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HUNTER  作者: 沙伊
56/137

     呪術の師弟<中>





 血の臭いがした。

 それはどこから漂ってきているのか解らなくなるぐらい、四方八方から臭っていた。

 特に、この家屋内が一番酷い。

 壁にも床にも血が飛び散っている。高い天井には、さすがに血は無かった。

 唯一の救いは、床に倒れている血の主達が生きていることだろう。

「日影! 猛、ちょっと!!」

 悠は日影と猛の元に走り寄った。ニーハイが汚れるのも気にせず膝を着き、二人の首元に手をやる。

「生きて、いるのか……?」

「かろうじてね。でも危ない。一応致命傷は無いけど……でも、何で……」

 血染めの部屋に青ざめる流星は、悠の話を半分以上聞いていなかった。

 呆然と辺りを見渡す。本当にここにいる人間は生きているのか、と疑いたくなった。

 荒い息が聞こえてくる。確かに生きてるのだろう。しかし放っておけば、全員死ぬのではないか?

「致命傷は無いし……出血ほど傷は深くないから、死にはしないよ」

 すぐ近くで声が聞こえた。右側を見ると、誰かが上体を起こしている。

「さ、紗矢さん!」

 流星は慌てて駆け寄り、紗矢を抱き起こした。

「何があったんですか!? 敵……?」

「あぁ。妖偽教団の人間だ……一人だが、あの男……式神を使った」

 式神と聞き、流星はますます青ざめた。

「それって退魔師ってことですか? じゃ、裏切り者……?」

「……裏切り者は裏切り者だろうがな」

 紗矢は顔を歪めて立ち上がろうとした。

 服に血が更ににじんだのを見て、流星は再び座らせる。

「無茶しないでくださいよ! 怪我人なんですからっ」

「あぁ……それより、さっき言っていた男が」

 紗矢はゆるゆると息を吐いた。

「人柱を……連れていった。おそらく、もう羽衣姫に殺されている」

「っ! ゆ、悠っ」

「聞いてる」

 悠は立ち上がり、細顎を引いた。後ろでは、いつの間に現れた朱崋が日影と猛の治療をしている。

「彼女の言う通り、もう殺されているだろうね……まだ殺されてないにしても、術師が自分が進んだ道筋を教えるようなことはしないだろう」

「じゃ、追いかけるのは……」

 みなまで言う前に、悠は首を横に振った。

「そんな……じゃああと、恭弥を入れて二人しかいないじゃねぇか!」

 流星は思わず大声を出した。

「……さっき何か言おうとしたよね」

 考える素振りを見せていた悠は、流星には答えずに紗矢に目を向けた。

「一体、相手は何者なの?」

「……名を聞けば解る」

 紗矢は少しだけ身体を動かして座り直した。

「その式神使いの名は、龍石」

「……!!」

 悠の目が見開かれた。唇と肩がわななき、目がつり上がる。

「あの人がっ……! 私達を、恭兄を裏切るなんて!」

「な、何? 何だ?」

 あまりの剣幕に、流星は思わず後ずさった。

「どうしたんだよ! そのリュウセキって人、何なんだ?」

 流星が困惑していると、悠はパッと顔を上げた。

 表情が歪んでおり、また泣き出すのではないかと流星はどきりとした。

「龍石は……」

 悠は赤い唇をぎゅっと噛んだ。

「龍石は、恭兄の師匠だよ」


   ―――


 白辛家襲撃から三日たった。

 鼻がむっとする湿気の臭いがかすめ、肌にまとわりつく。それを感じながら、流星は息を吐き出した。

「まだ着かねぇのか?」

「もう少しかかるかな……」

 答えたのは恭弥だ。周りの木々を眺めながら、ぬかるんだ土を踏み締めている。

 森の中だった。雨明けの朝特有の湿った空気を漂わせる深い森。道なりに進んでいるが、そもそもここが道なのかすら解らない。

 なのに恭弥の足取りに迷いは無かった。

「恭兄、ここに来るのって何年振り?」

 悠の問いに、恭弥は足を止めて振り返った。

「……四年振りかな」

「なのによく場所覚えていられるよね」

 悠はあきれとも感心ともとれるため息をついた。


 龍石からの手紙が恭弥の元に届いたのは、一昨日の夜のことだった。

 多くは書かれておらず、ただ会いたいとだけ書かれていた。

 どう見ても罠なのは明白で、しかし恭弥は行くと言い張った。

 普段柔和な恭弥だが、一度決めたら絶対にやるという頑固さも持ち合わせていたらしい。過去にも、周りに反対されつつ、結局最後までやりとげたことがあるようだ。

 刀弥との押し問答の末、最後は兄の方が折れたのである。言いくるめられた、という表現の方が正しいかもしれないが。

 しかし人柱という立場上、やはり条件はつけられた。

 護衛である。道中、そして会ってから、何があるか解ったものじゃない。

 それで悠と流星が同行することになったのだ。この点は恭弥もすんなり承諾した。


 で、現在三人(と一匹?)は龍石が居を構える東京外の森の奥まで来ているのだが……

「と、遠すぎる……」

 流星はその場にしゃがみ込んだ。

 もう息が絶え絶えだ。体力には自信があったが、すでにがらがらに崩れてきている。

「確かに、少し面倒になってきたね」

 悠も立ち止まり、流星があげた髪留めを付け直した。

「ここで一旦休憩しようか。恭兄、あとどれぐらい?」

「十分弱かな。遅くとも二十分はかからないはずだ」

 恭弥は額に薄くにじんだ汗をぬぐった。

「そう。じゃ、私は朱崋とその辺を見てくるから、流星と恭兄はここで休んでて」

 悠はそう言って朱崋と共に道(どう見ても踏み固められた地面にしか見えないが)を外れた方へ歩き出した。

 残された流星と恭弥は顔を見合わせた。

「休んでろっても、なぁ」

「座る場所も何も無いからな」

 十七の男二人が森の中でぽつんと立っている。何とも寂しい光景だが、本人達はこの状況に戸惑うしかなかった。

「あーもー。足疲れてんのに足休めらんねーじゃん」

「だな。まぁ……座って服が汚れるよりいいだろう」

 恭弥の苦笑に、流星は顔をしかめた。

「……よく笑ってられるよな。今から会う人、おまえを裏切ったんだろ」

 目を瞬く恭弥に、流星はますます顔を歪めた。

「怒ったり……そういうこと、しないのかよ」

「……そう、だな。怒るべきなんだよな、僕は」

 恭弥は淡く微笑んだ。

「でも、何でだろうな。怒りとか、そういう感情がわいてこないんだ」

「何で……」

「さあ? 僕は普通とは違うからな。自分でも、よく解らない」

 恭弥は終始笑顔だった。にこにこと、穏やか過ぎるぐらい穏やかで。

「……おまえほんわかし過ぎ。つか天然?」

「ハハハ」

 あきれ返る流星に対し、恭弥は声を上げて笑った。

「自覚はしてる。だが直す気も無いな」

「あー、何か怒ってる俺が馬鹿みたいだ」

 敵のところに向かう途中だというのに、交わされるのは気楽な会話だった。

 普通ならありえない。恭弥に感化されているのだろうか、と流星は思う。

(こいつ、悠と似てるけどやっぱ違うな)

 悠と違う人間だということになぜかほっとしつつ、流星は再び口を開いた。

「あの、さ」

「ん?」

「恭弥は哀しいって感情がマヒしてるって、本当か?」

 ゆっくり問えば、恭弥は目を瞬いて首を傾げた。

「誰から聞いたんだ?」

「……刀弥さん」

「兄さんか……」

 恭弥はふっと息を吐いた。

「その通りだ。僕は哀しむという感情が無い。封じ込められている、という方が妥当かもしれないが」

 恭弥は笑顔を消し、睨み付けるように遠くを見つめた。

「哀しまないから、自分で言うのはあれだが……普通の人間より、非情な考えができる。でも、それは人としてどうなんだろうな」

「俺に訊かれても……」

 流星は返答できずにうつむいた。

 流星にとっては哀しむことができるのは普通のことで、もしもできなかったらなんて考えたこともない。

「哀しむ感情が邪魔だと思う人もいるが、僕はそう思えない。哀しみは時として人の暴走を止めてくれることもある」

 恭弥は「だが」と再び微笑した。

「深い哀しみは人を大きく狂わせる。考えるたび、僕は感情を取り戻したいのかどうか解らなくなる。いや、そもそもどうしたら戻れるのかすら、解らない」

 微笑む顔は、酷く寂しげだった。

 彼は感情を取り戻したくないわけじゃない。ただ、解らないだけだ。その時、自分はどうなるのか。

 取り戻して、その後自分はどうなるのか、それを知るのが怖いだけだ。

 知ることは怖い。なぜなら、それは知らないことだからだ。知った後どうなるかなんて、誰も解らない。

「今から師匠に会って、本当に裏切られてるんだとしたら……その時僕は哀しめるんだろうか。それとも、それ以外のことで……?」

 恭弥の言葉はすでに独白になっていた。笑みも残滓すら残っていない。ただ無表情のまま、ここではないとこかを見つめていた。

 流星は何も言えないまま、黙って恭弥の横顔を眺めるしかなかった。

 悠以上に、何を考えているのか解らない。それは彼に一部の感情が欠けているからなのか、それとも別の理由なのか。

 両者が黙って時間の経過を持っていると、足音が聞こえてきた。

 二人が顔を上げると、悠と朱崋を連れて歩いてくるのが見えた。

 行った時と表情がさほど変わってないところから見て、特に何も無かったようだ。

「そろそろ行こう。この辺りには罠もしかけられてみたいだし」

「お、おう」

 流星は悠に歩み寄った。恭弥も遅れて彼女に近付く。

「ねぇ、恭兄。あとちょっとって言ってたよね」

「あぁ。多分、そう長く歩かなくてもいいと思う」

 恭弥は頷き、先頭を歩き出した。

 悠も踏み出そうとして――流星の方を振り返った。

「……どうしたの?」

「あ、いや……」

 流星は口ごもった。

「……とりあえず歩こ。それで話して」

 ふいに悠は流星の手を取り、彼を引っ張った。

 悠の行動にどきりとして転びそうになるも、流星はなんとか歩き始めた。

「で……恭兄と何かあったの?」

 悠はじっと見上げてきた。その瞳に促されるまま、流星は先程のやり取りを小声で放す。

 聞き終えた後、悠は眉をひそめて地面を見下ろした。

「何で急にそんなこと……」

「悠にも解んねぇのか?」

「うん」

 悠は顎を引き、目を軽く伏せた。

「恭兄って、何考えてるか解らない時があるんだよね。頭よ過ぎるし、それが原因かもしれない」

 悠は流星の手を強く握った。

「いつもひとり歩きしてる気がするの。一人じゃないけど独り。……昔の私と同じ」

 悠は目を開き、恭弥の背中を見据えた。

「恭兄は何でも一人で背負い込もうとする。それは恭兄が強いからだけど、でも強いからって、何でもできるわけじゃないよね」

「……うん」

 流星は悠の手を握り返した。

「私、恭兄にいっぱい迷惑かけた。苦しめた。……だから、今度は助けたい」

 悠はほんの少しだけ微笑んだ。あまりに綺麗な笑みに、流星の心臓が飛び跳ねる。

「人柱としてじゃない。罪滅ぼしでもない。恭兄自身の命を守りたいの。誰かに言われたわけでもない。これは私が決めたこと」

 悠はふ、と息をついた。

「何かをするか否か、全ては、私次第なんだから」

 悠の澄んだ瞳に、強い光が宿った。いつもの、揺るがない光が。

「……そのセリフ、何か久し振りだな」

「そう? 口癖なんだけど、これ」

 流星が笑うと、悠は自身の唇をなぞった。その手が、足と一緒にぴたりと止まる。

「悠?」

 首を傾げた流星は悠の視線を追い――固まった。

 いつの間に出現したのか、朱塗りの鳥居が立っていた。

 木のはえてない開けた場所に立った、全長十メートルはありそうな巨大な鳥居だ。

 自然の中にいきなり現れた人工物に、流星は目を見開くしかない。

「何だ……これ」

 鳥居を見上げ、それだけ呟いた。

「恭兄……これって」

 悠が声をかけると、じっと鳥居の先を見つめていた恭弥は「あぁ」と細顎を引いた。

「結界の入口だ」

 恭弥は手を伸ばし、鳥居で隔てられた向こう側へ突っ込んだ。


 恭弥の手が消えた!?


 向こう側に行った部分だけが、切り取られたかのように消失したのだ!

「きょっ……腕!」

「見えなくなっただけだよ」

 口をあんぐり開ける流星の肩を、悠は軽くこづいた。

「建物などを隠す結界だね。でも、入口があるってことは……」

「あぁ。歓迎されているようだ」

 恭弥は鳥居をくぐった。腕だけでなく、全身が見えなくなる。

「私達も行くよ」

 悠は流星から手を離し、さっさと鳥居をくぐってしまった。

 残された流星は、汗じとの顔を朱崋に向けた。

「先にお進みください」

 ……そう言われては進むしかなかった。





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