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HUNTER  作者: 沙伊
84/137

      背徳<下>




 悠は舌打ちしたい気分だった。

 まさか流星を人質に取られるとは思ってなかった。

「やはり……何度見ても綺麗だ……」

 ツルでがんじがらめにされ、動けない悠を見つめるジョンは、ほう、とため息をもらした。

 悠はそのため息に思わず顔をしかめる。

 妖魔であるこのツルから逃れるのは造作も無いが、ジョンの足元に転がっている流星のせいでそれもできない。

 もう少し離れていれば助け出すこともできるが、ジョンとの距離がほとんど無いのが痛い。

「……ふむ。ただ」

「……? 何」

 ジョンの視線が顔から下に向いたことに、悠は首を傾げた。

「身体が残念だな」

「っ……!?」

 めったなことでは動揺しない悠は、彼の一言で大きく傷付いた。

「ひ、人の気にしてることを! どうせ胸無いよ! ていうか、子供にそんなの求めないでよ!!」

 悠の唯一のコンプレックス。それは胸が小さいことである。ちなみに現在Aカップ。

 悠はひとしきり叫んだ後、息を整えて「それで」とジョンに問うた。

「貴方の目的は何? ただの殺人なら、わざわざこんなもの(・・・・・)に頼る必要無いはず」

「勿論。私には崇高な目的がある」

 ジョンは胸を張った。

「私はね、完璧が欲しいんだよ」

「完璧?」

「正確に言うと、完璧な伴侶だね」

 ジョンは教会で倒れたまま動かない女性達を見渡した。

「皆誰もがその容姿に何かしらの欠点を持ってる。完璧な容姿の女性など、女優でもいない」

 ジョンの言葉を聞きながら、悠は頭の中で一つの仮説を立て始めていた。

 おそらく正確の仮説。ほぼそれだけという仮説だ。

 前にも似たようなことがあった。あの時は顔だけだったが。

「そこで、私は女性のいい部分を切り取り、それを繋ぎ合わせて理想の女性を作ろうと考えた」

「内蔵を取り出したのは中身を手に入れるためか……でもどうやって?」

「簡単だよ」

 ジョンの言葉と同時に一本のツルが悠の口元まで移動してきた。

「このツルで中を取り出せばいい。口から入ってね」

「ふぅん」

 悠はうねうねと動くツルを冷たく見つめた。

 なるほど。ツルで中をいじり、もっともいい部分を取り出していたわけか。

「参考までに訊くけど、中と外、どっちを先に盗るの?」

「中からだ。……それにしても」

 ジョンはいぶかしげな顔をした。

「さっきから、いやに冷静だね。怖くないのか?」

「怖い? 何が?」

 悠はせせら笑った。

「なぜ貴方を恐れなくちゃならない? 私は貴方を嘲りこそすれ、畏怖の念など抱かない」

「強気だな。それとも何かの時間かせぎか?」

「さぁね。どうかな」

 悠はとぼけてみせた。ジョンの顔が苦々しくなる。

 悠はそんなことは意に介さず、続けた。

「私相手にかけ引きは無謀というものだよ。こう見えて、それなりの修羅場はくぐり抜けてる」

「……どちらにせよ、天使を味方としている私が負けることが無い」

「天使、ね」

 悠は自分に絡み付く太いツルを見下ろした。

「やっぱりどう見ても妖魔――貴方の国で言うところの悪魔にしか見えないけど」

「天使の姿は千差万別だ。統一性は無い」

「そう。知らないみたいだから教えとくけど」

 悠は右手首をひねった。

「妖魔の姿も、千差万別なんだよ」


 バチイィィィィィィィィィィィィィィィンッ


 悠の動きを封じていたツルが、全てはじけ飛んだ。

 こなごなに。ばらばらに。

 あとかたも無く――砕け散った。

「な、なっ……」

「やっぱり退魔の術が効いたね。そもそも妖魔だから妖気を放つんだ。妖気を放つ天使なんて、聞いたこと無い」

 悠は髪を後ろに払い、微笑した。

「さて、根元があるはずだ。それを断ち切らせてもらうよ」

「……っ、待て! こっちには人質、が……」

 ジョンは目を下に向けて、固まった。

 当たり前だ。先程まで足元にいたはずの女達がどこにも、少なくとも教会内のどこにもいないのだから。

「私の腹心――と言うべきかな? そういう存在のものが外に連れ出してくれたよ」

「馬鹿な! 私に気付かれず、あの人数の女を!?」

「あいにく……それは人ならざるモノでね」

「ぐっ……だ、だがこの男だけでもいれば」

「っつー。あー、いってぇ」

 突然。

 気絶していたはずの流星が起き上がった。

 頭から血が流れ、頭の骨は割ればせずともひびぐらいは入っているはずなのに、全く平気そうである。

 鬼童子の治癒能力。そして頑丈さ。

 悠はそれを見越して、流星が起きるまで時間かせぎをしていたのだ。

 時間かせぎ。

 まさに、ジョンの言う通りだったのである。

「殺す気かよ……あー、なんかくらくらする」

「流星、起きるの遅い」

「頭殴られた奴にかける言葉それ!?」

 よかった、元気そうだ。悠は内心でほっとする。

 しかしそれをおくびに出さず、注意をうながす。

「流星、頭またやられるよ」

「へ?」

 流星の顔が上を向く。その顔に、ジョンの鉄棒が迫った。

「っと、うぉ」

 しかし流星は、前転の要領でそれを回避した。その後すぐ、小刀を抜く。

「二度も頭殴られてたまるか」

「これ以上馬鹿になるわけにはいかないからね」

「怒るぞ!?」

 叫んだせいで頭に響いたのか、頭を押さえる流星。しかし血は早くも止まってきているようで、頬を伝っている血はぬぐってもまたたれることは無かった。

「で、これからどうする?」

「そうだね……」

 流星にそう問われ、悠は自身の唇に中指を押し当て思案した。

 ジョンは明らかに追い詰められ、焦っているようである。今なら交渉ができるかもしれない。

「選んでもらおうか」

「え、選ぶ?」

 ジョンの声が上ずる。整った顔は、完全におびえていた。

「おとなしく妖魔を引っ込めて警察に出頭するか、このまま抵抗して痛い目を見るか。前者を選んだ方が、よっぽどいいと思うけどね」

 ただ、これまでの罪状を考えると極刑はまぬがれないかもしれないが――それは言わないでおく。無駄に興奮させるだけだろう。

「後者を選んだ場合は、精神的によろしくないと思うけどね」

「っ、く……」

「救いを求めるか否か、全ては、貴方次第だよ」

「っ、の……」

 ジョンは左手を振った。それに呼応し、無数のツルが床を半壊させて現れる。

 足場が不安定になったところで、全てのツルは悠と流星に向かってきた。

「流星」

「おう」

 しかし二人は慌てない。まず流星が前に出る。小刀の炎は、すでに大きくなっていた。

「せーのっと!」

 流星はふざけたかけ声と共に小刀を振るった。

 刃から炎のかまいたちが放たれ、ツルにぶち当たる。動きが止まったところで、流星は視線を落とした。

 床下から出現した大きな穴。おそらく地下に続いているのだろう。ツルは、そこから伸びているようだ。

「下か?」

「下だね」

「そうか」

 流星は一つ頷き、小刀を振り上げた。

「っ、やめ――ぐあ!?」

 止めようとしたのか、ジョンは右手を動かそうとした。が、悠は一息で間合いを詰め、彼の腹に蹴りを入れて動きを止める。

「この左手があの植物妖魔と連動してることぐらい、すでに見抜いているよ」

 悠は更に足払いをかけ、ジョンを床に叩き付けた。そして彼の左腕を掴み、背中の後ろで固定する。

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 流星の雄叫びと共に、小刀の炎が大きくなった。そのまま振り下ろすと、巨大な炎の塊が放たれる。

 炎の塊は穴に落ちていき、その中を照らす。一瞬全体がツルに覆われた目玉が見えた気がしたが、すぐに吹き出した火柱で見えなくなった。

 火柱は教会の最上部まで届き、天井をなめ上げる。

 それを見た悠は、まずいと思った。

「流星、今すぐここを出るよ」

「ん? 何で?」

「多分あと一分もしないうちに、ここ焼けるから」

「……マジで?」

 原因を作った流星は、顔をひきつらせて熱さ以外が理由であろう汗をかいていた。



 焼けて崩れていく教会をバックに、流星は頭を抱えていた。

「やばいやばいやばいやばいマジやばい」

「大丈夫。いざとなったら黙らせるから」

「誰を!?」

 どんな精神状態でもツッコむことを忘れない流星である。というか、今のは無視できない。

 女性達はすぐ傍で眠っている。じき救急車が来ると朱崋が言っていたし、問題無いだろう。

 そこで流星は、ある人物がいないことに気付いた。

「あれ? あの神父は?」

 あの目立つ金髪が見当たらないことに少し慌てると、悠は肩をすくめた。

「知らない」

「……あの中とか言わないよな?」

「いや、外に引きずり出しはしたけどね。でも逃げた」

 悠は音を立てて崩れる教会を眺めながら携帯を取り出した。

「ま、逃がさないけどね。高野(タカノ)刑事に連絡して、指名手配してもらう」

「……その前に消防車じゃね?」

「呼んであるから問題無い。それより移動した方がいいよ」

 悠がそでを引っ張ってきた。

 遠くからサイレンが聞こえてくる。近くの民家に電気がついたところを見るに、民間人も起きたようだ。

「え。何で?」

 流星が首を傾げると、悠は眉間にしわを寄せた。

「自分が放火したこと、忘れたの?」

「あ……」

 そうだった。教会が燃えているのは、元はと言えば自分が力を入れ過ぎたからだった。

「逃げます」

「言われなくても気付いてよ……」

 悠があきれたようなため息をもらしながら携帯を耳に押し当てた。そのまま早足で歩き出す。

「もしもし、高野刑事? 実は……」

 悠が電話の向こうにいるであろう高野次郎(ジロウ)と話し出す。流星は彼女の後に続きながら、後ろの女性達を振り返った。

 女性達はまだ倒れたまだ。ぴくりとも動かない。

 彼女達はあの男に何をされたのだろう。酷いことには違い無いが、どんな酷いことかは想像できない。

 いや、したくないのか。

 他人の狂気など知りたくないし、興味も無い。いや、そう自分に言い聞かせている。

 悠にも言われたではないか、いちいち感情移入するなと。苦しむのは流星だと。

「……ねぇ」

 と。通話は終わったのか、悠が声をかけてきた。

「何だ?」

「流星ってさ……やっぱり胸の大きい人の方が好き?」

「はぁ?」

 何だ、その脈絡の無い質問は。

 けれど、問われたのだから答えねばなるまい。

「そうだなぁ……そりゃ、無いよりあった方がいいのかもしれないけど、俺気にしたこと無いな」

 興味が無いと言ったら、嘘になるが。

 それは言わないでおく。言ってはいけない気がしたのだ。そしてそれは、実際正しい。

 ともあれ。

「そっか……流星は気にしないんだ……そっか!」

 何やら嬉しそうな悠が見れたので、流星はとりあえずよしとした。


   ―――


 ジョンは逃げていた。

 何からと問われれば、様々なものから、と彼は答えるだろう。

 それは先程の二人からだったり警察からだったり――

 だが彼が最も恐れているのは、それらではない。それらなどではない。

 彼らに隠れてやっていたこと――今回のことがばれれば、自分は殺されてしまう。

 警察に保護を求めようか。いくら彼らでも、犯人を守るぐらいやってくれよう。

 ――いや駄目だ。彼らでは無理だ。

『あいつら』は、その気になれば一個師団を潰すこともできる。平和に慣れ切った日本警察は、たちまち全滅するだろう。

 なら、先程のあの二人は。素人目から見てもかなりの実力だ。おそらく、幹部とも渡り合えるだろう。

 ――いや、無理だ。無理だった。

 あっちには『あいつら』だけでなく『あの方々』までいるのだった。

『あの方々』の前では、人の子などひれ伏すしかない。刃向かう(すべ)が無いのだ。

 ジョンは絶望の底に落とされた気分だった。いや、実際そうなっている。

 もう道など無いのだ。後ろの道は崩壊しているし、目の前の道は途絶えている。こうして無茶苦茶に逃走すること自体、もはや何の意味も無い。

 ジョンは顔を歪め、どうしてこうなったと自問自答していた。

 そんなことをしていたからだろう。前を全く見ること無く、結果誰かにぶつかってしまった。

「うわ!?」

 しかも相手の方があきらかに小柄だというのに、ジョンの方が無様に倒れてしまう。

 勢いよく走っていたのはジョンであり、相手はぼうっと立っていただけなのに。

「やっと来たか。待ちくたびれた」

 否、()は立っていたのではない。待っていたのだ。ジョンのことを、待ち構えていたのだ。

「その顔を見る限り、手酷くやられたらしいな」

「は……?」

 ジョンはしりもちを着きながら彼を見上げた。

 自分と同じ金色の髪に、明るいオレンジの瞳、小柄な体躯は少年のようで、整った愛らしい顔立ちにはしかし表情は無い。

 ジョンは一瞬呆けた。こんな青年、会ったこと無い。

「何だ、頭の回転が遅い奴だな」

 青年はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「俺が『使徒』だと、見抜けもしないとは」

「……っ!」

 ジョンは目を見開いた。

「ま、まさか……」

 座り込んだまま、後ずさる。立って逃げたいが、腰が抜けたらしい。足に力が入らない。

「ん? まだ信じられないか? ならこれで満足か?」

 青年は長い前髪をかき上げた。あらわになった白い額。そこに刻まれていたのは、十字型の傷だった。

「う、うあぁ……せ、聖痕(せいこん)!?」

「やっと理解したか。愚鈍な奴だ」

 青年はため息をついて、左手をジョンの頭の上に置いた。

 とたん、ジョンの頭が燃え上がる。マッチもライターも無く、発火した。

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「おまえのその残念な頭、消し炭にしてくれる」

 燃え上がる頭に手を置き続ける青年。否、彼が手を置いているからこそジョンの頭は燃えているのだ。

 十数秒ほどして、青年はジョンの頭から手を離した。

 火の消えた頭は、まるで燃えた後のマッチ棒のようだった。

 黒こげた頭と焼けていない身体。支えを失ったそれは、地面に何の抵抗も無く倒れ込んだ。その時の衝撃で、頭は砕けてしまう。

 脳髄まで焼けてしまったらしく、血など一滴も出なかった。

 それを無感動に見つめ、青年は呟く。

「神の教えに背かなければ、もう少し長生きできたろうに、愚かな奴」

 青年は未練無くその場を後にした。季節外れなコートをひるがえし、音も無く歩く。

「神よ、愚かな罪人に裁きを与えました。全ては貴方の(おん)ために……」

 そう言う彼の口調は、先程と打って変わって熱を帯びていた。いっそ、狂熱と言っていいぐらいに。





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