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HUNTER  作者: 沙伊
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      紅蓮の虚無<中>




 刃同士がぶつかり合う。何度も、何度も。

 まるで観客を前にした剣舞のごとく、悠と熾堕の剣筋は乱れも崩れもしなかった。

 片や日本刀。

 片や洋刀。

 形状の違う武器はその扱い方さえ違うが、二人に共通するのは一つ。

 互いの剣術が、もはや達人という言葉さえ生やさしいほどのレベルに達しているということだ。

 どのような武器にも弱点はある。二人はその弱点を利点に変え、変えれぬ部分は己の技術で補う。それはすでに、一つの芸術のようだった。

 ゆえに決定打をかき、消耗戦が繰り広げられている。

「全くもって信じがたい。定命の者がこれほどの技術を得られるとは。刀の力だけではあるまい」

 熾堕は感嘆の声を上げた。まだ余裕がある証拠だろう。

 対し、悠は。

「ふん。まるで自分は永遠の命があるかのような言い種だね」

 そう返したのは、強がりである。肉体的にも精神的にもぎりぎりだ。

 と。ひときわ大きな剣戟音をあげて、二人の距離が大きく開いた。

 刃をぶつけた反動で靴底をすべらせながら下がり、互いに構え直す。

「いや、永遠の命ってわけでもないんだが」

 熾堕の言葉が先程の自分の言葉の答えだと気付き、悠は息を整えながら首を傾げた。

「だが――何?」

「……寿命が無いんだよ。外部からの干渉がなければ、俺は死なない」

 熾堕は心底それが嫌だというように、ため息を一つついた。

「消えるべき星が、元より俺には無いんだ。この肉体も借り物だしな」

「借り物?」

「身勝手ながら死者の身体をな。そうやって、俺は身体を換えてきた。本来俺には肉体が無い。地上に存在するには、そうするしかないんだ」

「精神体ってこと? その姿も借り物?」

「いや、容姿に関しては俺自身のものだ。こんな銀色の髪と瞳の人間なんているわけないだろう。二次元じゃあるまいし、馬鹿馬鹿しい」

「……ふ。確かにね」

 悠は笑って――だんっ、と踏み出した。

「心ゆくまで戦いを楽しもうって気は無いんだよ。早々にかたを付ける」

「同感だ。いくら会話しようが、どっちかがどっちかの味方になるなど、ありえない」

 そこで熾堕はぽつりと、悠に聞こえないような声でぽつりと呟いた。聞こえたとしても、現時点での悠にそれを理解することはできない。

「今は……な」

 その後すぐ、熾堕はレイピアを振るった。振るうと言っても刺突に特化した剣だ。それは空気をかきわける――否、裂きわける鋭い突きだった。

 悠は突っ込む姿勢から無理矢理立ち止まる姿勢になる。そして喉を貫きそうなその突きを、刀の腹で受け止めた。

 普通なら刀身は折れていたろう――折れなくともひびは入るはずだ――しかしそれを、防ぎきった。

 千年という年月を経てなお、妖刀としての力を失わない『剣姫(ツルギヒメ)』だからできた芸当だった。

 悠は防いだだけで動作を終わらせない。刀を動かし、熾堕の剣先をずらした。

 ギギギギッ、と金属がこすれる音と火花を上げ、熾堕の剣はあらぬ方向に向く。

「っ……!?」

 自分の狙った場所から大きく外され、熾堕の目が見開かれた。

 後から思うと、これが彼の最初の驚き顔だったかもしれない。

 完全に剣筋をそらされ――熾堕は横に振り切った体勢になった。

 大きな隙がある体勢。自分が作ったその隙を、悠は逃さない。

 熾堕の懐に入り込むように――

 熾堕の心臓を刺した。

「……今更何をしている?」

 熾堕の声の調子は変わらない。胸を貫かれているというのに、苦悶の表情も浮かべない。

 ただただ無表情、ただただ無感動。

 悠を見下ろす目は、何の感情も交えられてない。

「これで俺を殺せると?」

「これだけ(・・)じゃ無理だろうね」

 そう言った悠の刀から、ぱちり、と何かがはじける音がした。

「別に、呪術は恭兄の専売特許じゃないんだよ。私も椿家末子として、一定のレベルまで達している」

 ぱちぱち、と弾ける音が、ばちばちとはぜる音に変わり。

「外からどれだけ攻撃しようと、貴方は再生する。なら、内側から全身を貫いたら……どうなる?」

「っ……!」

「これは『剣姫』独自の技じゃなく、椿家独自の呪術だ。刃に雷を宿らせる呪術で、名は」

 電撃が、内側から熾堕を焼き貫く――!


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチィッ


 カッ、と刃が光ったかと思うと、耳の奥が痛くなるような爆発音が響き渡った。

 それは全て――熾堕の中ではぜていく。

「――電花裂刃(デンカレツジン)

 悠は小さく、(いかずち)の音どころか剣が落ちる音にすら負けるぐらい小さく言った。


   ―――


 現れた少年――紗矢のもう一つの人格であるツバサに、しかし薔薇司教は特に驚いた様子は無かった。

「それでその娘を倒すのかしら?」

「倒す? ツバサに倒せと言ったら殺せという意味になってしまう」

「あら……」

 薔薇司教はすぐに、紗矢の言葉の意味を理解したようだった。目を瞬いた後、不思議そうに首を傾げる。

「だったら……それと戦うのは私なのかしら?」

「そーゆーことだ!」

 答え、そして踊り込んだのは、紗矢ではなくツバサだ。その手に大剣を持ち、薔薇司教に振り下ろす。

 武器らしいものも何も持っていない薔薇司教は、後ろに跳ぶことで回避した。

「私も戦闘そのものは苦手でね。けれど、しかたないかしら」

 薔薇司教のコートのそでから、するりと棒が飛び出した。

 いや、棒ではない。どうやってコートの内に忍ばせていたかは解らないが、それは二メートル弱ほどの槍だった。

 紗矢は思わず「異次元にでも繋がっているのか」と呟いてしまう。

 今はそんなこと考えている暇は無いが。

「ところで、貴女はどうするの? その娘に勝てる自信はあるの?」

「いやぁ、ケンカは強いんだがなぁ」

 薔薇司教の問いに、紗矢は頬をかいた。

「実戦はどうかな……命のやり取りなんて、性に合わない」

「ならなぜ退魔師になったのはなぜ?」

贖罪(しょくざい)のためだよ」

 更なる問いに、紗矢はあっさり答える。迷う必要の無い質問だからだ。

「あたしは母を殺した。殺してしまった。一生消えることの無い罪だから、一生かけて罰を受けるつもりだ」

「……人は原罪というものを、産まれながらに背負っている」

 急に、薔薇司教の口調がさとすようなものになった。

 その変わりように、紗矢は目を瞬く。

「救われるためには、(しゅ)に祈るほか無いのよ。主に祈り、主に仕えなさい。さすれば修羅の道を歩まずとも済む――」

「くだらない」

 紗矢は一言(いちごん)の元に切り捨てた。

「それは信仰心厚い人間――人種に問うべきだ。日本人、少なくともあたしに通じる文句じゃない」

「……」

「だいたいその言い振りといい、心の中で渦巻いている考えといい、一体何者だ?」

「……あぁ、貴女心が読めるのだったわね」

 薔薇司教は槍を構えた。

「別に私の心を読んで生かしておけないとかそういう展開は無いけれど……これ以上相対するのは得策ではないわね」

「得策でないと言うなら、あたしに催眠術をかけなかった時点で失策だ」

 紗矢は杖を持ち上げた。

「催眠術を解くことはあたしにはできないし、かと言って特別強いわけでもない。けれど、強みがないこともないんだ」

「どういう意味?」

「こういう意味だ」

 紗矢は走り出した。

 さほど速くない走りだ。同じく突っ込む文菜の方がよほど速い。

 しかし先手を取ったのは紗矢だった。

 杖で攻撃するのではなく、足を上げたのだ。振り上げられた足は、文菜の側頭部に打ち込まれる。

 当然文菜は衝撃に耐えられず、倒れ伏す。気絶には至らなかったようだが、受けたダメージは大きいようだった。

「な……」

「よそ見すんなぁ!」

 目を見開く薔薇司教に、ツバサが大剣を振り下ろす。

 薔薇司教は槍でそれを受け止め、そのまま槍を振った。

 ツバサの身体が横に投げ出される。そこへ薔薇司教は槍を突き出すが、ツバサはぎりぎりで回避した。

 正直二人――というかツバサから離れるのは術的にまずいので、紗矢は二人との距離をせばめた。

「操られたと言ってもあの一瞬だ、たかが知れてる。どれほど強力だろうと完全に操られるわけでもない。それは貴女もよく解っているはずだ」

 紗矢は、今度は杖を下段に構えた。まるで剣の構えのように。

「それに人間は本能的に殺しを忌避する。支配下に置かれようとな。実際催眠で操った人間に殺しをやらせて失敗したなんて例がある」

「よく知っているわね」

 薔薇司教は、今度は驚嘆したようだった。賞賛の言葉を向けてくる。

「その通りよ。そもそも私は長時間に渡って催眠をかけるタイプなの。一、二秒では完全に支配するのは無理ね」

 長期間でなく長時間。

 つまり、数時間で人間を支配下に置けるということか。

「同じ人間なのに恐ろしいな」

「確かに人間だけど、同じというのはいただけないわね。――それより」

 薔薇司教は少しだけ首を傾げた。

「貴女の攻撃がそこに効いたのはどういうこと? その娘が無意識に手加減したと言いたいのは解るけど、それにしたって戦闘能力には差があるはずよ」

「簡単だ。あたしが本気を出せばいい」

 あっさりと答える紗矢。

「元々手加減なんて器用な真似、あたしもできないんだ。ただまぁ哀しいことに、非力だから殺すことはない」

「けど怪我はまぬがれないわよ。その娘も、貴女も」

「そんなの、どうでもいい」

 薔薇司教の言葉は、ばっさり切り捨てた。

「あたし自身の怪我をあたしは気にしたことは無いし、その娘を傷付けることに、あたしはためらいを覚えない」

 紗矢は己の声がどこまでも平淡で、冷淡で、淡々としていたのを自覚していた。

 だからこそ、本気と解ったらしい。薔薇司教はあ然とした。

「貴女、それ、もしかして」

「……くだらない」

 紗矢はため息をついて、先程と同じことを言った。

「優しさだとか、情けだとか、容赦だとか、生きるのに必要なんだろうか。いや、人間としては必要だけど、ただ生きるのには必要無いじゃないか」

 人間の美徳を全否定する、投げやりな言葉なのは解っている。

 元々、自分はそういう人間だと、紗矢は自己分析していた。

 それは彼女の能力に起因しているのかもしれない。

 人の生き筋を、人の心を、人の記憶を、読み、感じ、知る。

 それらを感じていく内に、紗矢の心の一部は壊れてしまった。

 その壊れた一部分で形成されたのが、ツバサである。

 そして一部分の心を失った紗矢は、人らしさも失ってしまった。

 壊れたのは五歳の時。

 形成されたのは十歳の時。

 失ったのは十五歳の時。

 感情が無いわけじゃない。

 常識も道徳も理解している。

 ただ、足りないのだ。

 人としての何かが、人間としての何かが。

 それが何かは解らないけど、これだけは言える。

 自分は、人間としとの『欠陥品』なのだと。

「あたしは壊れた人間だ。酷いとか、非情とか、そんなものじゃない。そんなレベルじゃない。だって、仲間を力いっぱい蹴っても、何も感じないんだから――」

 紗矢は起き上がった文菜に更なる蹴りをあびせた。

 今度は肩。紗矢の腕にも鉄球がかすめたが、大して気にならなかった。

 本来足技が得意な自分だ。腕が使えなくなろうがかまわない。杖を掴めれば充分だ。

「……なるほど、ね」

 薔薇司教は何かに納得したように呟いた。

 彼女もまた、ツバサの猛攻にあっている。その状態でも話す余裕はあるらしい。

「確かにためらわないというのは重要なことよ。でも、催眠はどうするの? 『キーワード』を言わなければ、その催眠は解けないわよ」

「……」

 紗矢は答えない。代わりにツバサの攻撃は激しくなった。

 紗矢もまた、文菜に連続して蹴りをあびせる。しかし体力は元よりそれほど無いため、息が上がってきた。

 それに怪我を気にしないとはいえ、攻撃は防御する必要もある。それもだんだん防ぎきれなくなってきた。

 だが、まだもう少し。

 もう少し時間がかかる――


 ガゴォッ


 鉄球が紗矢の肩をかすめ、嫌な音を上げた。

「っ……!!」

 肩から指先まで至る激痛。どうやら肩をやってしまったらしい。

 だがすぐその後、紗矢は『キーワード』を見付けた。

 身体を文菜に密着させ、それを耳元に囁きかける。

「『The Day of Jadment』」

「……!」

 文菜の瞳に、みるみる内に光が戻っていく。戦闘体勢は解かれ、鉄球はごとりと地面に落ちた。

「え、あ、あれ……?」

 文菜は目をぱちぱちさせた後、紗矢のぼろぼろ具合に気付いたのか絶句した。

「なっ、何が……」

「説明は、悪いけど後。ツバサ、一気に倒せ!」

「了解ぃ!」

 待っていたといわんばかりにツバサはスピードを上昇させた。互角だったはずの速度に一気に差を付けられ、薔薇司教は目を見開く。

「く、まさかこれを出したのは私の脳内を探るため……っ」

「そうだ。何かに集中している脳は読みやすいんでな。まさかキーワードが『最後の審判』とは思わなかったが。それに読み取った記憶といい、貴女は一体何者なんだ!?」

 紗矢は声を荒げて、少しずつ息を乱れさせていく薔薇司教を問いつめた。

 催眠を解くキーワードを薔薇司教の脳から探す際、紗矢は妙な記憶を目にしたのである。

 正直言って、それは理解不可能な記憶だ。信仰心(・・・の無い紗矢にとっては。

「そう……どこまで読んだかは解らないけど、それなりに深くもぐり込んだようね」

 薔薇司教は自ら身を後ろに投げ、ツバサと距離を取った。

「なら長居は無用だわ。元より経過を見るために入り込んだんだもの……これ以上は益無いわ」

 そう言った薔薇司教の足元が、どぶりと沈んだ。

 まるで彼女の影が底無し沼になったかのように、足からずぶずぶと飲み込まれていく。

「あれは……!」

「私達の時と同じ……」

 紗矢と文菜が驚きと共に呟くのを受け、薔薇司教はため息をついた。

「貴女達を殺すという選択もあるけど……そうなると退魔師全員を殺さなくちゃなくなる。それは私の実力じゃ無理ね」

「逃げる気か!」

「そうね。これはまごうことなき逃走ね。でも『私達』は私を失うわけにはいかないから、しょうがないことよ」

 そう言っている間にも、薔薇司教の身体はどんどん沈んでいく。もはや胸から下は見えなくなっていた。

「それじゃあね。さようなら。またいつか」

 別れの言葉を口にして――薔薇司教は姿を消した。

 何も無かったように。

 何もしなかったように。

 ためらいも躊躇も無く――消え失せた。





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