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HUNTER  作者: 沙伊
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      紅蓮の虚無<下>




「え、な、何で……?」

 獏僧は驚いていた。

 彼の姿はこの青年には見えない。

 見えないどころか――そもそも彼は、視界を封じられている。

 なのに、どうして。

 どうしてこいつは、俺のナイフを受け止められた――!?

「お、おまえ、見えて……!」

「見えねーよ。目の前真っ黒だし、つかそもそも、理屈解らねーし。俺文系脳だから理科なんてさっぱりだしよ」

 いや、理科関係無いから。

 そんなツッコミを加える余裕は、今の獏僧には無い。

 武器を捕まれ、動きを封じられたのだ。ナイフを離すという考えもあるが、自ら武器を捨てるという行動に移す気にはなれなかった。

 対する青年――流星は、ナイフを素手で掴んだために、その手からだらだら血を流していた。

 しかしそもそも肩に大怪我を負っているのだから、それくらい些末なことである。

 問題は、なぜ流星は目が全く見えない状態でどうして獏僧の攻撃を受け止められたか、だ。

 しかし説明しろと言われても、それは流星にはできないらしかった。

「何でか……解ったんだ。感じたって言うべきか。ナイフがどこから来るか、俺は何となく解ったんだよ」

 そんな感覚的なことで、説明も何もあったもんじゃない。

 しかし、流星は知るよしも無いが、それはちゃんとした理由があった。

 鬼童子。人でありながら鬼の力を宿す人間。流星もその一人である。

 その力の片鱗が、表面化しているのだ。

 自分に向けられる殺気を、同族の臭いを、彼は本能で感じられるようになっているのだ。

 ――もっとも。

 殺気に敏感なのも妖魔の気配を感じられるのも、以前から持っている能力である。

 だが、鬼童子の力が目覚め始めているためにそれが強化されているのだ。

 それに流星が気付くのは、まだ先のことであるが。

「それより、この様子だとナイフ、まだ持っているよな」

「っ……!」

「見えなくても、方向が解れば充分だ」

 流星に煌炎を握り直した。刃に再び炎が灯る。

 今の流星にそれを見ることはできないが、イメージすることはできる。

「や、やめ……」

 獏僧はナイフを手離した。しかし、時すでに遅しである。


 ゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォッ


 炎が獏僧を包み込んだ。


   ―――


 獏僧は回想する。どうして自分はこんなにも無意味なんだろうと。

 初めての殺しは二十歳の誕生日だった。プレゼントは何がいいと訊く家族を、命と言ってナイフで喉をかき切った。

 特に意図があったわけではない。ただ、そうしたかっただけ。無意味な考えだ。

 それ以降は説明する必要が無く、また説明する意味も無い。

 ただ言うなら、殺し続けた。

 ニュースになる殺しからニュースにならない殺しまで、頼まれた殺しから頼まれない殺しまで、ただただ殺し続けた。

 そこに意味があるとは言わない。あるはずない。

 人間は生きるために生きて、殺すために殺して、死ぬために死ぬのだから。

 意味など無い。自分が人間であることにも、全くもって意味が無い。

 だから自分は――化物になった。



 獏僧はせき込んだ。

 焼け焦げた身体は、家屋の残骸の上からぴくりとも動かない。動くのは、目と口ぐらいだ。

「……よォ。目ェ見えるようになったか?」

 目前に立った青年に、獏僧は声をかける。

 青年――華凰院流星は顔を歪めていた。

 哀しそうに、何かに耐えるように。

「何だよその顔。自分で倒しといてよォ」

「……」

 流星は黙ったままうつむいた。

「……やっぱ、戦うのは気持ちいいもんじゃないな」

「あ?」

「空手の試合とは違う。どっちかが折れるまで戦わなきゃいけない。そんなの、苦し過ぎる」

 先程まで感情を失ったような顔をしていたのに、今は決壊したように表情を大きく動かしていた。

 傷の痛みによるものか、または別の要因なのか解らないが、しかし。

「おまえってさ……普通だな」

 素直な感想を、獏僧は素直に述べた。

「異常なぐらい普通だ。世間一般からかけ離れてるぐらい普通だ。他の奴らは、もっと酷いぜ」

 獏僧はさとすような口調で喋り始めた。

 無意味な話を。

「みんな俺みたいな人殺しは極刑になって当然だって考えてる。死ぬしか罪はつぐなえないと思ってる。実際は、国が俺みたいな奴と同じことしてるだけなのによ。それにだ」

 獏僧はいつになく饒舌だった。

 感じているのだ。解っているのだ。

 自分の命が、あと僅かしかないことに。

「俺みたいな奴に、いちいち感情移入してたら、おまえが耐えられないぜ。おまえは死刑執行されるたびに苦しむのか? それと同じだぜ、おまえの今の気持ちは……」

「……」

「ぶはっ、何つー顔だよ。そんなに目の前で俺が死ぬのが、嫌か」

 流星も気付いているはずだ。自分がいずれ死ぬことを。

 視界がかすんでいて見えないが、自分の身体は目に見えて朽ちてきているはずだから。

「あんたに限った話じゃない」

 と。流星は顔を歪めてそう言った。本当に今にも泣きそうだ。

「俺は目の前で人が死ぬのが、例えどんな奴だろうと嫌なんだ」

「へェ……化物の俺を人と言うか。言っとくが、人間の姿をしようと、言葉を喋ろうと、結局俺は半妖という化物なんだぜ」

「俺には人間にしか見えないけど」

 集中して見ていたはずの流星の顔も、獏僧には見えなくなった。時間が――寿命がもう、残されていない。

「だってあんた、生まれた時は人間だったんだろ。身体はもう人間じゃないかもしれない。けど心は、本質は変わったわけじゃないだろう」

「……」

「それに俺からすりゃ、無意味だとか、自分は化物だとか、そんなこと言ってる時点であんたは人間だ。本当にあんたが化物なら、そんなこと考えもしないだろうからな」

「……ブハッ」

 獏僧は吹き出した。

「詭弁だな。それこそ無意味だ。まァ、それも一つの考え方か。……まさか、こんな間際になって人間扱いされるとはな」

 家族以外、そんな風に扱わなかった。扱ってくれなかった。

 半妖になる以前は風景に、半妖になった以後は化物に扱われた。

 それを哀しいとも虚しいとも思わなかった。ただ無感動に、自分の無価値さを実感しただけてある。

 なのにどうして。

 初めて『人間』に扱われて、こんなにも心が震えているだろう――

 ――くだらない。そんな感情など無意味だ。

 けど、だけど。

「ッたくよォ、負けたら呪印に殺されるの解ってたのに、なァんか死ぬの後悔しちまうなァ」

 最後に意味の無い呟きをして。

 最期の最後に聞いたのは、ぱきん、という、自分の命が割れる音だった。


   ―――


 立ち尽くす流星を見て、戦闘を終えて戻ってきた悠は彼に声をかけるのをためらった。

 彼の足元には、ばらばらに砕けた灰色の破片が落ちている。

 一瞬敵の武器か家屋の一部分かと思ったが、違う。

 あれは敵だ。敵だったものだ。

 血も何も出さず、ガラスのように砕けたのだろう。

 生物としての死に方が、できなかったのだろう。

「……。……流星」

 そっと声をかけると、流星は振り返らずに「難しいな」と口を開いた。

「殺さず倒すってさ。例えそれができても、他の何かで死なれちゃ、同じだし。例え俺が原因じゃなくても、目の前で死なれるの、嫌、だし」

「……」

「凄ぇ悪い奴が死んだんだし、喜ぶべきなんだろうけど、そんな気にもなれねぇや」

「……流星は、それでいいんだよ」

 悠は流星に歩み寄り、その広い背中に手を添えた。

「普通に優しくて普通に苦しがって普通に哀しがる。それが流星でしょ。ここで喜んだりしたから、それは流星じゃないよ」

「……そうか」

 流星は振り返った。そこで、悠は流星が肩に傷を追っていることに気付く。手も、刃を握ったような傷ができていた。

「流星、それ……」

「あ、これは大丈夫。もう血も止まってるし」

「……そう」

 普通に考えてそんな大怪我、数分で止血もせずに血が止まるわけがない。

 鬼童子としての力が、表面化しているのか。姿はともかく、力の方は数珠だけでは封じきれなくなっている。

 誰より普通な心を持つ彼が異常な異能を持つというのは、皮肉と言えば皮肉だった。

「……大したこと無いなら、急ぐよ」

「熾堕、倒せたのか?」

「倒せてないなら、こっちに来れないよ」

 悠は鞘に収まった刀をかかげた。

「全くもって強敵だったけどね。随分な謎を残して去ったけどね。でもまぁ、今となってはどうでもいい」

 悠は思い出す。熾堕の最期(・・)を。

 ああなってしまっては、どんな再生能力も回帰能力も無駄だろう。

 あの状態からよみがえるなんて、生物である以上不可能だ。

「今は、羽衣姫のことだけ考えよう」

 悠はふ、と息を吐いて踏み出した。


   ―――


 そこにあるのは消し炭だった。

 崩れた、かろうじて人の形をしている黒い塊だった。

 その他には何も無い。

 その他には誰もいない。

 あるのは、もの言わぬ焼けたそれのみだった。

「……ふ」

 と。

 小さな笑い声が上がった。

 何も無い。誰もいない。

 あるのは、あくまで消し炭だけ。

「ふふ……ふはははははははは!」

 やがて笑い声を哄笑に変え、消し炭(・・・)は起き上がった。

 黒焦げている。一瞬人だったことを否定したくなるぐらい黒焦げている。

 皮膚だけでなく、それは髪や内蔵にも言えることで――しかし、目玉だけが生身だった。

 銀の双眸だ。静かな光を灯す、美しい瞳だった。

「確かに考え方は悪くない」

 彼は口をそう動かした。薄く引き締まった、生身(・・)の唇だった。

「俺以外であったなら有効だったろうよ。しかし」

 頬に艶やかに輝く銀の髪がかかった。その頬は、すべらかで白い。

「俺にとって内側の攻撃なんて外から受ける攻撃と変わらない。どちらも俺にとっては等しく同じだ」

 もしこの場に一般人がいたら、悲鳴を上げただろう。

 死者が生者に、無生物が生物に変わる――否、戻るその様は、異常であり、異状だった。

 消し炭だった彼は、十数秒で元の姿に戻った。

 銀の髪と瞳を持つ、美丈夫に。

「なぜならどちらも地上の(ことわり)による攻撃であり――地上の理は俺に適応されないからだ」

 しかし、と彼は自分の身体を見下ろした。

 どこもかしこも元通りだ。先程と違うと言えば、黒焦げでぼろぼろのままの服ぐらいか。

 いや、彼が見ているのはその服なのだけれど。

「服だけはどうにもな……何とかならないか……ならないか」

 自己完結し、彼は視線を右に向ける。

 すると、タイミングを計っていたかのように二人の影が現れた。

 片方は神父のような格好の男。もう片方は目深にフードをかぶった人物。

「来たか。悪いが何かかけるものをくれないか?」

「……また手酷くやられましたね。いくら負けなくてはいけなかったとはいえ、そこまでしなくても」

 神父姿の男は彼に駆け寄り、持っていた布を男の肩にかけてやった。

「いや、まさかあそこで雷撃を使うとは思わなくてな。星見も全てを見通せるわけじゃないし、あの刀にあんな技無いからな」

 彼は立ち上がり、肩をすくめる。服だったぼろ炭がぱらぱらと落ちた。

「それで、これからどうしましょう?」

 フードは首を傾げた。

「戦いを見届けますか?」

「いや。結果は『視え』ている。これ以上関わるのは得策じゃない。ようやくあの男(・・・)に繋がる奴らを見つけたんだし――」

「追いますか」

「いや」

 部下の提案を、男は即座に却下した。

「連中もそこまで馬鹿じゃないだろう。感付かれる可能性がある。あの男に俺達の動きを読まれるわけにはいかない」

 男の形のいい眉が歪められた。

 不快げな――心底忌々しげな表情だった。

 彼がそんな表情を浮かべるのは珍しく、しかし部下達は相好を変えない。

「でしたら、今回は静観というわけでしょうか?」

「ああ。……はぁ、ようやくここから離れられる」

 彼は疲れたかのようなため息をついた。

「ここの空気は合わん。早々に出るぞ」

「はい――ルシフェル様」

 部下達は、ここで初めて主の名を呼んだ。

 ここでは呼ぶことを禁じられていた名だ。つまり、彼らはここを――妖偽教団を離れるということである。

 ルシフェルと呼ばれた彼は、薄く笑った。

 何の感情も無い、唇が弧を(えが)いただけの笑みだった。





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