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HUNTER  作者: 沙伊
80/137

      幕開けの終焉<中>




 何ともあっけない最期。

 それこそ、馬鹿馬鹿しいような終わり方だった。

 小説だったなら、読者がすっきりしない最終回だろう。

 でも、これで。

「羽衣姫を……倒した」

 倒れた女を見て、誰かが呟く。

 それは流星自身だったかもしれないし、悠だったかもしれない。もしくは、日影達か。

 声の主が誰か判然としないまま、全員倒れた女を見つめる。

 その姿は、羽衣姫ではなかった。

 長く豊かな黒髪は、薄茶に。恐怖を呼び起こす美貌は、親しみを感じる顔立ちに。身長は百七十センチ以上はあろう長身に変わる。

 おそらく羽衣姫に身体を奪われたという猛の母、橘桜(タチバナ サクラ)だろう。身体の前面を縦一文字に斬り裂かれ、顔の半分を失っているが、表情は穏やかだった。

 そして羽衣姫の本体である黒衣は。

 いや、もうそれは衣とは言えない。まるで長い間放っておかれたようにほつれ、ところどころ切れているそれは、ただのボロ布だった。

「……やったのか?」

 流星は誰に訊くでなく尋ねた。

 誰も答えない。けれど、一拍の間を置き――


『うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 声が、全員の声が上がった。

 聞き慣れてしまった悲鳴ではない。

 それは、歓声だった。

「やっと……やっと終わった。お、終わったのね……!」

 日影は感極まったのか、わっと泣き出した。

「日影、何で泣くんだよー」

「泣きたくもなるわよ!」

 戸惑う雷雲にそう返す。その傍では風馬が苦笑していた。

「俺達、勝ったんだ……」

 雄輝がぼそりと呟いた。呆然とした表情だが、口元には笑みが浮かんでいる。

「やれやれ。数時間ぐらいしかここにいなかったのに、何年ももぐってた気分だ」

 紗矢は肩をすくめた。疲れたのか、長々とため息をついている。

「うっ……」

 と。文菜が急にしゃくり上げた。

「ダイジョブ? 文菜ちゃん」

 慌てて舜鈴がなだめにかかる。そうしてる間にも、文菜の目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。

「……猛?」

 悠の声に流星が顔を上げると、猛が羽衣姫――否、母の亡骸の傍に立っていた。その顔に、表情は無い。

「……ごめん。おば様、助けられたらよかったんだけど」

 悠は申しわけ無さそうにうつむいた。猛はそれに対し首を振り、膝を着く。

「いいよ。こうするしか無かった。どっちみちお袋は死んでたと思う。だから」

 母の手を取り、その甲を自身の額に当てる。そうして閉じられた猛の目には、涙がにじんでいた。

「死体でも、こうして戻ってきてくれただけで……」

 後に続く言葉は、嗚咽に飲まれてしまう。小刻みに震える身体は、年相応に見えた。

「……さて」

 悠はそれを見て微笑した後、すぐさまそれを消した顔を上げた。

 視線の先には、ゆらめきながらも未だ存在する月凪がいる。

「余韻にひたりたいところだけど、その前に訊きたいことがある」

『……羽衣姫のことだな』

 月凪は顎を引いた。

『無論話すつもりだ。皆知りたいことだろうからな』

 空気がまたぴん、と張りつめた。先程までゆるんでいたのに、もう空気が変わっている。

 流星はそれに付いていけずに焦るが、月凪の話が始まったためにわたわたと耳を傾けた。

『先程言った通り、羽衣姫は帝の娘だった。名を雪宮。いや、思念の持ち主――と言った方が妥当かな。雪宮という個人は、とうに死んでおる』

「残留思念――否、怨念というわけ?」

 悠の言葉に、また頷く月凪。

『我が生きていた時代以前の者だ。ゆえにこれから話すのは人づてに聞いたこと。が、真実なのは確かだ』

「……」

『彼女はあの通り美しい女だった。無論求婚者は多くいたが、誰の求婚も受け付けなかったと聞く。誰も自分にはふさわしくないとな。しかしそんなあやつも、ある日恋をした。よりにもよって、とんでもない奴にな』

「とんでもない奴……?」

『かの武器職人、姫の名を冠す武器共を造り上げた男――綺羅(キラ)だ』

 月凪の言葉に流星は眉をひそめかけたが、悠達の驚愕の面持ちを見て何も言えなくなってしまった。

「……流星」

 黙りこくってる流星に、悠は冷めた視線を向けた。

「前に教えたからね?」

「……」

 覚えとらんわ、そんなもん。

 そう思ったが、やっぱり黙っておいた。話が脱線する恐れがある。

『雪宮が生きていた時代、綺羅はすでに百八の「姫」と造り終えていた。そんなおり、綺羅は雪宮に美しい衣を送ったそうだ』

「また、何で」

『さぁな。そこは我の知らぬところだ。ただ、雪宮は思ったであろうな。彼も自分を愛していると』

「……」

『身分差の恋だ。綺羅は優れた武器職人だったが、しょせん地下人。退魔武器を造り出したという実績が無ければ、たとえ御簾越しでも会うことすら叶わなかったろう』

「……けど二人は、出会った?」

『出会ってしまった、と言うべきかもしれぬ』

 日影の言葉に、月凪は首を軽く振る。

『雪宮は、綺羅から送られた衣をまとって彼に会いに行った――らしい。そこから我も、話をしてくれた知人も知らぬのだが、おそらく拒絶されたのであろう。でなければ、あんなことはしない』

「あんなこと?」

 羽衣姫。かつて雪宮と呼ばれた女。

 彼女は、何をしたのだろうか。

 予想はつくが、しかし想像したくない考えだ。聞きたくもない。

 流星はそう思うが、月凪に心の声が聞こえるはずもなく、彼女は淡々と言葉をつむく。

 淡々と。いっそ冷淡に。

『雪宮は綺羅を殺し、何を思ったかその後民衆も殺した。貴族も、中にはいたらしい。最期は当時姫の名を持つ武器共の使用者達に、殺されたそうだ。綺羅から送られた衣は、返り血と彼女自身の血で真っ赤に染まっておったらしい』

「そんな話……聞いたこと無い」

『であろうな。雪宮は仮にも皇族だ。そのことは表も裏も、徹底的に隠された。隠され、潰された。雪宮の存在自体、歴史から抹消された』

 表からも裏からも姿を消した女。否、消された女。

 彼女は一体何を思って、どんな思いでそんな凶行に及んだのだろうか。

「……あぁ、なるほど」

 と。悠がそう声を上げた。その表情は、酷く寂しそうである。

「拒絶されたことによる絶望、落胆、そして憎悪。そういう感情が、ごちゃまぜになって何もかも壊したくなったわけだ」

『だろうな。彼女はその立場上、欲しいと思うものは全て手に入っていたろう。遅い、初めての拒絶は、彼女の心をかき乱したはずだ』

 妾を愛して。

 つまりは――そういうことか。

「けど」

 流星はしかし、言わずにはいれなかった。訊かずにはいられなかった。

「そんなことで……たったそれだけのことで、人を殺すなんて。そんなこと、あるのか?」

『人は理性を持つ生物だがな、少年。しかしけして理性的な生物ではないのだ。理性など、感情によってたやすく崩れるものだよ』

 無論我もな――そう月凪は答えた。

『そういう最期を迎えた雪宮だが、しかしその思念は、怨念は、そのまま衣に残ったのだ。綺羅が造った衣にな』

「それが……『羽衣姫』の誕生」

『姫』達が羽衣姫を嫌っていたのは、そういうわけか。

『綺羅は、このことを予測していたのかもしれぬ。否、それが奴の狙いだったのかもな。かの男は、美しい容姿とは裏腹に狂気にまみれた精神の持ち主だったと聞く』

「姫シリーズのありようも、それゆえか……」

 姫持ち達は、自身の武器を見下ろした。流星も、悠の持つ『剣姫』に目をやる。

 姫シリーズを造った男、綺羅。

 まともな人間でなかったのは『姫』達を見れば解ることだが、もしそれが本当なら、彼はどういう意図でそんなことをしたのだろう。

 自分の命まで失って。

『雪宮と呼ばれていた女は衣に憑き、その衣をまとった女の身体を乗っ取るようになった。それを封印したのは、我が師の祖先と聞く。それもまた人づてに聞いた話だが……』

 月凪は、透けた身体を雷雲と風馬に向けた。

『どうやらおぬしらも、あの狸じじい――もとい、修験狸(シュウゲンダヌキ)から色々聞いたらしいな』

「と、いうことは、貴女も?」

『あぁ』

 風馬に対し、『とぼけたじいさんだった』と笑う月凪。紅い唇が弧を(えが)く様に、流星は見覚えがある。

 改めて彼女が悠の祖先だと確信した。楽しそうに笑う紅唇がそっくりである。

『我が今話したことは全て、あやつが教えてくれたことだ。……その後、我は羽衣姫と相討ちした』

 軽くなりかけた場の空気が、月凪の言葉で一気に沈み込んだ。

『帝に見向きされなくなった更衣が、羽衣姫と同調してしまったのだ。あやつは宇治に設けられた祠に封印されておったのだがな……それだけでは足りんかったのだ』

「だから、人柱か」

『そう。我の発案ではないし、皆反対したが……帝のご命令でな』

「理不尽だね」

『無理も無い。当時は天災が多かった上に反乱が起きてな、そういうことに神経質になっておられたのだろう。……そのせいでいらぬ苦しみを背負わせたことは、申しわけ無く思っている』

 月凪はぐっと拳を握り締めた。

『本当はあの時、我らがあやつを狩っておればよかったのだ。だが、我はあやつを哀れだと思ってしまった』

「……」

『全て我の咎だ。すまぬ……』

「……今更謝られてもね」

 悠はため息をついた。

「千年も前のことでしょ? とっくに時効だよ。確かに始まりは貴女達だったかもしれないけど、それを責める気は、少なくとも私には無いよ」

 悠はそう言って、仲間にちら、と視線を向けた。

 皆複雑な顔をしている。当然だ。悠のようにさっぱりとした考えがそうそうできるわけない。

 中には、祖先を恨んだ者もいるだろう。そういう思いから無縁なのは、紗矢と舜鈴ぐらいだ。

『我は――我らは、許されることを望んでいるわけではない。誰かに責任を押し付ける気もない。ただ、先ほど出た我の謝罪は本物だと、それだけは理解してほしい』

「……」

 皆何も喋らない。何も言えないのかもしれない。

 流星は急に居心地悪く感じた。正直なところ、自分には直接関係が無い。もともと人柱の話は、どこか遠い話に感じていた。

 自分に何かを言う権利は無いのかもしれない。そんな風にも思っていた。

 だが。

『鬼を宿す少年よ』

「え?」

『おぬしには礼を言わねばなるまい。我が子孫達と共にいてくれること、感謝している』

「え、いやあの……」

 流星はいきなりそう言われ、驚く。

 ごにょごにょと意味も無く口を動かしたあげく、「俺は別に……」としか返せなかった。

『そう思い悩むな。共にいてくれているだけでよいのだ』

「え……」

『傍にいる。それがどれほど人の支えになるかは、まだ解らぬだろう。しかしそれが大切なことぐらい、理解しているはずだ』

「……」

『これからも、我が子孫達と共にいてくれ』

 こんな頼みごとを悠の祖先にされると思わなかった。流星は呆然とする。

 しかし、そんなことは頼まれるまでもない。

「言わなくても、一緒にいる。そうするつもりだ」

『……そうか』

 月凪はふっと笑った。その幻のような身体が、やがてかき消えていく。

『そろそろ時間だ。亡霊である我は姿を消す。我が子孫よ、我がおぬしを救えるのは今回のみだ。二度があるとは思うなよ』

「そんなこと思ってないよ。それくらい理解してる」

 悠は微笑を――得意の不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「自分を救えるか否か、全ては、私次第だよ」

『……ふはは』

 月凪は笑った。笑いながら、消えていく。

『そうか、なら安心だ。それならこれから起こることも、何もかも心配いらぬか……』

 声が、少しずつ遠くなっていく――

『――、―――……』

 月凪の口が動いた。何か言ったようだが、流星には聞き取れなかった。

 口の動きから読み取ろうにも、読唇術を使えなければ意味の無いことだ。

 そのまま月凪の姿は――かき消えた。

 幻であったように、幻影であったように。

 月光の影のように消えた。



 しばらく誰も、何も言わなかった。

 現実と夢がごっちゃになったような、そんな地に足が着かない感覚があったからかもしれない。

 少なくとも流星はそうだった。

 羽衣姫を倒したことも、月凪が現れたことも、そもそもここにいること自体夢ではないかとさえ思えた。

 試しに、夢かどうか確かめるための行動に出た。

 つまり、自分の頬をつねった。

「……」

 痛い。

 強くつねったからめちゃくちゃ痛い。

「……何やってんの?」

 しかも悠に冷たい目で見られた。

「夢じゃないかと思って……」

「そんなわけないでしょ。現実」

「そっか……」

 そこで流星は首をひねる。現実ということは、あの時悠が言ったセリフも――

『大好き』

「……っ!?」

 かあっ、と顔どころか全身が熱くなった。まるで内側から火を吹いているみたいだ。

 そんな流星に気付いていないのか、悠は仲間に対し、静かに言った。

「さぁ、帰ろう」





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