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HUNTER  作者: 沙伊
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第二十話 月人<上>




 自室に敷かれたふとんの上に、恭弥(キョウヤ)は寝かされていた。

 いや、寝てるというのは正確ではない。昏睡状態と言った方が正しいだろう。

「術のおかげで、今は意識が無い。……このまま、目覚めない方がいいかもな」

 畳の上であぐらをかいていた刀弥(トウヤ)の呟きに、舜鈴(シュンリン)は勢いよく顔を上げた。

「そんな! そんなことしたら恭弥が……」

 大きな瞳に涙がたまる。

「眠ったまま……」

 目元をぬぐう舜鈴に、刀弥は呻くように言った。

「だが目覚めたとしても、羽衣姫(ハゴロモヒメ)の力で苦しむだけだ」

 刀弥は恭弥の顔を見下ろす。

 彼の兄ではなく、椿(ツバキ)家当主代行としとの表情で。

「人柱はもう、こいつだけなんだからな」



 九人目の人柱の死の翌日だった。

 恭弥はもう立ってられなくなり、いつ発狂し出すか解らない状態におちいったため、呪術で意識を沈めた。

 術を施したのは龍石(リュウセキ)である。共に戦うことを(ユウ)がすすめたが、彼は断った。

「弟子がそうなった一因である私が、簡単に味方になれるわけがない……」

 哀しそうに、龍石は言ったという。

 彼の話では、昨日の戦いで妖偽教団の戦力が減っているらしく、そこに突破口がありそうだ。

 しかし、今できることはあまりにも少ない。



 部屋にいるのは刀弥と舜鈴だけである。

 他の者は精神を酷くすり減らしているために今は眠って英気をやしなっているのだ。

「とりあえず今は様子を……」

 言いかけた刀弥は、開けられた障子に目をやった。

「……君は、西野(ニシノ)紗矢(サヤ)だったよな」

 入ってきた女性は、名前を言われて頭を下げた。

「どうも。……あの、話がしたいんですが」

 紗矢はちろ、と舜鈴の方を見る。舜鈴はその意図に気付き、すくっと立ち上がった。

「顔……洗ってきます」

 目をぐしぐしこすり、出ていく舜鈴。それを見送った後、刀弥は紗矢を見上げた。

「で、一体何の用だ?」

「はい」

 紗矢は恭弥をはさむようにして刀弥の向かい側に正座した。

「単刀直入に言います。あたしは恭弥君の策を知っています」

「なっ……」

 刀弥は思わず片膝を上げた。

「更に……追い討ちをかけるようですが、あたしも一枚噛ませてもらっています」

「……」

 淡々と話す紗矢に、刀弥は半分浮かしかけていた腰を落とした。

「……まだ、こいつはあの考えを捨ててなかったのか」

 刀弥は額に手をやった。

「何で……あんな作戦……あれは、あれは……」

「恭弥君も最善ではないことは解ってます」

 紗矢は抑揚の無い声で続けた。

「でも封印があり続ける限り、おびやかされ続ける限り、悲劇も続く。止めるには、これしかないと」

「……それは、恭弥が本当に思っていたことか?」

 刀弥は疑惑を込めた目を紗矢に向けた。しかし、彼女はひるんだ様子も無く、頷く。

「あたしの力が、恭弥君の心を感じ取りました。いえ、それは正しくありませんね。彼は感じ取らせるために気持ちを表面化させていたんでしょう」

「……こいつらしい」

 刀弥はその場に倒れ込みたくなったが――肯定した。

「昔からそうだ。こいつは自分のことに、全く興味が無かった。むしろ否定的と言っていい。傷付こうが死にかけようが、結局優先するのは他人だ」

 他人が傷付かなければ自分はどうなってもいい。誰かが幸せになればそれでいい。

 誰かが幸せなら――

「……しかしある意味、今回のことはこいつらしくないぞ」

 しかし肯定はしても信じられない刀弥は、頭を軽く振った。

「こいつの考えた作戦はこいつだけが死ぬんじゃない。他の人柱はおろか、退魔師達や関係の無い人間が犠牲になる。実際、この戦いで何人も死んで……」

 刀弥は、はっ、と息を飲んだ。

「まさか、それも作戦だと?」

「そうです」

 紗矢はこくりと頷いた。

「彼はこのことを最後まで迷っていたようですが――これらの戦いで退魔師達が倒れていけば、妖偽教団にほどよい優越感を与えられる。油断が生まれるほどの優越感を」

「……」

「もう一つは、戦力の減少を狙ったもの。妖魔がいなくなることはありませんが、妖偽教団に所属する妖魔は限られている。これまでの戦いで、それはほぼ成功してます」

「っ、だが、こちらも大幅に戦力を失ったぞ」

 刀弥の反論にも、紗矢はひるまなかった。

「対抗しうる人材は、すでに確保しています。少数で、羽衣姫に対抗しうる人材を」

「……姫持ちか」

 少し間を置き、刀弥は理解した。

「そうか……それで保護した奴ら、日影(ヒカゲ)達は死ななかったのか。昨日も、君が手助けしたんだな?」

「はい」

 紗矢はこくりと頷いた。

「色々危ない場面もありましたが、あたしの力と恭弥君のしもべのおかげで、全員生還しました」

氷華(ヒョウカ)か……」

 刀弥は口元を押さえた。

「あれを使っていたのか……だろうな、式神だけではうまくいかないよな」

 だが刀弥はなおも反論した。今更言っても、もうどうにもならないのに。

「だがこの作戦が最善でないなら、最善の策を考えればよかったじゃないか。何でこんな」


「最善の策が無いからこそ」


 紗矢の言葉に、刀弥はびくりとした。

 一瞬、口調と声が恭弥に似ていたからだ。

「次善、三善の策をやるしかないでしょう。例え最悪だったとしても、手は打たなければならない」

 紗矢は立ち上がり、障子に手をかけた。

「貴方も解ってるはずですよ、椿家当主代行殿」

 からり、と障子が開けられる。

「人柱がいる限り、羽衣姫は死なない」

 そのまま紗矢は、部屋を出ていった。

 残された刀弥は、ゆるゆると息を吐いて弟の顔を見る。

 綺麗な顔だった。その身が狂気に蝕まれているようには、とても思えない。

「恭弥……俺は解らなくなってきたよ」

 うなだれると、前髪で視界が黒に遮られた。

 視覚的な意味だけでなく、精神的にも目の前が真っ黒だ。

「俺は、親父に代わって、当主としての判断をくだせばいいのか? それとも、兄としておまえを守ればいいのか?」

 呼びかけても、返事が返ってくるはずがない。

 しかし、もし起きていたなら、父の意志を継いでほしい、と言うだろう。

 いや、それとも自分の考えに従えばいい、か?

 ――解らない。

 恭弥はこんな時、何を言うだろう。何を思うだろう。

 兄弟と言うには、刀弥が弟と過ごした時間は意外にも短かった。

「今思うと、俺、おまえのことよく解ってなかったな」

 刀弥は拳を握った。

「おまえはいつもにこにこ笑って、でも悠以上本心を見せない奴なんだ。なぁ、おまえは一度でも、俺に本心を言ってくれたか?」

 問うても答えがあるはずなく。

 恭弥は微かな呼吸音を上げるだけだった。

「頼むから……起きてくれよ……答えてくれよ……」

 ぎり、と唇を噛み締めると、鉄の味がした。

 唇がぴりぴりと痛んで、ひびわれていることに今頃気が付く。

「なぁ恭弥……お袋の時みたいなことは嫌だ」

 目の前にいたはずなのにいつの間にか消えてなくなっていた。

 刀弥の母は、そんな風に逝った。

 あの時、五歳の時受けた死に対する傷は、今でも残っている。

 母と入れ替わりに現れ、すぐいなくなった弟を、帰ってきたら守ってやろうと思った。

 なのに、なのに――

「どうして……こんな……」

 死へ進む弟。若くして逝ってしまった母と重なる。

 もともと似ていた。笑顔も性格も儚さも。刀弥自身、母と弟を重ねて見ていたところがある。

 たが、人生まで似てほしいとは思っていない。

「恭弥……」

 刀弥は力無く壁にもたれ込んだ。

「どうして……人柱なんて存在するんだよ」

 答えられる者は、今はここにいなかった。


   ―――


 流星(リュウセイ)は帰路についていた。

 土曜日は本来授業は無い。そもそも最近はサボり気味なのだから行く気自体失せている。

 が、部活の試合は別だ。

「まだ妖偽教団来てねーよな。来てねーといいんだけど……」

 早く椿家に行かなければならないため、流星は小走りである。

 何しろ、ほぼごり押しして部活行ったのだ。その時の悠の反応と言ったら、今度こそ斬り殺されるかと思ったほどだった。

 ことの重要性解ってるのっ、と思いっきり睨まれたのである。冗談抜きで殺気を向けられた。妖偽教団と戦う前に戦闘不能など、洒落にもならない。

 それと同時に、流星は悠にどう思われているのか気になってしまった。

 嫌われてるわけではないのは確かだ。だが、好きでいてくれるかも微妙なところである。

 人混みの間をすり抜け、ため息をついた流星は、信号の前で立ち止まった。

 ついさっき赤になったばかりで、しばらくは進めないだろう。

 流星は肩にかけたスポーツバックを揺らし、学ランのえりをゆるめた。

 ふと向かい側の歩道に目をやり――


 ――固まってしまった。


 向かいの、信号待ちをしている人々の中。そこにありえない奴がいた。

 黒い頭の中で長い銀髪が陽光で輝いている。色とりどりの服の中で黒衣だけがいやに目立っている。驚くほど白い顔が黄色人種の顔の中で妙に浮かび上がっている。

「……熾堕(シダ)

 流星の首筋に、冷たい汗が伝った。

 なぜ、彼がこんなところにいるのか。それより、なぜ誰ひとり気付かないのか。

 あれほど異様なまでの存在感を持つ男に、誰も彼も見向きもしない。あんな目立つ男に対して、皆何もいないかのように振る舞っている。

 皆が無視しているのか、それとも自分にだけ見えているのか、流星には判別できない。

 降り注ぐ日差しが首の後ろを焼いている。今更ながら、学ランなんて着てこなければよかったと思った。

 流星はまばたきしてみた。熾堕の姿は消えない。

 幻覚――ではないのだろう。ならばなおさら、皆が彼を見ていないことが疑問に思われた。

 流星の額から汗が幾つも伝う。学ランの中に熱がこもってきた。

 十秒――二十秒――三十秒と時が流れ――


 信号が変わった。


 周りの人々がぞろぞろと、向こう側の歩道へ渡ろうとする。流星は我に返り、逃げなければと反射的に思った。

 あれが本物かどうかはともかく、今ここにいてはいけない。本能的にそう感じ取っていた。

 もともと流星は、こういう勘は鋭いのだ。だからこそ今まで生きてこられたとも言える。

 悠に会う以前だって、霊関係で色々危ない目に合ってる。無事でいれたのは、このおかげだ。

 流星は一歩、二歩と後ろに下がった。熾堕はまだ向こう側だ。

 誰かにぶつかったのを皮切りに、流星は振り返って走り出した。

 ここに長居してはいけない。早く離れなければ。

 頭の中でまだ警鐘が鳴り響いている。随分走ったのに、どうして――


「よう」


 声をかけられた。男か女か解らない、中性的な声。

 流星は身体を強張らせた。

 聞いたことがあった。

 あの時、自分が鬼童子と知る直前。わけの解らない空間に放り出されて、そこから引き上げてくれた声と同じ――

 流星は振り返った。同時に迫る白い手。


 瞬間、全てがブラックアウトした。





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