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HUNTER  作者: 沙伊
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第二十九話 かくれんぼ<上>




 もういいかい、と言うと、もういいよ、と返ってくる。

 その声はどこから聞こえてくるのだろう。辺りを見渡してみても、誰もいない。

 ふざけ半分で来てみたのに、ふざけ半分で言ってみたのに、まさか本当に返事が返ってくるとは思わなかった。

 あの噂が本当だとは思わなかった。

 気味が悪くなって、彼は踵を返した。

 一歩踏み出すごとに床がきしむ――なんてことは無い。当たり前だ、この建物は木でできているわけじゃない。

 なのにこの建物は、旧校舎と呼ばれた。

 旧校舎のイメージと言えば、木でできた、今にも崩れそうな古い建物だ。更に現在使われていないという付加要素も付いてくる。

 しかしここは違う。築数十年の比較的新しい校舎で、現在も使われている。

 しかし学校の古い建物には、えてして怪談というものが存在するものである。彼が試したのも、その一つだった。

 七不思議――というほどではないが。

 謎の噂話――ではある。

 しかしまさか、それが本当だなんて誰も思わないだろう。彼がそうだったように。

 いつしか彼は走り出していた。

 背後から誰かが追いかけてくる感覚。そんな存在いるわけないのに、誰かが自分を捕まえようとしているように感じた。

 誰もいない。夕方に学校に残っているのは、部活のある生徒か、教師ぐらいだろう。当然動物もここまで入り込めるわけない。

 生物ではない。なら、後ろにいるこの気配は、一体何だ。

 彼は走りながらそぉ、と振り返った。

 振り返ってはいけない。本能に、そう警鐘を鳴らされていたのに。


「見ぃ付けた」


 彼の目と、何も無い(うろ)がかち合った。


   ―――


「死亡? しかも焼死?」

 椿(ツバキ)邸にて、恭弥(キョウヤ)は妹の話に眉をひそめた。

 久々に制服に腕を通しつつ、携帯を右肩と右耳ではさんで通話している。

「何で、また」

『解らない。どうして炭化するほど燃えたのか。ガソリンでも使わない限り、人があれほど燃えるわけ無いんだけど。しかも頭だけ』

 (ユウ)は苦々しげに言った。きっと表情もよいとは言えないだろう。

『すぐ捕まるとは思ってたけど、死体でとは思わなかったよ』

「哀れと言えば哀れだな、その神父」

 制服を着終わり、恭弥は携帯を持ち直した。

「一体誰だろうな。そんなことをするのは」

『さぁね。ただ、似たようなことが近くの寺で起こったらしいから、そっちを見るつもり。ごめん、恭兄。朝からこんな話して』

「いや、電話したのはこっちだからな。朝早くから近況報告なんてした、僕の方が非常識だった」

 恭弥は机に立てかけておいた鞄を手に取った。

『今日からだっけ。学校行くの』

「あぁ」

 恭弥は自然と、唇が緩むのを感じた。

「やっとだ」


   ―――


 教室に入ると、クラスメイトの視線が自分に集まった。

 それに少したじろぎながら、「おはよう」と笑顔で言うと、まっさきに友人達が駆け寄ってくる。

 短距離ランナーかと思うようなスピードだった。

「恭弥! やっと復活かよ!?」

「病気だって聞いたけど、もう大丈夫なのか!?」

「あぁ。心配かけた」

 恭弥が微笑を深めると、友人達はばしばしと背中やら肩やらを叩いてきた。

「痛、痛いって」

「マジで心配したんだからな! もっと申しわけ無さそうにしろよ」

「悪い。悪かったよ」

 恭弥は友人の攻撃を逃れるために教室の奥に進んだ。そこでふと、一人の生徒と目が合う。

 それは、なぜか熱っぽく自分を見る女子達でも、なぜかぼうっとした顔をしている男子生徒でもない。

 知らない生徒だった。いや、そもそも彼は生徒なのだろうか。

 背の高い青年だった。長い艶やかな黒髪を首の後ろで束ねており、瞳は深い群青色だ。顔立ちは東洋人離れしており、落ち着いた雰囲気のせいで大人っぽく見える。

 着ているものも制服ではない。半袖の白いシャツに袖無しの黒いベスト、それに黒いズボンだ。それプラス容姿もあいまって、教室ではかなり浮いている。

「あぁ、あいつ?」

 恭弥の視線に気付いたのか、友人が青年のことを説明してくれた。

「転校生だよ。イギリスからの留学生。一昨日来たんだ」

「へぇ……」

 あと三週間ほどで一学期が終わるというのに、なんとも中途半端な時期に来たものだ。

 ……人のことは言えないが。

「初めまして」

 と。青年は恭弥の前まで歩み寄り、左手を差し出した。

「エドワード・ブラウンです。よろしくお願いします」

 思ったより流暢な日本語だった。よほど勉強したのだろう。この学校に入れたことといい、相当頭がいいに違いない。

「椿恭弥だ。こちらこそよろしく」

 恭弥も左手を差し出し、彼の手を握る。そこで青年――エドワードが右手に手袋をはめていることに気付いた。

「あぁ、これですか?」

 エドワードは右手を持ち上げて苦笑した。

「子供の頃、火傷を負いまして。その跡が残ってるのでこうして隠してるんです」

「そうか……」

 恭弥は手袋から視線をそらした。口を開こうとしたが、大きな足音に驚いて振り返る。

「恭弥!!」

 ほとんど咆哮に近い声と共に入ってきた親友に、恭弥は頭を抱えた。

「もう少し声のトーンを下げろ」

 そう言った直後、恭弥は親友――(トオル)のタックルもどきを回避するはめになった。



「恭弥、メシ喰おうぜー」

「ん? ……あぁ」

 昼休みを告げるチャイムが鳴った十数秒後、透が教室に入ってきた。

 自分のクラスと透のクラスはそれなりに離れているはずなのに、随分早い。恭弥はあきれを通り越して感心した。

 がやがやと自分の周りに友人が集まる。立ち上がりかけた恭弥は、結局また腰を下ろした。

「おーい転校生。一緒に昼飯喰わねぇか?」

 透が後方に座っているエドワードに声をかけた。エドワードは微笑んで頷く。

「ご一緒させていただきます、あと、僕のことはエドワードと呼んでくれてかまいませんよ」

「んじゃ、エドワード」

 相変わらず透は他人と打ち解けるのが早いようだった。

 しばらく昼食を取って談笑していると、友人の一人がさも名案というように「そうだ」と口を開いた。

「なぁ、肝試しやんねぇ? 恭弥の復帰祝いと転校生歓迎かねて」

「は……」

 恭弥はびきりと固まってしまった。

「季節もちょうどいいし、いいんじゃないか?」

「いや、待て――」

「キモダメシとは何ですか?」

 恭弥の言葉を、エドワードがばっさり切ってしまった。恭弥は口を開閉させてまた固まる。

「いわゆる度胸試しだよ。心霊スポット回ったり、怖い話したりさ」

「あぁ、Test caurageですね」

 エドワードは母国語を口にして納得した。

「いいですね。面白そうです」

「だろ? ちょうどいい怪談話もあるし……」

「あぁ、それってあの――」

 目の前でくり広げられる会話に、恭弥は頭を押さえた。

「何か……やばい方向に行きそうだな」

 透がそっと耳打ちしてきた。

 彼は恭弥が退魔師だと知っている唯一の友人だ。ゆえに、彼もこういうたぐいの話の危険性を知っている。

 しかしここから話をそらせるほどの話術を彼は持ち合わせてないし、恭弥も楽しそうに話す友人達に割って入れない。

 いざという時は式神を使おうなどと、諦め気味の思考になってしまった恭弥だった。

「……それで、その噂というのは何だ?」

「お? 恭弥も乗り気になったか?」

 嬉しそうにする友人。……まずったかもしれない。

「ずっと休んでたおまえや、転校してきたエドワードは知らないだろうけど、旧校舎で今、変な噂が立ってるんだ」

「この学校、旧校舎なんてありましたか……?」

 エドワードが首を傾げている。恭弥は説明を加えた。

「第一校舎のことを、生徒が旧校舎と呼んでいるんだ。こっちの第二校舎は、三年前にできた建物で、向こうは数十年前のものだからな」

「へぇ……だから旧校舎ですか」

「あぁ。ところで、その噂というのは?」

 話を戻すと、友人は「実はさ」と肩をすくめた。

「前から、あったのはあったらしいんだよ。七不思議――というわけじゃないが、怪談の一つとして」

「つまり……最近までほこりをかぶっていたというわけか」

「そう。内容は……えっと、夕方に多目的室の前でもういいかいって言うんだ。そしたら、もういいよって答えが返ってくる。その声の主に捕まえられると、殺されるって話だ」

「……ちょっと待て。少しおかしくないか」

 恭弥はひっかかりを覚えて口をはさんだ。

「もういいかいと言うのはこちらだろう。こちらが捕まえる側、つまり鬼だ。なのになぜ、こちらが捕まる?」

「さぁ……それは俺達も気になっているところなんだが、誰も解らないんだ」

 友人は困ったような顔をした。もっとも彼らは、怪談話の矛盾など特に気にしていないだろうが。

 いや、それよりも。

「何で、そんな話が急に広がり始めたんだ?」

 恭弥は一番気になっていたことを尋ねた。

「えっと……二週間くらい前から広がったんだけど、きっかけは生徒が一人、行方不明になったことかな」

「行方不明?」

「あぁ。今も見付かってない。それが、さっき話した話のせいだって噂が広がったんだ」

「噂の元は?」

「これだけ広がってんだ。解らねぇよ」

「それもそうか……」

 恭弥は考え込んだ。

 一体誰が、何のために噂を立てているのだろうか。ただのいたずらか、それとも――

「……蠱針(コハリ)

 恭弥がそっと呟くと、ポケットにしのばせていた人型の呪符が消えた。

 式神を旧校舎の方に飛ばしたのだ。何か掴めるといいが――

「……早々面倒ごとに巻き込まれるなんて、全く運が無い」

 恭弥は疲れのため息をついた。


   ―――


 悠は高野次郎(タカノジロウに依頼を受け、ある街外れの寺にいた。

 もっとも、もはやここは寺として機能してはいないだろう。ここの住職も含め、一人の例外も無く殺されたのだから。

「焼死体と溺死体が一緒に発見されたんだっけ?」

 悠が尋ねると、次郎は頷いた。

「あぁ。……正直見れたものじゃなかったぞ。黒焦げの死体と水で膨れた死体が幾つも並んでるんだからな」

「だろうね。死体が無いからそこは想像するほか無いけど、しかし……」

 悠は視線を寺の奥に向けた。

 本来仏像がある場所には、今は金属の塊が鎮座している。おそらく、仏像が溶けたのだろう。

「完全な冒涜行為だね。一体何が目的なんだか……」

「妖魔じゃないのか?」

「いや、それが……」

 悠は顔をしかめ、髪をかき上げた。

「妖気が、全く感じられないんだよ」

「え……」

「これは人の手によるものだ。おそらく、何らかの目的があったんだろう。そうじゃなかったら、わざわざ仏像をここまで溶かす必要は無い。方法は別としてね」

 悠は元仏像元金属の塊に触れた。

「……やっぱり、妖気は感じない。人の手によるもの――人の手だけによるもの。だけど……どういうこと?」

 自分の顔が苦々しげに歪むのを感じながら、悠は辺りを見渡した。

「特異能力者の犯行? 西野紗矢(ニシノ サヤ)のような力の……いや、もっと攻撃的な……けれど、何で」

「……椿」

 次郎に呼びかけられ、悠は意識を現実に戻した。

「何?」

「見せたいものがある」

 次郎は部下から何かを受け取った。おそらく証拠品だろう、袋に入った、金色の棒のようだ。いや、棒じゃない。

「……十字架?」

 装飾の無い、ただ金色に輝くだけのそれに、悠は眉をひそめた。

「落ちていた。いや、置いていた、と言うべきか。指紋も何も無かった」

「置いていったなら、もしかしたら宗教関係の事件かもね。……やり過ぎな気がしないでもないけど」

 悠は袋ごと十字架を受け取った。

「下部分を見てみろ。文字が彫られている」

 次郎の指摘に、悠は十字架の下部を見た。

 なるほど、確かに文字が刻まれている。しかも英語だ。

「A apostle――使徒、か」

「やはりキリスト教と関係があるんじゃないのか? この間の事件といい……」

「さてね。どうかな」

 そう次郎に返しつつも、悠は不安をぬぐえなかった。

 妖魔でも半妖でもない、ただの(・・・)人間が起こした、この所業に。

 宗教テロなのか。しかし、だったらこの悪意は何なのか――

 結論を出すには、まだ情報は足りないようだった。





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