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HUNTER  作者: 沙伊
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第二十五話 紅蓮の虚無<上>




 誰かといた記憶なんて無い。

 身体は常に誰かの傍にいたけれど、心が誰かと接したことは無かった。

 恋をしても、心を奪われることは無く。

 友ができても、心から信頼することも無く。

 初めはこの能力(ちから)のせいだと思った。だが、すぐ違うと悟る。

 問題は、自分の心のありようだったのだ。

 何かを(いと)い、何かを嫌い、何かを憎み。そんな自分が、他人に心など許せるはずがない。

 他人が等しく同じに見えた。それは聞こえはいいけれど、ようは誰も彼も特別に見えないということだった。

 無論家族も例外ではなく。

 大好きな父も、大嫌いな母も。

 感情を持った肉の塊にしか見えなかった。

 それが彼女のあり方。

 西野紗矢(ニシノサヤ)という、一人の人間の心のありようだった。


   ―――


 紗矢はぼろぼろになりながらも、状況をじっと分析していた。

 目の前にいるのは文菜(フミナ)である。自分と同じ姫持ちで、自分と同じく気付けば知らない場所に放り出されていた少女だ。

 その文菜が、自分に攻撃をしかけた。両手に姫シリーズが一つ――『打球姫(ダキュウヒメ)』を使って。

「催眠術、か。何でもありだな、ここは」

 血の混じった咳を吐きながら、紗矢は文菜の後ろに立つ女性を睨み付けた。

 黒いコートをまとった、妖艶な美女だ。ウェーブがかった黒髪が、白い肌を映えさせている。

 白い肌。日本人とは違う、純粋な白。

「日本人、いや、アジア人じゃあないね」

「ええ、そう。薔薇司教(バラシキョウ)っていうの、よろしくね」

 女――薔薇司教は赤くぽってりとした唇を緩めた。

「ふぅん、そう。あたしは西野紗矢だ。まぁ、一応よろしくと言っておこう」

 言って紗矢は、先程のことを回想していた。

 ここに転移させられたと思ったら、いきなり目の前にこの女が現れた。

 そして驚いて動けない文菜の目を覗き込んで、女は言ったのだ。

 貴女は私のお人形、と。

 そう囁かれたとたん、文菜は鉄球を紗矢の腹に投げつけた。

 とっさに杖で防御したものの、家屋がばらばらになるほど強く叩き付けられ、しょっぱなから大打撃を受けてしまった。

 しかも味方の手で、である。全く笑えない冗談だった。

 しかしこれは冗談ではない。現実だ。

「しかし強力な催眠だ。目を見ただけで操るとは」

 紗矢が立ち上がりながらそう評価すると、薔薇司教は笑みを深めた。

「ありがとう。まぁ驚いていたし、その娘がそういうことに関しての防御が全く無かったから、というのもあるけれど」

「謙遜するな。それは日本人の専売特許だ」

「これでも身のほどはわきまえているわ。もっとも」

 薔薇司教が身を引くと、操られた文菜はずいっと前に出た。

「貴女達より、ずっと高位にいる人間であることは、自負しているわ」

 鉄球が地面から離れた。

 ぶんぶんと鎖を使ってそれを振り回す文菜に、さすがに紗矢は顔をひきつらせる。

「どんな怪力人間だ」

 ツッコミに応える者などいるわけがなく。

 鉄球が顔面めがけて投げられてきた。

「……っ、う、あ!」

 それをなんとか避けるも、すぐさま二つ目の鉄球による第二撃が来る。避けられはしたものの、紙一重だった。

「っくそ、あたしは肉弾戦は苦手なんだっ」

 紗矢は悪態をついて地面に手を置いた。

 ボコッと文菜の足元の土が盛り上がり、彼女の足を固定した。

 更に紗矢がイメージを膨らませると、今度は太いつるが地面から飛び出し、文菜の腕に巻き付く。

 僅か一秒足らずで、紗矢は文菜の動きを封じてみせた。

「っ……!」

「だからこうやって、トラップを『創造』させてもらった」

 紗矢は杖を持ち直した。

「……この程度でその娘の動きを封じたつもり?」

 一度は驚いたように目を見開いた薔薇司教だったが、すぐ余裕を取り戻した。

「催眠は、ただ操るだけじゃない。身体のリミッターを外したりすることも可能なの」

「リミッター……?」

 紗矢は一瞬眉をひそめたが、すぐに思い至った。

「まさか!」

 声を上げるのと同時に、ぶちぶちとちぎれる音が耳に届く。

 文菜だ。文菜が引きちぎっていた。

 人間の腕ほどもあるつるを、力づくで!

「っ……なるほど」

 催眠術というのは、本来眠気をもよおすための術である。

 眠いという思いを、脳に直接働きかけて呼び起こすのだ。そして軽い眠りにおちいった者を自由自在に操ることも、まぁ不可能ではない。

 例えば、普段人間が無意識にかけているブレーキ――肉体の(かせ)を外すことも、できなくはない――!

「……だが、それは外しちゃいけないリミッターだろう。身体が耐えきれない」

「そうかしら。まぁ、確かに身体ができあがっていない子供の骨格や筋肉は無理かもね。けれど」

 薔薇司教は微笑を冷たいものに変えた。

「例えば大人の身体なら、場合によっては大丈夫かもよ。貴女ぐらいの年齢ならね」

「……あいにくインドアな引きこもりでね。筋力はともかく、体力は平均以下だ」

 トラック一周分でも息があがるぐらい、と紗矢は力強く言う。そこで力強くなるのは、自分でもどうかと思うが。

「じゃ、貴女はどうやって戦うつもり?」

「そうだな。得意分野で戦う」

「得意分野?」

「あたしが得意なのはボードゲームと」

 紗矢は上着のポケットから、一枚の呪符を取り出した。

 人型の呪符。だが、使うのは式神ではない。

「創り出すことだ」

 呪符がぐにゃりと歪んだ。膨らみ、伸び、人の形に、人の大きさになる。

 やがてそれは、一人の少年へと姿を変えた。

「んー……あーっ。ひっさびさのシャバだー!」

 変なとこだけど、と黒衣の少年は頭をかいた。

「で? 殺しちゃいけないっていう縛りアリであの女倒せと?」

「そうだよ、ツバサ」

 紗矢は頷きを返す。

 そして、もう一人の自分に命令を下した。

「思いっきりやれ。ただし手加減しろ」

「矛盾含んだ命令、ありがとさん」

 そう言って少年はぎぃ、と笑った。

 純粋な、しかし邪悪過ぎる笑みを。


   ―――


 炎の刃が、伸びる伸びる。

「お、お、お、おぉぉ!?」

 獏僧(バクソウ)はこれでもかというぐらい顔をひきつらせた。

 炎の刃を放つ小刀を持つ流星(リュウセイ)は、高さが五メートルほどになったそれを振り下ろした。

 獏僧の頭上に容赦無く落ちる炎刃。獏僧は転げるようにそれを避けた。

 しかし、地面すれすれで流星は刃の軌道を変える。

 巨大になったのは炎のみ。炎を宿す小刀――『煌炎(コウエン)』の質量は変わらない。だからこその芸当だった。

「ぐ、おぉっ……!」

 結果、炎から逃れられなかった獏僧は、炎に全身を包まれる。

「……っのやろ!」

 しかしそれは一瞬だけだった。

 全身をぶ厚い皮で覆った獏僧は、炎から飛び出して流星に突進した。

「! あぐっ」

 腹にそれの直撃を受けた流星は、後ろにごろごろと転がった。

 追撃を恐れて立ち上がるも、しかし獏僧は来ない。

 突進の姿勢から自然体に戻って、そこから動かなかった。

「……? おい」

「おまえよォ」

 と。先に獏僧が口を開いた。

「やる気あんの?」

「……は?」

「やる気が感じられねェつってんの。俺を殺す気、あんのかよ?」

「殺す気なんて無ぇよ。倒す気はあるけどな」

戯言(ざれごと)、世迷い言、綺麗ごと、だな」

 獏僧はせせら笑った。

「相手が何者か解ってんのか? 妖魔だ、半妖だ、化物だ。見ろよ、この姿」

 彼は灰色の厚い皮に覆われた醜い自身の姿を指差した。

「自分で言っちゃァなんだが、正直人間じゃねェ、おぞましい。百人が百人、化物と言うだろうさ。そんな奴を殺すのは、世のため人のためだろうが」

 なのに、と獏僧は流星をいぶかしげな顔で睨み付けた。

「何で殺さない。何で狩らない。人の姿をしてたからか? 人の言葉を話すからか?」

「……両方、だと思う」

 流星は苦々しげに言った。

「殺さないんじゃない、殺せないんだ。狩らないんじゃない、狩れないんだ。そうすることを、自分が拒否してるから」

「はっ……。甘ったれもここまでくると、馬鹿以外に言葉が無いぜ。教えとくが鬼童子」

 獏僧は両手を地面に着けた。

「殺さない奴より、殺す奴の方が強いんだぜ」

「……」

「だってよ、殺す奴は加減する必要を持たねェからな!」

 太い腕を振り上げて再び突進してくる獏僧に対し、流星は静かに息を吸い込んだ。

「ふっ」

 そして短く吐き出す。同時に右足を軸にして、左足を振った。

 回し蹴り。それは、綺麗に獏僧のこめかみにヒットした。

「ぐ、おっ」

「なら俺も、死なない程度に手加減しねぇよ」

 よろめいた獏僧の脳天に、同じ足で今度は踵を炸裂させた。二度も頭に鋭い足技を喰らわされた獏僧は、白目を剥く。

 そんな彼に追い討ちをかけるように、流星は腹に更に蹴りを入れた。

 獏僧は身体をくの字に曲げて吹っ飛ぶ。平屋の入口の扉とぶつかり、地面に倒れ込んでしまう。扉の方はばらばらに砕けてしまった。

「げほっ……お、おまえ、戦いはほとんど素人じゃ」

「戦闘経験はあんま無ぇけど、技術はあんだよ」

 流星はにこりともせずに言い放った。

「構えは『煌炎』があるからできないけどな。これでも俺は、空手黒帯なんだよ」

「っ……!」

「おまえ、殺す奴は強いったっけ?」

 流星は笑わないまま、両足を広げた。

「あいにく殺さない奴は……それより強いんだよ」

「……はっ、ほざけ!」

 獏僧は立ち上がり、唇を歪めた。

「殺してやるよ。殺してやる殺してやる殺してやる。俺自身の家族みたいになァ」

「何……?」

「言ってなかったか? 上にある家の家族、いや元持ち主の家族って言った方がいいか? そいつらは俺の家族だった」

 獏僧は親指を黒い空に向けた。

「そしてそいつらを殺したのは、俺自身なんだよ。表向きには、俺も死んだことなってるけどな」

 獏僧は何てことはない、日常の一部を話すかのように続ける。

「別にこれでおまえの心をどうにかしようって考えてんじゃねェぞ? ただ俺とおまえは似て非なる者だって言いたいだけさ」

「……」

「妖魔に家族を殺された者と妖魔になって家族を殺した者。共通してるのは家族がいなくて妖魔がそれに関わっているってことだ」

「……何が言いたい」

「無意味な話さ」

 獏僧は肩をすくめた。

「おまえと解り合えることも、こうして話すことも――言ってしまえば、こうやって向かい合っていることも、何もかも無意味だ。無意味で、無意味で、無意味だ。俺にとって、存在するもの全てが無意味だ。俺もおまえも、世界すらな」

「……スケールでかいんだか何だか」

 流星はあきれ声を上げた。

「じゃ、この無意味な話はやめようぜ。どうせ決着着けなきゃならねぇんだ」

「ああ。まァ俺にとっちゃこの戦いも、その先の決着も、全部無意味なんだけどな――!」

 獏僧はだんっと地面を蹴った。

「先に言っとくぜ鬼童子! 俺はおまえより弱い! 戦う能力なんてほとんど無ェ! だから」

 太い腕をかいくぐり、流星は平手を放った。胸にそれを受け、獏僧は顔を歪める。

 しかし、口は笑みの形を保ったままだ。

「勝つために、殺すために、策略を巡らす!」

 獏僧が後ろに倒れる。あっさり、あっけにとられるほどたやすく。


 倒れて――消えた。


 流星は目を見開いた。

 獏僧の背中が地面に着いたとたん、その姿が煙のごとく消えたのである。

 まるで映し出されていた映像が急に消えたような唐突さだった。

「一体どこに……!?」

「何言ってんだ。俺は目の前にいるぜ」

 獏僧の声に、流星は顔を上げた。

 だが――誰もいない。

「っ……どこにいるんだ!?」

「だから……目の前だっての!」

「! がっ……!?」

 突然腹に痛みが走った。

 腹痛ではない。今、殴られた感覚があった。

 腹の中心を打たれ、流星は膝を着いた。

「さっきのお返しだ」

 前髪が掴まれた。顔が無理矢理上げられる。しかし、正面には誰もいない。

 誰も、見えない。

「ま、まさか……透明に!?」

「ご名答。……と言いてェところだが、違う。認識できなくしたのさ」

 獏僧の声だけが、流星の五感にひっかかる。

 その他の感覚は獏僧の存在を全く、彼の言葉通り認識できなかった。

「俺は夢魔とかけ合わされた半妖だ。夢魔は夢を操る妖魔だ。その力の応用で、脳に少し働きかけるぐらいわけねェ」

「そ、んな」

「そして」

 前髪を掴んでいた力が消えた。流星は両手を地面に着く。

 身体を起こし、そして――


 そして肩を貫かれた。


 焼け付くような痛み。穴が開いた感覚。そして、顔にかかる自分の血。

「な、ぐ、あぁ!」

「今俺は、おまえの右肩を隠し持ってたナイフで刺した。ナイフも勿論、認識できないようにした」

「っ……」

「全てが全て、脳に働きかけられるがゆえだ。そしてその気になれば」

 突然だった。

 流星の視界が、黒に塗り潰された。

「……!?」

「五感の一つを、奪うこともできる」

 獏僧の、笑みを含んだ笑い声が鼓膜を揺さぶる。

 しかし視界は――閉ざされたままだ。

「っ……!」

「目が見えず、傷も負い……これでもなお、俺を倒すとほざくのか?」

 肩を押さえる流星の傍で、かつ、と足音が鳴った。

「そんなの……正直者に言えや。俺にはそれは、無意味にしか聞こえない」





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