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HUNTER  作者: 沙伊
59/137

     月人<中>




 目が覚めた場所は、ほこりっぽかった。

 流星は頭の鈍痛で、気付いてすぐは動けなかった。

 しばらくして、手に何かが巻き付いているのに気付く。

「……って、鎖!?」

 目を開けて後ろ手になっている手を見ると、手首にぶっとい鎖が巻き付いていた。

「何だこれ!? つーかここどこ!?」

 自分が寝転がっているのは、見知らぬ牢獄だった。

 石でできた床と壁。目の前には鉄の棒が幾つも並んでいて、外と隔てられている。向かい側にも同じような部屋があり、隅に骸骨が転がっていた。

 流星の背にさあぁっと冷たいものが広がった。

「ま、まさか俺……ここで死ぬんじゃねーだろうな。ど、どう考えてもここ、牢屋っぽいし」

 流星の頬がひくついた。頭の中が半分ぐらい真っ白になってる。

 ずらずらと不吉な言葉が脳内を蹂躙していった。

 最終的にたどり着いた結論は。


 ずっとほっとかれたら、確実死ぬ。


「……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ちょ、待て待て待て! 誰か助けてっ。ちょ、ここで俺終わり? 死亡フラグ? ぎゃーぎゃーぎゃー!!」

 もう流星自身、わけが解らなくなっている。発狂する寸前だった。

 そのため、近付いてくる足音にも気付けなかった。


「あらあらん♪ 元気いいわねぇん」


 流星はぴたりと叫ぶのを止めた。

 途中からごろごろと床を転げ回ってたりしたのだがそれも止め、顔を上げた。

 黒衣の女が立っている。露出度の高い、水着のような服だ。

 そして着ている人物は美しい――恐怖するほど美しい美貌の持ち主だった。

「羽衣、姫っ……」

「お久し振り、流星ちゃん♪」

 今度は別の意味で背中が冷たくなった。流星はバッグを求めて辺り見渡す。

「あ、武器は回収したからん。後でぽっきりいっちゃうつもりぃ♪」

「なっ……!」

 流星は呆然とした。

 縛られてる。武器も無い。おまけに目の前には羽衣姫。

 最悪の状況だ。

「こうも見事に捕まえられるなんて、さっすが熾堕ちゃん♪」

 羽衣姫は隣の男に目をやった。美丈夫は銀の双眸を細める。

「熾堕……ってことは、あれは幻覚じゃなかった……」

 そこまで来て、流星はハッとした。

「こ、ここどこだよ!?」

「あらん? 妾がいる時点で解らないん?」

 羽衣姫は小首を傾げた。

「ここは妾が支配する地下の都。つまりぃ、妖偽教団のアジトよん♪」

「なっ……!」

 流星は愕然とした。

 さっきまで帰り道にいたのに、敵陣のど真ん中に連れてこられたらしい。

 口をパクパクさせていると、羽衣姫はクスクス笑った。

「やっだぁん。魚みたいよん♪」

 言われて恥ずかしくなった流星はうつむいた。だがすぐさま顔を上げる。

「何で俺をここに連れてきたんだ? 俺に、何の用だ?」

 声が震えていた。羽衣姫の意識全てが自分に向けられている。それが恐ろしかった。

「なぜ? 決まってるじゃない、鬼童子ちゃん♪」

 羽衣姫の手が鉄棒の間をすり抜け、流星の顎を掴んだ。

 ゾッとするほどひんやりした手から逃れたいのに、流星の身体は凍ってしまったように動かなかった。

「生まれつきその身に鬼を宿す子供……あぁ、もっと早く会いたかった……♪」

「は、はなっ……」

「離さない♪ 貴方はもう、妾のものだものん」

 羽衣姫の唇の端がにいぃっとつり上がった。

「っ……離せぇ!」

 流星は身をよじって羽衣姫の手を振り払った。

 ただそれだけの行為なのに、息が乱れてる。身体中ががたがた震えていた。

「ねぇ、考えてみて♪」

 羽衣姫は更に笑みを深めた。

 陥落はもうすぐだ、というように。

「ここでは助けも来ない、そもそも捕まってる自体誰も知らない♪ そんな状況下では、貴方は妾を拒絶することはできない」

「っ……」

「ね、妾のものになりなさいん♪ その身に鬼を宿す以上、日の(もと)を歩くことはできないんだから♪」

 羽衣姫の言葉は、一言一言流星の胸にぐさりと突き刺さった。

 おまえは人ではない、人の真似事をしている化物なんだと、はっきり言われた気がしたからだ。

 でも、と流星は思う。

 よくよく考えれば、自分はもとより日の下を歩いてはいないのだ。

 あの日、悠に救われた時から、もう。

「……俺は別に、日の下で歩きたいとは思ってねーよ」

 気付けば流星は、自分でも不思議なぐらいしゃんとして羽衣姫と向き合っていた。

「俺はただ、一緒にいたいと思う奴と一緒にいたいだけだ。日の下だろうが日の陰だろうが、関係無い」

「……妾と一緒にいたいと思わないのん?」

 羽衣姫の顔から、笑顔がすっぱり消えた。

 代わりに、漆黒の瞳が鋭さを増して睨み付けてくる。

 しかし流星は、それにひるまなかった。逆に睨み返し、再び口を開く。

「思うわけねーだろ! おまえみたいな、周りをかえりみない奴に。何もかもが、おまえの思い通りだと思うな!」


 バシイィィッ


 頬、いや頭全体に殴られた衝撃が加えられた。

「かっ……」

 いきなりのことに脳が付いてこない。

 流星はそのまま、意識を手離した。



 伸ばした指で流星の頬を打ちすえた羽衣姫は、気絶した青年を見下ろした。

『何もかもが、おまえの思い通りだと思うな!』

 彼の言葉が、遠い昔にできた胸のしこりに傷を付けた気がした。

「あの女と同じことを……」

 羽衣姫はぎり、と奥を噛み締め、振り返った。

「明日、この子を殺すわん」

「……よろしいので?」

 熾堕は片眉を僅かに動かした。

「いいのよん。妾の言うことを聞かないものは、全て死ねばいい」

 羽衣姫は近くの石壁に拳を叩き付けた。ぼこりと壁がへこみ、石のかけらが落ちる。

「……そうですか。決められたのなら逆らいませんが」

 しかし、と熾堕は微笑した。

「はたしてそれが正しい選択か……」

「……正しい?」

 羽衣姫はぐるりと振り返り、素早く腕を伸ばして熾堕の首を掴んだ。

「妾は常に正しい! 妾は常に最良の選択をしてる! 妾はこの世で、一番正しい存在なんだから!!」

「……別に間違っているとは言ってませんよ」

 首を締められているにも関わらず、熾堕は涼しい顔で笑った。

 先程と変わらず、先程より深く。

「ただ、それによって星がどう動くか……気になるとは思いませんか?」

 腕をあっさり外され、羽衣姫は目を見開く。熾堕は唇に笑みを浮かべたまま、くるりと背を向けた。

「俺は『観察』を続けさせてもらいます。では」

 軽やかな足取りでその場を去る熾堕を、羽衣姫はずっと睨んでいた。

 誰も彼も思い通りにならない……千年前も現代も!


『貴様は求めてはいけないものを求めたのだ』


 ふいに、あの女の言葉が脳裏をよぎった。

 常に(きぬ)(かづ)ち、白拍子のように白い狩衣に身を包んだ女。

 あの女が操る『剣姫』に、自分は斬られたのだ!

「求めて、何が悪い」

 羽衣姫は唇を噛み、瞳から紅い涙をこぼした。

 無くしてしまったかつての栄華を思って。

「愛しい男を求めて、何が悪い」


   ―――


 目が覚めたとたん、頭の鈍痛に流星は呻いた。

 自分がいるのはやはり石造りの牢であり、羽衣姫と熾堕の姿はもう無い。

「あー……気絶、してたのかな、俺」

 何とかして身体を起こすが、状況は変わらない。

 流星は鎖の下にある腕の数珠に目をやった。

(いっそのこと、この数珠外してみるか? でも何が起こるか解ったもんじゃねぇ)

 へたすれば、この間のように理性を無くして、完全に鬼になってしまうかもしれない。

 もしそうなったら、何もかも意味が無い。羽衣姫を喜ばせるだけだろう。

「せめて『煌炎(コウエン)』さえあればなぁ……はぁ」

「これ?」

「そうそう、そ……れ?」

 差し出された小刀に、流星は目を瞬かせた。

 朱色の柄と鞘。間違い無い。

「こ、これ『煌炎』じゃん! てか、え、え、えぇ!?」

 差し出した人物に、流星は目を剥いてしまった。

 そこにいたのは、巫女装束にコートを着た女。


 月読(ツクヨミ)だった。


「……でえぇぇぇぇぇ!? ちょ、何であんむぐっ」

 あんたがここにっ、と言いかけた流星の口を、月読は素早く塞いだ。

「静かに。他の奴らに気付かれるわ」

 月読は念押しして、流星の口から手を離した。

 よく見れば彼女の後ろで、鉄格子の扉が揺れている。鍵穴には鍵が差し込まれていた。

「ど、どうしてここに……」

 今度は声をひそめて尋ねる流星に、鎖を外し始めた月読は、

「助けに来たのよ」

「あぁそうですか……って、はい!?」

 また大声を上げてしまった。

 今言われた言葉――あきらかにおかしい。

「どうして……あんた敵なのに……」

「……そう、『月読』は敵」

 鎖を外し終えた月読は流星の手に小刀を掴ませた。

「でも『椿(アオイ)』は味方よ」

「え……それ、て……まさか……」

 流星は愕然とした。

 羽衣姫は言った。椿葵は月読になったと。

 でも、今の発言はまるで。

 まるで葵はまだいるかのような――

 流星はじっと月読の、悠や恭弥に似た顔を見つめた。しかし月読はにこりともしないまま、立ち上がる。

「さて、貴方をここから逃がさないとね」

「え、でも……そんなことしたらあんたが……」

 流星が言うと、月読はおかしそうに笑った。

 初めて見る笑顔は、あまりにも哀しく、そして優しかった。

「敵の……月読の心配をするなんて、おかしな子ね」

「え……あ……」

 流星は言葉に詰まった。

 どう返せばいいのか解らない。彼女は敵なのだ。しかし、目の前にいる彼女は本当に敵なんだろうか。

 わけが解らない。流星は頭を抱えたくなった。

「早く行きましょう。途中で話すから。私の行動理由をね」

 月読は牢の外に置いた弓を手に取った。



 月読の手引きで牢から出た流星は、まず牢屋の外にある『街』に驚かされることとなる。

「俺……タイムスリップでもしたの?」

 第一声がそれである。

 無理も無かった。外にあった景色には、木でできた古くさい平屋が並んでいたのだから。

「安心しなさい。ちゃんと現代よ」

「現代って……こんな江戸時代なところが?」

「江戸じゃなくて平安京を模したものよ」

 月読は近くの建物に身をかがめた。同じようにした流星は「ところで」と切り出した。

「本当に、何で俺を助けてくれたんだ? やっぱり、葵さんとしての記憶を思い出したから?」

「……思い出すも何も」

 月読は眉間にシワを寄せて笑った。

 その笑い方が刀弥と似ており、虚を突かれる。

「最初から忘れてないわよ。月読としての人格を植え付けられたのは、本当だけどね」

「……」

 流星は固まってしまった。

 声も出せないまま、月読の話を聞くしかなかった。

「夫と一緒に羽衣姫に捕まった私は、夫を殺されたショックと拷問によって精神を病んでしまった。それでもなんとか理性を保てたんだけど、そこに別の人格を植え付けられたの」

「あ……それが、月読?」

 我に返った流星が尋ねれば、月読は「ええ」と頷いた。

「それにより、私は月読の人格と同化した。椿家長子、葵と……月読の精神がね」

 月読は苦々しげに笑った。

「今私は羽衣姫を憎みながら、羽衣姫様の忠実な部下。羽衣姫様のご命令がある時は、自由に動けない」

「……」

「でも今なら、彼女の命令は無い。今が貴方を助けるチャンスなの」

 月読は周りを見渡した後、歩き出した。

「急いで。今なら気付かれないわ」

 月読のせかす声に、流星はただ従うしかなかった。



 流星と月読は、ある小屋にいた。

 立ってるのが不思議なぐらいのボロ屋である。

「な、なぁ。ずっと気になってたんだけど」

 外を点検する月読に、流星は尋ねた。

「何でここ、空が黒いんだ? 暗いわけじゃないのに」

 流星の言う通り、ここの空は墨で塗り潰したように黒かった。

 今まで通り抜けた道のどこも明かりなど無く、空に太陽や月らしきものも無い。

 なのに風景ははっきり目に映って、暗いという印象は受けなかった。

「あぁ、それは」

 戻ってきた月読は、今度は立てかけてある梯子に触れた。

「ここが一種の結界の中だからよ。羽衣姫が地下に都を造る時に、ここを維持するために亜空間を産み出した」

「地下……? ここ土の中!?」

 流星は口をあんぐり開けた。

「ええ。もっとも、感覚的ほどスペースは取ってないけどね」

 月読はコートを羽織り直した。

「さっきも言ったように、ここは平安京を模したもの。羽衣姫は内裏の清涼殿(せいりょうでん)にいるわ」

 月読の説明は、あいにく歴史に弱い流星には解らなかった。

「……ところで、上はどこに繋がってるんだ?」

 とりあえず、流星は一番重要そうな質問をした。

「君の知ってるところよ。出たからびっくりするかもね」

 しかし月読はどこは言わず、弓を持ち直した。

「さ、行きなさい。多分もう気付かれてるわ」

「……あんたは?」

 梯子の方へ背中を押された流星は、じっと月読を見つめた。

 やはり、見れば見るほど悠に似ている。いつもの冷たい表情が抜け落ちているせいか、余計美人に見えた。

 相手が年上の美女ということを今更思い出し、流星は気恥ずかしくなって目をそらした。

「無理なのよ……無理なの……」

 しかしかすれた声に、すぐまた顔を上げる。

 月読は、眉間にしわを寄せて笑っていた。流星は彼女の顔を凝視する。

「言ったでしょう。私は月読の人格と同化してるって。君を逃がすことでせいいっぱいなのよ。それに、これ……」

 月読は装束を引っ張り、胸元をはだけさせた。

 豊かな胸を抑えるようにサラシが巻かれている。そして鎖骨の下には。

「それ……刺青?」

 赤く塗り潰された円の上に、黒い蛾が描かれている。流星は知らぬことだが、それは妖偽教団の印だった。

 それが白い肌に、毒々しく刻まれている。嫌なぐらい、はっきりと。

「これは呪印。呪いの印よ。すでにこれは発動しかけてる。君を逃せば、完全なものになるでしょうね」

「呪い……印……」

 流星は呟き、ぞっとした。龍石の、反腐乱した腕を思い出したのだ。

「そ、そこでして俺を助ける必要無ぇよ! 他に、他に何か方法があるはずだ。俺もあんたも助かる方法が!」

「いいえ」

 勢いよく吐き出した言葉は、しかしあっさり否定されてしまう。

「これ、左胸にあるでしょう。心臓の真上なのよ。だから、逃れられないわ」

「し、印を取ればっ……」

「私の場合、心臓ごと切り取りことになるわ」

 そう言われてしまえば、もう何も言えなかった。

 印を取らなければ死ぬ。印を取っても死ぬ。もう、どうにもならない。

「さ、早く行きなさい」

 月読は流星を梯子に押し付けた。

「これだけは絶対に伝えて。羽衣姫は内裏の清涼殿にいるわ」

「あ、あんた自身が伝えればいいじゃないか!」

 梯子を登りかけている流星は、月読に手を伸ばした。しかし月読は、その手を避けるように身体を引く。

「早く行きなさい」

「あ、あ……」

 流星は手を伸ばすのを止めた。

 きっぱりした声に手を止めたのではない。小屋の外。入口から、黒い塊が迫ってくるのが見えたからだ。

 気付いてないわけでは無いだろう。

 なのに月読は、後ろを気にもせず流星に叱責をあびせた。

「早く行きなさい!」

「っ……!」

 流星はひくっ、と頬をひきつらせた。近付いてくる塊に押されるように、梯子を駆け登る。

 天井に行き当たり、その木でできたもろい板を押し退け――


 出たのはホコリ舞う部屋だった。


「あ……?」

 転げるようにして登りきり、床に立った流星は、その場所に唖然とした。

 そこは獏僧と戦った――悠の過去を見た、あのボロ屋敷だった。

 間違い無い。このホコリっぽさも、足元を流れる、妖魔が無数にうごめいている感じも。

 入ったことの無い部屋だから、ところどころ違いはある。しかし大まかな特徴は、悠の過去を見せられた部屋と似ていた。

 しばらくその場に立ち尽くし、はっと振り返る。月読の姿を確認しようとしたのだ。

 だがそれは叶わなかった。

 そこに、通ってきたはずの穴は無かった。

 ただ、ホコリっぽいが傷一つ無い床板があるだけだった。





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