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HUNTER  作者: 沙伊
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第十九話 呪術の師弟<上>




 白辛樹(アシガラ)家の中庭に接する廊下。

「……大丈夫ッスか?」

 猛に声をかけられた流星はのっそり顔を上げた。

 その顔に、負のオーラを思いっきりまとって。

「……悠が」

「はい?」

「悠が無視する……」

「……はぁ?」

 中庭には流星と猛以外誰もいない。

 他のメンバーは一番奥の家屋に行ってしまっているのだ。

 全員昨日の戦いでかなり精神ダメージを受けたのに、回復が早いのはさすがと言うべきか。

 しかし流星のダメージは比較的小さいはずなのに、まだ落ち込んでいた。

「一緒にいても、目が合っても、声かけてもガン無視! 俺が何したっていうんだよ!!」

「あー……そういうことッスか」

 猛は喚く流星を見て苦笑いを浮かべた。

「あいつが無視するってことは……嫌いかー」

「嫌い!?」

「いや、最後まで聞いてくださいよ」

 冗談抜きで涙目になった流星に、猛は本気で引いた顔をした。

「もう一つは……関わりなくないか」

「関わりたくない……」

 しばらく沈思する流星。ふと顔を上げた。

「それは、嫌いと同義語なのでは……」

「同じようで全然違いますよー。あいつややこしい性格してるから」

 猛はあきれたようにため息をつき、顔の前で手を振った。それは誰に対するあきれだったのか。

「……悠のこと、よく知ってるんだな」

「そりゃ幼馴染みッスから。燐のこと知ってますよね。あいつと同じ。ちなみに中学も燐と同じ」

「ふぅん……」

 流星はそのまま流しそうになって――はたと気付いた。

「……今日、学校は?」

「人のこと言える立場ですか」

 逆にツッコまれた。

「戦ってる方が気が楽なんスよね。こんな心境じゃ、友達とだべったりとかできないし。燐にも電話で『終わってから来てください』って言われました」

 あははと笑う猛。しかしその瞳に力は無い。

「正直解らないんスよ。家族の仇を討ちたい。みんなだって、無念を晴らしてほしいと思っているはずだ。なのに」

 猛は自分の手の平を見つめた。

「何でですかね。仇を討った後、俺はどうなるのか……想像できない」

 憎しみが晴れるのか、否か。虚しさがつのるのか否か。

 今、猛の心は大きく揺れているのかもしれない。

「昨日、お袋に恨み持つ奴に会って、そいつの顔見た時、俺もあんな顔してるのかなって思うと、ちょっと」

 言葉が途切れ途切れになってきた。

「憎しみで動いて、仇を討つ。気分は晴れるかもしれないけど、それは一瞬だけ。何かが戻ってくるわけじゃ、ないし……」

 流星は何も言えなくなってしまった。

 ここで慰めの言葉をかけてやればいいのか、それとも選ぶべき選択肢を示せばいいのか。

 いや、どちらも違う。

 自分はそれができるほど大人ではないし、それが解らないほど子供でもなかった。

 今、どのような言葉をかけてもどれも薄っぺらい気がしてならないのだ。

 自分はまだ未熟で、こんな時にどうすればいいのか解らなかった。


「ねぇ」


 沈み続けていた空気に、凛とした声が響いた。

「そろそろみんなのところに来たら、猛」

 悠だった。しかも、猛の名前しか呼んでいない。

 ショックで固まる流星に対し、呼ばれた猛は「解った」と返して悠の肩を叩いた。

「流星さんのこと、無視するなよ」

「……」

「俺、二人は割とお似合いだと思うからさ!」

「……意味が解らないよ」

 不機嫌そうに悠は返すが、猛は明るく「あはは」と笑ってその場を去った。

 猛の姿が見えなくなると、流星と悠の間に沈黙が転がった。

 十秒たち、二十秒たち、三十秒たち――

「何とも思わないの?」

 ようやく悠が口をきいてくれた。

 それを嬉しく思うと同時に質問の意図が読めず、流星は首を傾げた。

「何が」

「……私の過去」

 悠は紅い唇をきゅっと噛んだ。

 唇を噛みき切ろうかというぐらい、強く。

「何もかも、私のせい。私のせいなの! でも誰も責めない。それが苦しくて……泣くに泣けなくて……」

 悠は胸の前で拳を作った。

「恭兄が泣けなくなったのも、私のせいなの……」

「悠、それは」

 言いかけ、流星は口をつぐんだ。

 昨日、刀弥は言っていた。

 恭弥が泣かなくなったのは、毒のせいだと。


『盛られた毒のせいで、脳の一部が麻痺したんだ。感情を司るところで、日常生活に支障は無いし、笑ったり怒ったりはできるが……哀しむことはできない。つまり、泣くことができないんだ』


 前に恭弥は、自分は涙が枯れたのだと言った。

 とんでもない。枯れたどころか、栓がされていた。

 哀しみたくても哀しめない。泣きたくても泣けない。それがどれだけ苦しいか、流星には想像がつかない。

 でもそうなったのは、けして悠のせいじゃなかった。

「悠のせいじゃない。それはおまえのせいじゃないよ」

「でもっ……」

 切れ長の大きな瞳が揺れ動いた。今にも溢れそうで、流星の胸をつく。

「恭兄が傷付いてきたのは、私と、私の母さんのせいなのに……どうして、どうして誰も……」

 悠は頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

「慰めなんて欲しくなかった! 大声で怒鳴ってもらう方が、ずっと楽だったよ!」

 声が震え声に変わる。悠の足元にポタポタとしずくが落ちたのを見て、流星愕然とした。

 同時に、むくむくと胸の内に、同情以外の感情が膨れ上がる。


「このっ……弱虫!」


 思わず叫んでしまった。悠が驚いた顔を上げる。

「泣き虫、弱音吐き、この大馬鹿野郎!」

「な、何っ……」

「いつもの調子はどうしたコラ! いつもの悠はちょっとムカつくぐらい不敵だろっ」

 少し言い過ぎか、と思いつつも、流星は叫ぶのを止めない。

「何弱気になってんだよ。過去がどうだろうと悠は悠だろ? 怒鳴ってもらう方が楽だった? 甘いこと言ってんじゃねぇ!」

 流星がびしぃっと人差し指を突き付ければ、悠はぽかんと薄ら口を開けた。

「誰もおまえを責めないのはなぁ、みんなおまえが好きだからだよ! 大切だからだよ! おまえが傷付いてると思って、みんな言葉を選んで接してくれてんだ、それを!」

 流星は目線を合わすために、彼女の前にしゃがんだ。

「責めてほしかったとか怒鳴ってほしかったとか、わがまま言うんじゃねぇ! 解ったか」

「……」

「解った・かー」

「ふみっ!?」

 流星は何の反応も示さない悠の両頬を引っ張った。

 素面では到底できなかったろうが、今は恋心より怒りが勝った。

「ひゅーへぇー、は、離ひへよっ」

「解ったか?」

「わはっははら!」

 多分、解ったから! と言ったんだろう。悠は赤くなった頬をさすり、うる目で流星を睨む。……めちゃくちゃ可愛かった。

「全く……初めて流星が年上に見えたよ」

「初めてかよ!」

 せっかく癒されたのにちょっと傷付いた。

「でも……うん、流星の言う通りだね。みんな私を傷付けないよう考えてくれたんだよね」

 でも、と言って悠は立ち上がり、目元をぬぐった。

「私が母さんを殺したことは変わらない。消えない事実だよ」

 変わるはずなかった。消えるはずなかった。

 過ぎ去ったからこそ過去なのだ。どれだけ力を持っていても、どれだけ強くても、過ぎた時間に変化は無い。

 忘れることはできるかもしれない。しかし背負うものは、増えはしても減りはしないのだ。

 過去を変えられるのなら、やり直しができるのなら、こんなに苦しんだりしない。

「一生消えない罪だから、生きて苦しんで償おうと決めたのに……こんなに揺らいちゃって、馬鹿みたい」

 悠は乾いた笑い声を上げた。

 力も感情もこもらない、さばさばとした笑み。

(違う。俺が見たいのは、こんな顔じゃない)

 流星は立ち上がり、悠の頭をそっと撫でた。

「揺らいだっていいじゃないか。いくらでも迷えよ。俺がどんな時でも一緒にいてやるから。決めるのはおまえだけど、一緒にいるぐらいはいいだろ」

 上目遣いでこちらを見上げる悠。流星はなるべく明るく笑いかけてやった。

「いつもの悠でいろよ。人殺しだろうが何だろうが、俺は一緒にいてやるからさ」

 きっと支えてくれる人を探してたんだ、と流星は思う。

 家族に対して後ろめたさがあって、頼りたくても頼れなかったに違いない。

 最大の庇護者になるはずだった母を殺してしまった苦しみは、流星には正直想像できない。

 でも受け入れることは。

 一緒にいることは、できるはずだ。

 流星はそう思っていたし、そう信じていた。

「……私」

 悠が背中に腕を回してきた。驚く流星の胸に、顔をうずめる。

「母さんのこと嫌いだった。憎んでた。でも、殺したくなかったんだよ」

 肩が震えている。しゃくり上げる声を、確かに聞いた。

「殺したくなかったの。だって、どんなに嫌ったって私のたった一人のお母さんだったから……!」

 震える小さな身体を、抱き締めてやればよかったんだろうか。

 でも流星はまだ自分にその資格が無いような気がして、悠の撫で続けた。

「……本当に一緒にいてくれる?」

「……うん」

「いなくなったりしない?」

「うん」

「死んだりしない?」

「うん。少なくとも悠より先に死なない」

「……私のこと、独りぼっちにしない?」

「当たり前だろ」

 流星は頭を撫でるのを止め、ふと空を見上げた。

 雲が少し多いが、それ以外変わった様子の無い晴れ空だ。

 それを見ていると、視界がほんの少しだけぶれたような気がした。


   ―――


 猛が本堂まで行くと、荒い呻き声が聞こえてきた。

「……限界、近そうッスね」

 視線の先にいる青年。全身を縄でぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわを噛まされている。もがくその様は捕縛された猛獣のようだ。

 目は血走り、くぐもった唸り声を上げている。守るべき対象にはとても思えない。

 あれが人柱のなれの果てかと思うと、猛はやるせない気分になる。

 父が同じ人柱だっただけに、あれが他人事には思えないのだ。

「術で眠らそうにも、彼、生まれつき術が効きにくいらしいしね」

 日影が壁に寄りかかりながら言った。

「苦しみを和らげようがないの……ああして、自身を傷付けないようにするのがせいいっぱいだわ」

「……彼の精神力が弱いのも原因の一つだ」

 ぼそぼそとした声に猛が顔を向けると、紗矢は一瞥もくれずに日影に言った。

「精神の方が完全に崩壊している。恭弥君はまだ持ちこたえているのに、随分な差だ……」

「でも、だから恭弥さんの方が楽ということではないでしょう」

 日影の言葉に、紗矢は小さく顎を引く。

「勿論。むしろ、精神力の強い方が苦しい。弱い奴はすぐ折れることができるけど、強い奴はなかなか折れない。折れられない。強さがかせになっているから」

 紗矢の目がじっと、人柱を見据えている。猛は視線を追いかけ、すぐ紗矢に戻した。

「強さがかせ? 強い方が、自由が多いと思いますけど」

 紗矢は顔を猛に向け、無表情のままじっと見つめた。

 顔をひきつるのを感じた猛は後ずさろうとして、すぐ後ろが外であることを思い出した。

 何というか……紗矢の顔は表現でも何でもなく、冗談抜きで能面みたいだ。

 細い目といい、丸みを帯びた顔といい、彼女の顔は能面そっくりだった。


「悪かったな、能面みたいな顔で」


「うおっ!?」

 思っていたことを指摘され、猛は飛び上がりそうになった。

(そういえばこの人、巫女だっけ)

 人の生き筋を読み、心を読む者。それが彼女だ。

 つまり、心の声も彼女の前では口にしているのと一緒である。

「ご、ごごごごめんなさい」

「別に気にしてない」

 本心からの紗矢の返答だったか、無表情なのでいまいち猛には伝わらなかった。

 むしろ怒ってるのでは? という思いを増幅させてしまう。

 図体のでかい男(十四歳なのでまだ少年なのだが)が自分より小柄な女性にビビる。はたから見れば、さぞ滑稽だろう。

 頭の隅でそう思いながら、猛は今度こそ後ずさった。

「っと」

「へ……?」

 背中に誰かが当たった。

「あ、あれ? あんた、もしかして……」

 首を捻り、ぶつかってしまった人物を見た猛は目を見開く。

 背の高い男だった。百七十以上ある猛よりずっと高い。百九十以上あるかもしれない。そのわりに細身で、しかしひょろりとした印象を受けないのは、服越しでもちゃんとした筋肉がついてるのが解るからだろう。

 顔立ちは落ち着いた物腰をそのまま映すように穏やかで、それでいて整っている。それゆえにどこか人らしさの抜けた顔でもあった。

「橘の長子か」

 男は艶を持った自身の髪を指ですいた。色は灰色で、顔が若々しいだけに年齢不詳に見える。

「り、龍石(リュウセキ)さん!? やっぱり」

 猛の声に、その場の全員が男を見る。男――龍石はこちらに向く顔を一巡した。

「全員……ではないのか」

「龍石さん? なぜ貴方がここに……」

 風馬は眉をひそめて前に出た。

「きっと加勢しに来てくれたんですよ! 心強い」

 雄輝が嬉しそうな顔をした。

 だとしたら本当に心強い。彼の強さは、ここにいるほとんどの人間が知っている。

 何せ龍石は――


「全員そいつから離れろ!」


 紗矢が突然大声を上げ、杖先から火球を打ち出した。

 あっけにとられる皆を横目に、龍石は向かってきた火球を素手で明後日の方向に弾き飛ばす。

 よく見ればその手はうっすら発光しており、火球を弾くとすぐにその光は消えた。

「……何をする?」

 龍石はろくに表情を動かさず、じっと紗矢を見つめた。

 ガラス玉みたいな目が、じっと。映すように。

「その服でそれを訊くか。心を読むまでもない」

 彼女の言葉に、猛はそこで初めて気付いた。

 龍石の服。黒衣で解らなかったが、よく見れば少し変色している。しかも、水が染み込んだかのように湿っていた。

 猛は手を自分の背に持っていった。そして、その手をまた前に持ってくる。

 紅かった。ぬめりとした、紅いものが付いていた。

 静まり返る一同。龍石は悠然と、懐から呪符を取り出した。

 人型の呪符だ。恭弥が使っているものと、よく似ている。

 龍石の唇が動く。言ノ葉が、呪符に乗る。

風那(カザナ)――」

 刹那、目の前を大量のかまいたちが覆った。





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