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HUNTER  作者: 沙伊
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第二十一話 散華<上>




 受け止める。重い攻撃が、腕をしびれさせる。

「う、ぐぅっ」

 悠は苦悶の声を上げた。

「うふふふふ♪ この程度ん?」

 大きな刃と化した腕を悠の刀に押し付け、羽衣姫はにんまり微笑んだ。

「もっと、もっと楽しませてよ、悠ちゃあぁぁん♪」

 右膝が振り上げられた。悠は後ろに跳び、ぎりぎり避ける。着地と同時に刀を突き出した。

 羽衣姫は振り切った足を墜落させた。頭を粉砕されそうになるも、悠は紙一重でかわす。髪が数本舞った。

 悠は流星から離れるようにして羽衣姫との間合いを取った。

 ほんの少し戦っただけなのに、精神力をごっそり削ぎ取られた気分だ。

 人柱を九人殺したことにより封印はほとんど解け、多くの人間を殺し喰ったことにより、羽衣姫は本来以上の力を得ている。

 平安初期に造られた、退魔武器の対極となる降魔武器、羽衣姫。

 人を心身共に喰らう『彼女』は、恐るべき力を持っている。

 しかし、何より恐ろしいのはその力ではない。

 プレッシャー。

 その完璧過ぎる美貌。相手を圧倒する存在感。それらが、こちらを押し潰そうとする。

(一対一だとそれが顕著だね。できれば、向けられる意識が分散されてると助かるんだけど)

 悠は刀を持ち直した。

 並の戦闘力では向かい合うことすら困難だろう。殺気が上乗せされていれば、なおさら。

 悠自身、常人より鍛えられた精神を持っている。しかし、羽衣姫と相対していると普段以上の実力が出せない。

(それでも、ここで奴は……倒す!)

 悠は刀を振りかぶった。

(そめ)の手、風刃斬(ふうじんざん)!」

 衝撃波が地面をえぐった。狙いは外れず、羽衣姫に向かっていく。

「いやん♪」

 しかし羽衣姫はそれを受け止め、弾き飛ばしてしまった。

「この程度で妾を……!?」

 羽衣姫は言葉を中断させ、ばっと上を向いた。

 後ろに跳びのき、上空から突き出された槍を回避する。

「くそっ」

 跳び上がり、槍を共に降ってきた猛は舌打ちを漏らした。

 脳天を狙った攻撃。それを避けたということは、やはり肉体は本体より脆い。

「『打球姫(ダキュウヒメ)』、部分解除」

 声が響いた。

 歌うような、旋律を伴った声。

「頼むよ、文菜(フミナ)

 悠は背後の少女に声をかけた。

 肩上まで伸ばした茶葉に、少女にしては太めな眉、つり上がった瞳は光を灯しておらず、小さな唇はきゅっと閉じている。

 それだけならどこにでもいそうな、無気力気味の女の子だ。

 しかし着ている服は黒に白いレースが付けられまくったゴスロリワンピースで、両手首にはありえないものが鎖で繋がれている。

「鉄球……!」

 羽衣姫が呻いた。

 彼女の手首には、大人の男が身体を丸めてもなお足りないぐらい大きな鉄球が一つずつ繋がれていた。

 そんなものを付けて、悠と同い年の子供が動けるわけがない。大人でも無理だろう。

 しかし彼女は――野蔦(ノヅタ)文菜は、動けた。

「粉砕」

 呟きと共に、文菜は鉄球を振るうた。

 鉄球が宙を舞う。一瞬ぴたりと止まったかと思うと、そのまま羽衣姫に向かって落ちていく。

 質量プラス重力。とてつもないスピードに、羽衣姫も紙一重で避けた。

 しかしとてつもないのはスピードだけではなかった。

 地面に触れたとたん、半径五メートルの範囲で土が沈む。地震が起きたかと思うほどの震動が全員の身体を揺さぶった。

 しかし文菜の攻撃は止まらない。もう一つの鉄球を、今度は投げつけた。

 しかも片手。ボールを投げるように、易々と。

 しかし、速度は投げつけたという騒ぎじゃなかった。

 銃弾か何かのようなスピードに、羽衣姫の目が見開かれる。

 今度は真っ正面から受け止めた。驚くことに、彼女は吹っ飛ぶどころか大勢すら崩れない。

「甘いわ……よん!」

 鉄球が弾き飛ばされた。それはまっすぐうずくまる流星と、移動していた猛の方へ向かう。

「うぉ!?」

「わわっ」

 二人は慌てて横に跳んだ。背後にあった木が鉄球とぶつかり、バラバラに砕ける。

 更に向こうに飛びそうになった鉄球を、文菜はぐいっと引っ張って手元に戻した。

 それを目で追った羽衣姫の後ろに回った悠は、刀を突き出した。

 狙いは――首。


 ギイィィィィィッ


 手がしびれた。白銀の刀身と紅い柄が視界をかすめる。

「しまっ」

 手から離れた刀に、悠は手を伸ばした。

「終わりよ、悠ちゃん♪」

 羽衣姫の手が、刀を弾き飛ばした鋼鉄の手が、悠の顔に落ちる――


 バチイィィィィィィィィィィィッ


 羽衣姫の胴に炎の塊がぶち当たった。

 動きの止まった羽衣姫に一瞬呆けた悠だったが、すぐさま後ろに跳び、落ちてきた『剣姫』を受け止めた。

「……妾を拒絶するばかりか、攻撃をしかけるなんて、いい度胸ねん」

 羽衣姫はじろりと流星を睨み付けた。流星はおびえなど出さず、小刀を構えて睨み返す。

 それに対し、羽衣姫の眉がぴくりと動いた。

「嫌な目……嫌な顔……嫌嫌嫌」

 すぅっと両腕が上げられる。目はちろちろと火のように揺れていた。

「あぁぁ、あの女と同じ目。殺したのに、どうして同じものがある?」

 女、という単語に、流星の顔色が変わった。

 目を見開き、羽衣姫を凝視する。その顔は、今にも発狂し出しそうだった。

「まさか……」

「んん?」

「おまえ、月読は……葵さんはどうした?」

 ほとんど叫び声に近い叱責に、悠の方が驚いた。

 なぜ、ここで姉の名が出てくるのか、全く脈絡が掴めない。ただ、羽衣姫の笑みと言葉に、全身を震わせた。

「月読ちゃんね。妾に逆らったから殺したわ♪ 妾の役に立たない駒は、早々に捨てないとねぇん」

 あまりにも軽々しく言われた言葉に、頭が一瞬ついていかなかった。

 月読を殺した? 月読が殺された?

 月読はもうこの世にはいない? なら葵は。

 葵姉、は。


 ダンッ


 地面を蹴る音がした。

「狩りの対象」

 唇を僅かに動かした文菜は空中へ跳んだ。両手の鉄球を、鎖を使って振り下ろす。

「いやん♪」

 羽衣姫はそれらを受け止め、今度は弾くのではなく引っ張った。

 空中で身動きの取れない文菜は簡単に引き寄せられる。

 羽衣姫はそんな彼女の腹に膝を叩き込んだ。

 蹴り飛ばした文菜には目もくれず、羽衣姫は猛との間合いを詰める。

 突き出された槍をあっさり避け、猛の喉を殴った。

「がっ……」

 地面に倒れ伏す猛。更に腕を振り上げた羽衣姫の背中に、流星が炎のかまいたちを放った。

 防がれた直後に走り出し、間合いに入ったところで炎で形成された刃をけさがけに振り下ろす。

 だが、炎は羽衣姫とぶつかった瞬間に飛び散ってしまった。

「妾自身には効かないわよん♪」

 羽衣姫の右手の巨大な刃が流星を追った。流星は目を剥いて後ろに跳ぶ。

 だが、少し遅かったらしい。左肩から右脇腹にかけて浅く斬り裂かれた。

「っぐ」

 流星は顔を歪めて傷を押さえた。体力がまだ完全じゃなかったようで、早くも息が切れ出している。

「姫持ちでもないのに、妾に対抗しようなんて失笑ものだわん♪」

 羽衣姫の唇の端がつり上がった。

「大丈夫♪ むごたらしく殺してあげるからぁん」

 羽衣姫の刃が、再び上げられた。


ギイィィィィィィィィィンッ


 金属音と共に、羽衣姫の身体がぶっ飛んだ。

 ヒールの底を滑らせ、顔を上げる。

「一体な、に……」

 羽衣姫の目が見開かれた。

「ゆ、悠……?」

 流星の呟く声も、今の悠には聞こえない。

「よくも葵姉を……葵姉を!」

 悠は刀の切っ先を羽衣姫に向けた。

 美貌を歪め、すずやかな声を張り上げて。

「おまえは一体何人殺せば気がすむの? 父さんや葵姉、多くの退魔師達! おまえは何のためにあるというの? 破壊しか生めない、存在してはいけないおまえか!」

 羽衣姫の表情が変わった。

 その変化は劇的で、別人と入れ替わったのではないかというほどだった。

「小娘に何が解るというの?」

 きしむような呻き声。みるみるうちに、目がつり上がっていく。

 ただでさえ強力なプレッシャーが、更に強くなる。しかし悠は、それをものともしなかった。

「おまえは私が狩る!」

「思い上がるな、小娘!」

 二つの刃がぶつかり合った。


   ―――


 まるでわいて出てくるようだった。

「こんな数の妖魔……どっからだしてんのよ」

 日影は舞いながら叫んだ。

 無論、ただ舞っているわけではない。扇を使い、妖魔を斬り裂いていっている。

 倒れていく妖魔は人型で、ただれてうじのわいた身体を引きずっていた。

「妙だ、本当にどこから出てきてきてる?」

 風馬は顔をしかめながら弾倉を替えた。更に腰のホルダーからもう一つ銃を引き抜き、引き金を引く。

 見事、四発の弾が一匹の妖魔に撃ち込まれた。

 隣では雷雲がちょうど大槌で妖魔を殴り倒したところだった。

(この状況……弾を入れ替える時間があるか……!?)

 風馬は右手の銃を妖魔に向けた。二発。次にもう二発放つ。

 更に引き金を引く。が、ガチャッという音を上げただけだった。

(詰まった!?)

 風馬は慌てて左手の銃を向け、右の弾倉を入れ替えようとした。


 ドガアァァァッ


 吹き飛んだ。銃口を向けるつもりでいた妖魔が、近くにいた妖魔ごと。

「……ったく、てめーら」

 そして吹き飛ばした張本人である刀弥は、大音量で叫んだ。

「人ん家の庭、壊してんじゃねぇよ!」

 言下と共に振るわれる鎧の手。ぐいっと伸びたかと思うと、妖魔達を凪ぎ払った。

「と、刀弥さん……」

「凄ぇ……」

 日影と雷雲の呟きに気付いたように、刀弥は振り返った。

「大丈夫か、おまえら」

「は、はい」

 風馬が頷くと、刀弥はふ、と息を吐いた。

「よかった。……しかし」

 回りを取り囲む妖魔達を見、刀弥は顔をしかめさせた。

「裏切った退魔師のしわざだな。亡者達を召喚するとはたちの悪い」

「亡者って……呼び戻された死者達のことですよね」

 日影は妖魔達を見渡した。

 死に、あの世に送られた者達、亡者。

 現世に呼び戻された彼らは救いを求め、ゆえに生者を喰らう。

 人であって妖魔であり。

 妖魔ではなく人でもない。

 哀れな、魂の残滓。

 日影達は初めて見る。いや。

(初めてではないか。地上に限定しなければ)

 妖偽教団の幹部に送られた、あの闇の空間。あそこがあの世ならば、あの無数の顔達は亡者達だろう。

 ――いや、今はそれを思い出す余裕は無い。

「こいつらが亡者なら、一体何匹いるんですか! 現世界人口の数億倍はいますよ、亡者って」

 風馬の言う通りだ。

 亡者はすでに死んでおり、倒してもあの世に戻るだけである。

 つまり、呼び出されたらまた来るのだ。

 エンドレスである。キリが無い、とも言う。

「大丈夫だ」

 しかし刀弥は、気にも留めてない風に笑った。

「術者の見当はおおよそ付いている。舜鈴が行ってるよ」


   ―――


 印を結び、呪を唱える。そうしなければ操れないのを、男達は知っている。

 暗い室内で、六人の男が円を描いて座っていた。

 唱える声も動く指も、きっちりそろっている。少しでもずれれば、亡者をあの世に戻すことになるのだ。

 一人であの量を操るのは無理だろう。恭弥レベルでも十匹が限界だ。

 もっとも、彼がこの禁術を使うとは思わないが。

「そろそろ止めてもらうよ」

 舜鈴はその中に割り込んだ。男達はいきなりの乱入者にのけぞり、しかし手も口も動かしたままだった。

 その意気だけは認めよう。だが。

「性根腐ってるのは見過ごせないね!」

 舜鈴はクナイの柄頭で二人の男のみぞうちを打った。

 倒れた二人の背中に手を着き、背後の男の二人を両足で蹴り飛ばす。更に身体をひねって、残った二人にも回し蹴りを喰らわせた。

「終了ッと」

 舜鈴は足を床に着けて一つ頷いた。

「これで妖魔の方はモーマンタイ。あとは……羽衣姫」

 舜鈴は表情を引き締め、その部屋を後にした。


   ―――


 恭弥の部屋に入った紗矢は、彼の枕元に座った。

「起きてる?」

「……ええ」

 恭弥はむくりと起き上がった。

「調子、悪そうだな」

「まぁ、それはそうですよ」

 恭弥は青い顔に困ったような笑みを浮かべた。

「……こんな時でも笑うのか」

 目を丸くする紗矢に、恭弥は答えなかった。

 答えないまま、微笑んだ。

 微笑んだまま、呟いた。

「最後の一手だ」





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