え?」

 ロウソクは、半ばから切り落とされていた。切り口はなめらかで、すっぱり勢いよく切られたのは解る。

 しかし誰が、どうして、いやそれ以前にいつの間に――

「君のやろうとしていることは、人道に外れている」

 と。詩織はそこで初めて、目の前に誰かが立っていることに気付いた。

 そのすらりとした立ち姿は、見覚えがある。

「あ、あ、あ……」

「退魔師として、君の行動は止めさせてもらうよ」

 彼女――椿悠は不敵に笑った。





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