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HUNTER  作者: 沙伊
54/137

     防戦<下>




 紗矢の持つ杖の宝玉に光が灯る。

「雷神招来」

 宝玉が亜紅妥法師に向けられた。

「電光砲撃!」

 宝玉から膨大な量の電撃が放たれた。亜紅妥法師の近くにいた猛は、慌てて後ろに下がる。

 スパーク音が鼓膜を貫いた。目の前が電撃のせいで白に覆われる。

「な、何!?」

 遠くから日影の声が聞こえてきた。しかしそれもかき消し、電流の弾ける音は鳴り響く。

 それらがおさまった頃には、土煙が巻き起こっていた。

「げほっ……あ、あいつはどうなった……!?」

 猛はまだ奥でちかちかする目を凝らし、辺りを見渡した。

 土煙が晴れてくる。明瞭にになってきた視界に、亜紅妥法師が飛び込んできた。

「なっ……!?」

 猛は目を剥く。

 亜紅妥法師が生きていたから、ではない。

 耳にシューシューという音が届く。何かが溶けるような音だ。

 そう溶けていた。

 木でできた日本家屋か。亜紅妥法師がちょうどさっきまで立っていた場所が。


 どろどろに溶けていたのだ!


 ぎりぎりで避けたのだろう。焼け焦げを作った亜紅妥法師は、呆然と紗矢を見つめた。

「ぬ、ぬしは一体……」

「言っただろ。西野 紗矢って姫持ちだ。それ以外に言う言葉は無い」

 紗矢は少し面倒臭そうに言った。

「あえて付け加えるなら、少し参戦が遅れた、かな」

 その言葉で我に返った猛は、慌てて声を張り上げた。

「い、今の! もし人がいたらっ」

「それは無いから大丈夫」

 やけに自身がある言い方だ。そんな根拠、どこから来るのだろうか。

「わけの解らん……ことを!」

 亜紅妥法師が自失からよみがえった。あなどれないスピードで紗矢に迫る。

 紗矢は冷静な顔付きのまま、爪先で地面を軽く蹴った。


 ボゴォッ


 亜紅妥法師の足元の地面が割れた。

 獣の頭のように土が盛り上がり、亜紅妥法師をぱっくり飲み込む。

「……何、今の?」

 猛が呟いたのも紗矢は意に介さず、戦い続けている『傀儡姫』と熾堕の方に杖を向けた。

「李 舜鈴さん! その人形下げてっ」

 いきなり呼ばれた舜鈴はぴくんと肩を震わせ、いぶかしげな顔で紗矢を見つめた。

 しかしすぐさま「戻って!」と声を上げて人形を下がらせる。

 熾堕の方は振り返り、眉をひそめる。何かを言おうとしたようだが、それを紗矢が許さなかった。

「炎神招来、業火炎砲!」

 宝玉からあふれんばかりの炎が飛び出した。

 身動きする間も無く、熾堕はその炎に飲み込まれる。

 地鳴りのような音に呼応して炎がくねり、空気をなめる。上空が熱のせいで揺らいでいた。

「す、凄い……これならあいつも」

「いや、まだだ」

 日影の言葉を遮り、紗矢は首を横に振った。

「あれは簡単に死ぬ存在じゃない」

 炎を放った紗矢自身の言葉だが、どうも信憑性が無い。

 あれだけの炎だ。骨だって残らないだろう。

 いくら頭を撃ち抜かれても死ななかったとはえ、全身が焼失してしまえばさすが再生は無理だ。


「やるなぁ」


 しかし甘っかった。その予想はあえなく吹き飛んだのだった。

「人間がこれほどの炎を出せるとは、こちらは期待以上だな」

 炎から声が流れてきた。その奥から人影が現れる。

 炎は防がれていた。熾堕自身は無傷だ。

 ただ彼の背中に生えた黒い翼が、白い煙を上げていた。

 それだけだった。他は何ともない。

(そんな……あれが効いてない!? 翼で防いだみてぇだが……あの炎を翼だけで遮断できるもんなのか!?)

 猛は軽く混乱していた。

 直接攻撃、炎も効かない。なら何で倒せるというんだ!?

 全員が後ずさる中で別の音が、なぜか全員の耳にはっきりと聞こえてきた。

 僅かな音のはずだ。なのにいやに大きい音。


 カリッ

 クチャッ

 ゴリッ

 グチュッ

 ミチッ

 ジュクッ


 耳を塞ぎたくなる、背筋を逆撫でする音。

 全員その場から動けなくなる。誰かがつばを飲み込む音がした。

 それは猛だったかもしれないし、日影だったかもしれない。

 もしくは彼女が肉を飲み込む音、か。

「あはん♪ 退魔師勢ぞろいねん♪」

 全員ぎこちない動きで振り返った。

「んふふ♪ いいわねん、注目されるのは♪」

 ぞっとするほどの美貌、長く豊かな髪、豊満な身体を包む黒衣。

「おや、羽衣姫様。狩りはお済みですか?」

 熾堕がそう問うと、紅い唇が弧を描いた。

 彼女の右手には、えりを捕まれ引きずられる男がいる。

 いや、いる、という表現はふさわしくないだろう。

 頭を砕かれたそれは、もう生気が無かった。

「ええ、ツマラナイ狩りだったわん♪ ところで……いい格好ね、熾堕ちゃん♪」

 羽衣姫は含み笑いを浮かべた。

 首を巡らせて退魔師達を見、ふと猛に目を止める。

「んまぁ♪ そこにいるのは橘 猛ちゃん!? お久しぶりぃん♪」

 羽衣姫は笑顔をはじけさせ、猛に近付いた。

「貴方のお母様には感謝してるのよん? 妾に身体を提供してくれたことぉん」

「ふっ、ふざけるな! 勝手におまえが奪ったんだろ!?」

 猛は声をはげまして張り上げた。

(こいつがお袋を奪った! 親父も、みんなも!!)

 ゴォッ、と槍に光が炎のように灯った。

 槍を持つ腕にまでその光は及び、猛は地面を蹴った。

「羽衣姫えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 槍の先端が羽衣姫の額に迫る。羽衣姫は右手を上げて――


 辺りが霧に包まれた。


 何も見えない濃霧。空も見えず、しかも目の前にいた羽衣姫はいない。

「何で……」

 呆然と呟く猛。同時に意識が遠のく。

「う、くぅっ……」

 何とか耐えようとしても、身体が言うことを効かない。

 猛はそのまま、地面に倒れ伏した。



「全く世話のかかる……」

 白い着物を着た白い髪の白い女は、ため息混じりに呟いた。

「恭弥様も人使い、いえ、雪女使いが荒いわ」

 濃霧の中の言葉も主に伝わるはずもなく。

「……まぁ、私はそのために創られたのだけれど」

 そう。創られた。

 主の血から、主の手で。

「さぁ、命令は忠実にこなさなければね」

 女はそう自分に言い聞かせた。


 それが自分の存在意義。

 あるということの証明だから。


   ―――


 消えた。

 そこにあったはずの、人間全て。

「……どういうことん?」

 羽衣姫は眉をひそめた。

「何の前触れも無く消える? そんなことありえるのん?」

 熾堕は尋ねられているのに気付き、首を横に振った。

「いえ。これは消えたのではなく、見えなくなったのです。ですが、おそらくもうこの場には誰もいないでしょう」

 そしてそれをしたのは第三者、そう感じていたが黙っておいた。

 ここでそんなことを言えば、『傍観』ができなくなるかもしれない。

「んん? 幻覚ってことぉん? よく解らないわ……」

 一方羽衣姫は首を傾げていた。

(これは無知だ……『こちら』のことについて、ほんの一部しか知らない)

 熾堕は一瞬そう考えたが、すぐそれを頭の隅に追いやり、笑顔で尋ねる。

「ところで、その男はここの当主ですか?」

 羽衣姫は顔を上げ、男の死体を持ち上げた。

「これぇ? そうよん。でもね、何でかしら。まずいのよん」

 ぺいっと地面に投げ捨て、口元をぬぐう。形のいい眉は歪んでいた。

(……身体の変化に気付いてないのか)

 熾堕はその考えを先程のようにすぐ止めて盛り上がった土に右手を向けた。

 右手を握り締めると、土が破裂し、中からよろよろと亜紅妥法師が出てくる。

「あらん、亜紅妥ちゃん♪ そんなとこにいたのん」

「は、はぁ……」

 呼吸ができなくなっていたのだろう。亜紅妥法師の息は乱れていた。

「あの女……何者だ……それがしを封じるとは」

 表情に力は無いが、目は輝いている。いや、ぎらついている、という方が正しい。

「あぁ、西野 紗矢ちゃんね♪ あの娘は特別なオプション付き退魔師だものん」

 楽しげではあるが、ドスの効いた声。体感温度が十度ほど下がった気がした。

「あはぁ……一手一手で局面が変わる。まるで碁のよう」

 石を打つ仕種をする羽衣姫の目は、どんどん血の色に変わっていく。

「でももうそろそろ終盤♪ 残る人柱もあと四人……そろそろ、追い込みしようかしらん」

 右腕を振り上げ、形の残った家屋に向ける。腕が発光し、光が膨張する。

 次の瞬間、家屋が光に焼かれて爆発した。

 ぱちぱちとはぜる火。それを見つめ、羽衣姫は唇を歪ませた。

「いい加減、多人数で攻めるのもあきちゃったわねぇん♪」

「と、言いますと?」

 亜紅妥法師は恐る恐る尋ねた。罰せられると思い、ビクビクしているらしい。

「ちょっと今から、一人で野蔦(ノヅタ)家襲撃してくるわん♪」

 まるで散歩をしてくるというような口調だった。亜紅妥法師は顎を落としたが、熾堕は予想していたので特に反応しない。

 その代わり、恭しく頭を下げた。

「そうですか。お気を付けて」

「……そっちもねん♪」

 羽衣姫は熾堕と亜紅妥法師に背を向け、足早にその場を去った。

「……また何故急にお一人で」

「焦っておられるのかもな」

 それだけ言って、熾堕は空を仰いだ。

 すでに日は沈みかけており、赤と群青の美しいコントラストを生み出している。

「焦っておられる? 何をだ」

「俺が知るか」

 ずばっと斬り捨て、眉間にしわを寄せる。

(俺の部下が、うまくやっているといいがな)

 熾堕はふっと息をついて、一歩踏み出した。


   ―――


 日陰達が戻ってきた。

 どうも、もしもの時のために恭弥が配置していた氷華に連れ戻されたようである。

 全員特別酷い怪我は無かったが、精神的ショックは大きかったらしい。


「熾堕って奴は不死身かよ……」

 唯一ショックが薄かった舜鈴から話を聞いた流星は、口元を覆った。

「頭撃たれても死なないなんて……いや、そもそも生き物か?」

「生物であることは確かだと思うよ」

 畳の上に座った舜鈴は、大広間の遠くに目線をさまよわせながら言った。

「気配は生物のものだった。でも私達とは違う。地上の生物とも、妖魔とも違う気配。でもそれ以外の生物がいるなんて聞いたこと無いし」

「確かに……それに奴の言っていたことも気になる。地上の生物の理に当てはまらない生物? そんなもの存在するのか」

 刀弥が難しい顔で考え込んだ。

「とにかく、倒す手が無い以上、牽制などして逃げる手を取ろう。こちらの攻撃が効かないわけじゃないからな」

 刀弥の言葉に頷く舜鈴。しかし流星は納得できない点があった。

(あいつは敵なのか? 敵の目をしてなかった。でも剣をこっちに向ける……)

 まるで試されているようだ。実力はいかほどか? と訊かれているようだ。

(……って何で俺、こんなこと思ってんだろ。あいつは妖偽教団。間違い無い敵なのに)

 流星がため息をついていると、障子の開く音がした。

 振り返って入ってきた人物を見、目を見開く。

「悠!? 起きたのかっ」

 少し青白い少女に、流星は安堵の声をかけた。しかし悠は返事どころか目を向けることも無く、刀弥に向かって口を開いた。

「野蔦家がやられた」

「何!?」

 座していた刀弥は立ち上がった。

「一日で二人も!? どこにそんな戦力が……」

「朱崋の話だと、野蔦家は羽衣姫たった一人にやられたそうだよ」

 悠の声は平静そのものだ。平静過ぎて、冷めたさ以前に機械的に感じる。

「となると、次に狙われるのは白辛樹(アサガラ)家か……」

 刀弥はふうっと息をついた。

 悠は更に付け加える。

「野蔦家の姫持ちは、外出中だったために難を逃れたそうだよ。今、朱崋と一緒にこちらに向かっている」

「そうか……解った。他の奴らにも伝えておこう。もう休んでろ」

「……解った」

 悠は頷き、素直に部屋を出ていく。結局最後まで流星の方は見なかった。

 刀弥はそれを見送った後、口を開く。

「……そういや、遅れて来たっていう、巫女で創造師の……」

「西野 紗矢サンですか? 今どこにいるか解らないんですよ。流星サン知らない? ってアレ」

 刀弥から流星に視線を戻した舜鈴は目を瞬いた。

「悠に無視された……」

 流星は、現在進行形で落ち込んでいた。


   ―――


 人の気配を感じた恭弥は、ふとんから起き上がって障子の向こうに声をかけた。

「入ってもかまいませんよ」

「……鋭くて助かる」

 入ってきたのは、二十歳ぐらいの女性だった。

 女性は虚無な瞳を恭弥に向け、胸元に手を当てる。

「西野 紗矢。……君が椿 恭弥か」

「はい」

 恭弥は頷き、畳の上に座るよう促した。紗矢は示された通り、畳に座る。

「……ふむ」

 紗矢は一つ唸り、口を開いた。

「あたしは以前、悠ちゃんはあたしと同じだと思った。しかし……性質的には君と似ているかもしれない」

「僕も同意見です」

 恭弥はにっこり微笑み、しかしすぐさま真顔になった。

「貴女が来たのは、僕がやろうといることについてですか」

 疑問ではなく確定だ。彼女の能力(ちから)なら、すぐ気付くだろうと踏んでいたから。

 そして……

「そう。君のやろうとしていることについて、一つ提案がある」

 紗矢は少しだけ前に出た。

「あたしも一つ、乗らせてくれ」

「……なぜ?」

「君ほど頭のいい人間なら、言わなくても解るだろう」

 やはりこちらの考えは筒抜けのようだ。予想に(たが)わずに。

「君の考え通りだ。羽衣姫を倒すには、これしかない。君の兄は反対しているようだが……」

「酷いとは思わないんですか?」

 恭弥は不思議そうに尋ねた。

「僕がやろうとしていることは、僕達人柱が死ぬことが条件ですよ」

「……返答は解ってると思うけど」

 紗矢はふ、と短く息を吐いた。

「正直、これは正しくない。確率的に、かなり危険な賭けだ。場合によっては、君達は犬死にになるだろう。それでも」

 紗矢の瞳が、真っ直ぐ恭弥を見据えた。

「何もせずにはいられない。……そうだろう?」

 恭弥は少し視線を下ろし、自分の手を見つめた。

 手が震えている。しかしこれは、恐怖やおびえなどではない。

 近いのだ。限界が。

「……お願いします」

 恭弥は顔を上げ、紗矢に笑顔を向けた。



『どう思うよ?』

 部屋に戻る途中、ツバサに尋ねられた。

(どうって……何が)

『あいつ! 絶対何かたくらんでるぜ。イケメンほど腹黒いし』

(うん。確かにたくらんでるな)

 そう、自分の代で悲劇を終わらせるたくらみ。

 他の者を、生かすたくらみ。

(どうしてかな。儚げな印象なのに、悲愴さが全く無かったそれに)

『それに?』

(……死に足を突っ込んでるのに彼は)

 紗矢はここで、考えるのを止めた。

(考えても意味が無い。もうあたしは彼の作戦の片棒をかついでしまってるんだから)

 紗矢はため息をついて廊下を迷い無く進んでいった。





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